魔王曰くチート系勇者達を倒せっ!
Ⅱ
「はあっ……はあっ……」
妖女――ノノン・タローマティーは息を切らしながら、血だまりの中うつ伏せになって倒れているナナトを見つめる。
黒髪で、黒服に身を包み、黒い手袋、黒い靴と、全身を黒で包んだ少年。
ノノンにはナナトが勇者である事が先程の戦闘でわかっていた。
一般人には持たない――特別な能力。
『能力を無効化させる』――目の前にいるナナノこそがこの世界での勇者であると。
――これでは『勇者』ではなくて、『魔神』に見えるがの。
ノノンは苦笑しながらナナトの頬に手を当てる。
齢十七の彼の頬にはニキビがいくつか出来ていた。
――折角の美形なのに台無しじゃのう。
ノノンの右手から黒く禍々しい炎が出現する。
彼女の目には殺意もなんの感情も篭ってなどいなかった。
――おそらくこの勇者の弱点は『能力を使わない攻撃』と『気を失っている時』。今ならわらわの魔法攻撃も当たる。
勇者を殺す事。
それが魔王であるノノンの使命――いや、ノノンの『意思』。
彼女の『願い』である。
――しかし、これでもまだ一人。他の勇者を倒すにはそれなりの戦力が必要じゃな。
そう、他の『十二人』の勇者を倒すには。
ノノン一人では倒せないのだ。
ノノン・タローマティーはナナトに会う前に十二人の勇者たちによって敗れている。
その為、何百といた自分の手下は全て倒されていってしまったのだ。
そして最悪なことに、十二回も勇者に敗れたノノンは魔王としての能力はほぼ失ってしまっていて無条件に悪魔を召喚する『悪魔召喚』の術さえも使えない、正に絶体絶命のピンチだった。
だからノノンはこれから一人で戦わなくてはならない。
ノノンは自分の『目的』の為に、動かないナナトに向かって、無情に右腕を振り下ろす。
と、ナナトに当たるか当たらないかの寸前でピタリと腕が止まった。
――いや、待てよ。
ノノンの中である考えが浮かんだのだ。
それは絶体絶命の今を打開する、ある策。
最も、策というより賭けという言葉があっているのだが。
「…………」
ノノンは右手に燃え盛る炎を消し去り、代わりに右手をナナトの頭に当てる。
そして、右手が徐々に紫色へと光りだす。
――この状態で、魔法……『能力』が通じるならば。
――おそらく成功するはずじゃ。
うっ、といううめき声をあげるナナト。だが、ノノンは手を離さない。
そうして手を当てるだけで何もしないこと数分。
突如、ナナトの全身から禍々しいばかりの炎が溢れんばかりにと出てきた。
「ふぅ……」
ノノンは成功したことに安堵し、ナナトの頭から手を離す。
ノノンに残された数少ない能力の一つ――『悪魔転生』。
召喚とは違って、人間という素体を必要とする技である。
「……さて」
残す問題はこの少年がこの案を受け入れてくれるかどうかの話。
魔王ノノン・タローマティーの『運命』を左右する賭けである。
「う……ん……?」
俺が目を覚ますと、そこにはボロボロになった俺の家の天井が見えた。
ああ、そうか。魔王との戦闘は室内でやったからこんなに木片が落ちているのか……。
でも……どうして?
確か、俺は魔王に殺されたはずだ。だからこんな『目を覚ます』なんて事はないはずなのだ。
これは一体――。
「おお、目が覚めたかの?」
「――っ!」
近くでそんな妖女の声が聞こえて、俺は反射的にガバリと起き上がる。
と、先程の妖女の顔がすぐ目の前に現れた。
「うぉわっ!?」
俺はびっくりして思わず後ろへ這いながら下がる。
「なんじゃ、人の顔を見てそんなに驚いて。失礼であろう?」
「いや、そういう問題じゃなくてな……」
と俺は手につけている黒の甲冑をガシャリと音を鳴らしながらいやいやと妖女に向かって手を伸ばす。
……………………え?
甲冑?
「っ!??」
ここでようやく俺は自分の体に起きている変化に気がつく。
いつもの黒い服の黒グローブではなくなっていた。
俺の身体は妖女と同じように黒い甲冑で覆われていているのだ。
「うむ、結構似合っているではないか。正に魔王軍という感じじゃな」
「ま、魔王軍……?」
俺は妖女が言っている言葉が理解できない。
魔王軍ってどういうことなんだ?
いや、そもそもなんで俺は今尚も生きているんだ?
「……少し混乱しているようじゃし、状況を説明してやろうかの」
と、魔王はそんな俺を見据えて語りだす。
「あの時……わらわにやられた時、お主は正確には死んでおらず、気絶したんじゃ」
「気絶……」
「まあ実際、死にかけておったがの……そこはどうでもいいとして。そこでわらわはある目的の為にお主を悪魔、つまり魔王側へと転生させたんじゃ」
「ちょ、ちょっと待て! 一体、どういう」
「じゃから落ち着けと言っておろうが」
「がっ!?」
魔王が右手をくいっ。上から下に下げると同時に俺の体も地面に見えない力で押さえつけられる。
その場で膝をつくことさえも許されず、うつ伏せの状態で俺は倒れた。
む、、胸が地面にめり込むような勢いで圧迫される! 言葉を発することが出来ない、呼吸するのが精一杯だ……!
「うるさいから、少しそのままで黙ってわらわの話を聞いておれ」
「……っ! ……っ!」
「さて、どこから話したものかの……そうじゃな、お主、現実世界から転生してきたんじゃろ? そして金髪の女性にあった。そうじゃな?」
「…………」
「そこで何を吹き込まれたのか知らぬが、現実世界のお主はまだ生きている」
「……っ!」
「いわゆる仮死状態、というやつでな。現実のお主の身体はまだ死んでおらん」
死んでない……。
それはつまり、現実に戻ることができる、ということなのだろうか。
「お主の他に十二人、同じく現実世界から転生してきたやつが各世界に『勇者』としているんじゃ」
勇者……。
それはあの女性から言われた、この世界で俺が生きる意味となる使命。
一生背負う運命。
同じ奴らが他に十二人もいるのか。
「……わらわは現実から逃げる連中が嫌いでの。たかが一度や二度のミスで死にたいとか、生まれ変わりたいとか、この異世界では真っ当に生きていくとか……そういう連中が嫌いなんじゃ」
現実から目を逸らした連中が。
現実を否定する連中が。
嫌いなんじゃ、と魔王妖女。
現実――いじめ。
俺はいじめから逃げてきた――否。
現実から逃げてきた。
学校も他人も親も何もかもが嫌になって。
それがリセットできるなんて誘いに乗ってしまい。
俺は俺を――。
「お主は自身を『甘やかした』」
妖女の目に鋭さが増していく。
「そんな連中を、わらわは許せぬというわけじゃ」
「…………」
俺は何も言えない――言う事が許されてない。
いや。
例えこの見えない力がなくても、俺は何も言えなかっただろう。
そのくらい、重く、重くのしかかる言葉だった。
「で、じゃ。現実に戻る方法とは――魔王に敗れる事じゃ」
「……っ!」
「まあ魔王に敗れたお主がまだこの世界にいるのは、わらわがお主を自分の駒として扱っているからじゃよ」
と、ここで妖女は俺を真剣な眼差しで見つめる。
「で、ここからはわらわからのお願いじゃ……。その十二人の勇者達を倒すのを手伝って欲しいのじゃ」
「…………っ」
「勿論、強制的ではない。お主が嫌というのであれば、今すぐにでも殺して現実世界へと戻してやろう」
「…………」
いつの間にか俺にかかっていた力は消え失せていて、俺はゆっくりと身体を起こすことが出来た。
十二人の勇者達を倒すのを手伝って欲しい? ……馬鹿馬鹿しい。
何で俺がそんな事をしなくてはいけないのだ。
そんな事をする理由もないし、メリットもない。
それに勇者と戦うというのであれば死ぬ事も覚悟するべきだろう。
死ぬ、という事はまたあの辛い現実へと引き戻されるわけである。
つまり、見事なことに俺にやってみて良い事など一つもないわけだ。
俺は目の前にいる魔王に向かって返事をする。
「わかった、手伝おう」
「っ!」
確かにそんな事をしなくても良いかもしれない。
理由も、メリットもないのかもしれない。
死ぬかも知れない。
辛い現実へと戻るのかもしれない。
やってみて良い事など一つもないのかもしれない。
けど、違うのだ。
これは選択できるようなことではない。
強制的に進むことだ。
『やってみること』のではなく『やらなくてはいけないこと』だ。
権利ではない、義務である。
俺は今までずっと逃げてきた。
いじめられる自分が嫌になって。
何も出来ない自分が嫌になって。
引きこもりの自分が嫌になって。
俺はいじめてきた連中より、何も対応してくれない学校より、理解してくれない両親より、不条理な現実より。
俺は誰よりも俺自身に嫌悪を抱いた。
自分自身を否定した。
だから捨てた。
俺が俺であることを捨てて、ここまで来たのだ。
俺はこの世界で一生を過ごすことに決めてしまったのだ。
俺は――俺から逃げてきたのだ。
だが、その結果。
ここでも俺は逃げる羽目になった。
人々から逃げた。
化物のような能力を持つこの身体から逃げた。
俺は『ナナト』という勇者から――逃げた。
……それじゃあ『駄目』だ。
逃げるだけじゃ何も解決はしない。
逃げることが一番良い選択肢ではない。
俺はこの逃げ続けたまま『ここ』で死ぬなんて御免だ。
このまま戻るのは嫌だ。
きっとここで戻っても俺はきっとまた逃げるだけの生活になるだろう。
変えたい。
自分を変えたい。
逃げることばかりしてきた自分を。
戦ってこなかった自分を。
悲劇のヒーロー気取りをしてきた自分を。
今度こそ――変えたい。
そして変わった時になって初めて俺は『現実に戻る』事を許される。
そう、これは強制。
自分を変えたいというのであれば――今、起こっている現状から逃げちゃだめなんだ。
自分を変えたいというのであれば――やらなくてはいけないことなんだ。
自分を変えたいというのであれば――これは『義務』なんだ。
「俺は……自分を悲劇のヒーローとばかり思っていた。でもそれはただ単に俺が逃げていただけなんだ」
「…………」
「俺は受け入れる」
現実の自分にも逃げて。
この世界の自分にも逃げて。
それでも、俺は。
「俺は今の『自分』を受け入れる」
「……そうか」
ノノンはニッコリと微笑み、手を差し伸べる。
「ノノン・タローマティー。ノノンでよい。お主の名は?」
「ナナトだ」
「じゃあこれからよろしく頼むぞナナト」
「ああ、よろしくノノン」
俺はがっしりとノノンの手を掴む。
こうして。
俺は勇者をやめて魔王の手下――駒となった。
それは俺が十二人のチート並の能力を持つ勇者達と渡り合うきっかけ。
勇者とは何であるべきか――それを学ぶためのきっかけ。
……序章はもうこの辺りでいいだろう?
このきっかけにもう語ることはないだろう?
では。
魔王が十三の世界を征服するまでの十三の物語を語るとしよう。
妖女――ノノン・タローマティーは息を切らしながら、血だまりの中うつ伏せになって倒れているナナトを見つめる。
黒髪で、黒服に身を包み、黒い手袋、黒い靴と、全身を黒で包んだ少年。
ノノンにはナナトが勇者である事が先程の戦闘でわかっていた。
一般人には持たない――特別な能力。
『能力を無効化させる』――目の前にいるナナノこそがこの世界での勇者であると。
――これでは『勇者』ではなくて、『魔神』に見えるがの。
ノノンは苦笑しながらナナトの頬に手を当てる。
齢十七の彼の頬にはニキビがいくつか出来ていた。
――折角の美形なのに台無しじゃのう。
ノノンの右手から黒く禍々しい炎が出現する。
彼女の目には殺意もなんの感情も篭ってなどいなかった。
――おそらくこの勇者の弱点は『能力を使わない攻撃』と『気を失っている時』。今ならわらわの魔法攻撃も当たる。
勇者を殺す事。
それが魔王であるノノンの使命――いや、ノノンの『意思』。
彼女の『願い』である。
――しかし、これでもまだ一人。他の勇者を倒すにはそれなりの戦力が必要じゃな。
そう、他の『十二人』の勇者を倒すには。
ノノン一人では倒せないのだ。
ノノン・タローマティーはナナトに会う前に十二人の勇者たちによって敗れている。
その為、何百といた自分の手下は全て倒されていってしまったのだ。
そして最悪なことに、十二回も勇者に敗れたノノンは魔王としての能力はほぼ失ってしまっていて無条件に悪魔を召喚する『悪魔召喚』の術さえも使えない、正に絶体絶命のピンチだった。
だからノノンはこれから一人で戦わなくてはならない。
ノノンは自分の『目的』の為に、動かないナナトに向かって、無情に右腕を振り下ろす。
と、ナナトに当たるか当たらないかの寸前でピタリと腕が止まった。
――いや、待てよ。
ノノンの中である考えが浮かんだのだ。
それは絶体絶命の今を打開する、ある策。
最も、策というより賭けという言葉があっているのだが。
「…………」
ノノンは右手に燃え盛る炎を消し去り、代わりに右手をナナトの頭に当てる。
そして、右手が徐々に紫色へと光りだす。
――この状態で、魔法……『能力』が通じるならば。
――おそらく成功するはずじゃ。
うっ、といううめき声をあげるナナト。だが、ノノンは手を離さない。
そうして手を当てるだけで何もしないこと数分。
突如、ナナトの全身から禍々しいばかりの炎が溢れんばかりにと出てきた。
「ふぅ……」
ノノンは成功したことに安堵し、ナナトの頭から手を離す。
ノノンに残された数少ない能力の一つ――『悪魔転生』。
召喚とは違って、人間という素体を必要とする技である。
「……さて」
残す問題はこの少年がこの案を受け入れてくれるかどうかの話。
魔王ノノン・タローマティーの『運命』を左右する賭けである。
「う……ん……?」
俺が目を覚ますと、そこにはボロボロになった俺の家の天井が見えた。
ああ、そうか。魔王との戦闘は室内でやったからこんなに木片が落ちているのか……。
でも……どうして?
確か、俺は魔王に殺されたはずだ。だからこんな『目を覚ます』なんて事はないはずなのだ。
これは一体――。
「おお、目が覚めたかの?」
「――っ!」
近くでそんな妖女の声が聞こえて、俺は反射的にガバリと起き上がる。
と、先程の妖女の顔がすぐ目の前に現れた。
「うぉわっ!?」
俺はびっくりして思わず後ろへ這いながら下がる。
「なんじゃ、人の顔を見てそんなに驚いて。失礼であろう?」
「いや、そういう問題じゃなくてな……」
と俺は手につけている黒の甲冑をガシャリと音を鳴らしながらいやいやと妖女に向かって手を伸ばす。
……………………え?
甲冑?
「っ!??」
ここでようやく俺は自分の体に起きている変化に気がつく。
いつもの黒い服の黒グローブではなくなっていた。
俺の身体は妖女と同じように黒い甲冑で覆われていているのだ。
「うむ、結構似合っているではないか。正に魔王軍という感じじゃな」
「ま、魔王軍……?」
俺は妖女が言っている言葉が理解できない。
魔王軍ってどういうことなんだ?
いや、そもそもなんで俺は今尚も生きているんだ?
「……少し混乱しているようじゃし、状況を説明してやろうかの」
と、魔王はそんな俺を見据えて語りだす。
「あの時……わらわにやられた時、お主は正確には死んでおらず、気絶したんじゃ」
「気絶……」
「まあ実際、死にかけておったがの……そこはどうでもいいとして。そこでわらわはある目的の為にお主を悪魔、つまり魔王側へと転生させたんじゃ」
「ちょ、ちょっと待て! 一体、どういう」
「じゃから落ち着けと言っておろうが」
「がっ!?」
魔王が右手をくいっ。上から下に下げると同時に俺の体も地面に見えない力で押さえつけられる。
その場で膝をつくことさえも許されず、うつ伏せの状態で俺は倒れた。
む、、胸が地面にめり込むような勢いで圧迫される! 言葉を発することが出来ない、呼吸するのが精一杯だ……!
「うるさいから、少しそのままで黙ってわらわの話を聞いておれ」
「……っ! ……っ!」
「さて、どこから話したものかの……そうじゃな、お主、現実世界から転生してきたんじゃろ? そして金髪の女性にあった。そうじゃな?」
「…………」
「そこで何を吹き込まれたのか知らぬが、現実世界のお主はまだ生きている」
「……っ!」
「いわゆる仮死状態、というやつでな。現実のお主の身体はまだ死んでおらん」
死んでない……。
それはつまり、現実に戻ることができる、ということなのだろうか。
「お主の他に十二人、同じく現実世界から転生してきたやつが各世界に『勇者』としているんじゃ」
勇者……。
それはあの女性から言われた、この世界で俺が生きる意味となる使命。
一生背負う運命。
同じ奴らが他に十二人もいるのか。
「……わらわは現実から逃げる連中が嫌いでの。たかが一度や二度のミスで死にたいとか、生まれ変わりたいとか、この異世界では真っ当に生きていくとか……そういう連中が嫌いなんじゃ」
現実から目を逸らした連中が。
現実を否定する連中が。
嫌いなんじゃ、と魔王妖女。
現実――いじめ。
俺はいじめから逃げてきた――否。
現実から逃げてきた。
学校も他人も親も何もかもが嫌になって。
それがリセットできるなんて誘いに乗ってしまい。
俺は俺を――。
「お主は自身を『甘やかした』」
妖女の目に鋭さが増していく。
「そんな連中を、わらわは許せぬというわけじゃ」
「…………」
俺は何も言えない――言う事が許されてない。
いや。
例えこの見えない力がなくても、俺は何も言えなかっただろう。
そのくらい、重く、重くのしかかる言葉だった。
「で、じゃ。現実に戻る方法とは――魔王に敗れる事じゃ」
「……っ!」
「まあ魔王に敗れたお主がまだこの世界にいるのは、わらわがお主を自分の駒として扱っているからじゃよ」
と、ここで妖女は俺を真剣な眼差しで見つめる。
「で、ここからはわらわからのお願いじゃ……。その十二人の勇者達を倒すのを手伝って欲しいのじゃ」
「…………っ」
「勿論、強制的ではない。お主が嫌というのであれば、今すぐにでも殺して現実世界へと戻してやろう」
「…………」
いつの間にか俺にかかっていた力は消え失せていて、俺はゆっくりと身体を起こすことが出来た。
十二人の勇者達を倒すのを手伝って欲しい? ……馬鹿馬鹿しい。
何で俺がそんな事をしなくてはいけないのだ。
そんな事をする理由もないし、メリットもない。
それに勇者と戦うというのであれば死ぬ事も覚悟するべきだろう。
死ぬ、という事はまたあの辛い現実へと引き戻されるわけである。
つまり、見事なことに俺にやってみて良い事など一つもないわけだ。
俺は目の前にいる魔王に向かって返事をする。
「わかった、手伝おう」
「っ!」
確かにそんな事をしなくても良いかもしれない。
理由も、メリットもないのかもしれない。
死ぬかも知れない。
辛い現実へと戻るのかもしれない。
やってみて良い事など一つもないのかもしれない。
けど、違うのだ。
これは選択できるようなことではない。
強制的に進むことだ。
『やってみること』のではなく『やらなくてはいけないこと』だ。
権利ではない、義務である。
俺は今までずっと逃げてきた。
いじめられる自分が嫌になって。
何も出来ない自分が嫌になって。
引きこもりの自分が嫌になって。
俺はいじめてきた連中より、何も対応してくれない学校より、理解してくれない両親より、不条理な現実より。
俺は誰よりも俺自身に嫌悪を抱いた。
自分自身を否定した。
だから捨てた。
俺が俺であることを捨てて、ここまで来たのだ。
俺はこの世界で一生を過ごすことに決めてしまったのだ。
俺は――俺から逃げてきたのだ。
だが、その結果。
ここでも俺は逃げる羽目になった。
人々から逃げた。
化物のような能力を持つこの身体から逃げた。
俺は『ナナト』という勇者から――逃げた。
……それじゃあ『駄目』だ。
逃げるだけじゃ何も解決はしない。
逃げることが一番良い選択肢ではない。
俺はこの逃げ続けたまま『ここ』で死ぬなんて御免だ。
このまま戻るのは嫌だ。
きっとここで戻っても俺はきっとまた逃げるだけの生活になるだろう。
変えたい。
自分を変えたい。
逃げることばかりしてきた自分を。
戦ってこなかった自分を。
悲劇のヒーロー気取りをしてきた自分を。
今度こそ――変えたい。
そして変わった時になって初めて俺は『現実に戻る』事を許される。
そう、これは強制。
自分を変えたいというのであれば――今、起こっている現状から逃げちゃだめなんだ。
自分を変えたいというのであれば――やらなくてはいけないことなんだ。
自分を変えたいというのであれば――これは『義務』なんだ。
「俺は……自分を悲劇のヒーローとばかり思っていた。でもそれはただ単に俺が逃げていただけなんだ」
「…………」
「俺は受け入れる」
現実の自分にも逃げて。
この世界の自分にも逃げて。
それでも、俺は。
「俺は今の『自分』を受け入れる」
「……そうか」
ノノンはニッコリと微笑み、手を差し伸べる。
「ノノン・タローマティー。ノノンでよい。お主の名は?」
「ナナトだ」
「じゃあこれからよろしく頼むぞナナト」
「ああ、よろしくノノン」
俺はがっしりとノノンの手を掴む。
こうして。
俺は勇者をやめて魔王の手下――駒となった。
それは俺が十二人のチート並の能力を持つ勇者達と渡り合うきっかけ。
勇者とは何であるべきか――それを学ぶためのきっかけ。
……序章はもうこの辺りでいいだろう?
このきっかけにもう語ることはないだろう?
では。
魔王が十三の世界を征服するまでの十三の物語を語るとしよう。
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