セラルフィの七日間戦争

炭酸吸い

第一章三話




 居間。
 彼の作る料理は早かった。所要時間十分弱。
 こんな時の為に下準備をばっちりしていたらしい少年は、あっと言う間に次々と、白い皿の上に料理を乗せていく。
 テーブルに全て並べると、着席し、セラルフィに促した。
「どうぞ」
 二脚の椅子がテーブルを挟む。テーブル一杯に広がる料理を見て、セラルフィは少年の言葉を聞く間もなく手を伸ばした。
 さながら飢えた獣のような食いつきに、少年も目を見開く。
 三日間なにも食べていなかったせいかは知らないが、肉料理にしろ野菜にしろ。兎に角少年の料理は旨かった。
 一瞬にして数枚の皿を片付けると、次は大きなパンへ。しかしセラルフィの顔が急に険しくなった。喉を詰まらせたらしい。
 トントンと胸を叩くセラルフィに、少年はすぐさま牛乳瓶のふたを開けてグラスに注いだ。
 グラスを渡そうと思ったのだろうが、少年よりも早くセラルフィの手が牛乳瓶を掴み取る。
 喉を鳴らして瓶の中身が減っていく。排水溝に吸われているかのようなスピードで牛乳が無くなると、落ち着いたのか、エチケットペーパーを容器から取り出して口周りを拭った。
「すみません、見苦しいところを」
「あ、いえ。そんなに気に入ってくれると僕としても嬉しいと言いますか」
 そこまで言って、少年も落ち着いてスープを飲み始める。ふとした時に、扉を開けた少女の方を見て、
「あ、リラ。お姉さんが起きたよ」
 手招きしたがリラはおびえたように扉の向こう側に隠れた。その割りに何度もセラルフィの方をうかがっている。
「気にしないであげて。あの子、極度の人見知りなんだ。僕が最初に会った時もあんな感じだったから」
 肩をすくめて少年は言う。
「あなたが私を助けてくれたのですか?」
 話しかけると驚いたように引っ込んだ。が、すぐに扉につかまるようにして覗いてくる。仕方なしにこちらから近づいた。一瞬逃げるような素振りを見せたが、覚悟したようにセラルフィを見上げた。
「ありがとう。リラ」
 笑って、腰付近で見上げて来る少女の頭を撫でた。一度方を揺らしたが、すぐに収まった。撫でたおかげか、隠れたり逃げたりするような様子は消え失せたようだ。
「驚いた。こんなに早く初対面の人に慣れたのは君が初めてだよ」
「これ」
 視線を戻すと、リラが青く光る石のネックレスを差し出してきた。宝石の原石だろうか。ゴツゴツしているが表面は綺麗に磨かれている。
「あげる」
 森の付近から見つけたのだろうか。か細い声だったが、元気づけようとしてくれるのは分かった。
「いいの?」
 返事の代わりに頷きで返した。
「本当にありがとう。私はセラルフィ。今のところ恩を返せるようなものを持ち合わせてはいないのですけど……何かあったらいつでも言ってください。助けになれることがあればどこにいても飛んでいきますから」
 とはいえ、自分の余命も限界に近いのだけれど。
 ネックレスを包帯の上からかけたセラルフィに小さく頷いた少女は、果物いっぱいのカゴを抱え、リンゴを一つ。テーブルの上に置いた。
「トト兄ちゃん。そろそろ帰らないとだから」
「うん。ありがとうねリラ。風邪薬はそこの棚にあるから」
 棚から薬を取ったリラは、二人に一礼した。ちらりとセラルフィの喉元を伺ったが、何か言うでもなく部屋を後にした。
「トトさんでしたっけ。あの子は」
 慌てて片手を振り、もう一方を後頭部にやるトト。
「ところでセラ、君はどこから来たの?」
「それは……あの、覚えてなくて。自分の名前と、誰かに追われていたことしか覚えていないんです」
「記憶喪失か。町の医術書に書いてあったよ。大変だね。身元が分かるまで、この家を使ってもいいよ。僕も生まれが分からなくてさ。この町で知り合った友人に、色々と世話になってるんだ」
 どうやら向こうも訳ありのようである。ふと気になる事を質問した。
「ところでトト、ここはどこなのですか?」
「ユーリッドって言う田舎町だよ。ここは親切な人ばっかりだし、活気があるから今度街を観光してみるといい。あ、シルヴァリー国王が毎日広場にやってくるから、そこだけは行かない方がいいね」
「シルヴァリー? なんでその人が来ると行かない方がいいのですか?」
「それは……」
 急に押し黙ったかと思うと、トトはパンに手を伸ばし、何故か慌てた素振りで話を逸らした。
「そうだ。ずっと気になってんだけど、きみの喉元に浮かんでるそれ、なんなの?」
「喉……ですか?」
 ぎょっとして包帯が付いているかを確認してみる。しっかり巻いてあった。どうもセラルフィの心配している事とは関係が無いようだ。首を傾げてみる。
「あっれ? おかしいなあー?」
 言いながら、テーブルに身を乗り出してセラルフィの首に手を伸ばした。
 たまらず身を引くセラルフィ。
「あのすみませんが、おふざけに付き合っているほど暇では無いので」
「ああっ、いやいや。誤解だよ、ほら」
 慌ててトトは立ち上がり、台所に立て掛けてあった手鏡を取り上げた。それをずいっとセラルフィに突きつける。
「……ッ!?」
 忘れていた。否、すっかり胃が落ち着いていたため、危機感が薄れかかっていたと言った方がいい。

 【80:42:03】

 喉と胸の間あたりにある、小さく刻まれた数字。
 反対向きになるので読むのに少しかかったが、金色の光文字にはそう表記されていた。
 それは、女神像に浮かんでいたものと同じ。今は、セラルフィを絞殺するかのように秒単位でせわしなく数字が減っている。
 それが意味するものは――余命。
「そん……な」
 驚愕と絶望が脳内で渦を巻く。あと八十時間。残された日数を時間に換算すると、より現実味を痛感してしまう。
 試しに振り払おうと手を伸ばすが、触れた部分が煙のように霧散して、また戻った。
 動揺は更に増す。
「どうしたの? いや、それよりもその文字……まさか魔法でできてるの?」
「これについて、何かご存じですか」
「いや、あいにくだけど分からないな。」
 心配そうに見つめるトトを見返し、淡い期待に胸を締め付けながら、消え入りそうな声で恐る恐る訊いた。
「あなた、知らない? 肩まである銀髪にマントの付いた紳士服。片眼鏡をかけた、私たちより背の高い男」
 返答は、意外なものだった。
「知ってるも何も……『シルヴァリー国王』だよ、それ」


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