魔女の図書館

風見鳩

「あ、優ちゃん!」
図書館を後にして自転車を漕いでいると、元気な女の子の声が後ろから聞こえる。
「また図書館行ってたの? 優ちゃん、あそこ好きだねぇ」
「……あのさ、神無月さん」
「んん?」
 話してきた子は神無月かんなづき
僕ぐらいの身長で体育系女子のクラスメイト。
どんなスポーツも上達の速さが異常なくらいであり、運動部からは引っ張りだこである。(ただし本人はダルいとの一言で帰宅部であるが)
ツインテールがトレードマークであり、性格はさばさばしている為、また男子にあまり興味がないのか、男子と話してるところをあまり見たことがない。
そんな神無月さんが可愛らしく首をかしげるので僕はため息をつき、彼女に問いかける。
「その、『優ちゃん』って呼び名はやめてくれって言わなかったっけ? 女の子みたいだから」
「うん? 言われたよ? やめないけど」
「ひどいっ!?」
「優ちゃんが一番しっくり来るもん」
「いやいや、僕男だからね? 普通なら『くん』とか呼び捨てでしょ」
「じゃあ……優子」
「名前が変わってる!?」
「やっぱ優子ちゃんが一番しっくりくるな」
「やめて! 僕の名前を改名した上にその仕打ちはやめて! 優ちゃんでいいから!」
「そう。なら優ちゃん」
 ニッコリと笑う神無月さん。僕は笑えないので困る。
 彼女のせいで、女子からは『優ちゃん』で定着、男子や先生からも『九斗さん』という、完全に男を呼ぶような感じでは無くなってしまっているのだ。
「だって優ちゃん背が低いし、童顔だし、なんかドジっ子キャラぽいし。いいじゃん、可愛いよ!」
「可愛いと言われて喜ぶ男子はいないと思うよ……」
 ちょっと平均より身長が無くて、運動が苦手なだけなのにこの言い様である。もう男として認識してくれているのかどうかでさえ怪しいくらいだ。
「大丈夫だよ、ちゃんと男だって理解してるから」
「あ、なら良かった~」
「――戸籍上は」
「戸籍上だけじゃなくて実際に男だからね!? 僕、ちゃんとした男だから!」
「まあそういう事にしておいてあげよう」
「なんだその曖昧な返事はぁーっ!」
 どうやら本当に男として認識されてるのか、怪しくなってきた。
「っていうか私のトレードマークがツインテール、って。ツインテールのキャラなんてたくさんいるのよ、そしたらただの量産キャラじゃない私」
「そんないきなりのメタ発言をしている時点で充分個性的なキャラだと思うよ……」
「やっぱりこれ! っていう印象が欲しいわね。優ちゃんはどう思う?」
「いや、今のままでいいと思う……」
 これ以上の会話はここで話すべきではないだろう。
「それにしても優ちゃんって物好きだよね、わざわざこんな田舎町なんかに越してくなんて」
「都会よりこういう雰囲気の方が僕は好きだからね。両親は好きにしていいって了承してくれたし」
「ふーん……。田舎育ちの私にはどうして都会が嫌なのかわからないなぁ」
「一回行ってみるといいよ。人ごみの多いところは好きじゃないんだ」
確かにいつも先端を走っている都会には色々な情報やモノがある。
それはとても魅力的なのだが、都会の空気はあまり好きではないのだ。
 静かなところの方が景色もいいし、僕はここの方が好きだ。
「都会ってあれでしょ。宇宙に毎日行けるんでしょ」
「それは先端過ぎだよ……」
「鉄道の機関車に乗って」
「あ、一気に古くなった」
「やっぱり都会は未知だなあ。宇宙人もすっかり東京に住み慣れて、もう完全に東京人でしょ。優ちゃんは凄いな」
「それは僕にとっても未知の光景なんだけど」
 彼女にとっての都会の印象が偏りすぎているので、今度連れて行ってあげることにしよう。
「そういえば、今日も図書館行ったんだよね。今日はどんな本借りてきたの? またよくわからない昔の本?」
「よくわからない昔の本って」
「またよくわからない、いかにも武勇伝のように語ってる古臭い昔の本?」
「より酷くなってる!?」
「あんな爺たちが読むような本より小説とかの方が面白いよ優ちゃん」
「いやいや小説も面白いけどね」
 ちなみに彼女は小説すら読めない。「あんな文字だらけの本なんて、読めるもんですか」とマンガ本を片手に語った事のある神無月さんの姿はなんだか可哀想だった。
 でもこれなら神無月さんも興味を引くのではないだろうか。僕は鞄の中から例の本を取り出す。
「えっと、今日借りてきたのはこれだよ」
「『魔女の歴史』……?」
「そう。面白そうでしょ」
 こういうのなら神無月さんも興味をもつだろう。何せ、ここの人なら誰でもしっている魔女の謎の正体なんだから。
そう思っていた僕だが、帰ってみた返事は予想外な返事だった。
「……私は読みたくないなぁ、こういうの」
「え? どうして?」
 誰も知らない謎がこの本に書いてある。それだけで十分魅力的のはずだ。
 すると神無月さんは周りを見回し、誰かに聞こえないように声を潜める。
「だってさ、魔女ってあの魔女でしょ?」
「え? そうだよ?」
 それがどうかしたのだろうか。
「優ちゃんも知ってるでしょ。この町で魔女は怖がられているって」
「でもそれは町のみんながそう噂しているだけであって、本当に見たって人はいないでしょ? 何でそれだけでみんなは魔女について知ろうとしないのさ」
 カチンときた僕は思わず反論してしまう。
「そりゃ優ちゃんみたいに最近越してきたばかりだからわかんないと思うけどさ。 みんなの怖がり方が尋常じゃないし、あの森はなんだか不気味じゃん。あそこは危険だ、って私の中の直感がそう伝えているんだよ」
 確かにみんな魔女の話をしたがらない。人によっては激怒したり、顔を青くして逃げ出す人もいた。
「だからさ、そんな不気味な魔女なんて優ちゃんも関わらない方がいいよ?」
――そのみんなの反応は、僕はおかしいと感じていた。
 勝手な想像にただ怖がっている人たち。自分が魔女に直接関わった事もないのに、いかにも出会ってその恐怖を抱いている気持ちが理解できない。
 何で誰も知りたがらないんだ? そんなんじゃ、見えもしない魔女にずっと怖がっていく人生じゃないか。
 魔女なんていないかもしれない。実はいい魔女かもしれない。
 なんで、
「……なんで、そうやって決め付けるの? 魔女がいるかすらわからないじゃないか」
 神無月さんにそう言って気がついた。自分は今、いらついているのだ。
「そうだけど、さ。でも優ちゃん――」
「うるさい!」
 急に怒鳴った僕に神無月さんはビクリと体を震わせる。
「そうやってみんな根拠のない事を決め付けて! どうして誰も疑問に思わないの! みんな、みんな、みんな!」
「ゆ、優ちゃん……私はただ……」
「もういいよ!」
「あっ、ちょっ、優ちゃん!」
彼女の声に答えず、僕は自転車を家へと急がせた。
彼女も諦めたのか、追っては来なかった。

                ☆

「言い過ぎたなぁ……」
 夜。というより夕方。
自分が住んでいるアパートに帰り、少し体を落ち着かせた第一声がそれだった。
 何も彼女に怒る事でもないではないかと僕はあの時の自分に言い聞かせるように考えていた。
ただ自分が勝手に怒って、勝手に怒鳴ってしまった。きっと神無月さんもあんなこと言われて傷ついたと思う。
「……明日、謝るか」
 明日も平日なので学校に行けば彼女と会える。そうしたらまず謝ることにしよう。
 とりあえず今日は寝ようと布団を押入れから引き出した時、窓から入ってきた風によって捲られたあの本がちらりと視界に入り――僕は布団をその場に置き、信じられないような事実を確認しに、本に駆け寄る。
 本を取り、ページをパラパラとめくり、思わず呟く。
「なんだよ、これ……。どうして……」
 そう、文が書いてあったのは最初らへんで、後は全くの白紙だったのである。
何度もページを確認する僕。しかし、どこを探しても何も書かれてない事実は変わらない。
「折角、魔女についてわかると思ったのに……」
そうやって落胆する僕に反応したかのように――さっきまで白紙だったページにある一文が突然浮かび上がる。
『知りたいか?』
「え?」
どくん、と心臓の音が聞こえたような気がした。
誰の音なのだろうか、自分のか、それとも――?
やばい、と自分の頭が反応していた。この本はやばいと。
しかし、情けないことに金縛りにあったかのように僕は動けなかった。
『知りたければ教えてやろう、魔女の正体を』
再び文が浮かび上がった時、僕は目の前が暗転しその場に倒れこむという曖昧な記憶が最後だった。
あぁ、神無月さんの言うとおり、関わらない方がよかったかもしれない。
そうしたら平穏な毎日がこれからも続いたのに。
そうしたら明日神無月さんに謝れることが出来たのに。
そんな事を考えながら、僕の意識は消えていった。

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