魔王曰くチート系勇者達を倒せっ!

風見鳩

 俺が魔王の手下となって約十分。

「ふふん、どうじゃ? 魔王としての尊厳が満ち溢れておるであろう?」
「はいはい、カッコいいカッコいい」
「なに、これがカッコいいじゃと? これは可愛いじゃろうが!」
「それだとお前、魔王としての尊厳はまるっきりないって言っているのと一緒だぞ?」

 魔王ノノン・タローマティーは魔法で自ら作った新しい装備を自慢げに俺に見せていた。
「なんかナナノと同じ装備じゃと個性がないのう」とかなんとか言って、ノノンが作った新装備は甲冑を胸のところだけの装備にミニスカートという、へそ丸出し脚出しすぎな危なっかしい格好に黒いマントを羽織っていた。

「甘いのナナノよ。今の流行りの魔王は『可愛さ』が求められているんじゃよ!」
「流行りの魔王って……」

 流行りのファッションみたいだな、おい。
 というか魔王にそんなのを求めてどうするんだ。

「っていうか、魔王って大体は男だろ? 男に可愛さはいらないよな……」
「お、なんじゃ? それはわらわに喧嘩を売っているのか? 男女差別か? ぶっ飛ばされたいのか?」
「何でそんなに喧嘩腰なんだ……。まあそう言われると、確かに『魔王は男だ』というのは確かに男女差別でもあるけど、魔王が女の場合は別の名称で呼ばれないのか?」
「ふむ、考えうる限りでは魔女……は少し意味合いが変わってくるな。では、魔王妃まおうひとかか」
「ああ魔王妃。そうだな、魔王妃が一番しっくりくるな」
「ふむ、しかしとて妃は『二番目に偉い』という意味なのじゃ。わらわは一番偉いからやはり魔王であっているのじゃよ」
「うーん、でも女は男の二番目ってイメージが強いんだよな……」
「やはり男女差別ではないか!」

 だがまあ男に『妃』というのはそれはそれで違和感がある。
 『女』って漢字を使っているし、右の漢字も『己』というより『乙』という意味合いがある気がするのだ。
 『乙』『女』で『乙女』。
 ……まあ、これはあくまで俺の想像だがな。

「ちなみにそのマントも可愛さに入っているのか?」
「ん? 何を言っておる、これは魔王なら誰でも羽織る衣服じゃよ」
「そ、そうなんだ……」
「ほれ、よく考えてみろ。アニメやゲームの魔王だって必ずとも言っていいほど、マントを羽織っているじゃろう?」
「まあ、それはそうなんだが」

 ノノンが羽織っていても魔王らしさが微塵も出ないのは何故だろうか。
 あっ、そうだ。

「ちょっと訊きたいことがあったんだ」
「なんじゃ?」
「多分というか、もう確信づいているけど……一応確認だ。俺の『能力を無効する能力』はもう消えているのか?」
「ああ、お主が悪魔となった時に既にその能力は失われている。だからこそ、お主は先程の重力魔法に耐えられなかったのであろう?」
「…………」

 やっぱりそうか。
 目を覚ました時から何か違和感を感じると思っていたけど、やっぱりあの能力が消えていたのか。
 そう、あの忌々しい『能力』が。

「なんか落ち込んでいるよりどこか安心したような表情をしているのう。そんなに能力がなくなって嬉しいのか?」
「まあ……こうして俺の意思であの能力を貰ってからこう言うのもなんだけどよ。俺にはあの能力が『呪い』にしか感じられなかったからさ」

 そう『呪い』。
 あれは最早人間が持っていい能力ではないのだ。
 あんな――能力。

「そのせいで“魔神”だなんて呼ばれたり……勇者なのに畏怖されてたんだぜ、俺?」
「そして次は“魔王の手下”か。あっはっは、散々じゃな」

 じゃがまあ、と続けるノノン。

「お主は今のお主をそこまで嫌悪してはおらぬのじゃろう?」
「まあな……もう逃げるのはやめだ。なってしまったものは仕方がないし」
「うむうむ、前向きなのは良いことじゃ」
「悪い意味だと投げやりだけどな」

 とニッコリ笑うノノンに、俺は苦笑する。

「では、そろそろ出発するかの」

 そう言ってノノンが右手を前に突き出すと、家の中に突然ブラックホールのような真っ黒い物体が目の前に現れる。
 まあ物体というより空間だが。

「この家ともお別れか……」

 俺は今や木片が散らばっていて、ところどころに不自然な穴が空いている我が家を眺める。
 散々文句を言ったが、この世界にも思い入れはちょっとでもあったりするのだ。
 といってもこの世界の人達は俺がいなくなったところでどうってことはないしな。
 ああ、ウヅキさんやサツキは俺が消えたら大騒ぎしそうだな……でも、とりあえず死んだと確定するわけじゃないし、どこかで旅にでも出たと思ってくれるのを願おう。

「あっ、今からこの穴に飛び込むわけなのじゃが、ナナト。しっかりとわらわの手を握っておれよ」
「え? なんでだ?」
「この空間内を自由に行き来出来るのはわらわだけだからじゃ。わらわに捕まってないとわらわとは別の世界に……最悪、どの世界にも入ることが出来ず、この空間の狭間で永遠に過ごすかもしれん」
「お、おう。わかった」

 そんな事になってしまったら困るので俺は慌ててノノンの手を握る。

「じゃあ、行くぞ」
「うおっ――」

 ノノンに手を引かれて空間の入口に足を踏み入れた瞬間、見えない何かの力に吸い込まれるような感覚が体を襲う。

「っ!」

 そこからは光が一切射さない、完全なる暗闇。
 上も下も右も左も前も後ろも把握出来ない、無重力の空間。
 俺は何も出来ずただただノノンにと引っ張られていく。

「若干酔うかもしれないが、もうすぐ着くので我慢しておれ」

 そんなノノンの声が響く。
 と、どこからともなく徐々に光が差し込んできて、身体が引っ張られていき――。

「うわっ!?」
「ぎゃあっ!」

 急に体に重力がかかった為に俺は勢い余って転んでしまい、手を繋いでいたノノンが転んだ俺の下敷きへとなった。

「な、なにするんじゃあ!」
「わ、悪い」

 俺は慌てて起き上がってノノンから離れる。

「全く、お主はバランス感覚がないのう……」
「いや、無茶言うなって」

 無重力空間なんか初めて体験したんだぞ。

「で、ここはどこだ?」

 見回してみると、周りは木に囲まれている。どうやら、ここは森の中のようだが……。

「うむ、十三ある世界の一つ、『多重人格』の勇者がいる世界じゃな」
「多重人格……」
「十三個ある世界の世界観はそれぞれ違っていてのう。確かこの世界では人外生物である『怪物モンスター』と人が対立している世界じゃったな」
「モンスターねえ」

 つまり異世界らしい世界観、というわけか。
 しかし、ぶっちゃけそこよりも気になったのはこの世界の勇者の特徴。
 多重人格。
 一人の人間の中に別の人格が複数存在する、人格障害。
 まあ俺の知っている多重人格とこの世界の勇者の多重人格とは若干違いがあるかもしれないが、大方は合っているだろう。

「で、勇者を倒すんだろ? どうすればいい?」
「ふむ、そうじゃな。まずは人がいる街へと向かい、勇者の情報を収集するのが一番じゃが……」

 と、ここでノノンはふと周りを見渡し、ニヤリと笑う。

「その前に少し遊んでいくかの」



「……どうじゃ、今のお主の力は理解したじゃろう?」
「ああ、大体はな」

 あれから約一時間。
 俺は目の前にいる人食い花を倒した後、話しかけてきたノノンに俺は頷く。
 今の俺は魔王の手下だからというかなんというか……今の俺の体内には魔力という力が尋常ではないぐらい持っているらしい。
 火、水、雷、土、風、氷、草、光などの『属性』という種類と、球、柱、流、手、渦、矢などの『攻撃』という種類を好きなように組み合わせて魔法を発動することができる。
 ただし、魔法には回数制限がかけられている。まあ俺は一時間に何十発も撃てるし、魔力も普通より早く回復するからそこにはほぼ困ってはいないけど。

「そうであろう、そうであろう? 何せこの魔王であるわらわの攻撃能力をナナトに差し上げたのじゃからな」
「ああ、なるほど。だからこんな魔王級の化物みたいな魔力を持っているのか。……お前、今何て言った!?」

 うんうんと納得した俺は、ドヤ顔で言ったノノンの聞き捨てならない台詞に気がつく。

「うん? じゃからお主にわらわの攻撃能力を差し上げたって」
「それってつまり、今のお前はもう全くの魔力を有してない、って意味か……?」
「何を言う。魔力がなかったら世界も移動できんであろうが」
「……質問を変えよう。つまり、今のお前は全くの戦闘力を持っていない、って意味か?」
「うん、そうなるな」
「…………」

 今度の質問には肯定するノノン。
 いやいや。
 出来ればそこも否定して欲しかったのだが。

「マジかよ……つまり勇者との戦いでは俺一人でやれと言うのか?」
「そりゃ、わらわは戦えんしのう。お主一人で頑張って欲しいところじゃ」
「…………」

 最悪だ。
 いざっていう時はノノンがいるから大丈夫だろうと思っていたが……この様子じゃ何も使えないようだ。

「使えないとはなんじゃ! わらわは世界移動以外にもお主にはできない空間移動も出来るんじゃぞ! これはなあ、もしもの時に空間から距離の離れた空間へと移動する、わば脱出用の強力な魔法なんじゃぞ!」
「逆に何でそれも俺にくれなかったんだ……」
「え? だってこれもあげちゃったら、わらわは本当にいらない子になるじゃん」
「…………」

 どうやらこの魔王妖女は、自分が足手まといになる事には気がついているようだ。
 まあ、それはもう仕方がないことだ。今更何を言おうが変わりようもなさそうなので諦めておく。
 それよりも、こいつにはいくつか訊きたいことがある。

「ところで魔法のことで訊きたいことがあるんだ」
「うむ、なんじゃ?」
「ある程度の魔法の使い方はわかったんだがな……三つほど意味がわからない魔法がある」
「はて、意味がわからない魔法とな?」

 そう、ノノンが俺に使った魔法を俺は真似してみたのだが、三つだけどうも何かが違っていて疑問に思っている魔法があるのだ。

「まず体力吸収。確かに相手は苦しがっているし、体力を減らしているようにも見えたが当の俺はどうにもその体力を吸収した感じがしないんだが」
「ああ実はその魔法、相手の周りの空気から酸素を奪ってこっちの周囲にその酸素を増やす魔法なのじゃ」
「それは吸収って言わないよな!?」

 どちらかというと強奪……いやこれもおかしいだろ。

「じゃあ次の重力空間。確かに相手は動けなくなったのだがどうも重力が倍になったような感じがしないんだが」
「ああ実はその魔法、相手や物の重さを増減させるだけであって、重力の攻撃ではない」
「名前を変えろ!」

 ややこしいことをするなよ!

「で、最後に……暗黒物質。この魔法が一番意味がわからない。何か攻撃するわけでもないし、ただ無駄に疲れるだけなんだが……」
「ああ実はその魔法、まだ未完成なんじゃ。身体中の魔力を右腕に集めるまでは考えたのじゃが、そこからは特に思いつかないから攻撃手段がないんじゃ」
「単なる見せかけじゃねえか!」

 どうして名前からして凄そうな技だけこんな見掛け倒しばかりなんだ……。
 頭を抱える俺にノノンがポンポンが気楽そうに俺の肩を叩く。

「ハッハッハ。大丈夫、大丈夫。お主なら気合で何とか出来そうじゃしな!」
「…………」

 ああ、幸先が不安になってきた……。

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