魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
夏休みといえば:肝試し2
「これが目印ね」
砂利道にポツンと置いてある赤い三角コーンを確認すると、京香は歩幅を変えずに進んでいく。
「どうやら、この林の中に行けってことか?」
「そういうことでしょ? さ、早く行きましょう」
夜であるせいか林の奥がイマイチ見えづらい中、ズンズンと恐れもなく入っていく京香。俺はそんな京香について行く。
明かりに関しては京香が火の魔法を使っているので、問題はない。
うんうん、本当に相手が京香でよかった、肝試しにも一番早く終わりそうな相手だし。
ただ一点、不安なことがあるとするならば。
「おい、京香。なんでさっきから腕を掴みっぱなしで離さないんだ……?」
京香がずっと俺の腕を掴んでいることである。
おかげで自由に行動出来ないし、おまけに痛いんだが。
「そ、そういうケンジだって、振り払おうとしないじゃない……」
「いや……」
俺は別に振り払う意味がないから、振り払わないだけである。
大体、肝試しと言ってもただのお遊びみたいなものだろう。馬鹿馬鹿しい、こんなのでビビるとでも思っているのだろうか? どうせ、大したことなんか――。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
京香が何かを踏んだようで、ピッという音が地面の方から鳴ると、地面に電流が流れ出したのか突然青白く発光しだしたのだ。
驚いてその場から退く俺と京香。
だがそれ以上は何も起きないようで、一瞬の点滅で仕掛けは終わる。
「な、なんだ……光っただけか……」
「びっくりして損した……」
よく見ると、何の大したこともない、普通の雷の魔法トラップだった。
ふう、と安堵する俺たちは再び奥へと進み始める。
まあ、最初だから驚くのは無理もない、かもしれない。というか、俺は光った地面にビビったわけじゃなくて、突然大声をあげた京香にビビっただけなのだ。それは当然だろう、こんなにも密着されていきなり耳元の近くで高い声を出されたら誰だってビビるものである。それよりも、さっきより密着具合が高まっていることの方が問題なのだが。別に京香だから、当たるようなものもないのでその点は困っていないのだが、歩きにくいというか色々な意味でくっつかないでほしいというか――。
「きゃあっ!」
「うおおっ!」
次は俺が何か糸のようなものを足元に引っ掛けた瞬間、足が地面に吸い込まれるように沈みだした。両足全体にぬめりとした嫌な感触を味わい、慌てて俺らはそこから這い出る。
「こ、今度は水系の魔法で泥にさせたのね……」
「な、なかなか手が混んでるな……」
視覚の次は触覚か……。俺らは安堵し、立ち上がって再び進みだす。
というか、さっきから京香の反応が気になるんだが、もしかしてこいつ……。
チラリと見てみると、俺の方を訝しげにみる京香と視線が合う。
「……な、なんだよ」
「べ、別に……」
と、俺の言葉に京香はふいっと目線を逸らす。
なんだろうか、もしかして俺がビビってるんじゃないかというような目つきだったような。
だから何度も言ってると思うが、俺はビビって叫び声を突然あげる京香にビビったわけであって、別に仕掛け自体にはビビってないのだ。こんなの、所詮普通の女子高生が作った仕掛けであってそれを同い年の男子高校生が怖がるなどあり得ない。断じてあり得ないのだ。しかも、ちょっとドキリとするだけで怖がるだなんて断じて俺は認めない。それだったら、俺は毎日心臓が跳ね上がるようなイタズラを周り(主に三縁)からされているんだぞ? 常時ビビってばっかじゃねえか。残念ながらそれはビビっているわけではない。というか、それが怖がりっていうならば人間なんてみんな怖がりじゃねえか。突然の出来事に一瞬で対処できる人間なんかいないだろう。ってそうじゃなくて、ビビっているのは俺じゃなくて、俺の腕によりがっしりとつけているのかドキドキと心臓の音が伝わるまで密着させている隣の赤髪赤目の少女がよっぽどビビっているわけで――。
『フフフ……フフフフ……』
「ひっ!」
「っ!?」
と、今度はいきなり不気味な笑い声が響きだし、京香と俺は身を硬直させる。
『フフフ……フフフフ……』
が、一瞬にして冷静に判断する。なんだ、ただ録音機をどっかに仕掛けて再生しただけだ、これ。大したことないな。
「ほら、京香。行くぞ」
俺はいつまでも怖気づく京香を無理矢理引っ張るような形で強引に早歩きする。まあ、次は聴覚だってことくらい予想の範囲内だ。だから所詮この程度なのだ。何回も繰り返せばその仕掛けの効果も薄れてきて、俺のようなビビリじゃない人間ならもうビビることはないだろう。やっぱり俺はビビリなんかじゃ――。
『バァ……』
突然目の前が光りだし、そんな不気味な声と共に現れたのは。
明らかに血が通ってないような青白い肌に腰まで伸びる長いボサボサとした黒髪。俺と京香を足して半分に割ったような身長で、白目を剥きニヤニヤと笑っている女性の姿がそこにあった。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
俺はその場で大きく深呼吸して、一瞬だけ目を閉じてもう一度目の前を凝視する。
現実は変わることはなかった。
ああ、もうこれは駄目だな。
俺は大きく息を吸うと、思いっきり空気を天へと吐き出す。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
大きな悲鳴と共に。
その後のことはよく覚えていない。
俺は京香の手を取ると、わけのわからぬまま逃げた。
目印なんて気にしちゃいられない。とにかく逃げろ――自分自身がそう伝えていたのだろう、俺は本能の赴くままにひたすら逃げまくった。
ここで毎日三縁のランニングに付き合っていた成果が出るとは思わなかったとか、さっさと三縁がセットしたお寺もどきに行って戻っていこうとか。
そんなことを考える暇もなく、ただひたすらに少女と駆けた。
そして気がついたときにはここが何処なのかもわからない場所で、木に寄り添って休憩していた。
ふと隣を見てみると、そこには息を荒げて座り込んでいる京香の姿が。どうやらはぐれてはいないようだ、よかった。
「だ、大丈夫、か?」
「な、なんとか……」
「……あと、すまん。なんか適当に走り出して」
「謝らなくていいわよ……。もしケンジが手を引っ張って逃げてなかったら、私はあんたを放って一人で逃げてたんだから」
「そうか……」
結構酷い京香の発言に、いつもならツッコミを一つか二つ入れるのだが、今はそんな元気がなかった。
それにしても、とだいぶ息が整った京香は俺の方をチラリと見る。
「ケンジって怖いの苦手だったのね。あれだけ『自分は怖がりじゃない』なんて言ってたのに」
「……お互い様だろうが」
クスクスと笑い出す京香に、俺は少し反抗するかのような態度になる。
正直に言うと俺はああいうのが苦手で、それも含めて三縁の提案に拒否していたのである。正直に言えるはずもない、だって恥ずかしいし。
だから、怖くないと言っていた京香が頼みの綱だったのだが。
「まさか、京香も同じ考えだったとはな……」
「虫も動物も嫌いじゃないけど、幽霊とかそういう系なのは駄目なのよ、私」
というかあまり苦手なものがないからこういうのも平気だと周りから思われちゃうのよね、と京香は少ししおらしい表情をする。
……そんな顔するなよ、ちょっと可愛いと思うじゃねえか。
俺は気を紛れさすように視線を空へと向けると、ここは当然林なので葉という葉で覆い尽くされている――はずなのだが、何故か俺たちの頭上はぽっかりと穴が空いていて、そこには数えようにも数え切れないほどの輝く星が目に入った。
「綺麗ね」
つられて星を眺めた京香の感想に、俺は頷く。
「なんやかんや色んなことして忙しかったけど……楽しかったわね、夏」
「……肝試しはやらなくてもよかったけどな」
けどまあ――たまには悪くもない。心地よい夜風を感じながら、そんな事を思った。
「ほら、あそこ。三縁の言っていたお寺じゃない?」
さて、帰ろうにも帰ることができず困り果てた俺に「適当に歩いていけば大丈夫よ」という京香の何とも気楽な発言により、林の中を歩き回ること二十分。
あろうことか、京香の言う通りにお寺のような建築物が見えてきて、俺は関心するよりも元の場所に戻れるという安心感がにじみ出た。
俺たちは木々を抜けていき、お寺の目の前までに出る。
「三縁はハリボテだとかなんとか言っていたが……」
なんか結構しっかりと作られてないか? ちゃんと年季が入った木材で、しかも隅から隅までちゃんと出来てるし。
「ほら、さっさと戻るわよケンジ」
と俺がお寺を調べているうちに、京香が木の御札を持った手でブンブンと横に振っていた。
「ん……その御札、三縁に見せてもらった時よりも大きくないか? なんか色も違うし……」
「細かいことはどうでもいいのよ。それよりこれが残り一つだから他の人たちはもう戻ってるに違いないわ。早く行きましょう」
それもそうか。京香の言葉に俺は納得すると、京香はしっかりと俺の腕を掴んできた。
「それに」
「それに?」
何か言おうとする京香に、俺は首を捻る。
と、京香はやや上目遣いにして頬を赤らめながらも口を開く。
「それに……もう怖いのは勘弁よ」
本当は帰れるかどうか怖かったのだろう――京香の表情からそれぐらいのことは読み取れた。
ごめんな、京香。こういう時もっとカッコいい言葉が言えたらいいんだが、今はこれぐらいしか言えそうにない。
「そうだな、俺も怖いのは勘弁だ」
「馬鹿」
京香の短い返事に俺は苦笑しつつも、目印がある道を目指して道を戻っていった。
* * *
「おっかえりー二人共! 遅かったねえ。もうみんな戻ってきてるよ?」
という暢気な三縁の言葉通り、俺と京香以外の人たちはみんな戻ってきていた。
「ちょっと道に迷ってただけよ」
「ああ、二人共怖がりなのを知ってるから強がらなくても大丈夫だよっ。それを含めてこの編成にしたんだし」
「「鬼かっ!」」
これには俺もツッコミを入れざるを得なくなり、思わず二人でツッこんでしまう。
「あはは、でも楽しかったでしょ?」
「大変だったのよ……。あっ、はい。御札よ」
「……え」
と、京香が持ってきた御札を三縁の前に差し出すと、三縁はきょとんとした顔をする。
「なに不思議そうな顔をしているのよ。これでしょう?」
「いや……これ、違うよ?」
「は?」
三縁の言葉に今度は京香がきょとんとした顔になる。
「だって、私そんな形の御札、作ってないよ?」
「…………」
もしかして……。急に周りが冷えた気がし、京香もだんだんと顔を青ざめていく。
と、豊岸がスッと前に出て来て、京香が手に取っている御札をまじまじと見る。
「……こんな御札、私と優梨さんは見なかったわよ?」
「叶子とみさとさんも見たことないです……」
叶子も寄ってきて御札をまじまじと見ると、可愛らしく首をかしげた。
「ねえ、京香っち」
三縁の声は、いつになく低くそれは俺にも言っているように聞こえた。
「それ、どこから持ってきたの?」
「「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
恐怖の余りにまたしても二人揃ってその場で悲鳴をあげてしまう俺たち。
何それ怖い! それ、本物の御札なのか!? じゃあ俺たちが行ったお寺は!?
「…………ぷっ」
と。
三縁は俺たちの反応に堪えきれなかったのか、顔を手で隠して肩を震わせる。
「お、思った以上のいい反応で……くくっ」
「み、三縁? えっと、どういうこと?」
「説明しよう!」
さっきと一変して、三縁は笑顔で、明るい声をあげながら説明し始める。
「それはどこか一グループが迷った用に作った、三縁っちの最後の仕掛けだったのだ! いやあ、ちょうどいい感じのお寺があったもんだからねえ。きっと誰か間違えて持ってくるだろうなって思って!」
「「怖いことするなっ!」」
またしても同じツッコミをしてしまう俺と京香。いや、今そんなことはどうでもいいのだ!
「お前のせいでこっちはどんだけ怖い目にあったと思ってるんだ!」
「あははは、ごめんってば」
「ごめんじゃないわよ! 今、心臓が止まるかと思ったのよ!?」
「すまん」
「言い方を変えればいいってもんじゃないわよ!」
「すまぬ」
「馬鹿にしてるの!?」
「めんご」
「やっぱり馬鹿にしているわね!」
「面子」
「やらないわよ!」
「……とにかく、よかった」
本当に三縁の仕掛けと聞いて、安心した。これで本物だったら、寝れないところだった。
「二人の反応は見てて飽きないなあ」
「うるせえ。最後のアレにしたって、やりすぎだろうが」
「アレ?」
「アレだよアレ。なんか薄気味悪い笑い声が聞こえたと思った途端、女の人が目の前に出てくる仕掛け」
「……え?」
「そうね。なんかものすごくクオリティが高かったわね、あの人形」
「……ちょ、ちょっと待って。私、そんな仕掛けしてないよ?」
「もうその手には乗らないわよ三縁。そうやってまた私達を騙そうたって、騙されないわ」
「俺たちは怖がってばかりじゃないしな。悪いが三縁、お前の期待通りの反応は見せられない」
「い、いや、そうじゃなくてっ」
「みなさーん! 入浴の準備は既に出来ているので、入りましょう!」
「おお、そうか。ほら、さっさと中に入ろうぜ」
「う、ううん……」
かくして。
これで本当の本当に、今日の行事は肝試しをもってして幕を閉じたのであり、その後の俺たちを待っていたのは暖かいお風呂と布団であったのだ。
砂利道にポツンと置いてある赤い三角コーンを確認すると、京香は歩幅を変えずに進んでいく。
「どうやら、この林の中に行けってことか?」
「そういうことでしょ? さ、早く行きましょう」
夜であるせいか林の奥がイマイチ見えづらい中、ズンズンと恐れもなく入っていく京香。俺はそんな京香について行く。
明かりに関しては京香が火の魔法を使っているので、問題はない。
うんうん、本当に相手が京香でよかった、肝試しにも一番早く終わりそうな相手だし。
ただ一点、不安なことがあるとするならば。
「おい、京香。なんでさっきから腕を掴みっぱなしで離さないんだ……?」
京香がずっと俺の腕を掴んでいることである。
おかげで自由に行動出来ないし、おまけに痛いんだが。
「そ、そういうケンジだって、振り払おうとしないじゃない……」
「いや……」
俺は別に振り払う意味がないから、振り払わないだけである。
大体、肝試しと言ってもただのお遊びみたいなものだろう。馬鹿馬鹿しい、こんなのでビビるとでも思っているのだろうか? どうせ、大したことなんか――。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
京香が何かを踏んだようで、ピッという音が地面の方から鳴ると、地面に電流が流れ出したのか突然青白く発光しだしたのだ。
驚いてその場から退く俺と京香。
だがそれ以上は何も起きないようで、一瞬の点滅で仕掛けは終わる。
「な、なんだ……光っただけか……」
「びっくりして損した……」
よく見ると、何の大したこともない、普通の雷の魔法トラップだった。
ふう、と安堵する俺たちは再び奥へと進み始める。
まあ、最初だから驚くのは無理もない、かもしれない。というか、俺は光った地面にビビったわけじゃなくて、突然大声をあげた京香にビビっただけなのだ。それは当然だろう、こんなにも密着されていきなり耳元の近くで高い声を出されたら誰だってビビるものである。それよりも、さっきより密着具合が高まっていることの方が問題なのだが。別に京香だから、当たるようなものもないのでその点は困っていないのだが、歩きにくいというか色々な意味でくっつかないでほしいというか――。
「きゃあっ!」
「うおおっ!」
次は俺が何か糸のようなものを足元に引っ掛けた瞬間、足が地面に吸い込まれるように沈みだした。両足全体にぬめりとした嫌な感触を味わい、慌てて俺らはそこから這い出る。
「こ、今度は水系の魔法で泥にさせたのね……」
「な、なかなか手が混んでるな……」
視覚の次は触覚か……。俺らは安堵し、立ち上がって再び進みだす。
というか、さっきから京香の反応が気になるんだが、もしかしてこいつ……。
チラリと見てみると、俺の方を訝しげにみる京香と視線が合う。
「……な、なんだよ」
「べ、別に……」
と、俺の言葉に京香はふいっと目線を逸らす。
なんだろうか、もしかして俺がビビってるんじゃないかというような目つきだったような。
だから何度も言ってると思うが、俺はビビって叫び声を突然あげる京香にビビったわけであって、別に仕掛け自体にはビビってないのだ。こんなの、所詮普通の女子高生が作った仕掛けであってそれを同い年の男子高校生が怖がるなどあり得ない。断じてあり得ないのだ。しかも、ちょっとドキリとするだけで怖がるだなんて断じて俺は認めない。それだったら、俺は毎日心臓が跳ね上がるようなイタズラを周り(主に三縁)からされているんだぞ? 常時ビビってばっかじゃねえか。残念ながらそれはビビっているわけではない。というか、それが怖がりっていうならば人間なんてみんな怖がりじゃねえか。突然の出来事に一瞬で対処できる人間なんかいないだろう。ってそうじゃなくて、ビビっているのは俺じゃなくて、俺の腕によりがっしりとつけているのかドキドキと心臓の音が伝わるまで密着させている隣の赤髪赤目の少女がよっぽどビビっているわけで――。
『フフフ……フフフフ……』
「ひっ!」
「っ!?」
と、今度はいきなり不気味な笑い声が響きだし、京香と俺は身を硬直させる。
『フフフ……フフフフ……』
が、一瞬にして冷静に判断する。なんだ、ただ録音機をどっかに仕掛けて再生しただけだ、これ。大したことないな。
「ほら、京香。行くぞ」
俺はいつまでも怖気づく京香を無理矢理引っ張るような形で強引に早歩きする。まあ、次は聴覚だってことくらい予想の範囲内だ。だから所詮この程度なのだ。何回も繰り返せばその仕掛けの効果も薄れてきて、俺のようなビビリじゃない人間ならもうビビることはないだろう。やっぱり俺はビビリなんかじゃ――。
『バァ……』
突然目の前が光りだし、そんな不気味な声と共に現れたのは。
明らかに血が通ってないような青白い肌に腰まで伸びる長いボサボサとした黒髪。俺と京香を足して半分に割ったような身長で、白目を剥きニヤニヤと笑っている女性の姿がそこにあった。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
俺はその場で大きく深呼吸して、一瞬だけ目を閉じてもう一度目の前を凝視する。
現実は変わることはなかった。
ああ、もうこれは駄目だな。
俺は大きく息を吸うと、思いっきり空気を天へと吐き出す。
「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
大きな悲鳴と共に。
その後のことはよく覚えていない。
俺は京香の手を取ると、わけのわからぬまま逃げた。
目印なんて気にしちゃいられない。とにかく逃げろ――自分自身がそう伝えていたのだろう、俺は本能の赴くままにひたすら逃げまくった。
ここで毎日三縁のランニングに付き合っていた成果が出るとは思わなかったとか、さっさと三縁がセットしたお寺もどきに行って戻っていこうとか。
そんなことを考える暇もなく、ただひたすらに少女と駆けた。
そして気がついたときにはここが何処なのかもわからない場所で、木に寄り添って休憩していた。
ふと隣を見てみると、そこには息を荒げて座り込んでいる京香の姿が。どうやらはぐれてはいないようだ、よかった。
「だ、大丈夫、か?」
「な、なんとか……」
「……あと、すまん。なんか適当に走り出して」
「謝らなくていいわよ……。もしケンジが手を引っ張って逃げてなかったら、私はあんたを放って一人で逃げてたんだから」
「そうか……」
結構酷い京香の発言に、いつもならツッコミを一つか二つ入れるのだが、今はそんな元気がなかった。
それにしても、とだいぶ息が整った京香は俺の方をチラリと見る。
「ケンジって怖いの苦手だったのね。あれだけ『自分は怖がりじゃない』なんて言ってたのに」
「……お互い様だろうが」
クスクスと笑い出す京香に、俺は少し反抗するかのような態度になる。
正直に言うと俺はああいうのが苦手で、それも含めて三縁の提案に拒否していたのである。正直に言えるはずもない、だって恥ずかしいし。
だから、怖くないと言っていた京香が頼みの綱だったのだが。
「まさか、京香も同じ考えだったとはな……」
「虫も動物も嫌いじゃないけど、幽霊とかそういう系なのは駄目なのよ、私」
というかあまり苦手なものがないからこういうのも平気だと周りから思われちゃうのよね、と京香は少ししおらしい表情をする。
……そんな顔するなよ、ちょっと可愛いと思うじゃねえか。
俺は気を紛れさすように視線を空へと向けると、ここは当然林なので葉という葉で覆い尽くされている――はずなのだが、何故か俺たちの頭上はぽっかりと穴が空いていて、そこには数えようにも数え切れないほどの輝く星が目に入った。
「綺麗ね」
つられて星を眺めた京香の感想に、俺は頷く。
「なんやかんや色んなことして忙しかったけど……楽しかったわね、夏」
「……肝試しはやらなくてもよかったけどな」
けどまあ――たまには悪くもない。心地よい夜風を感じながら、そんな事を思った。
「ほら、あそこ。三縁の言っていたお寺じゃない?」
さて、帰ろうにも帰ることができず困り果てた俺に「適当に歩いていけば大丈夫よ」という京香の何とも気楽な発言により、林の中を歩き回ること二十分。
あろうことか、京香の言う通りにお寺のような建築物が見えてきて、俺は関心するよりも元の場所に戻れるという安心感がにじみ出た。
俺たちは木々を抜けていき、お寺の目の前までに出る。
「三縁はハリボテだとかなんとか言っていたが……」
なんか結構しっかりと作られてないか? ちゃんと年季が入った木材で、しかも隅から隅までちゃんと出来てるし。
「ほら、さっさと戻るわよケンジ」
と俺がお寺を調べているうちに、京香が木の御札を持った手でブンブンと横に振っていた。
「ん……その御札、三縁に見せてもらった時よりも大きくないか? なんか色も違うし……」
「細かいことはどうでもいいのよ。それよりこれが残り一つだから他の人たちはもう戻ってるに違いないわ。早く行きましょう」
それもそうか。京香の言葉に俺は納得すると、京香はしっかりと俺の腕を掴んできた。
「それに」
「それに?」
何か言おうとする京香に、俺は首を捻る。
と、京香はやや上目遣いにして頬を赤らめながらも口を開く。
「それに……もう怖いのは勘弁よ」
本当は帰れるかどうか怖かったのだろう――京香の表情からそれぐらいのことは読み取れた。
ごめんな、京香。こういう時もっとカッコいい言葉が言えたらいいんだが、今はこれぐらいしか言えそうにない。
「そうだな、俺も怖いのは勘弁だ」
「馬鹿」
京香の短い返事に俺は苦笑しつつも、目印がある道を目指して道を戻っていった。
* * *
「おっかえりー二人共! 遅かったねえ。もうみんな戻ってきてるよ?」
という暢気な三縁の言葉通り、俺と京香以外の人たちはみんな戻ってきていた。
「ちょっと道に迷ってただけよ」
「ああ、二人共怖がりなのを知ってるから強がらなくても大丈夫だよっ。それを含めてこの編成にしたんだし」
「「鬼かっ!」」
これには俺もツッコミを入れざるを得なくなり、思わず二人でツッこんでしまう。
「あはは、でも楽しかったでしょ?」
「大変だったのよ……。あっ、はい。御札よ」
「……え」
と、京香が持ってきた御札を三縁の前に差し出すと、三縁はきょとんとした顔をする。
「なに不思議そうな顔をしているのよ。これでしょう?」
「いや……これ、違うよ?」
「は?」
三縁の言葉に今度は京香がきょとんとした顔になる。
「だって、私そんな形の御札、作ってないよ?」
「…………」
もしかして……。急に周りが冷えた気がし、京香もだんだんと顔を青ざめていく。
と、豊岸がスッと前に出て来て、京香が手に取っている御札をまじまじと見る。
「……こんな御札、私と優梨さんは見なかったわよ?」
「叶子とみさとさんも見たことないです……」
叶子も寄ってきて御札をまじまじと見ると、可愛らしく首をかしげた。
「ねえ、京香っち」
三縁の声は、いつになく低くそれは俺にも言っているように聞こえた。
「それ、どこから持ってきたの?」
「「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
恐怖の余りにまたしても二人揃ってその場で悲鳴をあげてしまう俺たち。
何それ怖い! それ、本物の御札なのか!? じゃあ俺たちが行ったお寺は!?
「…………ぷっ」
と。
三縁は俺たちの反応に堪えきれなかったのか、顔を手で隠して肩を震わせる。
「お、思った以上のいい反応で……くくっ」
「み、三縁? えっと、どういうこと?」
「説明しよう!」
さっきと一変して、三縁は笑顔で、明るい声をあげながら説明し始める。
「それはどこか一グループが迷った用に作った、三縁っちの最後の仕掛けだったのだ! いやあ、ちょうどいい感じのお寺があったもんだからねえ。きっと誰か間違えて持ってくるだろうなって思って!」
「「怖いことするなっ!」」
またしても同じツッコミをしてしまう俺と京香。いや、今そんなことはどうでもいいのだ!
「お前のせいでこっちはどんだけ怖い目にあったと思ってるんだ!」
「あははは、ごめんってば」
「ごめんじゃないわよ! 今、心臓が止まるかと思ったのよ!?」
「すまん」
「言い方を変えればいいってもんじゃないわよ!」
「すまぬ」
「馬鹿にしてるの!?」
「めんご」
「やっぱり馬鹿にしているわね!」
「面子」
「やらないわよ!」
「……とにかく、よかった」
本当に三縁の仕掛けと聞いて、安心した。これで本物だったら、寝れないところだった。
「二人の反応は見てて飽きないなあ」
「うるせえ。最後のアレにしたって、やりすぎだろうが」
「アレ?」
「アレだよアレ。なんか薄気味悪い笑い声が聞こえたと思った途端、女の人が目の前に出てくる仕掛け」
「……え?」
「そうね。なんかものすごくクオリティが高かったわね、あの人形」
「……ちょ、ちょっと待って。私、そんな仕掛けしてないよ?」
「もうその手には乗らないわよ三縁。そうやってまた私達を騙そうたって、騙されないわ」
「俺たちは怖がってばかりじゃないしな。悪いが三縁、お前の期待通りの反応は見せられない」
「い、いや、そうじゃなくてっ」
「みなさーん! 入浴の準備は既に出来ているので、入りましょう!」
「おお、そうか。ほら、さっさと中に入ろうぜ」
「う、ううん……」
かくして。
これで本当の本当に、今日の行事は肝試しをもってして幕を閉じたのであり、その後の俺たちを待っていたのは暖かいお風呂と布団であったのだ。
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