魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

前夜祭『文化祭の準備2』

「……は? 宣戦布告?」

 突然のことに目が点になる俺。なんだ、宣戦布告って……。

「……とりあえず、俺はお前の名前を知らないんだが」
「ふん、黙秘権を行使する」

 名前を訊いただけでこの態度。どうやら俺は相当嫌われているようだ。

「個人情報保護法だ、名乗りたくない」
「そ、そうか……」
「そこのあんた、私もあんたの名前を知らないんだけど?」
「俺は比良坂皐月さつきだ」
「個人情報はどうした、個人情報は」

 ……というか、『比良坂』って。

「もしかして……やよい先輩の弟か?」
「答える義務はない」
「あんたは寮長の弟なの?」
「だったらなんだって言うんだ」

 こいつうぜえ。
 俺の問いに対しては一向に答えようとしない男子に、俺は若干のイラつきを覚える。
 しかし、やよい先輩の弟か。
 どおりで見たことがあると思った、姉弟だから顔とか似ているんだな。

「で、宣戦布告って?」
「言葉通りだ。俺は志野ケンジに勝負を申し込みにきた」
「……模擬戦か?」

 俺はポケットの中にあるマジックデバイスへと手を伸ばす。が、これに対して男……比良坂は首を横に振る。

「それでは俺の勝ちは確定しているようなものだからな、学園祭でやる催し物で勝敗を決してやろう」
「なん――」

 上から目線の態度を取る比良坂に、反射的に「なんだと」と声を荒げて返事をしようとした俺の腕を誰かが掴む。
 京香は俺の腕を掴んだまま首を横に振ると、比良坂に鋭い視線を向ける。

「その催し物っていうのは『魔法射撃大会』かしら?」
「ああ、そうだ」

 『魔法射撃大会』とは、理事長が主催する学園祭の催しの一つである。
 実はこの事に関して、俺は全く知らない。名前と理事長が恒例にやっているものぐらいしか聞いたことがないからだ。
 『射撃』って言うんだから、おそらくそういう関係のものなのだろうが……。
 とそんな俺に、京香が補足してくれる。

「二人で一組になって、トーナメント方式で競うのよ。相手はクラス外の人でも構わないらしいわ」
「へえ、なるほど……」

 つまり、誰でもいいからペアになって競うものなのか。

「“魔力がない”お前一人など、全くもって相手にならないからな。他の人に手を借りないと、不公平だろう?」

 “魔力がない”というところをやけに強調して口を動かす比良坂。
 本当なら言い返したいところ……いや、実際に喉元まで出かけていたのだが、俺の腕を強く握って静止させようとする京香の手のせいで何も言う事ができない。
 体小さいわりに握力高いからな、こいつ。

「で、どうする? 魔力がないことを盾にして、俺から逃げるのか?」
「…………」

 嘲笑うかのような表情をする比良坂だが、京香のおかげか今の俺は思っているより冷静だった。
 俺に『逃げる』だなんて選択肢はない。
 なのでその宣戦布告とやらは受ける……が、今回に関してはただ感情のままに首を縦に振って、『魔法射撃大会』に参加するつもりはない。
 つまり何もその『魔法射撃大会』などではなく、普通に模擬戦でも充分ということなのだ。

 一体どういう理由で俺に突っかかってくるのか、よくわからないが……言い方から察するに、比良坂は『自分と志野ケンジ、どちらの実力が高いのか』というのをはっきりさせたいのだろう。
 ということは、だ。重要なのは『学園祭の催し物に参加すること』でなく、『志野ケンジとの公平な戦闘』だろう。
 その条件なら『魔法模擬戦』であっても充分だし、それで負ける気などしない。

 ――ここは丁重に断り、今すぐ決着をつけた方が早いだろう。

 冷静になってよく考え、導き出した答えを実行しようと口を開きかけたときだった。

「……いいわ、その挑戦を受けてあげる」

 気がつくと、第三者が俺より先に返事をしていた。
 俺が返事するべきところなのに、他のやつが返事をしてしまった。
 勝手に返事をした張本人は俺と比良坂の間に入ってくる。

「志野くんと私が組んで『魔法射撃大会』に参加するわ」

 何故か……何故か豊岸がビシリと比良坂を指差していた。

「と、豊岸?」

 俺は普段の彼女には考えられないような行動に目を丸くする。
 いつもの豊岸ならこんなこと無関心なはずなのに……。
 なんというか、豊岸…………怒って、ないか?
 豊岸が、感情的になっている?

「ふん、俺と当たるまでに負けるんじゃねえぞ」
「あら、それはこっちの台詞よ。私たちに喧嘩を売ったんだから、呆気なく負けないで欲しいわ」
「あ、あの、比良坂に、豊岸? 俺はまだ『参加する』だなんて言ってないんだけど……」
「お前の意見など聞いていない」
「志野くんの意見なんか聞く価値すらないわ」
「ええい、俺に関わることなのに何でそうなる!」

 というか、豊岸に至っては勝手に組むって事になっているし!

「志野ケンジ……俺はお前のことを認めないぞ」
「えっ」
「俺はこれで失礼する」

 何か意味ありげな言葉を残したまま、比良坂は教室を出て行った。
 シンと静まり返る教室内。そんな静寂を破ったのは、豊岸の一言だった。

「というわけで、京香さんが今さっき言おうとしていた自由参加の魔法射撃大会、私と志野くんでエントリーするわ」
「え、ええ……別に構わないけど……」

 京香もまた、まさか豊岸があんな感情的になるとは思っていなかったらしく、目が点となっていた。

「ごめんなさいね、勝手に私があなたの志野くんとエントリーして」
「待って千恵子、『あなたの』志野くんってどういう意味?」
「ごめんなさいね、勝手に私があなたのダーリンとエントリーして」
「ますます意味がわからないんだけど!? なんでダーリンなの!?」
「……というか、豊岸」

 豊岸の雰囲気がいつもの調子に戻ったところで、俺は頭をカリカリとかく。

「何でさっき怒ってたんだ?」

 別に豊岸自身が侮辱されたわけじゃない。
 馬鹿にされた友人の為に、が理由だとしてもあまりにも感情的すぎた。
 もっと、別の何かがあるような。

 豊岸はふんと鼻を鳴らす。

「勘違いしないでよね、別に志野くんの為なんかじゃないんだから」
「…………」
「志野くんの為に何かするなんて、どんな事があろうとも絶対にあり得ないわ」
「……………………」

 大して嬉しくないツンデレサービスだった。
 いや、ツンデレですらねえぞこれ。


 * * *


「しまった……」

 Aクラスの教室を出ていった少年――比良坂皐月は頭を抱えていた。

「志野に宣戦布告はしたのはいいものの、肝心なことを忘れていた……」

 何も皐月は、なんの作戦もなしにケンジに宣戦布告をしたのではない。
 この競技内容を知った時、皐月ならではの……いや、皐月と相性がいい『必勝法』があるからわざわざあの競技で戦う事に決めたのだ。
 それに魔法模擬戦を選ばないのには他にも理由がある。

 ――俺が『志野に勝った』という事が周囲に認知されれば、何でもいい。

 これぞ彼の狙いだった。

 しかし、勝つことだけを考えていた皐月には一つ、肝心なことを忘れていたのだ。

「一緒に参加してくれる奴がまだいない……」

 そう、皐月が吹っかけた『魔法射撃大会』は二人で組む競技。
 皐月にはまだ一緒に参加してくれる人がいなかった。
 つまり、ケンジに勝てないどころか、まだ参加する資格すらないと言えよう。

 ――クラスの連中はこの催しについては無関心だった……俺が何か言ったところで、参加してくれるとは思えない。

 参加して欲しい理由が完全に皐月の自分勝手な理由なので、誰も首を縦に振ってくれそうにない。

 どうしたものか、と眉間に皺を寄せて自分の教室に戻っている、その途中だった。

 考え事をしていて全く気がついていなかったのか、突然皐月の体にドンという衝撃が入る。

「わわっ!?」

 そんな女性の声が前から聞こえ、皐月は誰かとぶつかったことに初めて気がついた。

「わ、悪い。大丈夫か?」
「いえ、大丈夫です」

 謝る皐月に廊下に倒れた少女は笑顔で返し、すぐさま立ち上がる。
 さらりとした黒の長髪、赤く光る右目、背は皐月の頭一つ分低い程度。

 若干の幼げを残したような少女の笑みに、皐月の心臓がドクリとなった。

「……ん?」

 少女は皐月の顔を見ると、何かに気がついたような表情をする。

「んんん?」

 そしてそのまま――皐月に顔を近づけた。
 いきなり見知らぬ少女に急接近され、皐月は反射的に後ろへと仰け反る。
 下がった皐月に対して更に接近しようとする少女、それを避けようとする少年。
 そんな攻防を続けているうちに、皐月が気がついた時には背中を壁にくっつけられていた。

 追い詰めた皐月の顔のすぐそばに、少女はドンッと手をつかせる。
 俗に言う壁ドンである。
 何かが逆転していると思うが、壁ドンである。

「な、なんだよっ?」

 一体何が起きているのかわからず、目を白黒させている皐月に少女は問いただす。

「すみません、なんか友人と似ていて……」
「あ、ああ、そういう事か……俺は比良坂皐月というんだ」
「比良坂! もしかして、寮長の弟くんですね!」

 『似ている』という点で、おそらく少女は寮生なのだろうと感じた皐月は自分の名前を明かす。
 果たして少女は皐月からすっと離れ、何か納得がいったように顔を明るくする。

「あ、私は柏原優梨と申します!」
「柏原……」

 自己紹介をする少女――柏原優梨。皐月はその名前に聞き覚えがあった。

 魔法体育祭で行われた『魔法闘技大会』。その団体戦の決勝戦にて出場していた一人。

「気軽に優梨と呼んでください!」
「い、いや……」
「ところで皐月くん」
「さ、さつきくんっ?」

 いきなり名前で呼ぶ優梨に、皐月は動揺を隠しきれない。

「誰かに似ているとか、言われませんか?」
「だ、誰か……?」
「そう、『志野ケンジ』くんとか――」
「っ!!」

 ケンジの名を聞いた瞬間、皐月の頭に血が昇る。

「俺が……あいつと似ているだとっ!?」

 いきなり叫びだした皐月に、優梨はびくりと体を震わせる。

「お、落ち着いてください皐月くんっ」
「っ! す、すまない……」

 慌てて宥めようとする優梨。皐月はハッと我に返る。
 何で目の前の少女に怒鳴る必要があるのだ、と皐月は自分に叱咤する。

「ケンジくんを、知ってるんですか?」
「……いや、知っているというかなんというか」

 敵対しているというか。
 上手く言えずに言葉を濁す皐月。そんな皐月に、優梨は柔らかい口調で訊く。

「もしよかったら、私に話してくれませんか?」
「…………」

 本当に不思議だった。
 不思議なことに、皐月はさっき会ったばかりの少女に――気がつけばポロポロと口を滑らせていた。

 自分がケンジに宣戦布告したこと、魔法射撃大会でパートナーがいないこと。

 何故自分がそこまでケンジに勝ちたいのかを。


「……なるほど、なるほど」

 うんうんと優梨は二度三度頷くと、何か決めたようにがしっと皐月の手を掴む。

「な、なっ!?」
「私も手伝います!」
「……は?」
「私が皐月くんと組んで、ケンジくんに勝ちましょう!」

 えらく熱心な優梨に対し、何を言っているんだこいつ、という表情をする皐月。

「やりましょう、皐月くん!」
「い、いや、お前、志野の友人じゃ……」
「やりましょう、皐月くん!!」
「…………」

 もしこの場に優梨と一緒にいる人たちがいれば、「熱が入った優梨は止められない、諦めろ」と皐月に諭していただろう。

「…………じゃあ、頼む」

 皐月も優梨の勢いに勝つことは出来ず、ただコクコクと頷くばかりだった。
 皐月の返事を聞き、優梨はニッコリと微笑んで拳を上にあげる。

「じゃあ……打倒ケンジくん! おー!」
「お、おー……」

 こうして。
 皐月と優梨のおかしなコンビが結成された。

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