一人が好きな俺が自転車サークルに入った結果。

沼口

手違いで彼女が出来た。2

「――おい!自転車サークルって、どういうことだ⁈御影ぇ‼︎」
「ああ、天野先輩。サイクルウェア着ちゃって、どうしたんですか?」
「練習だよ練習!それよりだ、俺達のマネージャーを断って、新しいサークルを新設するとは、どういうことだー⁈」

 マネージャー?何の話だ?服装を見た所、こいつも自転車乗りらしいが。

 サイクルウェアという、自転車乗り特有の服を着ている男。
 小豆色を基調としたサイクルウェアの中心には、《HIJIRIDUKI》と、チーム名のようなものが刻まれている。
 まんま大学の名前だが。

「何なんだ、あいつは?」

 事情を知っていそうな神無に密やかに耳打ちする。
 すると、神無は手で自分の口元を包み、密やかに俺の耳元に囁く。

「ウチの大学の自転車競技部の天野剛あまのごう先輩。前にセンが自転車競技部に入ろうとしたことがあったんだけど、結局断っちゃったから、それを気にしてるみたい…」

 何だそれ。ていうか、自転車競技部があるならそちらに入ればいいじゃないか。むしろ、何故入らなかったのかが疑問だ。

「だって!自転車競技部じゃ、走れないじゃないですか!ボクはマネージャーじゃなくて、選手として活動したいんです。だから、新しいサークルを設立したんです!」

 必死な顔で説明をしている御影。

 ――なるほど、そういうことか。

 自転車競技部では、マネージャーとしてしか活動をさせてもらえないので、自分が走りたい御影には合わなかった…と。

「御影…悪いことは言わない。自転車サークルなんて、やめておけ。この大学で自転車サークルを作ったとして、目ぼしい人間は皆んなウチの部に入ってきてるんだ。良い結果は残せないぞ?」
「っな!自転車競技部に入ったら、そもそも挑戦も出来ないじゃないですか!そんなの、ボクは嫌です!」
「お前がマネージャーとして頑張れば、オレ達が代わりに結果を出してやるぜー?インカレだって優勝してやる!」

 天野がドンと胸を叩き、唇の端を吊り上げる。それに対して、御影は何だか迷惑そうだ。

「とにかく、ボクは自転車競技部には入りませんし!自転車サークルで上手くやりますから!放っておいて下さい!」

 踵を返し、天野から離れようとする御影だったが、咄嗟に腕を掴まれる。

「な⁈は、離してください!」
「何でだ?何故嫌なんだ⁈お前がウチの部に入ってくれると思ってるメンバーが、スゲェ心躍らせてんだよ!入ってくれなきゃ、部長である俺の沽券こけんにかかわるんだよ!」
「し、知らないですよ!ていうか、断ったことまだ他の人達に伝えて無かったんですか⁈」

 必死に腕を振り解こうとする御影だが、ガッチリ掴まれているので、逃げることが出来ない。
 何というか、先ほどは俺がガッチリ掴まれていたことだし、俺の気持ちが分かって良いんじゃないかと思いもする訳だが……。

「あんた、その位でやめないか?御影が嫌がってる」

 ここは止めるべきだろう。男…というか人間として。

「ああ⁈何だ?自転車サークルの新入りかぁ?」
「まだ入ってませんけど」
「んだそりゃ?だったらほっとけ!コッチの話だ!」

 こちらを睨みながら怒鳴りつける天野。何というか、あんまり好きじゃない人種だ。

「……なあ、御影。サークルに入る為の書類ってどこだ?」
「え?机の上の紙…だけど…」

 目線で書類を示す御影。丁度その先には、一枚の紙とペン置いてある。おそらくはさっき出したんだろう。
 さて…と。

 俺は紙を手に取り、《サークル参加希望者氏名》の欄にペンを走らせる。

「あ?お前、何してんだ?」

 天野が訝しげにこちらを見てくる。
 厳つくて怖いから、正直見ないで欲しいものだ。
 ――全てを書き終え、その紙を御影の方へと突き出す。

「……あ…!」

 御影の目が大きく見開く。

 さて、と。まあ、不本意ではあるが約束だからな。

「参加希望者の欄に名前は書いた。これで俺もこのサークルのメンバーになった訳だが。ウチのリーダーからそろそろ手を離してもらおうか」
「………ちっ」

 天野が手を離し、御影の腕が解放される。
 舌打ちとは…。それに、そんなおっかない顔でこちらを見ないでもらいたいものだ。

「お前…生意気な奴だな。自転車経験者か?」
「…まあ、毎日の通学は自転車だが」
「はっ!通学ね」

 その嘲笑は勘に触るものがある。是非ともやめていただきたい。もし、俺が筋肉むきむきのマッチョだったら殴っているぞ。

「なあ、お前。俺と勝負しねーか?」
「勝負?」

 やりたくない。と、即座に言いたいが、怖いし言わないでおこう。

「自転車での勝負だよ。自転車サークルなんだろ?だったら勝負しようぜ?」

 何をニヤケながらに言っているんだこいつは。明らかにこちらの方が弱い事を確認してから挑みやがったな。

 逆ギレされるのは怖いが、ここは丁重かつ慎重に断って――

「いいですよ」
「え?」

 御影が堂々とした態度で、天野に言った。
 俺の許可も無しに。やめろ、頼むから受けないでくれ。

 心の中なら土下座でも何でもするから。

「リクくんは我がサークル希望の星だからね!何とかしてくれるでしょ!」

 グッジョブ!と、親指を立てながらこちらを向いてくる御影。やめてくれ、面倒ごとは嫌いなんだ…。

「ほうほう、希望の星ね。それじゃあ今日の18時に自転車競技部の部室前で待ち合わせだ。俺が勝ったら御影、お前はウチのマネージャーになってもらうぞ?」
「いやいや、あんた。それはちょっと横暴じゃ――」
「分かりました。いいですよ」

 いいのか?なんの確信があって即答出来んの?そんな全幅の信頼をされても困るのだが。

「その代わり、勝ったら競技部の備品を好きなだけもらいます」
「え、それは何でも酷くない――」
「いいだろう」

 あんたもか。それでいいのか?
 負けるはずないという表情でドッシリと腕を組んでいるが、あんたはそれで本当にいいのか?
 いや、というかあんたが良くても俺は全然良くないんだが。

「リクくん!頑張って!」
「目を輝かせるな、期待をするな、やりたくない」
「逃げるなよ?それじゃあな」
「え?は?」

 ドアを開け、出て行く天野。
 あいつ、言いたい事言ったらとっとといなくなりやがった。拒否権が発動出来ないじゃないか。

「なあ、短い間だったが、もう辞めてもいいか?」
「だーめ。ボクの為に闘ってくれるんでしょ?」
「誰がそんなこと言った。押し付けられて、押し返させてくれなかっただけじゃないか」
「腹を括ろうよ、私も応援するから」
「神無、応援されて勝てるのであれば、どんな野球チームだって専用の応援団を持つだろうよ。つまり、気持ちはありがたいがそれでどうこうなる問題では無いんだ」

 そう、どうこうなる問題ではない。
 応援されて勝つとか、コテンパンにやられるとか。それ以前の問題なのだ。
 俺は負けるのが嫌で拒否をしたかったのではない。勝負という行為自体をしたく無かったから、どうこうなる問題では無いと言っているのだ。
『勝負』というものに引き分けは存在しない。誰かが言っていた言葉を思い出す。勝負とは、必ず一方が傷つくものだ。

 だからやりたく無い。

「リクくん。君は闘うんだよ…それは既に決定事項なんだよ」
「俺がバックレるという選択肢もある」
「そしたらあらぬ噂を大学中に流すよー?ボクとミドリで泣きながらさ」
「…………………」

 あらぬ噂とはどんなものか聞いておきたいものであったが、この美女2人が泣きながら俺の名前を呟くだけでも、悪評は勝手に広まるだろう。

「酷い脅しだ。やはり断れば良かった」
「まあまあ、そう言わず。君が勝ったらご褒美も用意してあげるからさ」
「褒美?それは魅力的な響きだが、飴ちゃんとか言ったら、容赦無く殴るぞ?女子に手を上げられないほど、俺は弱く無い」

 まあ、嘘であるが。暴力は嫌いだ。

「ふふふ…ノンノン!聞いて驚け!何と、何とだねー!」

 指を横に振り、やたらと勿体つけているが、通販の値引き前じゃ無いんだから、早くして貰いたい。
 そして俺を指差し、御影が自信満々に声を上げる。

「ボクとの1日デート権を差し上げよう!」
「あ、はい。了解です。先帰るんでお疲れ様でしたー」
「ちょ‼︎ま、待って⁈何でそんな二次会に行かずに帰るサラリーマンみたいなリアクションしてんの⁈ボクも流石に傷つくよ⁈」

 俺の言葉に、御影は驚愕の表情を浮かべている。まったく、騒がしい奴だ。

「お前は自分をどんだけ過大評価しているんだ?お前と1日デートするのならば1日猫カフェで猫とたわむれてるよ」
「ね、猫以下⁈」
「いや、どう考えても人間よりか猫の方が可愛いだろ?少なくともお前より」
「な…⁈そんな馬鹿な……。高校時代はボクへの告白権を巡って、運動会であんなにも激しい死闘が繰り広げられたというのに…」

 どんな運動会だそれは。BGMは『天国と地獄』がずっと流れてそうだな。

「なあ、他にないのか?正直、本当に帰りたいのだが」
「な、ならば…奥の手だ。――ミドリとのデート権ならどうだ!」
「よし、手を打とう」
「何で――⁈」

 オレが即答したことに対して、御影が驚きの声を上げる。『何で』と言いたいのは神無の方だろうに。
 悪いなと思いつつ、神無の方を見るが、何かニコニコしてるだけで動かない。怖い。

「私で良ければデートするけど?」
「ああ、じゃあそれで」

 うん、良物件だ。これなら闘っても悪くないな。

「な、何でさ!ボクと彼女の何が違うというのさ!」
「おいおい、俺にセクハラをさせる気なのか?やめてくれよ」
「セクハラ…?――はっ‼︎」

 何かに気がついた御影が、自分の胸元に目をやり、続いて神無の方に目を向ける。

「そういうことかー‼︎チクショウめー‼︎」
「何やらプンスカと怒っている様子だが…やれやれ、冗談も通じないとは」
「え?そんな…!私は遊びだったのね……」

 神無が涙ぐむようなマネをして、こちらを見てくる。

 あれ?面倒臭い方向へ持って行ってしまったのか?今の俺の発言で。

「ミドリ!いい気になるなよ!発展途上国はいつか大国になるんだからな!」

 御影は頬を膨らませ、悔しがっているようだが、何というか例えが分かりにくい。
 それに、発展途上国は敵国に攻められて沈んだりするものだ。大国になれるとは限らない。

「さて、もう何でも良くなってきたんだが…」
「良くない‼︎ボクが最高の条件を叩きつけてやる!」

 何だこいつは…俺は今、条件なんて何でもいいから闘ってやるという意味で言ったんだぞ?もう面倒だから。

「そ、そうだ!」

 何やらロクでもないことを思いついた様だ。
 もう面倒だからそれで良いことにしてやろう。条件を出された瞬間にYESで答えてこの会話は終了だ。

「――勝ったら付き合ってあげる」
「じゃあそれで」


 ……………ん?


 あれ?聞き間違いか?付き合う…と言ったのか?

「え…な…そんなに即答…とは…」

 御影の顔が真っ赤になっている。
 その様子から察するに、冗談を飛ばしただけだったらしい。

 これは俗にいう――『失敗した』

「なあ、御影…そのな――」
「いや、分かってる!ボクにも二言はない…君が勝ったらその…君の彼女に…なる…よ」

 あ、ヤバイ手遅れだこれ。
 誰か助けてくれ。
 神無の方を見て、助けを求めようとするが――何か拍手してる。

「頑張ってねー桜島くん」

 神無が俺に向かって笑顔でそう言った。

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