《影の落ちる世界》

とりりんご

4…誤算

なんだ、ここは。
周りに広がる風景は、いつものうちの周りと変わらない。
しかし、何かが変だ。なんだか…

「ねえ、今、ちゃっちいって思った?」
女の子の声がしてばっと振り向くと、案の定、中学生くらいの女の子がいた。
「ちゃっちい?」
ちゃっちいってなんだ。
ただそれよりも、気になることがあった。
「え…かわいい。おそろいなの?」
思わず聞いてしまう。
そう。この男の子と女の子の着ている服は、どちらもパーカーにニット帽。色も濃さだけ違ってあとはまったく同じだ。
女の子が、目をぴっと吊り上げて言った。
「そういうわけじゃない。」
そうなんだ。どうでもいいけど。

そういう風に周りを眺めていると、息が少し苦しいのに気がついた。
体も重い。

まるで、水の中にいるみたいだ。

そして、はっと気がついた。
さっきの、ちゃっちい、の意味が分かったからだ。
道路のデコボコが不自然。
セメントの色あせもあまりなく、絵の具でベタ塗りされたようになっている。
わたしの住んでいる「リマインダー2」のサビた手すりも、心なしかきれいだ。それに…
「ボロ植木がある!」
そうだ。大家のおばさんに捨てられたはずの、あのボロ植木。
あれが、そのままの形で残っている。
おばさんがまた戻したのだろうか。

一通り周りをぐるぐると見渡していると、男の子が口を開いた。
「ねえ、何か思い出した?」
「は?」
ほんとうに、なんのことだ。
そのとき、女の子が鼻で笑った。
「ほらね、やっぱそうじゃん。ユウが好き勝手
   やるからこんな事になってんのよ。ほんと、
   どうしろっていうのよ、これ。」
この男の子は、ユウと呼ばれているらしい。ニックネームか、本名かは、わからない。
「あ、ごめんね、おねいさん。私、スイ、よろ    
   しくね。こんなことになったのは、張本人の
   ユウから聞いて、説明面倒だから。」
「うん…よろしく…」
この溌剌とした女の子は、スイと名乗った。
名前も明かさず不審者同然の態度でわたしの前に現れ続けたユウよりかは、いくぶんかマシかもしれない。

ユウがこちらに一歩近づいてきた。
ちゃっちいコンクリの道路が、じゃりじゃりと音を立てている。
これは…聞いたことのある音だ。大学からでる砂利道か。
なぜコンクリの上を歩いてそんな音が出るのだろう。そんなことを考えていると、男の子が、ユウが言った。
「さっき…僕は、特権を使えるって言ったよね。
   その意味、わかる?」
いやいや、
「いや、ごめん。さっぱりなんだけど。」
彼の後ろでスイちゃんがニヤニヤ笑っている。
わたしは、女の子には全員「ちゃん」をつけていて、仲がどれだけよくても呼び捨てにはしない。
ユウが続けた。
「君たちは、この世界で…」


ー死んだ人を、生き返らせることができるー


「へっ?」
思いもよらず、上ずった声が出てしまった。
コンと咳払いをしてから、また尋ねた。
「どういうこと?」
ユウが、困った顔をしている。
「それは、えーっと…」

その直後だった。

バシャァァン!!!

「ひっ!」
わたし以外の2人も驚いたようで、それぞれわっとか、おっとか言っている。

人が、地面から降ってきた。

例えていうのなら、わたしが水中の水面に立っていて、そこに上から水の方めがけて降ってきた感じ。

さっきの、ドロっとした地面に引きずり込まれたことを思い出し、後ずさりする。

「あれよ、おねいさん。」
「え?」
スイちゃんがユウの説明不足を見かねて、声をかけてくれた。
「あの人に、今落ちてきたあの人に、触れてき
    て。大丈夫、こわいことにはならない。」
ものすごくこわいが、そうしないと何も教えてくれないような雰囲気だったので、仕方なく落ちてきた人に近づいた。

「あのう…あなたは…」
初老の男性が、しゃがれたこえでわたしに尋ねる。さっき彼が言ったことが本当なら、この人は、得体の知れないなにかであることは間違いない。そんな人と、会話するなんてごめんだ。

わたしは、男性の肩に、無言で、ポンっと触れた。

すると…
男性の身体はみるみるうちにほどけた。
まるで、毛糸のマフラーがバラバラにほつれていくみたいに。

「ねえ!」
聞かずにはいられない。

「なんなのこれ?!」
ここで聞かないといけない。

「いま、なにをしたの?!」

ユウが、静かに答えた。
「今の人、心筋梗塞で、助からなかった。
   でも…おねいさんが救ったんだよ。」
「え…? わたしが?」
「うん。それが、これこそが、僕達の仕事。
    そしてここは…」
「死後の国、ってこと?」

ユウは、地面にボーっと座っている。
このまえのませた勢いは、いったいどこにいったのか。
「ごめんね、おねいさん。ユウたぶん、疲れて
   るから。やっぱりわたしから説明するよ。
    面倒だけど、しかたない。」
そんなに面倒なのか、だが説明してもらうしかない。
「ここはね、死んじゃった人が一時的に移され 
   てくる場所なの。さっきのおじいさんなら心筋 
   梗塞、昨日の女の人なら自動車事故って言うよ 
   うにね。」
「え?昨日?昨日の女の人が助かったのって、
   ここで同じようなことが起きたからなの?
   あの女の人は生き返ったってこと?」
スイちゃんが、苦笑いをした。
「やっぱり…覚えてないんだね。おかしいな、
   これまでこんなことは一度もなかったのに。
   おねいさん…昨日もここに来たんだよ。」

わたしが昨日もここに来た?

「あのさ、どういうことか。順に教えて?」

もう、いつのまにか…
あの水の中にいるような息苦しさは、
ほとんど、感じなくなっていた。

そんな違和感が抜けて、余裕が出てきたからだろうか。

わたしたち以外にまったく人がいないことに、
今、気がついた。

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