海の声

漆湯講義

172.舞い寄る影

「こんばんは、えっと…誰?」

『私はサクラ。えっと、お爺ちゃんの孫?』

そう言って指差した方向を見ると、"私のペン何処に置いたかいなぁ…"なんてボケてしまったような事を呟いている村長が目に映った。ってことは…

「村長の孫ってこと?」

その子はコクリと頷く。そして俺の肩にポンと手をやると『渡し子頑張ってね♪』と綺麗なウィンクをする。

「いや、まぁ。出来るなら変わって欲しいくらいだけど…」

『それはダメよ。だって私はこの島の子じゃないもの。まぁ…今は引っ越して島を離れているだけだけど。キミがもし死んじゃって代わりがいなくなったら私がやってあげるわ♪』

そう言ってその子は手のひらをひらひらさせて村長の元へと駆けて行った。
俺が死んだら…?縁起でもない事いいやがる!けど、なんか緊張は和らいだかも。
そんな事を考えている間に、母さんから俺の出番まであと20分程だと伝えられる。
そして"今のうちにトイレに行ってくるわね♪"と去っていった母さんたちの背中を見送ると、再び湧き上がってきた緊張をほぐすために手のひらに"人"の字を書いて飲み込んだ。効果なんて無いのは知ってるけど。
その時だった。

"ガシャン"と扉が開く音が聞こえたかと思うと、その扉の向こう側に美雨の姿が見えたのだ。
俺が立ち上がって歩み寄ると、美雨は下を向いたまま、何故か息を切らしている事に気付く。

「なんだよこんな時に」

顔を上げた美雨の表情が、今にも大声を上げて泣き出しそうだった事で俺の心臓がギュッと縮まるのが分かった。







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