海の声

漆湯講義

144.フアンなヨカン

『えっと、ちょうど100段!!ガンバロー♪』

100段ってお前…

『ちょっと休もっ…私そんな体力ないよぉー…』

「お前さぁ、海美のコト考えろよ。お前みたいに体力ねーんだから!!」

『えっ、ゴメン、海美ねぇ!!そーだよね、それじゃぁちょっと休もっか♪』

真っ直ぐに伸びた樹齢何百年あろうかという杉の木が立ち並ぶ中、俺たちは切り株に腰を下ろした。少しオレンジ色に染まり始めた空が枝葉の間から俺たちを見下ろしている。いつの間にか騒がしい蝉たちは"仕事"を終え始め、それと交代したヒグラシ達の何処か悲しげな鳴き声が辺りに響き渡った。

『さっ…ありがと。日が暮れちゃう前に行こっか♪』

鳥居の前に立った時、長く伸びた階段に胸騒ぎを覚えた。
神様の元へと続く長い長い階段が、海美を何処か遠い場所へと連れて行ってしまう、そんな気がしたのだ。

俺はそんな根拠もない不安に、心の中で"海美を連れて行かないでください"と願い鳥居を潜る。

『因みにこの下の道に出店がたくさん出るんだよ♪ここらへんも提灯がズラーって並んでね、そんで…』

「えっ?」

『え、なに?どうかした??』

「いや、何でもない…」

…なんだ今の?

鳥居を潜った時、また"あの感覚"が俺を襲った。時が止まったような、時間が一瞬逆戻りしたような不思議な感覚…

俺だけ…なんだ。

俺は高まる不安を感じつつも階段を上っていく。

その道中も、風に揺れる枝葉の音や、鳥が飛び立つ音でさえ、"海美を連れ去ろうとする何か"のような気がしてならなかった。

『誠司くんどうかした??』

「いや…なんでもないよ。」

しかし俺の心配は現実となる事なく、神社の見物は終わった。

『どうだった??』

「どうだったって…でっかい本殿だった。」

『そんだけ??ちゃんとボクの説明聞いてた??』

「あぁ、まぁ。頑張るよ、渡し子。」

『なんか神社行ってからヘンだよなぁセイジ。なんかあった??』

「別になんもねーよ。ただ渡し子やるって考えたら緊張しただけだよ。」

『ふーん。ま、いいや。ボクこっちだからまた明日ね♪』

「え…そっか。あぁ、送ってくよ。」

『いいよッ♪近いからッ♪…ありがと。』

美雨と別れ、家への帰り道。
そんな俺の気持ちを見透かすかのように隣を歩く海美が呟いた。

『私は居なくならないから大丈夫だよ。』

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