一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

春生小屋エンデューロ《ハーレム》4

「ふぅ…やっと戻ってこられた」
「リ、リクくん!…良かったぁ…もしかしたら戻って来ないかもって…」

 御影がホッと胸をなでおろしたのが分かった。俺も追いつけるか分からず不安だったが、御影も御影で不安だったのだろう。

「リクくん、それって?」

 御影が俺の愛機を不思議そうに眺める。そういえば、こいつは愛機の事は知らないんだよな…。

「神無が言ってた秘密兵器だ。こいつがあったから何とか戻って来れた。…そんなことより、状況は?」
「えっとね…飛び出した人はいないんだけど、東条くん達が集団をコントロールしてたみたいで、それが無くなったからか、皆んなバラけ始めてるんだ。おかげで壁は消えたけど…」
「…なるほど」

 確かに、集団に隙間が多く見られる。山里は中央に変わらずいるけど…さっきみたいに選手を動かしてはない……というか、隙間が多すぎて動かせないんだろう。
 ……さて、と。

「御影、前に行くぞ」
「集団から飛び出すの…?」
「いや、それはまだだ。俺に――作戦がある」



 ◇



『さあ〜て!レースはいよいよ残り30分!先程飛び出した〜!チーム《デモニック》が未だ2人で独走していま〜す。このまま決まっちゃうのかしらね〜?』

 当然だなぁ!

 ここまで全てが俺の計画通りだ。一片の狂いもなく、乱との2人逃げ状態。
 このまま速度を維持すれば2位に一周差つけて勝てる…!

「なあシンラ。集団がちょっと速くなってきてないか?」
「ん?」

 乱に言葉に、俺は視線を反対車線へと移す。
 そこには、必死で走っているメイン集団の姿があった。
 少しバラけてきてる…無理に追いかけたなありゃ。
 しかし。

「問題ないな。少しばかり速くなってきてる気もするが、もうそろそろ終わりだから必死になってるだけだろ。無理に速度上げて疲れる必要もないさ。大丈夫だ!このまま行こうぜ!」
「あいよ!牽きは頼むよ!」
「任せろ!」

 俺はそう応え、サイクルコンピューターに目を移す。
 速度維持、心拍正常…ペダリング安定。よし、全く問題ねえ!

 少し速度を落とし、スタート地点手前のカーブを余裕をもって曲がる。曲がってしばらくしてからユックリと乱に合わせて加速…徐々に速度を戻していく……はっ!完璧!

 俺は大雑把な正確な上、レースでも馬鹿みたいなパワー走りをするとよく思われる……が、そんなこと考えてると、喰っちまうぜ?悪いが自転車に関して俺は――

「なあ、乱?」
「ん?どうしたー?」
「俺って、天才だよなぁ⁈」
「ふっ…はははっ!そうだな、自転車だけだけどな!」
「ああ!」

 それで十分だ。学校のテストとか、社交性とか、クソ喰らえだ。
 俺は自転車の上では誰よりも賢く、誰よりも強くあれる!そして、ロードレースは速さが全て…力こそが正義…絶対だ!
 自転車コイツでなら俺は絶対に、――負けねぇ!

 それに、今回は特別なレースな訳だしな……。



 ◇



 霊譚学園自転車競技部に入部した俺は、1年の頃からよく乱と2人で練習をしていた。
 俺が牽き、乱がつくだけの簡単な練習だったが、俺にとっては途轍もなく重要なもんだった。
 乱に人の動きと牽き方を学び、自転車の楽しさについてを教えられてきた。
 異性ではあるが、乱は俺の…師匠みたいな存在だった。きっとこれからも、俺に沢山の事を教えてくれる…乱と2人なら何処までも行ける!
 ……そう、思っていた。

 今年の春。俺は驚愕の事実を知った。

「なあ!どういう事だよ!他県の大学に進学するって!」
「あれ?言ってなかったっけか?」
「言ってねぇよ!どうすんだよ!俺、お前に誘われて自転車部に入って…そんでずっと…乱と一緒に…」
「はぁ……ったく、シンラなぁ?アタシだってずっとお前の世話してやれる訳じゃないんだぞ?どちらにせよ、卒業したら放課後は教えられなくなる。それは分かってんだろ?」

 呆れた顔で乱が言った。
 そんなことは…分かってる。けど、こんな…こんな何も返せないままで別れるなんて…
 ――嫌だ。

 俺はどうしようもない気持ちに、拳を強く握った。何か…せめて卒業までに、何か無いのか⁈

「――乱先輩、練習始まりますよ?…あ、シンラ先輩も。早く着替えてください」
「お、おう。分かったよ桜。…ん?その手に持ってるポスターってなんだ?」
「え?ああ。監督に貰ったんですよ。『興味ないかー?』って。自転車界の新しい試みらしいですよ。なんでも、男女が一緒に走ってゴールを目指すレースらしくて……」

 ――!男女…一緒に?

「な、なあ!そのポスター見せてくれ!」
「え…は、はい。良いですけど」

 戸惑いの表情を浮かべる桜からポスターを受け取り、俺は詳細を確認した。

「春生小屋エンデューロ……ハーレムカテゴリー。女性をエースにする新たなるレース…。……こ」
「こ?」
「これだ――‼︎」

 あまりのグッドタイミング、グッドレースに、俺はたまらず叫んだ。
 桜と乱が、かなり危ない人を見る目でこちらを凝視しているが……関係ねぇ!
 恩返しの機会!普通は共に走れない乱と走れる唯一の機会!出なきゃダメだ!

「なあ!このレース、3人で出ようぜ!」
「え…でもこの時期は合宿が…」
「そんなのいつでも出来るんだよ!これは今じゃなきゃ参加出来ない!そうだろ⁈」

 俺は桜にポスターを突きつけ、迫る。多分、今の俺の顔はかなり威圧的だろう。自分でも分かる。

「ははは!いいなぁ、それ!シンラとレースで走ったことは無かったし、アタシはのるよ〜?」
「え、えぇ…乱先輩までぇ……」
「よし!決定だ!3人で優勝するぞ〜!」

 納得のいかない顔の桜と、楽しそうに笑う乱。多少強引だが、この機会を逃す訳には行かねぇ。

 絶対に、乱先輩を勝たせて……今までの恩を返す!
 そう、胸に強く誓った。



 ◇



 勝てる!このまま行けば優勝だ!
 集団が追いかけてきてるが、あの程度の速度なら問題ない!

 再びすれ違った集団を横目に、俺は勝利を確信する。
 今、先頭をリクさんが牽いてる気がしたが…あの人でももう追いつけない筈だ。

 問題ない。全く問題なく…勝てる!

「なあ今、桜がなんか叫んで無かったか?」
「え、いや?俺には聞こえなかったけど…。きっとラストスパートの応援だろ」
「…そうか?」

 無理矢理誘っといてアレだが、桜は本当に良くやってくれた。桜以上に人の動きを計算し、コントロールする力を持ってる奴を俺は知らない。

 桜は頭脳で走るタイプの選手だ。ペダリングの力…人の動き、桜はその全てを計算で操れる…!

 そういえば、今年の女子部員の中でもあいつは抜きん出て頭良かったからな。入試でトップの成績取って新入生挨拶してたっけか?

「…ははっ 本当に、凄え奴だよ桜…後で礼を言わないとな!」

 俺は笑いながら駆ける。残り約15分。このまま行けば…!

『さあて、第三集団を引っ張っているのは〜――』

 第三集団…か。やっぱり即興で作ったチームじゃスピードは出せないしな。そんだけ集団が分かれんのも納得だ。

「乱、俺たちの作戦勝ちだな!」
「ったく…シンラ、お前の悪い癖だぞ?ゴールライン越えるまで気を抜くなって」
「ははっ!出会って結構序盤に言われた事だったな!大丈夫…気は抜いてないぜ。ただ、嬉しいんだよ。こんな完璧なレースが出来てさ!」
「…ふっ。まあ、それは同感だな」

 前にいるから見えないが、きっと乱は今、笑っているんだろう。
 そうだ。それでいい。このまま2人で行こう。ゴールへ…そして、表彰台へ!

『さあて!先頭は変わらずチーム《デモニック》‼︎安定した走りでトップをキープしていますぅ〜!』

 当然だ。トップをキープ?はっ!誰も奪いにすらこれねぇよ。
 集団の奴らに、俺達を捕らえられる力はねぇ!

『――そして、そのやや後方ぅ〜!差は10秒程度かしら〜ん?遂に、遂に動きがあったわぁー!アレは?ゼッケン番号2222!うーん縁起がいいわね!チーム《ゴールドムーン》よ〜!』

「……………は?」

 思考が、一瞬停止した。
 ゴールドムーン…?まさか、それって……

「シンラ!来てる!」

 乱の言葉に、俺は勢いよく振り向く。
 と。

 ――笑っていた。

 今まで見たことも無いような表情を浮かべているリクさんが、もの凄い勢いで迫ってきているのが分かった。


「――ふぅ…捉えた」


「っつ‼︎」

 その表情は笑っているにも関わらず、まるで全てを奪う……悪魔・・のように思えた。


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