海の声

漆湯講義

74.観察

俺たちはキッチンの外へ隠れると、小さな声で作戦を実行へと移す。

「いい?先ずは流し台の横の母さんの携帯を移動してみるかっ。」

『なんか悪い気がするけど…誠司くんのお母さんごめんなさいっ!!』

海美はそう言ってキッチンへと入り携帯を手に取ると、そっとダイニングテーブルの上へと移動した。

野菜を切っている母さんはその事にまだ気づいていない。

するとタイミングよく母さんの携帯が"ピロン"と受信音を放った。
母さんはふと流し台の横に目をやるが、辺りを見回して、ダイニングテーブルの上へ移動している携帯を何もなかったかのように確認すると、すぐにまた夕食の準備へと戻ってしまう。

『あれっ…気づかないね。』

「うーん…てかこれじゃぁ意味なくね?!海美が何かを持ったまま母さんに見られなくちゃだめなんじゃない?」

『あ、そっか!!そうだよね!!じゃぁどうしよっか…』

「コップ持って気づくまで待ってみたらどうっ?」

『えぇ?!なんか怖いよーっ!!』

「母さんが気づいたらすぐに逃げてくればいいからさっ?もし気づかなかったらコップも見えてないってことじゃん?」

『そぅだけどー…うん…頑張る。これで謎が解けるんだもんね。誠司くんのお母さんごめんなさいっ!!』

海美は緊張した面持ちで再びキッチンへと入ると、コップを手に取り母さんの少し離れた所で胸の前に掲げた。

…母さんは相変わらず鼻歌混じりに包丁を軽快に動かしている。

そしてコップの存在に気付かれないまま時が過ぎていく。
海美もチラチラと俺の方を見ては、困ったような顔でコップと母さんを交互に見つめている。俺は"もう少し!!ごめん!!"とジェスチャーを送るが全く反応のない母さんに、"もしかして見えないんじゃ…"なんて俺たちが思い始めた頃だった。





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