一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

追憶と前進2

 ◇

 家に着いた俺はある重要な事に気がついた。

 ――鍵がない

 まあ、いきなり飛び出してしまった訳だから当たり前なのだが。家に人はいるのだろうか?下手したら入れない。
 誰かいる事に期待をし、インターホンを鳴らす。(ピンポーン)と、お決まりの音が響いた。
 そして………特に何も起こらなかった。つまり誰もいない。

「しくったな」

 ケータイも無く、どうすることも出来ない俺はとりあえず玄関の前にあるちょっとした階段に腰を下ろす。
 ああ、にしても最悪だな…。今日は。
 明日は御影と神無に謝んなきゃな。そう考えると明日も憂鬱だ。
 そんな事を思いながら俺は地面へと視線を移す。
 この姿を見たら姉ちゃんはどう思うだろうか?相当心配するかもな、あの人過保護だし。

 と、想像の世界で暇を潰していると、不意に何処からか声が聞こえてきた。

「一軒家だったんだね、桜島くん」
「え?」

 顔を上げると、そこには神無の姿があった。俺のリュックを片手にもう一方の手を腰に当てている。

「何でここが分かった?」
「サイコンに搭載されてるGPSで」
「マジか…。そんな機能搭載されてんのかよ…」

 サイクルコンピュータ通称サイコンは、自転車の速度を測ったり、距離を見る事が出来る機械である。
 確かに、借りていたロードにもサイコンは付いていたが、GPS機能まであったとは…。

「俺の位置が分かった理由は分かったが、何で来たんだ?御影は?」
「うーんと…まず、要件は荷物を渡す事。センならもう家に送って来たよ」
「そうか、ありがとな。じゃあリュックを返してもら……」

 と、手を伸ばすがリュックを掴むことは出来ない。神無がリュックを上に上げたからだ。

「何するんだ、返してくれよ」
「もう一つ、要件があるんだけど」
「……何だ?先に帰ったことなら悪いとは思ってるが、その件については明日にしてくれないか?そういう気分じゃない」

 正直、もう部屋で休みたかった。出来れば帰ってもらいたい。

「いや違うよ?それは今はいいんだ」
「え?」

 違う?先に帰った事以外に何の要件があるんだ?

「桜島くんが自転車経験者じゃないかって話だよ」
「あ………」

 すっかり忘れていた。そういえば朝、そんな話をしたんだったか。

「別に、無理矢理自転車経験者かどうか知りたい訳じゃないんだけどね。隠してるんなら、隠したい理由があるんだろうし」
「………………」

 隠したい理由は、ある。
 自転車経験者とバレることで、過去の詮索をされたくない。一度出たレースの事を、誰にも掘り返して欲しくない。
『何で優勝を逃したの?』なんて聞かれたら俺の心は完璧に崩壊するだろう。
 だから自転車をしていることは誰にもバレたく無かった。

「桜島くんが自転車経験者かもって思ったのは、初めて身体を触った時。筋肉の付き方が常人とは全然違ってたし、それに……時々墓穴掘ってたしね。…ふふっ」

 思い出し笑いなのか、神無が口元を押さえて控えめに笑う。
 確かに、ちょくちょくミスをした気はしていたが、誤魔化せているつもりでいた。そこでバレるとは…。

「不思議だったよ。明らかに強いだろうになんでそれを隠すのか。気になり過ぎて今日、ついつい聞いちゃうほどに」
「……聞いてどうするつもりだったんだ?」
「んー…頼みごとをしようかと、思ってた。…けど、もういいんだ。必死で隠してるならそれを無理矢理聞くのは無粋だしね。…今日途中で帰った事と、関係あるんでしょ…?」

 心配そうな表情で神無が俺の顔を覗き込む。やっぱり、こいつに隠し事は無理らしい。

「まあ…な」
「…そっか。まあ、なら…!深くは詮索しないよ、もうね。けど…一つ覚えておいて。過去にどんな辛いことがあっても……今は私達がいるから、誰かが桜島くんを傷つけようとしたら…絶対に守るから」
「……!」

 神無はそれだけ言うとリュックを俺の隣に置き、笑いながら去っていった。

 ――いいのか?

 誰かに…家族以外にこんなに大事にしてもらったことは無かった。ましてや「守る」何て言ってもらったことはない。

 ――やっぱり、神無になら……

 俺は喉に詰まっている言葉を何とか外に出そうとする。どう言えばいいか分からないが、何かを。きっと。
 立ち上がり、俺は声を発する。

「まだ…っ…」
「ん?」

 神無がこちらに振り返る。目を見開いて。
 俺は何を言おうとしてるんだろうか?分からない…全部を打ち明けるつもりなのか?いや、そうじゃない。そうじゃないが――

「……昔の事は、まだ話せないけど…いつか、きっと…話す。……神無、俺は…」

 ……そういうことか…分かった。そうだ、シンプルな答えを出せばいいだけだ。
 最初の質問に答えるだけの…シンプルな答えを。

「――自転車経験者…だ」
「――!」

 今は、ここまでしか言えないが…いつか、もしかしたら。 

「…やっぱり、そうだったんだね」

 彼女達になら、守ってくれると言ってくれた神無になら…御影になら…俺の過去を打ち明けてもいい日が…もしかしたら来るのかもしれない。

 俺は、笑顔でこちらを見てくる神無を見て、そう思うのだった。

「吹っ切れた感じ…では無いかもだけど、ちょっとだけ軽くなった?」
「ああ、おかげでな」
「それは良かった。我がサークルの秘密兵器がこんな所で萎んでたら、マネージャーとして失格だからね〜」

 少し照れながら神無が言った。

「はは…マネージャーの仕事の一環としてか。結構嬉しかったんだけどな『守るから』って言ってくれたの」
「ちょっ!ひ、人が恥ずかしいセリフ言っちゃったと思ってたのに…!掘り返さないでよぉーもぅ……意地悪だなぁ桜島くんは…」

 少し意地悪を言うと、神無が珍しく顔を真っ赤にして本気で照れた。本人からしたらやっぱり恥ずかしいセリフだったらしい。だが――

「嬉しかったのは本当だぞ。俺も、お前達の為に走ろうって…そう、思えた。ありがとな、神無」
「……ふーん。そっかそっか…なら精々頑張って貰わなきゃね…!」

 何故か顔を背ける神無。何だろうか?まだ顔が赤いが……何かマズイことでも言ったんだろうか。

「あ、そういえば。頼みごとって何だ?自転車経験者であることは…まあ認めたわけだし、出来る頼みは聞くが?」
「…え?本当⁈」

 神無が今日イチの食いつきで、俺の顔に顔を近づけてくる。その瞳をキラキラと輝かせて。

 何かマズったか?変なこと言われないよな?

「で、出来ることだけにしてくれよ?」
「大丈夫!とりあえず桜島くんの家に入れてくれれば!」
「……は?」

 何の冗談か分からなかったが、神無の目は本気だった。
 本気で俺の家に入りたいらしい。

 うぅむ…入れていいものか分からないけど、出来ることはする的な事を言った手前、断れない…。
 仕方ない…か。

「少しだけだぞ…」

 俺はそう言い、鍵を探すべく自分のリュックに手を入れた。

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