魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
第一祭「準備という名称に似た、何かが違うようなもの1」
「はい、志野くん。これも持って頂戴」
「…………」
ドン、と俺の持っている荷物の上に積まれる新たな紙袋。荷物の量は普通の買い物の倍はあり、持っている俺の手は今にもちぎれそうな痛みを発していた。
「さて、どんどん行くわよ」
「な、なあ……まだ買うのか?」
そろそろ限界といった感じで俺が根を上げると、豊岸は当然といったような表情をする。
「まだ買い物は始まったばかりじゃない。このくらいでバテてもらっちゃ困るわ」
「いや、この量は半端じゃねえよ。お前も持ってみればわかるから」
「あら、男子より非力な女子に荷物を持たせるの?」
「それより、自分の荷物をこんなに持たせて、何か思うことはないのか?」
「滑稽な姿ね」
「罵倒しろとは一言も言ってねえぞ!?」
「他に何か思うことなんてないわ。だって私、あなたの事が嫌いなんだもの」
「身も蓋もねえな、お前!」
* * *
さて……どうしてこうなったかと言うと、今から数時間ほど前に遡る。
土曜日は授業がない。なので、そこまで早起きはしていない――のだが、最近は三縁に誘われて一緒にランニングをしている。
今朝も早く起き、校門で待っていた三縁と一時間ほど走ってきた。
その後、朝食を食べようと食堂へと向かったところ、バッタリ出くわしたのが豊岸であった。
「あら、おはよう志野くん」
「おう豊岸、早いな」
豊岸はこれからどこかに出かけるのか、既に寝着から洋服に着替えていた。
魔導販売機に金銭を入れ食券を買った豊岸は、チラリと後ろに並ぶ俺の姿を見る。
「こんな朝早くから、ランニング?」
どうやら俺がジャージ姿であることが気になったらしい。まあ、首にもタオル巻いているし。
「まあな。ちょっと三縁に誘われて走ってきただけだ」
「ふうん、三縁さんがねえ……」
と、豊岸は少し訝しげな表情をする。
「ねえ志野くん? よかったら一緒に朝食でもどう?」
「え? いいのか?」
意外だ、いつもの豊岸なら「志野くんと一緒に食事するなんて、食べ物に失礼だわ」とかなんとか、意味不明な理由で俺とはほとんど一緒に食事をしてないのだ。
……思い返してみればこいつ、体育祭の時は一緒に食べてたよな。思いっきり矛盾しているじゃねえか。
「ええ、今回は特別に許してあげる。その事について詳しく聞きたいし」
「その事……?」
ああ、ランニングのことか。でもどうしてだろうか? 豊岸もランニングしたいとかか?
俺は食券を買うと、豊岸の後に続いていく。
白米に鮭の塩焼き、味噌汁。典型的な日本の朝食である。
「それで?」
「それで、って何がだ?」
「それで、いつから三縁さんと朝ランニングするようになったのって訊いているのよ。あなた能無し? それとも脳なし?」
「前者はともかくとして、後者はあってたまるか!」
「私、志野くんが入れてくるツッコミは結構好きだけど、今は控えて。それで、質問に答えてくれるかしら? 早く答えて頂戴」
「ええと……」
……というか。
なんか興味津々だな豊岸……心なしか、今までの中で一番活き活きしたような顔をしているような気がしなくもない。
そんなに気になることだろうか?
「夏休みの時は毎朝一緒にしていたな。二学期になってからは毎週土曜日だけだが」
「毎週土曜日の方は、三縁さんから誘ったのね?」
「ああ、そうだが……?」
おかしなことを訊くな、こいつ。今の会話のどこら辺に興味があるんだ?
「なるほどね……それが原因だったのね……」
「?」
「ところで志野くん、最近三縁さん変わったと思わない?」
「そりゃ、まあ……」
『変わったと思う』というか『変わった』。
俺たちはもっと前から気がつくべきだったのだけど……まあとにかく変わってくれて、俺は嬉しく思っている。
「この前、三縁さんが訊いてきたのよ。『今度さ、私に似合う服を一緒に買い物に付き合ってくれないかな……?』って! あの三縁さんがよ!?」
「そ、そうか……」
「しかも頬を赤らめて恥ずかしそうに! 以前の子供っぽい三縁さんからは考えられないくらいに!」
ドンッとテーブルをつき、目を輝かせながら豊岸がテンションをあげる……もう誰だよ、お前。本当に豊岸か?
が、すぐに「あら、失礼」といつもの冷静さを取り戻す。
「……お前さ、なんか今日おかしくね?」
「失礼ね、あなた以外の時はいつもこんな感じよ」
「いつもなのか……」
イメージつかねえ。
「前々から思ってたけど、志野くんは私のことを血も涙もない冷徹人間だと誤解してるわよね?」
「いや、そこまでは……」
「まあ、志野くんの前では血も涙も必要ないと思っているから、誤解するのも無理ないわね」
「頼むから、誤解を解く努力をしてくれ」
というか。
「でも、それっておかしなことだよな」
「え?」
「いや、だってさ。確かに三縁は変わったけど、オシャレすることは前からじゃなかったか?」
ゴールデンウィークの時も決してオシャレしていないってわけじゃなかったんだし。
「おしゃれぇ? いいわよ、めんどい」と言っている京香とは大違いだと思う。
「オシャレをするくらいなら、以前と変わらないんじゃないのか?」
「…………」
と、結構間違ってないと思っていることを述べたつもりなのに、豊岸に白い目で見られていた。
「……オシャレをするにしても、目的が違うのよ」
「目的? 何が?」
「……………………」
さっきよりも白い目で見られていた。まるで俺が馬鹿みたいじゃねえか。
目的ってなんだろうか……最近、オシャレしたいと思うこと……思うこと……ああ、わかった。
「私服喫茶で着る私服か。確かに目的が違うな」
「もういいわ」
あれ? 合っていたと思ったのに。
「そういえば……志野くんは私服喫茶の衣装どうするの?」
「どうするのって……普段着でいいんじゃねえか?」
すると、豊岸から大きなため息が漏れる。
「いいわけないでしょう。あなたも当然オシャレするのよ」
「ええー……」
別に必要なくないか? と不満げな俺に、豊岸は何か考え込むような仕草を見せる。
「……ふむ、ちょうどいいわね」
「え?」
「志野くん、今日暇でしょう?」
「まあ、暇だが……」
「だったら私に付き合いなさい」
「は?」
未だ訳が分からずポカンとしている俺に、豊岸がすっと立ち上がる。
「今から買い物に行くわよ」
* * *
回想からおかえり。
そして今に至る。
場所は、この前と同じく原宿。休みのせいなのか、店の通りは人という人で溢れかえっている。
ちなみに、今の俺の服装は普段着。当然と言えば当然なのだが……ジャージの姿を着替えるよう、豊岸に強要されたのだ。
「……なあ豊岸、俺を呼んだ理由って単に荷物持ちなのか?」
「あら、それ以外に何か?」
「…………」
数時間歩きっぱなしだった為に体力が限界で、ツッこむ気力すら失われていた。
「何よ、もっと楽しそうにしなさいよ。これは一般的に言うデートなのよ?」
「デートって拷問だったのか……」
足は小刻みに震えているし、手の感覚も失われてきている。心なしか、肩まで悲鳴をあげているようだ。
そんな俺を豊岸はチラリと見て、軽くため息をつく。
「……仕方ないわね、近くの飲食店で休みましょうか。私もちょうどお昼にしたかったところだし」
「そりゃ助かる……」
今いる衣服店を出て、少し移動。大通りの所にあるハンバーガー屋へと二人で入り込む。
店内に入ると、ぐっしょりと汗で濡れて火照っていた体に、ひんやりとした店内のクーラーの心地よさが包み込む。
「志野くんは適当な席を取っておいて。オーダーは私に任せなさい」
「え……お金はどうするんだ?」
「私が全部払うから大丈夫よ。今日の荷物持ちの見返りだと思って、そこら辺は気にしないで頂戴」
「……じゃあ、遠慮なく」
俺はレジに並ぶ豊岸を残して、席を探しに行く。
「ええと……あそこでいいかな」
俺は空いている席を見つけると、そこに移動していく。
両腕を縛っていた荷物を全て椅子に乗せ、身も椅子へと預ける。
「あ゛ー……疲れた……」
「あ゛ー……疲れた……」
俺が心の底からの本音を漏らすと、隣の人も全く同じ台詞を吐く。
「……あ」
「……あ」
そして隣と顔を見合わせて――同じ反応を示した。
そこに座っていたのは誰であろう、みさとだったからだ。
「何してんだ、お前……」
「いや、それはこっちの台詞なんだけど……」
見てみると、みさとの近くには大量の荷物が置かれていた。
「ああ、なんだ。お前も荷物持ちか」
「待って、私は君と違って荷物持ちじゃないからね?」
ちゃんと自分のも買い物しているから、とみさと。
そういえばみさとの周りには誰もいない。その買い物量からして、複数人で来ていると思ったのだが……。
すると、こっちに向かってくるのが二人。
「お待たせしました、みさとちゃ……あれ?」
「えっ……ケンジ? こんな所で何してるの?」
ハンバーガーを持った優梨と京香が俺の姿を見て、びっくりしたような顔をしていた。
「お待たせ、志野く……あら?」
続いてやってきたのは、俺の分のハンバーガーを持ってきた豊岸。みさと達の姿を確認して、足がピタリと止まった。
……よくわからないが、いつもの寮メンバーが集結していた。
「なるほど、千恵子ちゃんたちも買い物してたんですね!」
「まあ、そんなところよ」
聞くところによると、優梨とみさとは京香にお願いされて買い物に付き合っているようである。
楽しいことに関しては底なしの体力を持つ優梨と、それなりに持っている京香に何時間も回られ、みさとが根をあげたようだ。
で、たまたま出くわしたようである。
「って、京香が買い物のお願いっていうのは……」
「まあ察しの通りよ。文化祭の出し物に着る衣装を買うため」
京香がストローを加えて飲み物を勢いよく飲みながら答える。
なるほど、確か私服喫茶を提案した際に、京香の表情があまりぱっとしてなかったのはその為か。そういった服装を持ってないのだろうか。
「てっきり京香も『面倒だ』とかなんとかで、普段着で済ませると思ったんだが」
「あんたと一緒にするな」
俺の意見に京香は不機嫌そうな表情をする。
「私だって、最近『お母さん』『お母さん』と言われるのを気にしているのよ……」
「そうだったのか……」
「今に見てなさいよ、もう二度と『お母さん』と呼ばせないようにしてやるわ!」
「…………」
京香が『お母さん』と呼ばれているのは、そういう所じゃないんだけどなあ……まあいいか。
「私服喫茶ですか! なんだか楽しそうですね!」
「優梨たちはどんな出し物をするんだ?」
「メイド喫茶に決定しました! 私の家にメイド服は沢山あるので!」
「あーなるほど……」
優梨の家はちょっとしたどころか、近所では名前を知らない人はいない程の超お金持ちだったりする。優梨の家なら有り得るなあ……。
「男子たちからの圧倒的な支持で決定したんだよね」
「まあ、そうだろうな」
「はい、ですので全員メイド服に着替えてもらえます!」
「まあ、そうだろうな……ん?」
俺は『全員』という言葉に引っかかりを覚える。
「優梨、『全員』っていうのは……?」
「全員は全員ですよ? Fクラス四十人全員です!」
「……その四十人の中に、男子も含まれているのか?」
「含まれていますよ?」
「……何も、男子までメイド服にならなくてもいいんじゃないか?」
「え? だって、『メイド』喫茶ですよね?」
「…………」
まさかこんな事になろうとは、Fクラスの男子も想定していなかっただろう。
「ただ、その事を伝えたら男子が魂が抜けたようになってしまったんですが……なんででしょうか?」
「さ、さあな……」
心の底から『Fクラスじゃなくて良かった』と思った瞬間だった。
「さて、私たちはまだ買い物をしなくちゃいけないからそろそろ行くわね」
京香はそう言って立ち上がる。
「まだ何か買うのか?」
「ええ、みさとの買い物がまだだし」
「ええー、いいよ別に……もう歩きたくないんだけど」
「何言ってるのよみさと、ほら行くわよ」
「本当にいいんだってばあ!」
「それじゃ二人共また後でです!」
あまりノリ気じゃないみさとを(半ば無理矢理)連れて行きながら、京香たちは去っていった。
「さて……俺たちはどうする? まだ何か買い物をするか?」
俺はまだハンバーガーを手につけていない豊岸をチラリと見る。
というか、まだ食ってなかったのかよお前。しかも二つ食べるつもりなのかよ。
俺の問いに、豊岸はコクリと頷く。
「ええ、まだ志野くんの買い物をしてないでしょう」
「え、俺の?」
豊岸の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「当たり前でしょう。あなたは何の為に此処にいるのよ」
「荷物持ちの為だったんじゃないのか……?」
「それはあくまで理由の一つよ。もう一つは志野くんの衣装を買う為よ」
そうだったのか……てっきりただの荷物持ちだと思ってた。
「じゃあ早く行こうぜ、日が暮れる前に買った方がいいだろ?」
「いや」
と、豊岸は俺の言葉に対して首を横に振る。
「まだ食事がすんでないわ」
「まだすんでないって……じゃあ早く食べればいいじゃねえか」
「いえ、タイミングが早いのよ」
タイミングが早い?
豊岸の言葉に首を捻っていると、豊岸が何かに反応する。
「……来たわね」
「?」
じっと何か――いや誰かを見つめる豊岸の意味がわからずに、視線を追ってみると。
「ごめんごめん、千恵子っち! ちょっと遅れちゃった……か……な……?」
一人の少女が近くまでやってきて、俺の顔を見た瞬間に固まる。
「いえいえ、ちょうどいい時間よ、三縁さん」
「えっ……ケンジくん……? 何で、ここに……?」
ツインテールの友人――三縁は俺を見て、目を疑うような表情をしながら棒立ちしていた。
「…………」
ドン、と俺の持っている荷物の上に積まれる新たな紙袋。荷物の量は普通の買い物の倍はあり、持っている俺の手は今にもちぎれそうな痛みを発していた。
「さて、どんどん行くわよ」
「な、なあ……まだ買うのか?」
そろそろ限界といった感じで俺が根を上げると、豊岸は当然といったような表情をする。
「まだ買い物は始まったばかりじゃない。このくらいでバテてもらっちゃ困るわ」
「いや、この量は半端じゃねえよ。お前も持ってみればわかるから」
「あら、男子より非力な女子に荷物を持たせるの?」
「それより、自分の荷物をこんなに持たせて、何か思うことはないのか?」
「滑稽な姿ね」
「罵倒しろとは一言も言ってねえぞ!?」
「他に何か思うことなんてないわ。だって私、あなたの事が嫌いなんだもの」
「身も蓋もねえな、お前!」
* * *
さて……どうしてこうなったかと言うと、今から数時間ほど前に遡る。
土曜日は授業がない。なので、そこまで早起きはしていない――のだが、最近は三縁に誘われて一緒にランニングをしている。
今朝も早く起き、校門で待っていた三縁と一時間ほど走ってきた。
その後、朝食を食べようと食堂へと向かったところ、バッタリ出くわしたのが豊岸であった。
「あら、おはよう志野くん」
「おう豊岸、早いな」
豊岸はこれからどこかに出かけるのか、既に寝着から洋服に着替えていた。
魔導販売機に金銭を入れ食券を買った豊岸は、チラリと後ろに並ぶ俺の姿を見る。
「こんな朝早くから、ランニング?」
どうやら俺がジャージ姿であることが気になったらしい。まあ、首にもタオル巻いているし。
「まあな。ちょっと三縁に誘われて走ってきただけだ」
「ふうん、三縁さんがねえ……」
と、豊岸は少し訝しげな表情をする。
「ねえ志野くん? よかったら一緒に朝食でもどう?」
「え? いいのか?」
意外だ、いつもの豊岸なら「志野くんと一緒に食事するなんて、食べ物に失礼だわ」とかなんとか、意味不明な理由で俺とはほとんど一緒に食事をしてないのだ。
……思い返してみればこいつ、体育祭の時は一緒に食べてたよな。思いっきり矛盾しているじゃねえか。
「ええ、今回は特別に許してあげる。その事について詳しく聞きたいし」
「その事……?」
ああ、ランニングのことか。でもどうしてだろうか? 豊岸もランニングしたいとかか?
俺は食券を買うと、豊岸の後に続いていく。
白米に鮭の塩焼き、味噌汁。典型的な日本の朝食である。
「それで?」
「それで、って何がだ?」
「それで、いつから三縁さんと朝ランニングするようになったのって訊いているのよ。あなた能無し? それとも脳なし?」
「前者はともかくとして、後者はあってたまるか!」
「私、志野くんが入れてくるツッコミは結構好きだけど、今は控えて。それで、質問に答えてくれるかしら? 早く答えて頂戴」
「ええと……」
……というか。
なんか興味津々だな豊岸……心なしか、今までの中で一番活き活きしたような顔をしているような気がしなくもない。
そんなに気になることだろうか?
「夏休みの時は毎朝一緒にしていたな。二学期になってからは毎週土曜日だけだが」
「毎週土曜日の方は、三縁さんから誘ったのね?」
「ああ、そうだが……?」
おかしなことを訊くな、こいつ。今の会話のどこら辺に興味があるんだ?
「なるほどね……それが原因だったのね……」
「?」
「ところで志野くん、最近三縁さん変わったと思わない?」
「そりゃ、まあ……」
『変わったと思う』というか『変わった』。
俺たちはもっと前から気がつくべきだったのだけど……まあとにかく変わってくれて、俺は嬉しく思っている。
「この前、三縁さんが訊いてきたのよ。『今度さ、私に似合う服を一緒に買い物に付き合ってくれないかな……?』って! あの三縁さんがよ!?」
「そ、そうか……」
「しかも頬を赤らめて恥ずかしそうに! 以前の子供っぽい三縁さんからは考えられないくらいに!」
ドンッとテーブルをつき、目を輝かせながら豊岸がテンションをあげる……もう誰だよ、お前。本当に豊岸か?
が、すぐに「あら、失礼」といつもの冷静さを取り戻す。
「……お前さ、なんか今日おかしくね?」
「失礼ね、あなた以外の時はいつもこんな感じよ」
「いつもなのか……」
イメージつかねえ。
「前々から思ってたけど、志野くんは私のことを血も涙もない冷徹人間だと誤解してるわよね?」
「いや、そこまでは……」
「まあ、志野くんの前では血も涙も必要ないと思っているから、誤解するのも無理ないわね」
「頼むから、誤解を解く努力をしてくれ」
というか。
「でも、それっておかしなことだよな」
「え?」
「いや、だってさ。確かに三縁は変わったけど、オシャレすることは前からじゃなかったか?」
ゴールデンウィークの時も決してオシャレしていないってわけじゃなかったんだし。
「おしゃれぇ? いいわよ、めんどい」と言っている京香とは大違いだと思う。
「オシャレをするくらいなら、以前と変わらないんじゃないのか?」
「…………」
と、結構間違ってないと思っていることを述べたつもりなのに、豊岸に白い目で見られていた。
「……オシャレをするにしても、目的が違うのよ」
「目的? 何が?」
「……………………」
さっきよりも白い目で見られていた。まるで俺が馬鹿みたいじゃねえか。
目的ってなんだろうか……最近、オシャレしたいと思うこと……思うこと……ああ、わかった。
「私服喫茶で着る私服か。確かに目的が違うな」
「もういいわ」
あれ? 合っていたと思ったのに。
「そういえば……志野くんは私服喫茶の衣装どうするの?」
「どうするのって……普段着でいいんじゃねえか?」
すると、豊岸から大きなため息が漏れる。
「いいわけないでしょう。あなたも当然オシャレするのよ」
「ええー……」
別に必要なくないか? と不満げな俺に、豊岸は何か考え込むような仕草を見せる。
「……ふむ、ちょうどいいわね」
「え?」
「志野くん、今日暇でしょう?」
「まあ、暇だが……」
「だったら私に付き合いなさい」
「は?」
未だ訳が分からずポカンとしている俺に、豊岸がすっと立ち上がる。
「今から買い物に行くわよ」
* * *
回想からおかえり。
そして今に至る。
場所は、この前と同じく原宿。休みのせいなのか、店の通りは人という人で溢れかえっている。
ちなみに、今の俺の服装は普段着。当然と言えば当然なのだが……ジャージの姿を着替えるよう、豊岸に強要されたのだ。
「……なあ豊岸、俺を呼んだ理由って単に荷物持ちなのか?」
「あら、それ以外に何か?」
「…………」
数時間歩きっぱなしだった為に体力が限界で、ツッこむ気力すら失われていた。
「何よ、もっと楽しそうにしなさいよ。これは一般的に言うデートなのよ?」
「デートって拷問だったのか……」
足は小刻みに震えているし、手の感覚も失われてきている。心なしか、肩まで悲鳴をあげているようだ。
そんな俺を豊岸はチラリと見て、軽くため息をつく。
「……仕方ないわね、近くの飲食店で休みましょうか。私もちょうどお昼にしたかったところだし」
「そりゃ助かる……」
今いる衣服店を出て、少し移動。大通りの所にあるハンバーガー屋へと二人で入り込む。
店内に入ると、ぐっしょりと汗で濡れて火照っていた体に、ひんやりとした店内のクーラーの心地よさが包み込む。
「志野くんは適当な席を取っておいて。オーダーは私に任せなさい」
「え……お金はどうするんだ?」
「私が全部払うから大丈夫よ。今日の荷物持ちの見返りだと思って、そこら辺は気にしないで頂戴」
「……じゃあ、遠慮なく」
俺はレジに並ぶ豊岸を残して、席を探しに行く。
「ええと……あそこでいいかな」
俺は空いている席を見つけると、そこに移動していく。
両腕を縛っていた荷物を全て椅子に乗せ、身も椅子へと預ける。
「あ゛ー……疲れた……」
「あ゛ー……疲れた……」
俺が心の底からの本音を漏らすと、隣の人も全く同じ台詞を吐く。
「……あ」
「……あ」
そして隣と顔を見合わせて――同じ反応を示した。
そこに座っていたのは誰であろう、みさとだったからだ。
「何してんだ、お前……」
「いや、それはこっちの台詞なんだけど……」
見てみると、みさとの近くには大量の荷物が置かれていた。
「ああ、なんだ。お前も荷物持ちか」
「待って、私は君と違って荷物持ちじゃないからね?」
ちゃんと自分のも買い物しているから、とみさと。
そういえばみさとの周りには誰もいない。その買い物量からして、複数人で来ていると思ったのだが……。
すると、こっちに向かってくるのが二人。
「お待たせしました、みさとちゃ……あれ?」
「えっ……ケンジ? こんな所で何してるの?」
ハンバーガーを持った優梨と京香が俺の姿を見て、びっくりしたような顔をしていた。
「お待たせ、志野く……あら?」
続いてやってきたのは、俺の分のハンバーガーを持ってきた豊岸。みさと達の姿を確認して、足がピタリと止まった。
……よくわからないが、いつもの寮メンバーが集結していた。
「なるほど、千恵子ちゃんたちも買い物してたんですね!」
「まあ、そんなところよ」
聞くところによると、優梨とみさとは京香にお願いされて買い物に付き合っているようである。
楽しいことに関しては底なしの体力を持つ優梨と、それなりに持っている京香に何時間も回られ、みさとが根をあげたようだ。
で、たまたま出くわしたようである。
「って、京香が買い物のお願いっていうのは……」
「まあ察しの通りよ。文化祭の出し物に着る衣装を買うため」
京香がストローを加えて飲み物を勢いよく飲みながら答える。
なるほど、確か私服喫茶を提案した際に、京香の表情があまりぱっとしてなかったのはその為か。そういった服装を持ってないのだろうか。
「てっきり京香も『面倒だ』とかなんとかで、普段着で済ませると思ったんだが」
「あんたと一緒にするな」
俺の意見に京香は不機嫌そうな表情をする。
「私だって、最近『お母さん』『お母さん』と言われるのを気にしているのよ……」
「そうだったのか……」
「今に見てなさいよ、もう二度と『お母さん』と呼ばせないようにしてやるわ!」
「…………」
京香が『お母さん』と呼ばれているのは、そういう所じゃないんだけどなあ……まあいいか。
「私服喫茶ですか! なんだか楽しそうですね!」
「優梨たちはどんな出し物をするんだ?」
「メイド喫茶に決定しました! 私の家にメイド服は沢山あるので!」
「あーなるほど……」
優梨の家はちょっとしたどころか、近所では名前を知らない人はいない程の超お金持ちだったりする。優梨の家なら有り得るなあ……。
「男子たちからの圧倒的な支持で決定したんだよね」
「まあ、そうだろうな」
「はい、ですので全員メイド服に着替えてもらえます!」
「まあ、そうだろうな……ん?」
俺は『全員』という言葉に引っかかりを覚える。
「優梨、『全員』っていうのは……?」
「全員は全員ですよ? Fクラス四十人全員です!」
「……その四十人の中に、男子も含まれているのか?」
「含まれていますよ?」
「……何も、男子までメイド服にならなくてもいいんじゃないか?」
「え? だって、『メイド』喫茶ですよね?」
「…………」
まさかこんな事になろうとは、Fクラスの男子も想定していなかっただろう。
「ただ、その事を伝えたら男子が魂が抜けたようになってしまったんですが……なんででしょうか?」
「さ、さあな……」
心の底から『Fクラスじゃなくて良かった』と思った瞬間だった。
「さて、私たちはまだ買い物をしなくちゃいけないからそろそろ行くわね」
京香はそう言って立ち上がる。
「まだ何か買うのか?」
「ええ、みさとの買い物がまだだし」
「ええー、いいよ別に……もう歩きたくないんだけど」
「何言ってるのよみさと、ほら行くわよ」
「本当にいいんだってばあ!」
「それじゃ二人共また後でです!」
あまりノリ気じゃないみさとを(半ば無理矢理)連れて行きながら、京香たちは去っていった。
「さて……俺たちはどうする? まだ何か買い物をするか?」
俺はまだハンバーガーを手につけていない豊岸をチラリと見る。
というか、まだ食ってなかったのかよお前。しかも二つ食べるつもりなのかよ。
俺の問いに、豊岸はコクリと頷く。
「ええ、まだ志野くんの買い物をしてないでしょう」
「え、俺の?」
豊岸の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「当たり前でしょう。あなたは何の為に此処にいるのよ」
「荷物持ちの為だったんじゃないのか……?」
「それはあくまで理由の一つよ。もう一つは志野くんの衣装を買う為よ」
そうだったのか……てっきりただの荷物持ちだと思ってた。
「じゃあ早く行こうぜ、日が暮れる前に買った方がいいだろ?」
「いや」
と、豊岸は俺の言葉に対して首を横に振る。
「まだ食事がすんでないわ」
「まだすんでないって……じゃあ早く食べればいいじゃねえか」
「いえ、タイミングが早いのよ」
タイミングが早い?
豊岸の言葉に首を捻っていると、豊岸が何かに反応する。
「……来たわね」
「?」
じっと何か――いや誰かを見つめる豊岸の意味がわからずに、視線を追ってみると。
「ごめんごめん、千恵子っち! ちょっと遅れちゃった……か……な……?」
一人の少女が近くまでやってきて、俺の顔を見た瞬間に固まる。
「いえいえ、ちょうどいい時間よ、三縁さん」
「えっ……ケンジくん……? 何で、ここに……?」
ツインテールの友人――三縁は俺を見て、目を疑うような表情をしながら棒立ちしていた。
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