中二病は死んでも治らない
第1話
————木魚を叩く音と、僧侶による読経が、八畳程の狭い室内空間に響き渡る.....
 八月三十一日の夜八時頃、家で葬儀を挙げていた。家族だけで...
 何故親戚やおじいちゃんおばあちゃんが来ないのかと思ったが、きっと大人の事情があるのだろう。
 場所は和室。
 その部屋には親父、母さん、妹の結季、僕、僧侶を含め五人が兄の遺影を正面に座っていた。
「これにて、終了とさせていただきます。」
 僧侶が先に退室をして、僕ら家族は暫くその空間に留まった......
————三日前の八月二十八日、太陽が西の方へ沈み、赤い空が段々と暗くなっていた。
 その頃、僕は兄さんと二人で夕飯の買い出しの帰り道、土手を歩いていた...。
 「兄さんと二人だけで夕飯の買い出しなんて、いつ以来かな...てか、初めてじゃない?母さんもどういう風の吹きまわしだろうね。」
 母さんは料理が大好きで、毎日手の込んだ料理を作ってくれる。
 食材も自分で買わないと気が済まない性格なのだが...
 「フッ...勝よ、お前は何も分かっていないな。お前の母親は今頃、地下でインフィニティウムを用いた人体実験をしているのだ。いくら地下数千メートル程の実験室で実験していると言えど、インフィニティウムの力は強大で膨大で絶大。周囲にどんな影響を及ぼすのか計り知れたものではない。だから俺達をお使いと言う......」
延々と訳の分からない話をする兄、守。
 「兄さん、珍紛漢紛な話は少なくとも家にいる時にしてくれよ。恥ずかしい。あと、たまご割れるから気をつけて。」
 勝は今夜の晩御飯の食材が入った袋を両手一杯に持ち歩きながら、深いため息を吐く...
 「はぁ、結季がいたらお使いなんて僕らが行く必要無かったのに。あいつ、どこに行ったんだよ...。」
 「あいつはいい奴だった...。」
 「兄さん、勝手に僕らの可愛い妹を亡き者にしないでくれ。」
 
 兄さんとの何気無い会話を僕は呆れ顔で聞きながら、家までの距離を縮めて行く。
 土手から逸れるように右側の下り坂に降りて行くと、黄色から赤に変わる信号機の前に立ち止まった。
 その時、白くて小さな物体が風に煽られ横断歩道中央から少し離れたところにやって来たのだが....
 大型トラックが猛スピードで通過しようとしている。それを見た兄さんは、
 「ッ!?危ない!シルバーキャットドラグーンがッッ!!!」
 手に持っていた生卵の入った袋を手放し、赤信号の横断歩道にやって来た白い物体目掛けて全力疾走の兄、守だが....
 「ちょっ!兄さん!それ袋ッ!!————
 それが兄さんの、兄さんらしい最後の言葉だった.....。
 生まれて十八年、人生まだまだこれからの少年が、どこからともなく風で飛んで来たビニール袋を猫だと勘違いして、それを助けた代償にトラックに撥ねられ、この世を後にする....。
 これ程早く儚くポックリと人生フェードアウトした人がいたであろうか。
 そうか、これは兄さんが異世界転生してその世界を謳歌するための前段取りのようなものなのか。
 兄さん、最後まで中二病を貫いたな....
 そう呟くと隣から結季が
 「守兄、何ボソボソ言ってんの。明日から学校なんだからもう寝るよ。」
 左腕に巻いている腕時計の短い針が早くも九時を通り過ぎていた。
 感情のこもってない声で妹が話す。
 結季は兄さんが亡くなって悲しく無いのか。血は繋がってはいないとは言え、中二病とは言え、どうしようもない人間とは言え、一応兄なのだ。涙の一つや二つあったりしてもいいのに。
  誰一人として涙を浮かべる様子の無い佐藤家。
 僕と妹は両親に先に寝るように促され、各自の部屋に入る。
 
 いつもは毎朝馬鹿兄貴に起こされていたから自分で起きるのは不安だ。
 部屋に入った僕はベットに横たわり、早々に意識を手放した.....
 学校、行くの面倒くさいなぁ....
 そして次の日
「———ろ。おい、早く起きろよ。」
 意識が朦朧の中、聞き憶えのある声がする気がした。まだ起きるには早い時間だと思うからもう少し寝よう...。ねむい。
 「....仕方ない、久々に我の本気を見せるか。...はぁぁああっ次元斬りッ!」
 「ぐはッッ!」
 掛けていた毛布を強引に剥がされた挙句、顔面にチョップなるものをお見舞いされ朝から最高の目覚めを迎えた。
 気持ち良く心地良く潔い睡眠を妨害したのは、毎度のこと兄さんだった。
 「はうぅ....起こす時はいつも普通に起こしてくれって言ってるじゃあないか....て、.....えぇ?!もうこんな時間!?もっと早く起こしてよっ!」
 時計の針はどちらも八時を指していた。慌てて着替え、食事も取らず家を後にする。
 「やばいやばい!遅刻遅刻!もうなんでもっと早く起こしてくれないんだよ兄さんは!....兄さんは.....あれ」
 家から数百メートル離れた所で立ち止まる。何かが可笑しい。今さっき起こしてくれた人は、誰だ?
 二、三分程考え、答えが出ず、一度家に帰ってみることにした。
 家のドアを開け、玄関に入り、靴を脱ぎ、上の階へ上がり、自分の部屋に入る。すると、そこには兄さんがいた。
 「お、お帰り。早いな。それとも忘れ物をしたのか?お前ともあろうものが、それでも漆黒の無限の竜の末裔か?」
「.......はぁ?」
 
 今日は学校を休むことにした。
 
 
 
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