転生屋の珍客共〜最強の吸血鬼が死に場所を求めて異世界にて働きます〜

和銅修一

第25話 血の拳は全てを砕く

「精霊の長……、そんなの聞いた事もない」
 四大精霊が最上位の存在だと思っていた。言い伝えでも精霊の長なんて出ていない。多分、聖杯の件のように王族が隠していたのだろう。
「聖剣の後継者か。残念だが聖杯は諦めてくれ。今回は特例として回収しなくてはいけなくなった」
「それが神様の命令?」
 事情を聞いていたアンネはこのファウストの登場に納得がいった。これは神の妨害で、彼らのしていた事が間違いではなかったという証拠ともなる。
「話が早くて助かる。ここは大人しく引いてはくれないか。争うのは本意じゃない」
「引けない。その聖杯は私とあの人たちにはどうしても必要なの」
 精霊の長と戦うのは元勇者としては気が引けるがここで撤退してはこれまでの旅だけではなく、転生自体が無意味となってしまう。
「愚かな。たとえ聖剣があったとしても僕の足元にも及ばないと断言しよう」
「それはやってみないと分からないじゃない」
「分かるよ。僕は僕の実力を良く知っている。あんな紛い物に苦戦していた君に劣りはしないと」
 手のひらから四つの魔力の塊を放出して応戦を始めるファウスト。それは彼の発言が決して大言壮語ではないと分かる。あの装置では四大精霊の力を十分に発動出来ていなかったらしく、威力は先ほどのものとは比べ物にならない。
 それでもアンネは必死に聖剣で必死に耐える。勝機が見えるその時まで。
「理解出来ないな勇者よ。何をそこまで必死になる。そこまでして叶えとは願いとは」
「ないわ。叶えたい願いなんて」
 キッパリと答えるアンネ。
 これにはファウストも驚きの顔を浮かべる。
「それなのに聖杯を求めるとは更に理解出来ない」
「この世界から戦争を無くしたいとは思うけど、それはこっちの問題。だから私はあの人たちの為に聖杯を手にするの」
 神様の掟とかは関係ない。自分がそう決めたからそれを貫く。それが彼女の本意。
「理解出来ないけど、やはり人間は興味深い。先ほど消した男のように憐れな者もいれば心を震わせる者もいる。だから僕たちはあの時……」
 遠い目をして何かを思い出すファウスト。その一瞬の隙を見逃すアンネではない。もう一度聖剣に魔力を集中させ今放てる最大の技を出すーーがそれは手のひらから放出された桁違いの魔力によって相殺された。
 彼は今までずっと手加減をしていたのだ。不本意ではないこの戦いで相手が諦めて逃げる事を祈りながら。
「僕も流石に神には逆らえない。許してくれ聖剣の後継者よ」
 最早これまでとアンネは目を瞑るが放たれたはずの攻撃が当たることはなく、何事かと瞼を開いて確認すると目の前には自らを盾とした男が立っていた。
「お前、俺のーーいや俺たちの客に手を出すな。また死んだら可哀想だろうが」
「人間ではないですね。何者ですか?」
「ただの通りすがりの吸血鬼だ。それより大体状況は理解した。どうやら相手は躍起になっているようだ。余程、聖杯を取られたくないとみえる」
「はい。なので、お引き取り願おうかと」
「断る。ここまで来たら押し通る。そこを退いてもらおうか」
 ファウストに向けて吸血鬼特有の鋭い爪を突き立て距離を詰めるが目の前に黒い穴が出現してそれに呑み込まれる。
「危険な存在です。暫くそこでジッとしていてください」
 それを見ていたアンネは違和感に気づく。
 バディハと一緒に放った最大の一撃。あれは相殺されたというよりも、その場から消えたみたいだった。あれはあの穴に吸い込まれたのだ。
 だがその程度でくたばるルインではない。力尽くで空間を捻じ曲げ、生還した。
「悪いが暴れ足りなくてね。丁度良さそうな相手を見つけたのにそれをみすみす逃すなどせんよ」
「まさか自力で戻ってこようとは」
「空間移動は得意でね。それよりも飛ばしてくれたおかげで能力の正体が分かった。精霊の長らしいといえばらしいな」
「あの強大な力の秘密をもう見破ったの?」
「実に単純明快なものさ。こいつは空間を操る。それも精霊の世界へと繋がる穴を開けられるのだ」
「精霊の世界?」
「そうだ。四大精霊と名乗る連中がいたから間違いない。まあ、全員蹴散らしてやったが」
「能力の正体を見破った事には素直に称賛を送るよ。だけどそれだけで勝った気になったら困る」
「いいや、お前が上に立つ者なら確実に勝てる方法を思いついた。攻撃を防ぐのに精霊の世界に流していたようだが、そこにいる精霊が滅びるほどの攻撃はどうする?」
 ルインから赤いオーラのようなものが溢れ出し、それは巨大な拳となった。大きさは人の顔四つ分ほどだが、そこに凝縮されたエネルギーは相当なものでファウストはこれは精霊の世界を破滅に追いやるものだと肌で感じとっていた。
 そして彼は何もしない事を選択した。
「散り際は美しいではないか」
 精霊の長は血の拳によって粉砕され、青い粉となって空中へと散っていった。

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