魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:夏祭りと花火大会4

「というか、京香は犬が好きだったのか」
「私は犬より猫かなー」
「私も猫派ですっ!」
「あー……自由気ままだもんな、お前ら……」

 猫派を主張する三縁と優梨を見て納得する。猫に似てるしな、二人共。

「叶子は犬派ですかねー」
「確かに叶子は犬っぽいよな、従順そうなところが」

 犬派と猫派でその人が似ているというのは面白いな。
 しかし、京香も犬派か……。京香が、犬か……。

「まあ、京香も犬っぽいよな、吠えるところが」
「ぶん殴るわよ、あんた!」

 いや、なんかそれしか想像できなかったのだから仕方がない。

「千恵子っちは? 犬派? 猫派?」
「私? 私はへび派かしら」
「蛇!?」
「あー、なるほど。毒があるしな……」
「本当、志野くんは藪をつついて蛇を出すのが得意のようね。一言多いわよ」
「ご、ごめんなさい……」

 口元は笑っているけど、目がちっとも笑っていない豊岸。まさに蛇に睨まれたかえるの気分である。

「ほら、蛇って賢いってイメージもあるのよ。私にピッタリでしょう?」
「自分で言うな、自分で」

 と、豊岸の隣でみさとがうーんと唸る。

「私は犬派かな……」
「まあ俺も犬派だな」
「違うわ、みさととケンジは狼派よ」
「「否定された!?」」

 いや、狼でもいいんだけどね。かっこいいし。

「みさとはともかく、ケンジは一匹狼って感じがするのよね」
「何だそりゃ。俺は単独で行動なんかしないぞ」
「違うわよ志野くん。貴方には一緒にいるような友達がいないっていう京香さんの暗喩あんゆよ」
「お前も友達じゃないのか、豊岸……」
「あら、私がいつ志野くんの友達だなんて言ったかしら?」
「まあケンジに友達がいるいないは置いておくとして……」

 京香はビシッと俺に向かって指差す。

「今さっきしていたじゃない、単独行動」
「…………」

 それを言われると、何も言えなくなる。
 まあ確かにそうなのかもしれない。四月や体育祭なんかの時もそんな気がする。

「大丈夫ですケンジくん! 狼さんは群れで行動するのが普通なので、ケンジくんは群れが嫌いなわけではないはずです!」
「はあ……」

 いや、別に群れが嫌いとかそういうわけじゃないんだけどな。っていうか優梨の中では、俺はもう狼扱いになっているのか。

「ところで私屋台で買いたいものがあったんだけど、ちょっと行ってきてもいいかしら?」

 と、豊岸が手を挙げる。辺りを見回してみると、ここは大きな広場のようで屋台がほとんどない。
 どうやら三縁たちがここまで突っ走ってきてしまって、豊岸は途中で見つけた買いたいものが買えなかったようだ。勝手に行動しない辺りが豊岸らしいな。

「ああ、別にいいわよ。いってらっしゃい」
「ありがとう。でも単独行動するのはよくないので、同行者として志野くんを借りていくわね」
「えっ?」

 突然俺の名前が豊岸の口から出てきて、素っ頓狂な声を上げた俺の腕を豊岸はがしっと掴むと構わず歩きだす。
 俺はわけもわからず引きずられていく。

「ちょっ、待て豊岸!」
「何よ、どうせ暇でしょう?」
「いや、確かに暇だけど」
「嫌なら嫌だって言ってもいいわよ?」
「……じゃあ、嫌だ」
「まあ貴方の意見なんか聞かないんだけどね」
「発言の意味がない!」

 というか何で俺なんだろうか。

「いえ、よく考えてみなさいよさっきの面子を」
「さっきの面子?」
「優梨さんはみさとさんがいればどうにかなりそうだけど三縁さんを抑えられるのは京香さんしかいないでしょう? 志野くんは振り回されそうだし」
「…………」

 本当は反論すべきところなのだろうが、自分自身も納得してしまっているので反論する余地がない……。

「で、叶子さんは京香さんと一緒に居たいだろうし。消去法よ、消去法」
「ああ、なるほど……」

 それで同行するのが俺になったということか。

「それに、一匹狼で単独行動するような人を放っておけないでしょう?」
「……いや、放っておけよ」

 俺はぶっきらぼうに答えると、豊岸はクスクスと笑う。

「で、何を買いたいんだ?」
「一匹狼くんは黙ってついてきなさい」
「誰が一匹狼だ」
「一人ぼっちくんは黙ってついてきなさい」
「誰が一人ぼっちだ! 人を如何いかにも友達が一人もいないような言い方をするんじゃねえよ!」
「あら、自覚がなかったの? 貴方に友達と呼べる人なんていないわ」
「いやいや、いるだろ。京香とか優梨とか他にも」
「優梨さんは志野くんの母親よ」
「マジで!?」
「三縁さんはほら、お姉さんなんでしょう?」
「こんな時に忘れかけていたその設定が出てくるのか!」
「みさとさんはもう一人の志野くん」
「なんだその、小説みたいな設定は!」
「叶子さんは義妹だし」
「しっかりと『義』を付けてるところがムカつく!」
「で、私は志野くんの飼育係」
「俺はペットか何かか! じゃあ京香はしつけ役か!?」
「いえ、違うわ。京香さんは」

 と、豊岸が人差し指をピッと立てる。

「志野くんの妻よ」
「……いや、ねえよ」

 ふと俺の頭の中でそんな姿の京香が浮かんだが、いやいやと否定する。

「京香が妻とか、想像しにくいだろ」
「そうかしら? 私にはそうにしか見えないけど」
「多分嫁とか妻より母親って感じしかしないぞ」

 それこそ配役が優梨より適任じゃねえか。

「ん、ここよ」

 と、豊岸が足を止めた所に俺は視線を向けると大きく『わたがし』を平仮名で書かれている。

「……なあ豊岸」
「何よ」
「前から気になってたんだけどさ、お前って意外と食べ物が好きなのか?」

 そういえば今日のプールでも豊岸はかき氷を食べていた気がする。
 俺の質問に、豊岸はあからさまに嫌な顔をする。

「人を食いしん坊みたいな言い方をやめてくれるかしら」
「……少しそういう風に思ってた、悪い」
「人をピザみたいな言い方をやめてくれるかしら」
「断じてそんな風に思ってない、俺はお前じゃないんだ」
「あら、それは私が毒舌だと言いたいわけ?」
「自分でも言ってるだろ」
「でも私、甘いものが好きなのよ?」
「『甘いものには毒がある』って言葉があるだろ」
「なるほど、そうとも言うわね。でも、毒を舐めたことすらないような奴がよくもぬけぬけと発言できるわ。そうやって言うのは、実際に舐めてからにして頂戴」
「いつも浴びせられてはいるんだけどな」

 豊岸は財布から小銭を取り出すと、屋台の人に渡して大きくフワフワとした白い物体を貰う。……いや、普通にわたがしって言えばいいんだけどな。
 わたがしに口を近づけて、美味しそう――には見えないが、かじる豊岸。もっと美味しそうに食えばいいのに、何でそんな無表情で食うんだ。
 まあ実際には美味しそうである。俺も買おうかな……。
 と、俺の視線に気がついた豊岸は端っこにあるわたがしを摘むと、俺に向かって差し出してきたので、俺は慌てて手を振るう。

「い、いや、別に欲しいってわけで見ていたわけじゃないんだ」
「ここに虫がついたから、処分して志野くん」
「おい?」
「志野くんの見ていた部分が少し腐敗した気がするから、処分して志野くん」
「更に酷くなっている!?」
「で、食べたいの? 食べたくないの? 早くしないとこれを貴方の鼻の穴にねじ込むわよ?」
「……本当、優しいんだかそうじゃないんだか、よくわからないよなお前」

 俺は綿状のものを口に入れ、口いっぱいに広がる甘さをしっかりと味わう。
 ……勘違いしないように書いておくが、決して何時ぞやの三縁の時にあーんなどという恥ずかしい行為をしたわけではない。
 普通に手渡しだ。
 まあ、そういうところが豊岸らしい。

「美味しい?」
「ん、まあそれなりに」
「へえ、志野くんは腐ったところが美味しいのね」
「その言い方はやめてくれ。というか腐ってねえよ」

 まったく、失礼な奴だ。
 どうやら買いたいものはわたがしだけだったらしく、豊岸はそのまま道を引き返していく。俺もそれに続いて足を運ぶ。
 と。
 豊岸の視線がある屋台に釘付けになり、ピタリと足が止まる。
 どうしたのだろうか、と俺もその屋台を見てみると。
 色んなキャラなどの顔が型取られたモノが色とりどりに並んでいた。
 所謂、お面である。

「…………」
「……欲しいのか?」

 豊岸の視線は特撮ヒーローの赤いお面へと向かれていて、俺が言うとふいっと視線を外してしまった。

「……いえ、別に。ちょっと見てただけよ」
「すみません、そのお面を下さい」

 豊岸の返事を待たず、俺はそのお面を買うと豊岸に渡す。

「ほら」
「いや、だから欲しいわけじゃないって――」
「いいから、ほら」

 拒否をする豊岸に、俺は無理矢理手に持たせる。
 だって、あんな顔をしていたらそうするしかじゃないか。
 豊岸は少し俺を睨みつけるが、今度はしっかりと手に持つ。

「……感謝の気持ちなんか、ないわよ」

 そう言う豊岸の表情はどこか懐かしむような、優しい笑顔を浮かべていた。


 * * *


 俺は豊岸と共に来た道を戻っていると、その最中で優梨とみさとらしき後ろ姿を見つけた。
 二人は身を屈めてビニールで出来たプールを真剣そうな表情でじっと見つめている。

「……何やってんだ、お前ら?」
「わひゃうっ!?」

 普通に声をかけてみたはずなのに優梨は過剰に飛び上がり、みさとはビクリとさせて俺の方を向く。

「な、なんだケンジくんですか……」
「び、びっくりさせないでよっ……」
「びっくりって、そんな驚くような事はしてねえだろ」
「いえ、志野くん。音もなく近寄られて声をかけられたら誰でもびっくりすると思うわ。ああ、それと視界に入らないと貴方の気配は感じないせいでもあるわね」
「……お前、今さりげなく人の事を『存在感がない』って言わなかったか?」
「あら、そんな事言ったかしら?」

 とまあ、豊岸はさておき。

「もう、あと少しだったのに……」

 優梨は少し頬を膨らませる。俺はチラリとプールの中を見ると、そこにはウヨウヨと何十はいるだろう赤や黒などの金魚が泳いでいた。

「ああ、金魚すくいをしてたのか」
「はい、絶対捕まえます!」

 意気込む優梨を生暖かく見守るみさと。
 っていうか、普通に失敗しそうだなあ……優梨の事だし。

「えいやっ!」

 近づいてきた一匹に勢いよくポイを振り被る優梨。
 だが……ポイは金魚をすくうことが出来ず、小さな水しぶきだけ立てて呆気なく破れてしまった。

「あぁ……また……」
「まあまあ、仕方ないよ優梨ちゃん」

 ガックリを膝をつく優梨の背中にポンポンと手を置くみさと。
 しかし優梨は次の瞬間、再びガバリと起き上がると財布を取り出す。

「お、おじさん! もう一回します!」
「わーっ! 待った、待った! もう十回目だよ!? もう少し考えようよ!」
「みさとちゃん、ここで手を止めたら金魚さんは逃げていってしまうんですよ!」
「わけがわからない!」

 優梨の暴走を慌てて止めているみさと。……って十回目? 一体何をしてるんだこいつは。やめるだろ、普通。

「ほら、他の人を参考にするとか……」
「むー……」

 優梨は不満げな表情をしながら、俺と目が合う。
 なんだろう、とてつもなく嫌な予感がする。

「さて、俺はそろそろ――」
「ケンジくん! お手本を見せてください!」

 去ろう――もとい逃げようとする俺の裾をぐわし、と優梨が力強く掴んで止める。

「いやいや、お手本って……俺だって出来ないと思うぞ?」
「いえ、ケンジくんならきっと出来ます! 私にはわかります!」
「お前は俺の何をわかってるんだ……」
「全部です!」
「…………」

 その自信はどこから湧いてくるのだろうかと少しため息をつきつつ、俺は小銭を取り出す。
 別に優梨の言う通り、俺は金魚すくいが得意なんだと思っているわけではない。ただ純粋にやってみたいだけだ。
 そういえば金魚すくいなんて久しぶりな気がするなと感じつつ、ワンコインと引き換えにもらったポイを手に握る。
 優梨の隣に座り、プールの中を覗くとウヨウヨと赤やら黒やらの様々な色の金魚が泳いでいる。

「頑張ってください!」

 すぐ耳元から聞こえる優梨の応援。……少しくすぐったいので、やめてほしいのだが。
 さっき優梨は勢いよくポイを振りかぶって失敗していた。それならゆっくりとやればいいのではないのだろうか。
 ポイをそうっと水面に近づけて、近づいてくる金魚を待って……。

「ほいっ」

 近づいてきた金魚の下にスッとポイを入れて持ち上げる。イメージ通りにポイの上に乗っかる金魚。だが……。
 ポシャンッと虚しい音と共に持ち上げた金魚は水面下に落ちていき、ポイは音もなく破れてしまった。

「……ぷっ」

 そんな光景を見た豊岸は顔をさっとそむけ、吹き出した。こ、こいつ……!

「あ、あんな、自信満々な表情で、失敗するとか……お、面白すぎるっ……!」

 こんな表情の豊岸は初めて見た。……最も、あまり嬉しくないのだが。

「だ、大丈夫ですよケンジくん! 私よりおしかったですし!」

 と、一方の優梨は俺を励ましてくる。……惨めだ。惨めすぎるだろ、俺。

「……すみません」

 俺はようやく出た声で屋台の人に声をかける。
 心なしか、いつもより低くなっていることに自分でも気がつく。
 だが俺は秘めたる決意を持って、小銭を取り出す。

「もう一回、やります」

 ――次は絶対、成功させてやる。

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