一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。
練習会と青春ボーイ4
神無は俺達にコースに慣れるよう、20周してこいと言った。一周が5kmなので、つまり100km。
その距離を今、俺達は巡行速度35km/hで、先頭交代をしながら走っていた。
何故先頭交代をしながら走るのか?俺が師匠に尋ねた時、師匠は『前に人がいると安心するから』とか言っていた。
まあジョークだろうが。実際は空気抵抗の問題である。
常に一人で走っていると、速度が上がるに連れ、どんどんと風圧によって負荷が増していく。つまり疲れるのだ。
だが、先頭交代をしながら走れば、前にいる人を風から守る盾として使えるので、疲れが軽減される。というより、激減される。
人数が多いほど、後ろの人は空気抵抗を受けない訳だが、2人でもその恩恵は十分に感じられていた。
ちなみに、この技法を“スリップストリーム”や“ドラフティング”と呼ぶ。分かりやすいのは“風除け”という言葉だろう。
「リクくん、今何周目だっけ〜?」
俺の後ろについている御影が、息を切らす様子も無く余裕な声音で質問をしてくる。
リーダーなんだからそれ位把握して欲しいものだが…。
「今が丁度20周目だ」
振り返らず俺は答える。
ここまで走るのに、3時間弱かかったが…こいつ、まだまだ行けそうな感じだな。さっきみたいに勝負を仕掛けてこなきゃいいが。
「よーし!じゃあラストだから勝負だね!行っくよー!」
「おいコラ、人の望みと逆のことするなよ。しないからな?勝負は」
「えぇ〜……」
既にスプリントを始め、俺よりも前に出ていた御影が、残念そうな顔を向けてくる。1度目は付き合ってやったが、2度もやってたまるか。
俺は勝負をなるべくしない生き方をしているというのに。
――というか、調節が面倒なのだ。先ほどみたいに相手と同じ速度で並走するという引き分け法もあるが、2度は通じない。となると、確実に優劣が決まってしまう。
面倒…実に面倒だ。なので必要の無い勝負はしたくは無い。それが俺の流儀。
「…最後のタイムトライアルで本気だせよ。俺のことチギるつもりでな」
「……そうだね、うん。そうしようじゃ無いか!…それにしても、よくチギる何て言葉知ってるね?」
「……………」
またやらかした。“チギる”とは自転車用語で、相手選手を置いて先に行くという意味だ。よくレースで使われるこの言葉は、日常的にはほとんど使うことが無い。
知る人ぞ知るこの言葉。
つまり知らない人は知らない言葉である。またも墓穴を掘ってしまったわけだが――
「…たまたまだよ」
弁解が面倒だったので、俺は軽く流し、御影の前に出た。
◇
「はいお疲れ様〜」
「…まあ、疲れたな」
笑顔で俺と御影を迎える神無。両手に俺達用の新しいボトルを持ち、労ってくれてはいるのだが…笑顔で迎えるとは中々に鬼畜だ。
というかそもそも、普通は初心者にいきなり100kmも走らせない。それもずっと35km/hでだ。正直アホ。
この鬼畜さから分かるように、神無は俺を初心者とは思っていないようである。
朝に、息がつまるような質問をされてから、神無はそれについて言及はしないでいた。それは俺に対する、彼女なりの気遣いなのかもしれないが…所々気を遣えてないんだなコレが。
「どうしたの?桜島くん?」
俺の顔に『不信感』とでも書いてあったのだろうか?神無が俺を見て首を傾げる。
まあ、自分でこれ以上墓穴を掘る必要は無いだろう。あちらが聞かないなら、それで良しとしよう。
「いや、何でも無い。そのボトル貰えるか?」
「はいっ!クーラーボックスに入ってたから適度に冷えてるよ」
「ボ、ボクにも!実は途中でボトル切らしてて…」
「え?そうだったのか?」
そんなに大量に飲んでいた印象は無かったが。そう思いながら、俺は神無からボトルを受け取る。
「ボトル1本すぐ飲んじゃったよ〜。やっぱり2本は必要な時期だね〜これからは」
「……………」
気のせいだろうか?これが目の錯覚ならオカシイのは俺だが、これは確実に実在しているモノだろう。
「なあ御影、俺にはボトルが2本あるように見えるんだが?」
「プハ…ッ!何言ってるんだい?そりゃ今ミドリから貰ったんだから2本になるでしょ?」
冷えたボトルの中身を存分に堪能している御影が『当たり前じゃん』みたいな顔で言ってくる。
いや、そういうことじゃねぇよ。
「ロードの方にだよ。付いてるぞ?ボトル2本」
「…えっ⁈」
御影が慌てて自分のロードを確認する。
御影のロードには2つのボトルケージが付いており、両方にボトルが収まっていた。つまり1本飲み終わったら2本目を飲めばいい話な訳だが…。
「あれー⁈ボクが知らない間にボトルが増えてる⁈」
どうやら御影は知らなかったようである。いやしかし、普通気づくだろう。…普通じゃ無いのか?
「ああそれ、私が付けといたんだよ。セン、途中でボトル切らすんじゃないかと思って。…飲まなかったみたいだけど」
あ、神無がちょっと落ち込んでいる。まあ、自分のした事が相手に上手く伝わらないと、ショックを受けるのは分からなくは無いが。
ちなみに俺は1本目もまだ飲み切っていなかった。小まめに水分補給していたつもりではいたが、飲み切れないものだな。
「お、お昼に飲むよ!うん!ミドリ、ありがとね!」
「…お昼用のお茶もあるんだけど…」
「んん〜……」
御影が何やらフォローに入ったが、効果はイマイチのようだ。逆にカウンターを喰らっている。
ん?というか待てよ?
「なあ、お昼とか持ってきて無いぞ?走っている時は何も食えなかったし…どうすればいいんだ?」
「え⁈リクくん補給食食べなかったの⁈」
御影が動揺…とまではいかないが、驚いて目を丸くしている。確かに、驚く気持ちは分かる。
自転車というのは、大量にカロリーを消費するスポーツだ。だから走りながらでも選手は食べ物を食べる。簡単な話、そうしないとパフォーマンスを100%発揮出来ないからだ。しかしながら…。
「補給食どこにあんだよ、無いもんは食え………いや待てよ?」
俺は心当たりがある背中のポケットに手をやる。と、……あった。
バー状の補給食がポケットに入っているのが触って分かる。いつの間に?まさか入っていたとは。
「何で気付かないのさー!ボクが折角好意で入れてあげたのにー!」
確かに、確かに悪いとは思うが…。
「お前にだけは言われたく無い。…というか、いつから入ってたんだ?」
「ああ、リクくんがマーカーコーン置いた時に、ちょっとずつね…!」
何やら舌を出して頭コツンしているが……いや、それなら俺悪く無いわ。
気付かないように入れやがって。何がしたいんだ…全く。
「あのさ、桜島くん。話戻してお昼ご飯のことだけど、ちゃんと桜島くんの分もあるから安心してね?……それと疑問なんだけど…」
神無が半目を作り、俺の後ろを指差す。
「あの人達知り合い?」
「ん?」
俺が振り返ると、そこには東条と2人の少女がこちらに視線を向けていた。しかも何か東条は笑っている。
何だ?どうしたんだ?というか、あんまり関わりたくは無いんだが。こっちには来るなよ?
と、俺が願ってもそれは叶わず『行きますよ?』とばかりにこちらに向かってくる。
そして、東条は俺の目の前に来ると、青少年特有の若々しい笑顔でこう言った。
「お昼、一緒に食わねぇ?」
◇
どうしてこうなった?
いや、というか何だこれは?
コース近くの公園で絶賛昼飯中の俺らなのだが……メンバーがおかしい。
まず、俺の右に御影、左に神無がいるのは分かる。
だけど、向かい合う形でいる他の3人が謎である。
「あ、ほうひえばしょうふぁいがははだっはね。へっほぉー」
オニギリを頬張りながら東条が何かを喋っているが、分からん。
喋るか食べるか黙るか、どれかにしろ。
「翻訳しますと、『あ、そういえば紹介がまだだったね。えっとー』と言っています」
「ふぉんはふほふろう」
「翻訳ご苦労だそうです」
俺は、先程から自動翻訳機のように淡々と喋っている少女の方に目をやり、その容姿を改めて確認する。
ミディアム程の長さの若葉色の髪に、矢吹色の瞳。身長はやや低めで、体躯は小柄だ。全体的に小さく、この中で一番子供っぽい見た目であるが、喋り方や雰囲気は、大学生のソレに遅れを取らない。
というか、御影より大人っぽい。
「へっぷち…っ!うぅ…誰かが噂してるような…」
隣で御影が可愛らしいクシャミを放つ。悪い、原因多分俺だ。
「ゴクリッ…っと!んじゃあてな訳で、自己紹介しましょうぜ?」
「どういう訳だ。というかこの状況が何なんだよ全く…」
「まあまあ、いいじゃ無いか!沢山で食べる方が美味しいよ!」
「……はぁ」
溜息しか出ない。というか、そもそもこんな状況になったのは御影が原因とも言える。
俺の心配を的中させる御影の『あ!さっきの少年じゃないか〜!いいね!一緒に食べよ〜!」という一言により、こうして俺達は一緒にお昼を食べる形になってしまったのだ。全く、こいつは。
「自己紹介という事でしたら、先ずは私が。霊譚学園1年の山里桜と言います。好きなことは……漫才…ですかね」
翻訳をこなしていた少女が先陣を切る。まあ、普通の自己紹介だな。うん。最後の好きなことはよく分からないが。
笑いどころなのか?もしかすると。しかしながら表情が一定なので全く読めない。何処と無く、愛想の無い猫っぽい。
「じゃあ次は私が。聖月大学1年、神無ミドリです。好きなことは機械いじり。宜しくね」
続いては神無が自己紹介をする。どうやら交互に挨拶をする流れのようだ。
それにしても、好きなこと言ってくのか?全員?
「んじゃあ次はアタシだな!霊譚学園3年の高畑乱っす!好きなことは食うこと!よろしくっすー!」
元気一杯な自己紹介をした少女は、好きなことを絶賛実施中と言わんばかりに、両手でオニギリを掴んでいた。
それにしても、見た目と感じが違う奴だな、コイツ。
黒髪ロングに紫紺の瞳。神無にも引けを取らないその抜群のプロポーションは、成人女性と言ってもバレないだろうというほど、見事に完成されている。
意外と焼けていない白い肌も相重なり、黙っていれば清楚な印象を受ける少女なのだが、その言葉遣いや態度が印象を見事に破壊していっている為、何というか、色んな意味で規格外な印象を俺は今、受けていた。
「それじゃあ次はボクねー!聖月大学1年の御影セン。好きなことは動くことだよ!よろしく〜」
うむ、元気っぷりは御影も負けていない。
しかしながら、何故皆、好きなことに自転車を挙げないんだ?誰か言いそうなものだが。
「次は俺だな!霊譚学園2年!東条シンラだ!好きなことは女の子と戯れること!よろしくぅー!」
何やら決めポーズを取り始める東条。そんな東条に対し、山里は溜息を吐き、高畑は高笑いをする。
きっといつもこんな感じの奴なんだろうな。こいつは。
さて、次は俺の番な訳だが。
「…聖月大学1年、桜島リク。好きなことは…」
好きなことは……何だ?俺の好きなことっていったら1人でいること位なものだが…流石に今それを言うのはマズイ気がする。
となれば言うことは一つだ。誰も言わなかったのだから、言っていいだろう。
「…自転車に乗ることだ…」
『………………』
うむ、まあ無難だな。これでいいだろう。自己紹介も終わったことだし、再び神無特製の蕎麦を美味しく召しあがろう。
と、思ったのだが。
「はぁ…リクさんさぁ、それはタブーというか…前提じゃない?ダメだよ…好きなことに自転車挙げちゃあ」
そう言い、苦笑いをする東条。
てか、他の面々も苦笑いをしている。マズった。選択を誤ったらしい。……こういう場合は…どうすればいいんだ?
「………」
どうにかしたい。そう思いつつも、この微妙な空気をどうしようも出来ない俺は、沈黙を突き通し、ひたすらに汗を流すことしか出来なかった。
その距離を今、俺達は巡行速度35km/hで、先頭交代をしながら走っていた。
何故先頭交代をしながら走るのか?俺が師匠に尋ねた時、師匠は『前に人がいると安心するから』とか言っていた。
まあジョークだろうが。実際は空気抵抗の問題である。
常に一人で走っていると、速度が上がるに連れ、どんどんと風圧によって負荷が増していく。つまり疲れるのだ。
だが、先頭交代をしながら走れば、前にいる人を風から守る盾として使えるので、疲れが軽減される。というより、激減される。
人数が多いほど、後ろの人は空気抵抗を受けない訳だが、2人でもその恩恵は十分に感じられていた。
ちなみに、この技法を“スリップストリーム”や“ドラフティング”と呼ぶ。分かりやすいのは“風除け”という言葉だろう。
「リクくん、今何周目だっけ〜?」
俺の後ろについている御影が、息を切らす様子も無く余裕な声音で質問をしてくる。
リーダーなんだからそれ位把握して欲しいものだが…。
「今が丁度20周目だ」
振り返らず俺は答える。
ここまで走るのに、3時間弱かかったが…こいつ、まだまだ行けそうな感じだな。さっきみたいに勝負を仕掛けてこなきゃいいが。
「よーし!じゃあラストだから勝負だね!行っくよー!」
「おいコラ、人の望みと逆のことするなよ。しないからな?勝負は」
「えぇ〜……」
既にスプリントを始め、俺よりも前に出ていた御影が、残念そうな顔を向けてくる。1度目は付き合ってやったが、2度もやってたまるか。
俺は勝負をなるべくしない生き方をしているというのに。
――というか、調節が面倒なのだ。先ほどみたいに相手と同じ速度で並走するという引き分け法もあるが、2度は通じない。となると、確実に優劣が決まってしまう。
面倒…実に面倒だ。なので必要の無い勝負はしたくは無い。それが俺の流儀。
「…最後のタイムトライアルで本気だせよ。俺のことチギるつもりでな」
「……そうだね、うん。そうしようじゃ無いか!…それにしても、よくチギる何て言葉知ってるね?」
「……………」
またやらかした。“チギる”とは自転車用語で、相手選手を置いて先に行くという意味だ。よくレースで使われるこの言葉は、日常的にはほとんど使うことが無い。
知る人ぞ知るこの言葉。
つまり知らない人は知らない言葉である。またも墓穴を掘ってしまったわけだが――
「…たまたまだよ」
弁解が面倒だったので、俺は軽く流し、御影の前に出た。
◇
「はいお疲れ様〜」
「…まあ、疲れたな」
笑顔で俺と御影を迎える神無。両手に俺達用の新しいボトルを持ち、労ってくれてはいるのだが…笑顔で迎えるとは中々に鬼畜だ。
というかそもそも、普通は初心者にいきなり100kmも走らせない。それもずっと35km/hでだ。正直アホ。
この鬼畜さから分かるように、神無は俺を初心者とは思っていないようである。
朝に、息がつまるような質問をされてから、神無はそれについて言及はしないでいた。それは俺に対する、彼女なりの気遣いなのかもしれないが…所々気を遣えてないんだなコレが。
「どうしたの?桜島くん?」
俺の顔に『不信感』とでも書いてあったのだろうか?神無が俺を見て首を傾げる。
まあ、自分でこれ以上墓穴を掘る必要は無いだろう。あちらが聞かないなら、それで良しとしよう。
「いや、何でも無い。そのボトル貰えるか?」
「はいっ!クーラーボックスに入ってたから適度に冷えてるよ」
「ボ、ボクにも!実は途中でボトル切らしてて…」
「え?そうだったのか?」
そんなに大量に飲んでいた印象は無かったが。そう思いながら、俺は神無からボトルを受け取る。
「ボトル1本すぐ飲んじゃったよ〜。やっぱり2本は必要な時期だね〜これからは」
「……………」
気のせいだろうか?これが目の錯覚ならオカシイのは俺だが、これは確実に実在しているモノだろう。
「なあ御影、俺にはボトルが2本あるように見えるんだが?」
「プハ…ッ!何言ってるんだい?そりゃ今ミドリから貰ったんだから2本になるでしょ?」
冷えたボトルの中身を存分に堪能している御影が『当たり前じゃん』みたいな顔で言ってくる。
いや、そういうことじゃねぇよ。
「ロードの方にだよ。付いてるぞ?ボトル2本」
「…えっ⁈」
御影が慌てて自分のロードを確認する。
御影のロードには2つのボトルケージが付いており、両方にボトルが収まっていた。つまり1本飲み終わったら2本目を飲めばいい話な訳だが…。
「あれー⁈ボクが知らない間にボトルが増えてる⁈」
どうやら御影は知らなかったようである。いやしかし、普通気づくだろう。…普通じゃ無いのか?
「ああそれ、私が付けといたんだよ。セン、途中でボトル切らすんじゃないかと思って。…飲まなかったみたいだけど」
あ、神無がちょっと落ち込んでいる。まあ、自分のした事が相手に上手く伝わらないと、ショックを受けるのは分からなくは無いが。
ちなみに俺は1本目もまだ飲み切っていなかった。小まめに水分補給していたつもりではいたが、飲み切れないものだな。
「お、お昼に飲むよ!うん!ミドリ、ありがとね!」
「…お昼用のお茶もあるんだけど…」
「んん〜……」
御影が何やらフォローに入ったが、効果はイマイチのようだ。逆にカウンターを喰らっている。
ん?というか待てよ?
「なあ、お昼とか持ってきて無いぞ?走っている時は何も食えなかったし…どうすればいいんだ?」
「え⁈リクくん補給食食べなかったの⁈」
御影が動揺…とまではいかないが、驚いて目を丸くしている。確かに、驚く気持ちは分かる。
自転車というのは、大量にカロリーを消費するスポーツだ。だから走りながらでも選手は食べ物を食べる。簡単な話、そうしないとパフォーマンスを100%発揮出来ないからだ。しかしながら…。
「補給食どこにあんだよ、無いもんは食え………いや待てよ?」
俺は心当たりがある背中のポケットに手をやる。と、……あった。
バー状の補給食がポケットに入っているのが触って分かる。いつの間に?まさか入っていたとは。
「何で気付かないのさー!ボクが折角好意で入れてあげたのにー!」
確かに、確かに悪いとは思うが…。
「お前にだけは言われたく無い。…というか、いつから入ってたんだ?」
「ああ、リクくんがマーカーコーン置いた時に、ちょっとずつね…!」
何やら舌を出して頭コツンしているが……いや、それなら俺悪く無いわ。
気付かないように入れやがって。何がしたいんだ…全く。
「あのさ、桜島くん。話戻してお昼ご飯のことだけど、ちゃんと桜島くんの分もあるから安心してね?……それと疑問なんだけど…」
神無が半目を作り、俺の後ろを指差す。
「あの人達知り合い?」
「ん?」
俺が振り返ると、そこには東条と2人の少女がこちらに視線を向けていた。しかも何か東条は笑っている。
何だ?どうしたんだ?というか、あんまり関わりたくは無いんだが。こっちには来るなよ?
と、俺が願ってもそれは叶わず『行きますよ?』とばかりにこちらに向かってくる。
そして、東条は俺の目の前に来ると、青少年特有の若々しい笑顔でこう言った。
「お昼、一緒に食わねぇ?」
◇
どうしてこうなった?
いや、というか何だこれは?
コース近くの公園で絶賛昼飯中の俺らなのだが……メンバーがおかしい。
まず、俺の右に御影、左に神無がいるのは分かる。
だけど、向かい合う形でいる他の3人が謎である。
「あ、ほうひえばしょうふぁいがははだっはね。へっほぉー」
オニギリを頬張りながら東条が何かを喋っているが、分からん。
喋るか食べるか黙るか、どれかにしろ。
「翻訳しますと、『あ、そういえば紹介がまだだったね。えっとー』と言っています」
「ふぉんはふほふろう」
「翻訳ご苦労だそうです」
俺は、先程から自動翻訳機のように淡々と喋っている少女の方に目をやり、その容姿を改めて確認する。
ミディアム程の長さの若葉色の髪に、矢吹色の瞳。身長はやや低めで、体躯は小柄だ。全体的に小さく、この中で一番子供っぽい見た目であるが、喋り方や雰囲気は、大学生のソレに遅れを取らない。
というか、御影より大人っぽい。
「へっぷち…っ!うぅ…誰かが噂してるような…」
隣で御影が可愛らしいクシャミを放つ。悪い、原因多分俺だ。
「ゴクリッ…っと!んじゃあてな訳で、自己紹介しましょうぜ?」
「どういう訳だ。というかこの状況が何なんだよ全く…」
「まあまあ、いいじゃ無いか!沢山で食べる方が美味しいよ!」
「……はぁ」
溜息しか出ない。というか、そもそもこんな状況になったのは御影が原因とも言える。
俺の心配を的中させる御影の『あ!さっきの少年じゃないか〜!いいね!一緒に食べよ〜!」という一言により、こうして俺達は一緒にお昼を食べる形になってしまったのだ。全く、こいつは。
「自己紹介という事でしたら、先ずは私が。霊譚学園1年の山里桜と言います。好きなことは……漫才…ですかね」
翻訳をこなしていた少女が先陣を切る。まあ、普通の自己紹介だな。うん。最後の好きなことはよく分からないが。
笑いどころなのか?もしかすると。しかしながら表情が一定なので全く読めない。何処と無く、愛想の無い猫っぽい。
「じゃあ次は私が。聖月大学1年、神無ミドリです。好きなことは機械いじり。宜しくね」
続いては神無が自己紹介をする。どうやら交互に挨拶をする流れのようだ。
それにしても、好きなこと言ってくのか?全員?
「んじゃあ次はアタシだな!霊譚学園3年の高畑乱っす!好きなことは食うこと!よろしくっすー!」
元気一杯な自己紹介をした少女は、好きなことを絶賛実施中と言わんばかりに、両手でオニギリを掴んでいた。
それにしても、見た目と感じが違う奴だな、コイツ。
黒髪ロングに紫紺の瞳。神無にも引けを取らないその抜群のプロポーションは、成人女性と言ってもバレないだろうというほど、見事に完成されている。
意外と焼けていない白い肌も相重なり、黙っていれば清楚な印象を受ける少女なのだが、その言葉遣いや態度が印象を見事に破壊していっている為、何というか、色んな意味で規格外な印象を俺は今、受けていた。
「それじゃあ次はボクねー!聖月大学1年の御影セン。好きなことは動くことだよ!よろしく〜」
うむ、元気っぷりは御影も負けていない。
しかしながら、何故皆、好きなことに自転車を挙げないんだ?誰か言いそうなものだが。
「次は俺だな!霊譚学園2年!東条シンラだ!好きなことは女の子と戯れること!よろしくぅー!」
何やら決めポーズを取り始める東条。そんな東条に対し、山里は溜息を吐き、高畑は高笑いをする。
きっといつもこんな感じの奴なんだろうな。こいつは。
さて、次は俺の番な訳だが。
「…聖月大学1年、桜島リク。好きなことは…」
好きなことは……何だ?俺の好きなことっていったら1人でいること位なものだが…流石に今それを言うのはマズイ気がする。
となれば言うことは一つだ。誰も言わなかったのだから、言っていいだろう。
「…自転車に乗ることだ…」
『………………』
うむ、まあ無難だな。これでいいだろう。自己紹介も終わったことだし、再び神無特製の蕎麦を美味しく召しあがろう。
と、思ったのだが。
「はぁ…リクさんさぁ、それはタブーというか…前提じゃない?ダメだよ…好きなことに自転車挙げちゃあ」
そう言い、苦笑いをする東条。
てか、他の面々も苦笑いをしている。マズった。選択を誤ったらしい。……こういう場合は…どうすればいいんだ?
「………」
どうにかしたい。そう思いつつも、この微妙な空気をどうしようも出来ない俺は、沈黙を突き通し、ひたすらに汗を流すことしか出来なかった。
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