魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:肝試し1

「肝試しだ!」
「……は?」

 花火大会も終わりゴミを片付け終えて、お開きという雰囲気となったところに、元気よく声をあげる三縁に俺は思わずポカンとする。
 いやいや。
 今、なんて言ったこいつ?

「だから肝試しだよ、肝試し。やっぱそこは欠かせないでしょ!」
「いや、いやいや。お前は何を言ってるんだ」

 今日はプールに行って、夏祭りに行って、花火大会もしたんだぞ?
 どこからそんな気力が出てくるんだ。

「ふっふっふ、甘いですよケンジくん。この私が今日大人しくしていた理由を考えてみたまえ!」
「大人しくしていた……?」
「ウォータースライダーでイタズラしたり、勝手に一人で屋台をまわったり、花火を振り回したりしていたアレはまだ大人しかったのかしら……?」

 三縁の台詞に俺と京香が首を捻る。どこら辺が大人しかったのだろうか? 寧ろいつも以上だったような……。

「と・に・か・く! やると言ったらやるんだよ! これは決定事項なんだからね!」
「いや、決定事項と言われてもな……」
「今日はもう休みたいというか……」

 ノリノリの三縁とは裏腹に、俺たちはあまりノリ気ではない。これなら、三縁の提案も断れて今日はゆっくりと休めそうだ。

「肝試し! いいですね、やりましょう!」

 ――そう、優梨さえいなければ。
 あの後、悠恵はみんな(主に三縁)に振り回されて疲れきったのか、いつの間にか優梨と交代してしまっていた。もう少し、今の一瞬でも悠恵のままでいてくれたら良かったのに……! 何で重要な時にいないんだ、あいつは!

「あっ、でも夜中の外出はお父様が……」
「そ、そうか。それなら仕方ないんじゃないか? だから肝試しはまたの機会に」
「なので、私の家の敷地内でやるのであれば全くもって問題ないです!」

 こちらとしては大問題なのだが。
 とりあえず、優梨を止めれば何とかなるはず、だって三縁と優梨以外はあまりノリ気ではないのだから。

「で、でも優梨、家の人に迷惑なんじゃないの?」

 京香も必死に説得しようとするが、優梨は晴れやかな笑顔で首を横に振る。

「いえ、そこら辺は問題ないので大丈夫ですよ!」
「それに、ほら、肝試しは家の中じゃ盛り上がらないというか、怖くないというか」
「私の家の中は盛り上がりますよ、盛り上がりまくりますよ? 盛り上がりすぎて、深夜一人でニコニコと笑いながら滑り台をして遊ぶくらいですよ?」
「真夜中にそんなんやるか! 余計に怖いわ!」

 どうやっても優梨は首を縦に振ってくれない。これはどうしたものか。
 と、頭を悩ませている時に優梨は言葉を続ける。

「なので、私の家に泊まっている京香ちゃんに千恵子ちゃん、叶子ちゃんも一緒にやります!」
「どうやら強制参加というか彼女の中ではもう既に決定しているようね……」
「わ、私達はいいけど、叶子はほら、もう疲れているでしょう?」
「あっ、叶子はどっちでもいいですよ。みなさんと遊べるなら叶子も遊びます!」
「ならノープロブレムですね!」
「は、ははは……」

 待てよ。俺の頭にふとある考えが浮かぶ。
 この流れから行くと、俺は優梨の家に泊まっているわけではない、三縁の家にお邪魔させてもらっているのだ。
 ということは、優梨ではなく三縁を説得させれば俺は問題解決なのだ。

「あのさ、三縁」
「三縁さん、もし肝試しをするとしたら一つ問題があるのじゃないかしら?」

 と、俺が三縁を説得しようと口を開いた瞬間、唐突に豊岸が割って入ってきた。なんだ? 豊岸は三縁に何を言おうとしているんだ?

「問題? 問題って、なんかあったっけ?」
「時間よ時間。もし肝試しをするとしたら、あなたと志野くんは帰りが遅くなるじゃない。真夜中に高校生二人で帰るっているのは危険よ、何かの事件に巻き込まれたらどうするの?」
「あー、それもそうか」

 豊岸の言葉に三縁はうなる。
 ……もしかして、説得してくれるのか? いや、何の為に?
 と考えてみたが、どうせ豊岸のことだろう。俺の近くにいると腐るだとかなんとか、またいつもの毒舌的な下らない理由だろう。……毒舌を言われることについてなんの違和感がなくなってきた自分が怖い。

「うーん、それは困ったなー」
「そうでしょう? だから――」

 スッと目を細めて、豊岸がトドメの一言を告げる。

「――だから、あなたと、志野くんも優梨さんの家に泊めてもらった方がいいわ」
「おお、それは名案!」

 豊岸のトドメによって、俺の逃げ道は完全に塞がれた。

「ちょっ!? おま、何言って!」
「優梨さん、三縁さんと志野くんを泊めてもらうって話になっているけど、大丈夫?」
「はい、問題ないです!」

 俺が何か言う前にどんどんと話が進んでいってしまう。俺は慌てて抗議をする。

「ちょっと待ってくれ! 俺の着替えはどうするんだ!」
「ああ、それなら私の家のお手伝いさんたちが三縁ちゃんの家から持ってきます!」
「不法侵入!? 一体、誰の許可があって入るつもりだ!」
「いや、私だけど?」
「そうだった!」

 そりゃ三縁の家なんだから、三縁が許可すればいいわけだよな……。
 打つ手がなく頭を抱えてなんとか策はないかと試行錯誤していると、豊岸とバッチリと目が合う。
 豊岸は焦っている俺を見ると、ニヤリと薄悪く笑ってみせた。
 あ、あいつ! 俺が逃げられないように、わざと言いやがったんだな!? 要は道連れってことか!

「わ、私は、そろそろ帰ろうかな……」

 身に危険を感じたのか、まだ逃げる余地があるみさとはススス、とその場を離れようとする。
 が、俺の手と豊岸の手が同時に動き、みさとの腕をがっしりと掴む。

「まあまあ、そんなことを言わずに。みさとさんも一緒に泊まりましょう?」
「そうだぞ、お前も優梨の家に泊まりたいだろ?」
「ふ、二人共!? 私まで巻き込むの!?」

 当然だろう。もう逃げられないと悟ったとなれば、やることはただ一つ。

「優梨、みさとも泊まって大丈夫だよな?」
「もちろん、オッケーですよ!」
「い、いや私は……そ、そうだ! 私も着替えがっ!」
「ああ、それなら私の家のお手伝いさんたちが三縁ちゃんの家から持ってきます!」
「不法侵入!? 一体、誰の許可があって!?」
「今、みさとちゃんのお母さんに連絡したところ、『楽しんできなさい』との許可を得ました」
「おかあああああさあああああん!」

 道連れとなりガックリと膝をつくみさと。そんなみさとに豊岸がポンと肩を叩く。

「大丈夫よ、みさとさん。私もいるんだから」
「そうだぞ、みさと。俺もお前の味方だ」
「君たちのせいでしょうがぁっ!」

 みさとは今にも泣き出しそうな声をあげる。そんなみさとの心情を露知らず、三縁は元気に拳を振り上げたか思うと、明るく声を上げた。

「それじゃあ、レッツ肝試し!」
「「イェーイ!」」

 まだまだ元気だという三人に、ため息をつくしかない四人の姿が夜の公園にあった。


 * * *


 どうしてこうなってしまったんだ……。
 「肝試しの仕掛けをしてくるね!」と言いながら駆け出す三縁の後ろ姿を見て、自然と小さなため息をついてしまう。

「……ところで京香。肝試しっていうのは、仕掛けをするものなんだっけか?」
「……まあ、別に肝試しに仕掛けをするのはありだし、面白いと思うけど。その仕掛け人が三縁っていうのが、ねえ」
「……だよな。不安でしかない」

 俺と同じくノリ気ではない京香と意見が合致すると、二人揃ってため息をついてしまう。ああ、気分が重い……。

「まあ俺はそんなに怖がりじゃないから、普通の仕掛けなら特に心配はないんだがな」
「奇遇ねケンジ。私もそこまで怖がりじゃないのだけど、三縁の仕掛けは普通じゃないから、不安だらけよ」
「全く同じ意見だとは、気が合うな京香」
「ええ、そうね。そういうところは似ているのかもしれないわね、私達」

 最も、あまり嬉しくないのだが。
 積もる不安の中、優梨は励ますような元気な声を張る。

「大丈夫です! 三縁ちゃんのことだから、きっと楽しいものですよ!」
「肝試しに楽しい仕掛けなんかしたら、それはそれでシュールだな……」
「きっと骸骨さんの群体が一斉に踊りだすと思うんです!」
「十分怖いわっ!」

 どっちにしろ腹をくくるしかないのか……。俺は不安がる気持ちを抑えて、闇の中へ消えた三縁が帰ってくるのをただ黙って待つことにした。



「たっだいまーっ! さあ、いつでも出撃オーケーだよっ? 誰から行く?」

 数分後、三縁が砂利道を踏み鳴らしながら元気よく戻ってくると、豊岸がスッと手を挙げる。

「始める前に、肝試しのルールとかあるなら教えてほしいわ」
「あー、そうだった。じゃあ、今からルールを説明するよっ」

 と三縁は言うと、ポケットから木製の御札のようなものを取り出す。

「二人一組で目印に従って歩いていくと、お寺のようなものがあってこの木製の御札のようなものがあるから、それを取って戻ってくること。以上!」

 と、三縁の簡単な説明に俺は首を捻る。

「お寺のようなものって……優梨の家にはそんなものあるのか?」
「さあ……。私も家の全てを把握しているわけではないので」
「まあお手伝いさん達にハリボテを即興で作ってもらったお手製だから、すぐにわかるよ」
「…………」

 何の余興もなしにそんなことが出来るお手伝いさん達、凄すぎだろ……。

「では! お待ちかねのくじ引きタイムだね! さあ、ケンジくんからどうぞ!」

 三縁はポケットから爪楊枝を数本取り出すと、先の部分をしっかりと隠して俺に出す。

「それじゃあ、これで」
「ささ、京香っちも!」

 俺が一本取ると、今度は京香が取るように促す三縁。

「赤だな」
「赤ね」

 先に塗られている色を確認すると、どうやら京香と同じ色のようだ。つまり、京香とペアになれってことか?

「おお、流石夫婦、運命的! じゃあ次に……」
「待ちなさい三縁」

 と、次の人に爪楊枝を引かせようとする三縁の腕を京香が掴む。どうしたのだろうか?

「今、私達が引いた爪楊枝の束とは別の束をポケットから取り出したでしょ?」
「えっ、な、何のことかなー?」

 京香の指摘に三縁は声を縮ませてやや上ずらせながら、目を逸らす。

「隠しても無駄よ、ちゃんと見てたんだから!」
「あはは、ま、まさか。私はイカサマはしない人間だよ?」
「前にトランプで、袖にカード入れてイカサマしまくってた三縁がよく言えるわね!」

 そうか、京香たちはそうやって遊んだりもしているのか。と感心する俺を余所に、京香と三縁は言い争っている。

「とにかく、ポケットの中を見せなさい!」
「嫌だ!」
「みーせーろー!」
「いーやーだー!」

 と争っていたせいか、三縁のポケットから爪楊枝が数本溢れたので、俺は地面に落ちた爪楊枝をまじまじと見てみる。

「あっ」
「あっ」
「……あ」

 落ちた爪楊枝の束は、全て先っぽが赤く塗られていて――

「えいっ!」
「おわっ!?」

 今まさに拾おうと手を伸ばしたその時、突然チップのようなものが落ちてきて赤く光りだした途端に爪楊枝は発火し始める。三縁が火炎魔法を使ったのだ。

「あ、あぶねえだろうが!」
「ふう……これでよしっと」

 黒く焦げた爪楊枝を見た三縁は、怒鳴る俺を無視して小さく安堵の息をつく。無視するなよ、おい。
 三縁は自信満々に京香と向かい合うと、先程と打って変わって元気のよい声になる。

「さあ! 証拠は隠滅したよ! これで私がイカサマしたという証拠はどこにもない!」
「その発言そのものを証拠としてあげたいのだけど……」

 ほとんど自白しているようなものじゃねえか。

「まあ、別にいいだろ京香。またやり直すのも面倒だし」

 正直、俺は京香でもいいのでぶっちゃけどうでも良い事である。

「ケンジはいいの?」
「いや、優梨や三縁よりはマシだと思うんだ……」
「……それもそうね」
「なんか私が納得がいかない理由で納得された!?」
屈辱くつじょくです!?」

 訂正。京香でもいいではない。京香が一番安全そうなのだから、京香がいい。
 優梨がかなりの方向音痴だということはもう既に確認済みだし、三縁に関しては面白そうだという理由で何をしでかすのやらわからないのである。

「じゃあ、他の人の順番を決めてるから、二人は先に行ってていいよー」
「おう」
「わかったわ」

 三縁の言葉に俺と京香は短く返事をして、三縁に言われた通りの道を進んでいく。
 さて、さっさと終わらせて今度こそ布団に潜ることにしよう。

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