海の声

漆湯講義

165.朝、そして

昨夜見た海美は夢だったんだろうか。目の前の海美はいつも通りの海美だった。
俺はホッと胸を撫で下ろすと、美雨に視線をやり「で?何だよ朝から。」と溜め息を吐いた。

『あぁ、だってセイジの顔がバカみたいで面白かったんだもん!』

「そっちじゃねーよ、やいそーみたいな大声出すなよ耳元で」

『何言ってんの?だって祭だよ?』

祭だよの意味が分からずに俺が顔を顰めると、美雨がすっと立ち上がって、両手を弧を描くようにゆっくりと上下に振った。

『やいそれぇー、やいそれぇー♪』

「で、なんだよそれ。今日そんなん踊るの?」

すると海美がクスリと笑い、美雨が溜め息を漏らした。

『ったく、こーやって屋台曳いてくんだよ』

「知らねーよ!何回も言うけどな、俺はこの島に来てまだ間もない人間なんだかんな。」

俺はいつもみたいに"東京モンだもんな"とか"そんなんも知らないの?"とか言われることを想定して幾つかの言葉を用意していたが、そういう時に限って美雨は『そっか、セイジと会ってまだそんなに時間経ってないんだっけ。』とカウンターを仕掛けてくる。
自分で言って何だけど、そうなんだよなぁ。こんな短期間で仲良くなったトモダチなんて今まで居なかった。ましてや女のトモダチなんて考えもしなかったっけ。これも二人のお陰…なのかな。

俺は突然二人への感謝の気持ちが湧き上がり、柄にもなく「美雨、それと海美、その…ありがと」と視線を逸らした。

当たり前だが、二人は"えっ"と一瞬固まったが、海美は『うん、私も』、美雨からは『別に…いいしそんなん』と俺の気持ちを理解してくれたのであろう返事が届いた。

家の外からは、波の音、それに普段は聞くことの少ない人の話し声が混じっている。

何処からか子供が遊んでいるのだろう不規則な笛の音が響く。

「俺たちも準備するか」

『よーしっ、じゃぁボク着替えてくるー♪』

そう言って足早に去っていった美雨を見送り、俺たちは神社へと向かう準備を進めたのだった。

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