一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

手違いで彼女が出来た。1


 ――俺は一人が好きだ。

 だが、世の中というものは一人では生きていけない。そんなことは分かりきっている。
 だから世界は俺に優しくない。
 自分の主張が世界に通じない時、人はどうするのだろうか?妥協、迂回、閉鎖、狂乱。まあ、色々と思いつくが…そんな中で俺が導き出した答えは――。



 ◇



「君は才能を浪費している!今こそボクと一緒にその才能を活かすべきだ!」

 午後4時、大学から帰ろうと思っていたその時、俺は1人の人物に駐輪場で呼び止められた。

 何なんだこいつは?才能などないし、あったとして浪費したくなどはない。というか、何だそのキャッチフレーズは?

 6月という季節外れなサークル勧誘を受け、俺はただただ沈黙を貫くことにしていた。

 正直、面倒くさい。

「きみきみ〜無視はよくないんじゃないかなー?華の大学生なんだから楽しもーよー?」

 俺を呼び止めた人物は、何が楽しいのか分からないほどに笑顔でこちらに話しかけてくる。
 正直、この場から今すぐにでも立ち去りたいのだが、そう出来ないのには理由があった。
 勧誘をしてきているこの人物が、思い切り俺の服を掴んでいるのだ。これでは逃げられない。
 きっと、サークル入りをするまで放すつもりは無いんだろう。ならば仕方ない。

「嫌です。迷惑です。話しかけないでください。訴えますよ」

 俺は淡々と言う。
 嫌なものはバッサリと断るのが筋というものだろう。
 ここまで直球で断ったんだから、流石に諦めるだろう。というか諦めてくれ。

「『いやよ』も6かければ『いいわよ』になるから、いいってことだよね?」

 悪戯な笑顔で、目の前の人物が俺の顔を覗き込む。屁理屈なやつだ。
 おそらく、この人物が言っているのは、184いやよ×6=1104いいわよということだろう。
 嫌よ嫌よも好きの内と言うが、こんなに横暴に嫌よを変換されられるとは予想外である。

「とりあえず、そのよく言えばフレンドリー、悪く言ったら鬱陶しいお邪魔虫なあなたの態度は置いておくとして――」
「お邪魔虫は酷くない⁈ボクのことは立ちはだかる大いなる試練だと思ってくれ給えよ!」
「大学でそんなダンジョンみたいなイベントは望んでないんですがね。――質問が2つあるんですが、いいですか?」
「ん?どうぞどうぞ?何でもはダメだけど」

 ――一言多いなこいつ。

「では、まず1つ目。あなたは何で自分のことを『ボク』と呼ぶのか」

 1つ目の疑問。それは、目の前の人物の容姿と、一人称の違いだ。
 俺の目の前にいる人物は、少なくても俺には女性に見えていた。

 白髪ストレートの長い髪に、透き通るような空色の瞳。男とは思いがたい白く艶やかな肌に、可愛らしい顔立ち。
 服装も勿論女性物だ。
 清楚感溢れる純白のワンピースの上に、澄み渡るような青空色のパーカーを着用している。正直似合っている。
 女装ならば、かなりレベルは高い。グローバルに誰でも騙せる。

「そんなことか〜。別に?ただのキャラ付けだよー?男だと思ったぁ?もしかして」

 色っぽい仕草がしたいのだろうか?目の前の彼女は、頭と腰に手を当て、何やらポーズを取っている。
 スタイルはスレンダータイプで、中々にいいプロポーションだとは思うが、代わりに胸部のインパクトにかけるため、そのポーズはやめた方が良いと思う。口には出さないが。

 そういえば、手が外れている。
 俺はこの隙に一歩下がる。

「あー‼︎君、今下がっただろー?逃さないから…っ!」

 彼女が手を振りかざし、再び服を掴もうとするが、流石に分かっていて捕まる俺では無い。――ここは軽やかに避ける。

「もう1つ良いですか?」

 質問はまだ終わっていない。指を一本立て、俺はそれを主張する。
 何やら獲物を見つけた猫のような目つきをしているが、掴めなかったからとはいえ、そんな目で俺の服を見ないでもらいたい。

「良いけど、聞いたらサークルに入ってもらうよー?」
「あ、じゃあいいです」

 ――キッパリと断り、彼女の元から立ち去ろうとする。手が外れているのだから、もう何処へだっていける。

 っ、とっ、重たい…。

 背を向けて歩き出した俺の腰を、後ろから彼女がガッチリとホールドしている。しかもドヤ顔で。

「ふふん、逃さない」
「……………」

 何だ?この生き物は?

「やめて!そんな冷たい目でボクを見ないで‼︎質問しても無理には入れないから!」

 何やら折れてくれたらしい。だが、冷たい目とは心外だ。俺はいつもこんな目なのだから。

「それでは、質問させていただきますが…」

 というか、これは質問するより、あちらから言うべきことなんだろうが…。

「何のサークルなんですか?一体」
「…………はっ‼︎」

 彼女が驚愕の表情を浮かべる。
 こいつ、完璧にサークル紹介忘れてやがったな。

「ふ、不覚…最初に言うの忘れてた…ごめん…」

 やっぱり忘れていたようだ。不覚だどうのは知らないが、これはそちらの落ち度だろう。まあ、すぐに謝る態度は評価出来るが。

「別にいいです。特に興味は無かったので」
「酷いな君⁈言葉に劔が刺さっているぞ⁈」

 それを言うなら棘だろうが。

「変なので無ければ名前を貸すくらいはしても良いですよ。変なので無ければ」
「おお!変なのでは無いから安心しろ!ウチのサークルは――」

 両手を広げ、大の字に体を大きく開き、彼女が言った――

「《自転車サークル》だ!」

 その、サークル名を。
 俺が予想しなかった、最悪のサークル名を――。

「嫌です。迷惑です。話しかけないでください。訴えますよ」
「あれ⁈なんで⁈てか、戻ってない⁈」

 戻ったのではない、全く同じ感想なだけだ。まさか、よりにもよって《自転車サークル》とは……絶対に入りたくない。

「悪いですけど、他を当たってください。それじゃあ」
「ま、待って!変なサークルじゃ無ければ、名前は貸してくれるんでしょ⁈だったら、貸してよ!人数が欲しいんだ!」
「嫌です。というか何故です?他に暇そうな奴はごまんといるでしょう?そいつらを誘えば良いじゃないですか」
「いや、君じゃなきゃダメなんだ!君みたいな人が必要なんだ!」

 俺みたいな人?どんな要素で俺は選ばれたんだろうか。

「君は…“自転車通学者”だろ?サークルに入るには、そういった肩書きが必要なんだ!」

 肩書き。とは、大袈裟である。
 だが、自転車通学者を狙って勧誘したとするならば、納得は出来る。

 俺が通っている大学、『聖月大学ひじりづきだいがく』は、自転車で来ようとすると、絶対に登り坂を登る羽目になる。つまり、山の上に校舎があるのだ。だから自転車で来る人間は殆どいない。

「なるほど、ですがやっぱり嫌です。断ります」
「なっ!お願いだ‼︎何でもするから入ってくれよ!」

 もうなんだか泣きそうな顔をしている。何でもしてくれるならば、早く帰してほしい。というか逃げたい。
 だが、再び腰をホールドされてしまった為、逃げられない。

 仕方がない…面倒ではあるが…。

「名前…それだけなら入っても良いです。活動は参加しませんが」
「本当…かい?」
「本当です。これくらい言わないと、あなたは帰してくれないでしょう?」

 彼女が小さく首肯する。やっぱり帰す気は無かったらしい。

「じゃあ!これから部室にサークル参加希望、書きに行こっか!」

 俺の腰をようやく解放し、明るい表情で彼女が立ち上がる。
 名前が欲しいところを見るに、新設をする為に勧誘していたのかと思っていたが、部室があるということを聞くに、設立はしているらしい。
 まあ、どうでもいいが。名前を書いて終わりだ。すぐに帰れるだろう。

「そういえば君、名前は何ていうんだい?ちなみに私は御影みかげセン。センはカタカナだよ」

 これから名前を書きに行くのに、名前を訊かれるとは。だが、相手が名乗ったのだ。自分も名乗るのが礼儀というものだろう。

桜島さくらじま――桜島リクです。同じくリクはカタカナ」
「お!お互いに名前がカタカタとは、気が合うね〜」

 気は合っていないと思うが。というか、気が合うとするなら名付け親同士だろう。

「それじゃあ、部室は23号館の近くだからね。ちょっと歩くけど、行こうか」

 そう言い、俺の背中を御影さんが押してくる。おそらく逃がさない為だろう。

 とりあえず早く終わらせたい俺は、急ぎ目に足を進めることとした。



 ◇



 着いた。が、何とも殺風景な部室である。

 自転車サークルらしく、3台の自転車がスタンドに立てかけられてはいるが、その他は長い丸テーブル1つに、椅子が4つだけで、備品が全然ない。

「もしかして、作ったばっかりですか?このサークル」
「お!分かるかい?だから何としても人数が欲しいんだよー!ちなみに今は2人」
「え、2人?」

 それはおかしい。部活やサークルを公式に設立する為には、人数は最低でも4人は必要だ。
 非公式なら何人でも構わないだろうが、部室があるのだから公式なんだろう。というか、部室を貰っているのに、人数が揃っていないとはどういうことなんだろうか?

「そうなんだよ〜だから人数が欲しいんだ!サークル管理の委員会騙して設立しちゃったからさぁ!てへっ」
「はい?」

 委員会を騙して設立しただと?馬鹿なのかこいつは?まあ、騙される方も騙される方だが、一体どんな手を使って許可をさせたんだか。

「あー!けど、君が入ってくれるんだから3人だね!いや〜一歩目標に近づいたよ」
「目標?それって――」

 と、俺が言いかけのタイミングで、部室のドアが開かれる。――ドアの方に目をやり、入ってきた人物を確認する。

「お、来てたんだ。ん?そちらは?」
「ども…」

 俺はとりあえず、お辞儀をする。

 髪を染めたんだろうか?それともナチュラルなのか?

 俺の目の前にいる金髪の少女が、不思議そうに、エメラルドグリーンの瞳でこちらを凝視している。

「やあ、ミドリ。こちらはリクくん。入部希望者さ!」

 御影さんが自信満々にこちらに手を向け、俺を紹介をする。
 希望した覚えはないのだが。

「おー!やっと1人目を確保したんだね!」

 ミドリと呼ばれた少女が俺の方に近づき、いきなり肩を叩いてくる。
 と、続いて身体を断りなくペタペタと触ってくる。

「あの…何ですか?武器とか所持してませんよ?」
「まあまあ、通過儀礼のようなものだから気にしないでくれよ」

 御影さんが苦笑いでこちらを見てくる。
 通過儀礼とは何だろうか?成人式なんじゃないんだから、やめていただきたい。

 ――ん?背中が重い…。

 こちらからは見えないが、どうやら背面から抱きつく形で身体をまさぐっているらしい。当たっているのは豊満な胸部といったところか。

 そういえば、パッとしか見ていなかったが、中々に抜群のスタイルであった。

 灰色のパーカーの中に着ている赤いTシャツを圧迫するほど豊かに育った胸部に、細い腰回り、全体を見ても8頭身は下らないだろうモデルのような体型。オマケに小顔だ。

「うん!終わり!ありがとね〜」

 通過儀礼が終わったらしく、俺の身体から彼女が離れる。
 一体何の意味があったのか。

「私はデザイン学部1年の神無かみなしミドリ。よろしくね?」
「ああ、1年なのか。大学というのは学年がパッと見ては分からないのが不便だな。同じく1年の桜島リクだ。学部は経済…まあ、一応よろしく」

 そんなに関わることはないと思うが。

「あ!ちなみにボクも1年だから!リクくんと同じく経済学部!」
「お前、1年だったのか。敬語使って損した」
「損したは酷いなぁ。誰も1年じゃないなんて言ってないじゃないか」

 確かに言っていない。
 しかし、屁理屈っぽい。

「まあな。けど、分かったからはタメ口にさせてもらうぞ?同学年に敬語を使うつもりは無いからな」
「オッケー、オッケー。その方がボクも楽だしね」
「それでだ、御影。さっきの問いの続きなんだが、目標というのは――」

 再び、扉が開かれる。サークルメンバーは2人なのだから、メンバーでは無いだろう。というか間が悪い。
 振り返り、扉の方に目をやると、そこには赤く染まった髪をオールバックにした、顔立ちも身体つきも厳つい、屈強な男が立っていた。


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