海の声

漆湯講義

66.不在…

俺は何故か焦りを感じていた。海美が何処か遠くへ行ってしまう訳じゃない、海美の家も知っている。
それなのになんだろう…いま会わなければ2度と会えない、そんな気がしてならなかったのだ。

海美はあの貝殻を集める為にあそこに来ていた。その理由が無くなった今、次に会えるのはいつになってしまう事だろう、なんて思いが頭に浮かび続けている。

俺は前に海美を見つけた"ナントカ神社"まで来ると、急いで階段を駆け上がった。

ここにも居ないのか…やっぱり家かな…

突然、海美の家に行くのは気が引けたが、逆に今日しかチャンスは無い、そう思った。

記憶を頼りに海沿いの道を進み、左手に見えた坂道を登った。

うわぁ…緊張する…でも大丈夫だっ、今日は平日だし海美のお母さんは仕事に行っているはず。
その瞬間新たな問題が浮上した。
…って事は海美しか居ないって事じゃん…
逆にまずいんじゃねーか?とてつもなくまずいし気まずい。
そんな事を考えているうちに俺は海美の家を目の前にして立ち尽くしていた。
変な汗は出てくるし足はプルプルしだすし…緊張するっ!!

大丈夫…ただ礼を言うだけだし…とりあえず呼鈴を押して…ってマジかよ!!車あるじゃんか!!

これは想定外だ…なんで平日なのに仕事行ってないんだよ…
渋々諦めて来た道を戻ろうと身体をひねった瞬間、不運にも玄関が開くと音と共に海美母の声が背中に響いた。

『あら、何か用かしら?』

俺は一瞬停止した心臓がバクバクと音を立てるのを抑えつつ、ゆっくりと身体を向き直した。

「あ…こ、こんにちわ。えっと…海美さん居ますか??」

すると海美母の眉間に皺が寄り怪訝そうな顔で『なにを言っているの?』と俺を睨みつけた。

「いや…ただちょっとお礼を言いたいだけなんですけど…別にそれ以外は何にもないです本当に!!」

『あなた…知らないの?海美は此処には居ないわ…』

「あ、そうですかっ、すいません!!それならいいんです!!ほんとすいませんっ!!」

俺が足早にこの場を去ろうとすると、海美母の声が俺を止めた。

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