魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:夏祭りと花火大会1

 日が西へと沈みかけてきた頃に、俺たちはプールから出てきていた。

「いやあ、今日は楽しかったね!」
「はい、またみんなで行きたいですね!」
「皆さんとなら、私も一緒に行きたいです!」
「まあ、そうね。楽しかったし」
「勘弁してくれ……」
「できれば今度はいきなりヘリで連れ出さないでほしいわ……」
「遊ぶのはいいけど、もう少し振り回さないで……」

 どうやらご満悦のようでテンションが高い者たち(誰なのかは言うまでもない)と対照的に、疲れ気味のテンションが低いおれたちはげんなりとしていた。
 すぐそこにベッドがあったら、飛び込んで潜り込んだ瞬間に眠れる自信がある。今日はもう休みたい。

「あ、そういえば今日の七時からお祭りがあるそうですよ!」
「え、本当? じゃあみんなで行こうよ!」
「私も皆さんと一緒に行ってもよろしいでしょうかっ」
「私も別にいいわよ」
「「「……………………」」」

 今日は……もう、休みたい……。
 まあ豊岸やみさとは行くのかわからないが、俺は強制的に連れて行かれるだろう。

「とりあえず荷物だけ置きに一旦解散しましょう。優梨、千恵子と叶子を一旦優梨の家に連れて行っても大丈夫かしら」
「はい、いいですよ! なんならお泊りしても大丈夫です!」
「本当ですか!? 優梨さん、ありがとうございます!」

 叶子はぱあっと顔を輝かせ、豊岸はサッと顔が青くなる。自分も強制的に連れて行かれることが確定されたからだろう。

「私とケンジくんとみさとっちはみんなと一旦お別れだね。集合場所はどうする?」
「あっ、私の家の車で乗せていきますよ!」
「それが一番いいか。じゃあ優梨っち、またお願いできる?」
「はい、お願いされました!」

 と、ここまで話して俺たちは一旦帰るために車へ乗り込む。
 車に入って座った途端、今日の疲れとソファの気持ちよさのせいなのか俺の視界はぼやけ始め、やがて吸い込まれるようにして眠りについてしまった。


 ☆ ★ ☆


 車が発進しないうちに眠ってしまったケンジと千恵子と実里ことみさとの三人の寝顔を京香、優梨、三縁が温かい目で見つめる。

「まったく三人とも子供ね。疲れて寝ちゃうなんて」
「みんな、はしゃいでましたから」
「すぐに寝ちゃうくらい楽しかったんだねえ」
「…………」

 もしケンジが起きていたら、今の三人の感想に対して「お前らに言われたくねえよ」ってツッコミをいれてただろうなあとそんな事を叶子は考えながら、それに気がついていない三人を生温かい目で見つめる。

「ところで三縁。ケンジのことなんだけど」
「んん? どうかしたの京香っち? 未来の旦那さんがどうかしたの?」
「誰が未来の旦那さんよ!?」
「え、ケンジくんのことだよ?」
「んな事は知ってるわ!」
「おお、自覚があるのか!」
「ち・が・う! 私が訊きたいのはそう言うことじゃなくて!」
「京香ちゃん、落ち着いてください。あんまり騒ぐとケンジくん達が起きちゃいますよ?」
「ぐっ、うぅぅ……」

 優梨に注意され、京香は顔を真っ赤にしたままぐっと唇を噛み締める。

「で、ケンジくんについて何か訊きたいことあるの?」
「……ええ。夏休みに何か変わった事はないか、って」
「変わった事?」
「この前の魔法体育祭だって、変な奴に襲われてたし……」
「何それ、初耳なんだけど!?」
「今はそっちはどうでもいいのよ。それで、何かあった?」
「いやいやいやいや! どうでもよくないよ、大問題だよ! 詳しく教えて!」
「三縁ちゃん、落ち着いてください。あんまり騒ぐとケンジくん達が起きちゃいますよ?」
「ぐっ……。ゆ、優梨っちは気にならないの?」
「ええ、気になりません。だって、私も一緒に襲われていましたので」
「そりゃそうだろうね! やっぱり気になる!」

 と、ここで三縁はふぅと小さく息を整え、京香の質問について考える。

「変わった事、変わった事ねえ……。いや、特にそう言った出来事はないなー」
「そう……」
「……でも、気がついたことなら」
「気がついたこと?」

 京香は首を捻ると、三縁は頷く。

「うん。この前、図書館にいた時のことなんだけど」
「ああ、あの日ね」
「みさとっちの過去の話に異様に食いついていた」

 と、三縁はスヤスヤと眠るみさとの顔をチラリと見る。

「なんかさ、ケンジくんは何かを追っているような気がするんだよね」
「何かを……」
「それも自分の意思じゃなくて他人に言われて、みたいな。なんかケンジくんってさ、時々よくわからない事を言ったり考えたりしない?」

 という三縁の質問に、京香と優梨は曖昧ながらも頷く。

「確かにそんな事があったりするわね」
「私も心当たりくらいなら……」
「でしょ? 何か考えがあって動いてるみたいだけど、何も言ってくれないしね」

 少し心配そうな表情をする三縁に優梨がそっと三縁の手を掴む。

「……その事はケンジくんが自分から話してくれるまで待ちましょう」
「優梨っち……」
「大丈夫ですよ、三縁ちゃん。ケンジくんは別に私たちが嫌いだから話してくれないわけじゃないんだと思います。ケンジくんは優しいから、あまり他の人に迷惑をかけたくないと思って言わないだけだと思います」
「うん、まあ別にケンジくんが何を言ってくれないことに私自身がどうこうってわけじゃないんだけどねえ」
「……本当に?」
「え?」

 と、京香が疑わしげな目で三縁を見る。

「本当に、何も思ってないの?」
「え、えーと。ケンジくんの事だから自分一人で抱え込んでいるんだろうなあって思っているけど……」
「そうじゃなくて三縁の事を聞いているの。それを踏まえて、三縁はどう思ってるの?」
「いや、他は特にないかな……」
「……そう」

 と、京香はふっと軽く微笑む。

「変な事を訊いてごめんね、三縁。今のは気にしないで」
「う、うん……」
「そうです、もっとケンジくんは私たちを頼るべきなんですよ! ……おっと、優梨ちゃん、落ち着いてください。あんまり騒ぐとケンジくん達が起きちゃいますよ?」
「自分で自分を落ち着かせる子なんて、初めて見たわね……」

 優梨の奇妙な落ち着き方に京香はツッコミをいれざるを得なく、三縁は曖昧に笑っていた。
 尚、この間、叶子も疲れて途中で寝てしまっていた。


 * * *


 一旦家に戻った俺と三縁は荷物を置き(あと洗濯物を取り込んで)、それから十分程度に渡って身支度を整えてから、再び駐車場で優梨たちを待っていた。

「なあ、三縁。何でまた優梨の家に行くんだ? 別にそのまま現地に向かっても大丈夫だろう?」

 確かに今の時間からだと少し早く着くような気がするが、別に寄る必要はないのではないのだろうか。
 と、三縁がチッチッチと指を振る。

「それが必要なんですよ。行かなくちゃいけないんだよ」
「……? どういう事だ?」
「まあ行ってからのお楽しみってやつですね!」

 また女子軍で何か考えているのだろうか。まあ俺も行きたくないという訳でもないし、別にいいか。
 待つこと数分。お馴染みのようにリムジンが目の前に停まった。

「いや、リムジンが来るのがお馴染みって。お金持ちかよ、俺たち」
「ごっこみたいなもんだけどねー」

 車の中に入ると、そこにはみさとが既に座っていた。

「あれ、みさとだけか。優梨たちはどうした?」
「家で待ってるだってさ。色々準備しているらしいし」
「へえ」

 準備は三縁がさっき言ってたことだろう。なんの準備なのかわからないが。
 もしかして夏祭りには準備をしないといけないものでもあるのだろうか。
 彼女たちは何をするつもりなのだろうかと考える俺は車に揺られて、優梨の家へと向かっていく。

 * * *

「お待ちしてました!」

 車に乗って優梨の家に着くと、優梨がニコニコと玄関口で待っていた。

「ささ、三縁ちゃんとみさとちゃんはこっちです!」
「はーい、お邪魔しまーす!」
「お、お邪魔します……。ひ、広い……!」

 と、三縁は靴を脱ぎ捨て(後で俺が直しておいた)やや駆け足気味で部屋に向かっていき、みさとはちゃんと靴を揃えて歩いて行く。みさとは初めてからか、少し緊張気味である。

「で、俺は?」
「ケンジくんは別部屋で待機です!」
「はあ……」

 どうやら、俺は別に準備とやらをしなくていいらしい。どういうつもりか、ちっともわからない。

「なあ、優梨。準備なら俺も手伝おうか?」
「え、えぇっ!? 手伝う!?」

 準備をするなら俺も手伝った方がいいだろうと思って言った俺の台詞に、何故か優梨は敏感に反応する。

「いや、俺にも何か出来るかもって」
「な、何かって! なんですかっ!?」
「……? 普通に力仕事、とか?」
「ち、力仕事っ!!」
「……なあ、優梨。俺たち、『準備』の話をしているんだよな?」
「は、はい! じゅ、『準備』の話ですよ! もちろん!」

 なら、どこか話がズレているこの感じはなんなのだろうか。
 というか何で優梨が頬を赤らめているのか、さっぱりわからない。今の会話でどうしてそうなるんだ、お前は。

「と、とにかく! 大丈夫ですから! ケンジくんは大人しく待っていてください!」
「そ、そうか……」

 赤面した優梨に強く言われる。準備っていうのはそんなに俺がしたら困るものなのか。
 まあ、それなら仕方がない。俺は言われた通りに、大人しく別部屋で待っていることにしよう。
 俺は優梨に案内された部屋へと入る。中は少し大きめの和室が広がっており、誰もいない。
 最後の最後まで『準備』の謎がわからない、モヤモヤとした感情を抱いたまま、優梨たちを待つことになったのである。

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