セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

第三章一話




「ここは?」
 目を開けると、まず視界に飛び込んできたのは不規則に並べられたレンガであった。
 セラルフィはそれが天井だと悟る。橙色に包まれる人工的な土塊。
 トトに助けられた初日のことを思い出した。確か自分は気絶して、そこをトトに助けられ、今のように屋内で休ませられていた。
「起きたか」
 ただ一つ、違う点があるとするならば。ここがどこかの地下牢獄であるということだけである。聞き覚えのある声の主を捜そうと、床の上で仰向になっていた体を起こし、鉄柵に近づこうとした。
 両腕の違和感。
 背中に回された両手が手錠で拘束されていた。ご丁寧に手錠からは大きな鉄球が伸びている。牢屋から出ても走って逃げることは不可能なようだ。
 先ほどから力が入らない。魔術でどうにかしようにも、思うように力を使えない。今の自分では何もできなさそうだった。
「《マヨイビト》のあんたでも捕まったってことは、トトもどっかに閉じ込められてんだろうな」
「ライム、無事だったのですか」
 問うと、「始めから知ってたみたいな口ぶりだな」とばつが悪そうに笑った。
「シルヴァリーの奴この国の住人ほとんどを暗示にかけてやがった。まだ殺されることは無かったが、それも今だけだ。いずれにしても俺たちは殺される」
「トトは?」
「さっき言っただろ? どっかに閉じ込められてるんじゃねえの。いや、そもそもなんであんたが知らないんだよ。一緒に行ったんじゃないのか」
「いや、私は――」
 言葉が止まる。
「わた、しは……」
「どした」
 疑わしそうにこちらを見るライム。
「思い出せない」
「あ?」
 記憶が無くなっていた。数分前なのか、数時間前なのか分からないが、ライムと別れた後の記憶が無くなっていた。まるでずっと眠っていたのに、起きたら違う場所だったと言わんばかりである。と言うよりセラルフィにとってはソレでしかなかった。
「気付いたらここに居たとしか答えられません」
「使えねーな」
 憎たらしい口の利き方はそのままに、ライムはこれからどうしようか考えることに没頭し始めたようだ。
「ライム」
「考え事してんの。今」
「じゃあ今時間を少し頂けますか?」
「やだね」
「私の残り時間を見てほしいのですが」
「人の話を聞けよ。ってお前自分で見れねえのか」
「前はトトに鏡を見せてもらって確認できたのですけど、ちょうど自分からじゃ死角になってて」
 申し訳ない風にそう答えると、ライムはやれやれと壁に預けた頭を起こした。
「どこ見りゃいいの」
「胸の辺りです」
「ふざけろ露出狂め」
「大真面目です」
 真顔で即答すると、ライムは小さく舌打ちを零して鉄格子に顔を押し付けた。片目をつむり「どこ」と不機嫌そうに訊く。
「喉と胸の間あたりに光った数字が見えませんか」
「えー……」
 一応読むことは出来たのだろう。数字を確認すると、ライムは少し眉根を寄せた。決して見えなかったからではなく、残された時間に対して複雑な顔をしていたのだ。
 言うべきか言わざるべきかを考えている。
「あと一日無い」
 ほとんどため息で教えるような答え方だった。
「そうですか」
 心なしか声のトーンが落ちているセラルフィに気づいたのだろう。ライムはこちらに背を向け、壁に向かって口を開いた。
「あん時は悪かったな」
「はい?」
「《マヨイビト》って理由であんたに八つ当たりしてた。あんたが良い奴ってのはリラを守ってくれたの見りゃ分かる。そりゃあ、あんたに親切にしてやる義理なんてないわけだが。もうじき死ぬ奴に冷たく当たってたらこっちの寝覚めが悪いんでな。一応謝ったからな。変に恨むなよ」
「ライム」
「なんだ」
「あなたは素直な人間ではありませんね」
「うっせえよ」
 強く吐き捨てるとふてくされたように横になってしまった。もうこれ以上声を掛けても返る言葉は無いだろう。そう思った矢先、
「……時間は無いが、諦めるなよ。人間生きようとしてりゃなんとかなるもんだ」
 寝言のつもりなのだろうか。そこまで気を使ってもらうつもりは無かったのだが、結局はっきり喋ることにしたらしい。
「あと少ししたら俺たちの処刑が始まるらしい。シルヴァリーが一番近くに出て来るタイミングだ。そっちもそっちでどうするか決めとけよ」
 牢獄に閉じ込められたまま、いたずらに時間だけが過ぎていった。


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