海の声

漆湯講義

191.あの日から

今なんて…?

俺の頭の中に三文字の言葉がぐるぐると円を描いている。
今確かにこの人は"死んだ"って…
すると海美のお母さんは静かに首を横に揺らした。

『いや、"一度死んだ"なんて言い方が悪かったわね…それでもそうとしか思えないの。あの日、いまから二年前、セイジ君が越してきた年のお祭の日だったわ』

そう言って海美のお母さんは一度目を閉じ眉間に力を入れると、重い記憶の本を開くように過去の出来事を語り出す。
俺たちはその顔を見つめながら、椅子にそっと腰掛けると、ベッドに横になる海美に視線をやってから、再び声の方へと視線を戻した。

………島全体が様々な和風アクセサリーに彩られキラキラと輝いている。
今日は沖洲島でも特別な海神祭(ワタツミサイ)の日。
少なくとも私が結婚してこの島に来た時から毎年行われてきたその祭も、今年は一層"特別な物"になる筈だった。
そう、一人娘である海美の祭事での大役が決まったのは一年程前、突然の事だった。
島に祭の準備が進む頃に村長が自宅を訪れ、"娘さんに渡し子をお願いできないか"と申し出てきたのだ。
勿論、私は海美の身体を案じて断ったのだが、村長はそれを素直に了承する事なく再び同じ事を申し出た。
何故海美の身体の事を知っていながらここまで執拗に大役を任せたがっているのか、私には全く理解出来なかった。
その時、一階のスピーカーから小鳥の囀りが響き渡った。
これは海美の事を想って取り付けたものだ。海美のベッドの脇壁に備え付けられたボタンから伸びた配線は、何処にいても聞こえるよう、玄関とキッチン、階段を上りきったところへと伸び、それぞれスピーカーへと接続されている。
これは海美の提案で、何度も部屋に様子を見に行く私を気遣っての事なのは明確だった。そのおかげで私もだいぶ楽になった。

村長に再び丁寧に断りをいれると、私は二階へと足を運ぶ。

『海美、どうかした?』

ドアを開いてそう言った私に、海美は満面の笑みを浮かべてこう言ったのだ。

『私やりたいッ、渡し子!』

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