異転神話~異世界へ転生した少年と女神に選ばれた少女が出会う話~

風見鳩

アースガルズ第六区域(1)

「まあそんなわけで私とセイハは知り合った、というわけだ」
「……ん? ちょっと待って」

 とルドの話を聞いていたシーナはある疑問に気がつく。

「今の話だと私にも入社試験っていうのが必要なんじゃ……?」
「ああ、その心配はいらない。それは私たちが入社してからすぐに変わったからな」

 ――入社試験に受ける新参をまだ未開拓の地に送り込むとはどういう事か。
 ――何も、試験で命の危険に晒すことなどないだろう。
 ――第一、人類を守る為に作られた軍事会社が人類をより一層殺していくなんて矛盾している。
 ――試験をやるのであれば、やりたい所だけ勝手にやれ。だが、人を危険地帯に放り込むような試験はやめろ。

「とセイハを始め、多くの人たちが上に訴えて廃止となったんだ」
「へえ、そんなに不満に思う人がたくさんいたんだ……」
「いや、ほとんどの者は最初はどうでもいいと思っていたんだが、セイハの意見にみんな乗り始めてな」
「すごいね、あの人……」

 そうして集団を統率している辺り、有名人なだけあるなあと感心するシーナ。
 それに対してルドは苦笑する。

「セイハはそれに対しては否定的だがな。『俺だけでやった訳じゃないから、感心されるような事はない』って」

 ああそれと、とルドは付け加える。

「セイハを『あの人』なんて敬うような言い方をしなくていいぞ。あんな奴、『あいつ』で充分だ」
「あ、あんな奴?」
「そう、あんな奴だ」

 ふん、と鼻を鳴らすルドに何があったのだろう……と疑問に思うシーナである。

「さて、そろそろ寝るか。明日は朝から行くと言ってたしな」
「……そうね」
「私のベッドを使っていいぞ。二人分くらいの大きさはあるから」
「もしかして……一緒の布団に寝るの?」
「? ダメか?」
「いや、ダメじゃないけど……」

 若干の抵抗があるシーナに対し、ルドは済ました顔で「早く寝ないと、起きられないぞ?」と言ってくる。
 今更断りづらいのでシーナは仕方なくルドに寄り添うと、横になる。

「もしもの時があったら私が何とかしないといけないからな。まだ入社したばかりの奴は心配だから、出来れば今日は私から離れないで欲しい」
「この建物の中でもしもの時があるの……?」

 というシーナの素朴な質問にルドは何故か気まずそうに目を逸らしたので、これ以上は聞かないほうがいいとシーナは悟った。
 ルドは部屋の明かりを消すと身をベッドへと預ける。

「ふむ、こうして一緒に寝るのはセイハ以来だな」
「えっ……彼と一緒に寝た事があるの?」
「うむ、小さい頃だがな。当然だが、この歳じゃ流石に恥ずかしいから今は一緒に寝たことはないぞ」

 『一緒に寝る』と聞くと色んな意味を想像するかもしれないが、この場合ルドが言っている『一緒に寝る』はそのまんまの意味であり、決してやましい意味は含まれていない。

「シーナと言ったか? シーナはどうしてあんな所にいたんだ?」
「……セイハにも言ったことなんだけど、よく覚えてないの。気がついたら森の中にいたってことだけで」
「……そうか、記憶喪失というやつなのかもしれないな」
「うん……」

 『記憶喪失』というワードにシーナはどこか納得出来ないような顔をしながらも、一応という感じで返事をする。

「さて……そろそろ寝るか。おやすみシーナ」
「うん、おやすみなさいルド」

 と、シーナは目を瞑り、眠りにつくことにする。
 自分の今後の不安と期待を胸の中に潜めながら……。



 翌朝。セイハは窓から漏れる日差しと共に目を覚ました。

「うーん……」

 目を擦りながらセイハは何とか重い身体を起き上がらせると、すぐ隣にスクルドがスウスウと寝息を立てていた。
 セイハは軽くため息をつき、まだ夢の中にいるであろうスクルドの肩を揺する。

「おい、スクルド起きろ。朝だぞ」
「うぅん……あと五秒……」
「驚く程早いな……」
「パチリ」

 と、まるで機械人形のように目を開けるスクルド。セイハはなんか怖いな……と心の中で感じつつも「おはよう」と言う。

「あ、セイハおはよう。今日はえらく早起きだね。なんで?」
「いや、昨日言っただろ? シーナの買い物に行くって」
「ああ、そういえばそんな子いたねえ……忘れてたよ」
「お前なあ……もう少し何か覚えるとかしてみたらどうなんだ?」
「だって私、興味のないことしか覚える気ないし」
「さらっと酷いこと言うよな、お前……」
「ところで君誰だっけ?」
「ほんの数十秒前に名前で呼んだよな、お前!? それはもうただの記憶障害だろ!」
「誰が老化気味のおばあさんだって!?」
「そこまで言ってねえよ!」
「まあそれはともかく」

 と突然スクルドは怒り狂ったような表情からいつもの表情に戻ると、ドア付近を見る。

「お客さんだよ?」
「っ!?」

 セイハがバッと振り向くと、そこには無言でルド、その隣にどこか困った表情のシーナが立っていた。

「……セイハ、出会った頃からずっと思っていたんだが、その独り言はどうにかならないのか」
「い、いや、これは……」
「まるで誰かがいるようかに一人で叫んだりしてると、流石に気味が悪いぞ……。なあ、シーナ?」
「えっ? ……そ、そうね、うん」

 ちなみにシーナにはスクルドの声も姿も見えているので、見えてないルドにどう言えばいいのか、複雑な表情を浮かべていた。
 ルドは軽くため息をつくと、改めてセイハの方を向く。

「じゃあ、気を取り直して行くぞセイハ。シーナの買い物に行くんだろ?」
「あ、ああ、そうだな。じゃあ少し部屋の外で待っててくれるか? すぐに身支度するから」
「わかった」

 ルドは頷いて部屋を出て行き、シーナもそれに続く。
 そうしてセイハは一人になった所で大きくため息をつき、それを楽しむかのようにスクルドはクスクスと笑う。

「スクルド、なんとか他のみんなにも見えるように出来ないのか?」
「それは前にも言ったと思うけど、不可能だよ。この世界の一般人じゃ、私たち神様を見ることができない」
「そうか……」

 セイハは少し落胆するかのように肩を落とす。

「……そうなると、お前を見ることが出来るシーナはますます謎めくな」
「ああ……あの子ね。別に大したことはなかったよ」
「えっ、何かわかってるのか?」
「昨晩のうちに、もうわかったから興味がないって言ってるんじゃない」
「知ってるなら教えてくれ。あの子は一体、何なんだ?」
「まあ、それはおいおい話すとして。そんな事を話している時間なんてないでしょ? 早く身支度して、待っている二人の方へ向かわないと」
「……そうだな」

 煙を巻くように話題を変えるスクルドにセイハは不満を浮かべながらも不承不承といった感じで頷き、身支度を始める。
 実のところ、スクルドはまだそれは仮説の段階であって本当にそうなのか、確定は出来ていないのだ。
 だがスクルドが見る限り、もし仮にその仮説が合ってなくても、どうせ少し違う程度で本質的には合っているのだろうと確信づいている。
 しかし、これをセイハに話すのはまだ早い、とスクルドは考えてわざと何も告げない事にしていた。



「待たせたな二人共」

 いつもの白い軍服に着替えたセイハは外で待っていたルドとシーナに声をかける。

「じゃあシーナの買い物にへと行くとするか」
「ねえ、買い物って……何を買うの?」

 と、いまいち理解していないシーナがセイハに問いかける。

「うーん、色々あるから答えにくいけど、まあ大雑把に言うとこれからのお前の生活に必要なものだ」
「本当に大雑把ね……」
「まあ、まずは……その服だな」
「服?」



「いらっしゃい! ……ん、セイハか? 久しぶりだな!」
「よう店長、元気そうで何よりだ」

 アースガルズ第三区域の居住スペースに構えている服屋にいるスキンヘッドの見た目がいかついおっさんはやってきたセイハを見ると笑顔を向ける。
 ちなみに彼のスキンヘッドは彼自身の意思でそういう風にしているだけであって、決して自然になったわけではない。要するにハゲではない。ハゲと言いたくないからわざと遠まわしに表現したのに、何故ハゲと言ってしまったのだろうか。何でだろう?

「最近、売り上げが伸びなくてよ……」
「ははっ、店長の見た目が悪いんだよ。そんな威圧的な感じをなんとかすればいいんじゃないか?」

 まあそれはさておき、とセイハはシーナを店の中へ連れ込む。

「おっ、なんだセイハ。また別の女の子を連れてきて」
「その表現は誤解を招くからやめてほしいが……まあ、うちの新入りで、シーナだ」
「おうお嬢ちゃん。俺はオルドっていうんだ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします……」

 にこやかな店長――オルドと対照的にシーナはビクビクと怯えた感じである。まあスキンヘッドでガタイのいいおっさんにニコニコしながら話しかけられても普通の人なら怖いもので、シーナの反応は当然の事だと言ってもよかろう。

「で、今日はこの子の服をか?」
「うん、そういうことだ」
「……?」

 と、自分の服があるのに何でここで服を買うのだろうかと不思議そうなシーナにオルドは補足をする。

「いや、セイハの周りの子達って何かと白い衣服を身につけてるだろ?」
「は、はあ……」

 言われてみれば、セイハは白い軍服、ルドは白いジャージ、ルミカという少女は白いマント、ナナノという少女は真っ白なメイド服と、みんな白いものをつけてる事に気がつくシーナ。

「ここまで言えばもうわかるだろ?」
「まあ、大体は……でも、私白い服着てますよ?」
「いや、そのチョッキを白にしてもらおうか」

 と、セイハが口を挟む。

「まあそれはいいんだけど……なんで白なの?」
「それは俺もいつも疑問に思っているんだ。他の色にすればいいのにって。例えば黒とか」
「絶対に嫌だ!」

 “黒”というワードが出た途端、セイハは頑固として首を横に振った。

「黒服の剣士とか、どこのラノベ主人公だよ……。まああの人は二刀流だから違うけど、それでも嫌なんだ」
「……?」

 とブツブツ言うセイハにシーナは疑問を浮かべながらも、とにかく嫌だという事は理解した。

「まあそんな事はどうでもいいんだ。とりあえず店長、この子に白いチョッキとそれに合った服を探してくれ」
「あいよ。じゃあとりあえず色々試着してみようか」
「は、はい」

 と、シーナは大量の服を持ちながら試着室へと消えていく。
 その後ろ姿をセイハは生温かい目で見送った後に、オルドと顔を見合わせる。

「では恒例の……行きますか?」
「おうとも。これをしなくて、何が男だ」
「ルドは外で待機しているし……」
「今回はバレないようにこの小型カメラをつけたモーターカーを使って……」
「よし、準備万端!」
「作戦実行だな!」

 ガシッと固い握手をする二人だが、中身は最低なものである。

「では早速……」
「邪魔するぞ」

 と、外に待機しているはずのルドが入ってきて、セイハとオルドはびくり、と身体を震わせる。

「お、おう、どうしたルド。別に外で待ってても――」
「うん、それなんだがな。よく考えたらこの二人にシーナを任せられないと気がついたんだ」

 ルドは無表情のまま、床にセットしておいたモーターカーを思いっきり踏み潰す。
 バキリッと嫌な音がして、オルドの顔が真っ青になる。

「というわけでシーナが着替え終えるまで、私がここで警備するが……何か異論はあるか?」
「「あ、ありません……」」

 一見いつもと変わらない口調だが、明らかに怒っていると感じたセイハとオルドはただただコクコクと頷くだけだった。

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