海の声

漆湯講義

35.不意に開かれた心

突然の誘いに俺は心が踊った。
やったぁ!海美から誘ってくれるなんて!
あれ…そういえば今…

「誠司くんって…言った?」

『うん、言ったよ。だって先に名前で呼んだのはキミでしょ?』
そう言って小走りに俺の横を海美が通り過ぎていく。
「え?!言ってねーし!そんな…気安く名前で呼ぶとか…」
恥ずかしすぎんだろ。

悪戯な笑顔で海美は言う。
『ふふ♪その方が"トモダチ"っぽいでしょ?』

"ぽい"って…

階段の手前でくるりと反転した海美は、沖洲の海と重なってとても輝いて見えた。

「俺たち、その…トモダチっぽいのかな…」

『違うの?私はちゃんとトモダチって思ってるよ?』

トモダチ…か。

「そんなっ、俺だって赤嶺さんがいいなら…その…」

『海美だよ。』

「う、海美…さん。」

『海・美っ。』

「うん…よろしく、海美。」

『うん♪よろしくね誠司くん。』

「あぁ!なんでお前だけ"くん"付けなんだよズリぃよ!」

『いいじゃん、別にッ。』

そう言って海美は階段をゆっくりと降りていく。

何故海美が突然こんなに喋ってくれるようになったのかは分からない。
だけど、なんだか嬉しかった。




『あれー…何で向こう行く道ないんだろ。』

「何でって俺に聞かれてもさ…」

…そして今は目的地に辿り着けずに迷っている。
そう、迷っているのだ。

「お前っ、この島の人間なんだからそんくらい知ってろよー。」

海美と並んで海沿いの道路を歩いていく。
焼けるような陽射しもだいぶ落ち着き、ヒグラシの鳴き声が島を包み込んで、太陽も海鳥達と共に沖洲の海へと戻り始めていた。


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