海の声

漆湯講義

38.青の階段

俺は"顔面トマト"と言う単語が空に浮遊しているのが見えた。…気がした。

んな事はどうでもいい。それよりも今はこの状況をどう打開すべきかだ。

"顔面トマト"がチラつく中、打開案を模索していると、『それじゃぁいいやっ。諦める。』
海美は小さくそう言って麦藁帽子を手に取ると汗で艶やかに光る髪の毛をかき上げた。


えっ、せっかく"おんぶ"とか言ってきたのに。
いや"せっかく"なんて思ってねーけどなんか後味悪い。

「いいよ…早く乗れよ…」
俺はそう言ってしゃがみ込んだ。
『ホントっ??』
海美はその言葉を待っていたかのように麦藁帽子を被りなおすとブラウスの裾を膝までたくし上げる。

「ちょ…こんなとこでお前っ!!」

『こうしなきゃおんぶできないでしょ?』

ゆっくりと海美の重みがだんだんと背中に伝わってくる。
それに比例して俺も足に力を込めていく。

『よし♪れっつごー♪』

「え?もう乗った??」

『うん♪』

太陽と春の花のような匂いに包まれた。

俺…汗くさくないよな…

オレンジ色に染まる階段をゆっくりと降りていく。
背中に伝わる海美の体温。
耳元に流れ込む海美の声。

一段、また一段と階段に足を落とす度に伝わる柔らかな感触が俺の心臓の鼓動を高めていった。


「ほら…着いた。降りろよっ。」

『ありがと。お疲れ様っ♪』

背中が軽くなると同時にふわりとした寂寥感のベールに覆われた。
そんな俺の背後から軽い足取りで海美が走っていく。

『綺麗…ほら、誠司くんも見なよっ。』

何十メートルあるだろう崖の上に立ち、遥か下方にうねる波を見下ろした瞬間、俺はあまりの高さに腰を落とした。

「うわぁ…これ危険すぎんだろっ!!…海美は怖くないの??」

『怖いよ。だけどね、今は怖くないの。』

なに言ってんだこいつ。
理不尽な答えについ笑みがこぼれる。

「ははっ、わけわかんねー。怖いのに怖くないとか意味不なんだけどッ。」

すると海美は目をまん丸くしてじっと俺の目を見たかと思うと真面目な顔で呟いたのだ。
『笑った…初めて。』と。

















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