Umbrella

高嶺

雨のあとには

さくらんぼさんのコーヒーは、
本当に美味しかった。
「でしょー!?」とエマさんが笑う。

エマさんは私より四つ年上らしい。
笑うとえくぼのできる、可愛い人だ。

さくらんぼさんはこの喫茶店の店長らしく、
何だかつかめない不思議な人。

雨はまだやまなくて、ここに来てもう2時間。

エマさんとさくらんぼさんは、私にたくさん
話をしてくれた。
きっと誰にでもこんな風なんだろう。
私は、2人の優しさに甘えてしまう。

お客さんは私一人で、すでに3杯目のコーヒーを飲みながら、私はある決意をしていた。

ここなら。
この場所なら、私ーーーーー

「あ、あの!」
精一杯の勇気をふりしぼって出した声は
あっけなくベルの音にかき消されてしまった。


「ったく、天気予報仕事しろよ」
不機嫌な声がして、私はふり向く。

入ってきたのは、けだるそうに髪をかきあげる
青年だった。突然の雨に降られたようだ。

彼の切れ長の目が私をとらえる。

「おかえり、祇園」
さくらんぼさんがほほえんだ。

青年は、その面倒そうな顔を崩しもせずに、
「牛乳、売りきれてたんで」
と言いのこし、奥に消えた。

「ごめんねー無愛想なやつで」
エマさんが申し訳なさそうに片眉を上げた。
「いい奴なのよ?ほんとはね」

「悪いヤツに見えますかー」
エプロンをつけながら、奥から彼はでてきた。

カウンターに立っても、そのけだるい雰囲気はそのままで、ととのった顔とのアンバランスさが私に何か違和感をのこした。

「そういえば、さっき何か言いかけてたよね?」
エマさんが思いだしたように私を見た。

「あ、もう大丈夫です…」
私は嘘をつく。

「雨、上がったみたいだね」
外に出たさくらんぼさんがひとりごとみたいにつぶやいた。

「あの、そろそろ」
私は立ち上がる。


結局、何も変わらなかったよ。
いや、変われなかったよ。

ほんの一瞬の希望はあっさりと消えて、また
私はあのくだらない日常に逆戻りするのだ。

ねえ。
これでいいの?

めずらしく、私の中のなにかが反抗するのが
分かった。

私は覚悟を決める。


「あの!」


「バイト募集とか、してませんかっ」

喫茶店の窓からは虹が見えた。

雨のあとには、虹がでる。

それはきっと、きっとーーーーー。















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