一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

カテゴリー《ハーレム》2


「という訳で、レースに参加することになりましたー!」

 手を大きく広げ、御影が笑顔で言う。

「帰る。退け」
「えぇぇ‼︎ちょっと!何でそうなるんだい⁈」
「逆にだ、逆に何でその説明で俺がレースに出ると思った?俺が今のを聞いて思ったのは『ああ、お前の兄さん委員長なのに可哀想』くらいなものだ。てか、兄の権力使ってサークル立ち上げるとか酷すぎだろお前」

 悪魔なんじゃないかコイツ。というかモロ悪魔だ。

 俺はクラブ活動管理委員会について詳しく知っているわけではないが、何となくは聞いたことがあった。新たなサークルの設立要請が出たとき、許可するか否かの会議を行うなど、いわゆるクラブ活動全般を取り締まる委員会…と。
 そういえば、サークルメンバー追加の最終受理をするのも、クラブ活動管理委員会だった筈だ。俺の申込書もきっと、御影の兄に受理されたんだろう。

「い、いや!権力を使ったんじゃなくて、サークルに関して深くは伝えなかっただけだよ!人数とか…人数とか…。あとは空き部屋を分取った位で…」

 十分酷い。何というか、御影の兄とは気持ちを通じ合える気がする。関わりたいとは思わないが。

「まあ、お前の悪魔っぷりは改めて実感した訳だが…」
「ひ、酷い!」

 何かショックを受けているようだが、俺に酷いと言ったことに対して、俺から短く言わせてもらうとするならば……『お前がな』。

「とりあえず、そんなことはいいんだよ。問題はそこじゃない。問題は、何でお前の兄さんを懸けた戦いに俺が参加しなければならないのか、ということだ。俺のサークル参加の申込書は受理されたんだろ?だったら俺のやる事はもう終わりなんじゃないのか?というか終わらせろ」

 俺は言いながら御影の元まで足を進め、ドアノブに手を掛けようとする。もちろん帰るためだ。とりあえずもう面倒くさい。
 が、御影が俺の伸ばした手をはたき落したことにより、帰宅は阻止される。しかも何か猫みたいに髪が逆立っている。

「ふしゅぅぅ…シャァー‼︎帰ろうとするなフシャー‼︎」

 やっぱり猫だ。目を輝かせた猫が阻止してくる。前に猫カフェでたわむれていたいと言ったが、こんな凶暴な猫は嫌だ。

「分かったよ。理由があるなら言え。だが、納得しなかったら俺は直ぐに帰る。というか帰らせろ」
「うぅぅ……。受理を…受理をされなかったんだよ、リクくんの申込書は…」

 威嚇を抑えつつ御影が言ったことに対して、俺は首を傾げる。

 受理をされなかったとは、どういうことなのか?申込書に不備は無かったと思うのだが…。いや、もしかすると。

「ハンコとか必要だったのか?」
「え?あ、あぁ…まあ、それは大丈夫なんだけど。実はね、リクくんだけでもメンバー追加しといてって兄さんに言ったら『お前のことだから、レース前に他のメンバーを連れてきて、サークルを認めさせようとかしたりするかもしれないだろ?だからレースに勝つまでメンバーの追加は無しだ!申込書も受け取らない!いいな?こ、こればかりは脅しには屈しないからな!』って言われて…全く、そんな姑息な手は使わないっていうのに、ねぇ?」

 『ねぇ?』と言われても困る。というか、それはお前の日頃の態度故の判断だろう。

「……はぁ」

 俺は溜息を吐きつつ、近くにあった椅子に腰掛ける。その行動を見た御影の目が、大きく見開く。

「か、帰らない…の?無理矢理突破されるかと思った…」
「帰っていいならそうするが、受理されなかったのは本当らしいからな。そこら辺の納得はしたから、無理矢理帰ったりしないさ。それに――」

 それに、約束した事は守らなければならない。それがどんなに意にそぐわないことでも。

「サークルに名前を貸すと言ってしまったからな。その約束は果たさなくてはならない。だからレースに出て協力するのも俺がすべきことだ……と、俺は思っている」
「…………………」

 何だろうか。御影が唖然とした顔のまま固まってしまっている。『そんなバカな⁈』という風に、あり得ないものを見た感じで。

「どうした?金縛りにでもあったか?」
「……い、いや…何というか…そんなに良い返事が貰えるとは思っていなくてね?『関係ないから1人で頑張れ』とか言われるかと思ってた…」
「俺は心に決めた約束は守ることをモットーとしてるんだ。例えそれが面倒でも…やらなかった後悔というのは、後々まで心に張り付いてくるものだからな…」

 言っていて、俺はふと思い出してしまった。

 約束を守れなかった、苦々しく、消すことの出来ない記憶を――。
 まるでビデオを再生したように、頭に流れる…………………。




「――クくん?…………リクくん………………リクくん!」
「……あ、ああ?なんか言ったか?」

 御影が頬を膨らませながらこちらを見ている。何かを言っていたようだが、考え事をしてした為に聞き逃してしまったらしい。

「い、いや…だ、だからね…その…えっと…」

 何だろうか、口籠っていて何が言いたいのかよく分からない。

 しばらくゴニョゴニョと言葉を濁していた御影だったが、俺から視線を外し、横を向いてしっかりと口を開いた。

「ありがとう……って、言ったんだよ。全く、2度言わされるのは恥ずかしいなーもう……!」

 御影が頬を染め、何やら手で顔を仰ぎ始めた。恥ずかしがる理由は少し謎だが、そんなので涼しくなるのか。
 とりあえず俺も仰いでやろう。

 俺も御影の方へと手を縦に振る。

「な、何してるの?」
「いや、暑いなら仰いでやろうかと」
「そ、そういう気遣いはあんまり嬉しくないんだけど……まあけど、君のそういう所、好きだよ?」
「仰いで貰うのが好きなのか?安い女だな」
「ち、違ーう‼︎そ、そこだけじゃなくて!約束を守ろうとしてくれる所とか、一応色々気遣ってくれる所だよ!全くもう……意地悪いじわる…」

 頬を膨らませ、御影は再びそっぽを向いてしまう。意地悪した覚えはないのだが。
 まあしかし、俺の返しが悪かったのかもしれないな。一応付き合ってる訳だし、好きと言われたらそれ相応の返し方があるだろう………そうだな、確か――


「俺も好きだぞ、御影」


 そうそう、こういう感じで好意を返してやるのが正しい返事………だったよな?確か。うむ、その筈だ。ドラマで見た。
 御影もそれで納得してる筈だ。――む?

 俺は御影の表情を確認しようと、覗き込むように視線を移動したのだが……先ほどより顔が赤い。というか、何か湯気っぽいの出てる。

「おい、どうした御影?顔が沸騰してるぞ?新たな除菌法か?」
「除菌法って何だい⁈ち、違うよ…!も、もしかしたらリクくんはボクのこと…そんなに好きじゃないのかもと思ってたのに…そんなストレートに言われたら……さ、流石に照れるじゃないか…」

 俺の方をしっかりとは見ず、チラチラと何かを確認するように目だけを動かして御影が言った。どうやら言葉の選択を間違えたらしい。

 思い出した…これは口説き文句だ。

「おい御影、今のはちが――」
「――あれ?何で鍵かかってたの?いるじゃない」

 神無が部室に入ってくる。何というタイミングだ。というか、デジャブを感じるのだが。

「や、やあミドリ!おはようございます?」
「何で疑問形?まあ、おはようではないと思うけど……。というか、どうしたの?顔赤いけど」

 未だに顔が赤い御影を不思議に思ったのか、神無が顎に手を当てながら不思議そうに御影を見つめる。
 と、いきなり俺の方に視線を転換する。

「何かした…?」

 うぅむ…。鋭いな。だがここで『しました』というほどアホな俺ではない。とりあえずここは――

きにしもあらずだ」

 と、嘘はつかずにお茶を濁そう。




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