転生屋の珍客共〜最強の吸血鬼が死に場所を求めて異世界にて働きます〜

和銅修一

第87話 ようこそ転生屋へ

「こ、この鎌は……」
 この体になってはじめて死を感じた。それほどまでにこの鎌には予想もつかない力が宿っているということだろう。
「セリエさんの本とリルフィーさんのフラガラッハを私の鎌に融合させました。これでこの鎌は不死身の者さえも葬る最強の鎌になったのです。いや〜、ここまで大変でした。私の裏工作が露見しないように転生屋の人たちの目をネクロマンサーを暴れさせてそっち釘付けにしたり、他の神を唆して聖杯を無断でつくらせたり、天使たちに入れ知恵してこの舞台を用意したりで」
「全部お前の仕業だったのか……」
「もちろんです。夢のためなら手段は選んでいられませんから。転生屋に入る前から考えていたことでそこで死ねない悩みを持った師匠が来たのは運命を感じしたよ」
「運命……ね。残念だが俺はそういうのは信じない性分なんだよ」
 神は実在する。
 だがその神は自分が望むような奇蹟など起こさない。だからこそ自分の手で未来を掴み取るしかないのだ。
「信じなくても結構です。今からそれを見せてあげますので」
 鎌を持つ力を強め心臓を切り裂こうとするがルインは足でアズリエの体を吹き飛ばしてそれを阻止した。
 そこへ傍観していたカインが割って入る。
「おいおい、お嬢ちゃん。俺との約束を忘れたのかい」
「約束?」
「ただ働きをするほど暇ではないんでね。その鎌なら報酬を用意できるだろ」
「そうですね。貴方は十分に時間稼ぎをしてくれました。ですが、報酬はもう必要ないかと思いますよ。だってこれから生きとし生きる者に死を与えるのですから」
「言われなくても嬢ちゃんがしてることは知ってる。だが、そいつは血の化身を引き剥がしてからやってくれ」
「血の化身を引き剥がす……だと?」
「お前が不死身の化け物なのはそいつが一番の原因だ。俺は親としてせめて元に戻してやろうと血の化身を引き剥がす方法を探していたが見つからなくてこうして藁にもすがる思いで嬢ちゃんに協力した」
「ひと時でもその呪縛から解放しようと努力したその行いはとても素晴らしいことですが、師匠と私の時間を邪魔する者は誰であろうと許しません」
 たった一振り。
 鎌を横に薙いだだけで不死殺しと恐れられた男の首は宙を舞い、その肉体は灰となって風に吹かれて肉片一つ残さず消えていった。
「さて、それでは邪魔者も消えたところですし再開しましょうか。私たちの殺し合いを」
 あの男はこの身を吸血鬼に変えた張本人ではあるが、それは死にかけていたのを助けるためであってまさかこんな不死身の化け物になるとは思っていなかっただろう。
 右も左も分からない子供の頃に導いてくれた父のような存在。口を開けばキザな台詞を吐くが生きるための全ては彼から教わった。
 死神と不死身の吸血鬼と異質な対決ではあるが彼にとって負けられない要素が一つ増え、覚悟を決めてその拳を強く握る。
「ああ、殺し合おうか。だが長々とやるつもりはない」
「なるほど。一撃必殺ですか。私としては師匠とゆっくりこの楽しい時間を過ごしたいですけど、本当に厄介な人に邪魔されて私の夢が叶わなくなるというのも癪なのでその勝負受けましょう」
 竜の世界で放ったあの一撃を思い出す。
 世界を滅ぼすほどのあの拳。それくらいでないとこの勝負には勝てない。だがあれは怒りに身を任せて発動した偶然の産物に過ぎない。
 流石にあの威力の攻撃は普通の状態では放てない。そう普通の状態なら。
 彼はここで切り札を出す。それは捨て身の攻撃で自分の血を全て力に変換させてしまうというものである。
 吸血鬼にとって力の源であるそれを使い切れば普通なら死に至るが不死身であるルインは違う。
 しかし、その一撃を放てばまともに動けなくなるのでこれでケリをつけられないといけない。
 緊迫した空気の中、両者最高の一撃を用意してそれを持って正面衝突した。



***



 気がつくと手は心臓を掴んでいた。
「いやはや流石としか言いようがありまけんよ師匠。ですがまあ、引き分けですから及第点というところでしょうか」
 ルインの上半身と下半身は鎌に裂かれて別々となっており、その傷は一向に塞がる気配はない。
 彼を不死身にしていた血の化身が鎌の能力によって消え去ったせいだ。これでようやく死ねる。
 そして死神である彼女でさえも死からは逃れられない。
 この勝負はお互いの死によって決着がつくことになってしまった。先に逝ったのはアズリエで彼女が奪った魂は元ある場所へと帰っていった。
「これで彼女の犠牲となった人たちは元に戻ります」
 徐々に目が霞んでいき、死というものが近づく中で片目が神々しい琥珀色へと変貌した少女が見下ろしていた。
「ネ……ル? その目、まさか儀式は成功していたのか」
「いえ、完全には覚醒していません。ですので私の力では貴方を救うことは……」
「気にするな。元々死に場所を求めて彷徨っていたんだ。転生屋での生活は永遠にも思える灰色の日々に色を取り戻してくれた。奴らには礼を言っておいてくれ」
「それは自分で言ってください。私がそうなるように導きますから」
「そうか……ならあとは頼んだ」



***



 魂は浄化されて別の生命に定着するが例外がある。それは転生する者の魂。
 ある法則によって決められた魂だけがそのままの状態で別の世界の別の人物、もしくは動物などに転生する。
 とある世界ではそれを題材とした小説が人気なところもあるという。
 だが本来、転生というのは救いの手である。どれだけ転生したいと願っても選ばれない者は選ばれないし、選ばれる者は望んでなくとも選ばれる。
 そしてあるところにその転生を生業とするお店がある。その名も『転生屋』。
 ここには我儘な店主と膨大な量の雑務をこなす眼鏡が似合う秘書、そして全ての魔界を統括しているがその性格と見た目は悪魔らしくないと誰もが口を揃えて言うほど可愛らしい少女とその使い魔である口煩い蠅。更には元は転生屋の宿敵のネクロマンサーでありながら天使たちの計略に巻き込まれ半神化した少女と個性的な彼女たちを束ねる断罪の神がいる。
 今回の珍客は転生屋のメンバー総勢で迎い入れた。
「ようこそ転生屋へ」
 男は一瞥してずっと言おうとしていた一言を口にした。
「ただいま」

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