魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
夏休みといえば:プール3
「はあ……」
炎天下の中、俺はパラソルの下で目の前に広がる、巨大な流れるプールを眺めていた。
三縁と優梨は、京香と叶子を(無理矢理)連れていって『流れるプール』へと飛び込んでいった。
豊岸は買い物をしてくると言って去っていき、みさとは気がついたら既にどこかに行ってしまったようで、見当たらなかった。
そんなわけで俺は今、一人きりなので折角だからのんびりしようとパラソルの下にあるベンチウェアにてゆっくりと寛いでいる、なのだが……。
「暑い……」
予想以上に暑くて、ゆっくり寛げやしない……。
冷たい飲み物でも買おうかどうしようかと考えていると、首筋に急に冷たい感覚がする。
「そんな暑そうにしてるんだったらプールにでも入って泳ぎなよ、少年」
ビックリして振り返ると、そこには眼鏡をかけた女性――比良坂やよい先輩がニィッと笑ってドリンクを片手に持っていた。
「それともケンジくんは『眺めるプール』でも楽しんでいる最中なのかな?」
* * *
「なんでこんなところに?」
「あら、私が隣町の公園プールまで遊びに来ていたら何か不思議?」
と、比良坂先輩は隣のベンチウェアに座って微笑む。
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」
「ああ、同じ日に来たのはたまたまよ、たまたま」
俺は比良坂先輩に貰った飲み物のキャップを開けて口をつける。
喉に何か冷たいものが通過していくのを感じ、さっきより涼しくなった気がした。
「ところでケンジくんはプールに入らないの?」
「いや、俺はもう少し見てようかなあ、と」
と俺が言うと、比良坂先輩は「そっか」と短く返事をして、ボソッとつぶやく。
「ケンジくんって――本当似てるなあ」
「え? 似てるって……みさとに、ですか?」
「みさと……?」
前に京香や優梨にも同じことを言われたのでみさとの名前をあげてみると先輩は首を捻る。
「……ああ、実里です。吉岡実里」
「あっ、実里ちゃんね。前に優梨ちゃんと一緒にいた子」
みさとという名前がニックネームだということをすっかり忘れてた。違和感がそれほどないし。
「ううん、確かに彼女もケンジくんとどことなく被るけど、あの子じゃないわ」
「じゃあ、一体……?」
みさとと俺のどこら辺がどう被るのかがさっぱり理解出来ないが、それは置いといてみさとじゃないということに俺は疑問を抱くと、先輩は難しげな表情を浮かべる。
「私の弟に、だよ。素直じゃないところとか、どこか意地の悪いところとか」
「……俺って、そういう風に見えます?」
それだと俺がまるで素直じゃなくて意地の悪い人間みたいじゃないか。
そんな俺に比良坂先輩は曖昧に微笑む。
「まあ、会ってみればわかるんじゃないかな。ケンジくんと同じ、桟橋学園の一年生だし」
「ああ、そうなんですか……」
少なくともA組にはいないようだが……それならどこかで会う機会があるかもしれないな。
「それより、前からケンジくんに言いたいことがあるの」
「前から言いたいこと? なんですか?」
何かしたのだろうか、と首を捻っていると、比良坂先輩は少し不機嫌そうに人差し指を立てて、俺を指さす。
「それだよ、それ。私に対してどこかよそよそしいでしょ?」
「いや、それは比良坂先輩だし……」
「やよい」
「え?」
俺は素っ頓狂な声をあげると、比良坂先輩はやや強めに言う。
「やよいさんって呼んで。京香ちゃんたちのことも名前で呼んでるでしょう?」
「いや比良坂先輩、それは優梨が……」
「やよい」
「…………じゃあ、やよい先輩」
と、俺がおずおずと言うと、比良坂先輩はニコッと笑う。
「うーん、それでもいっか」
なんで俺の周りはこんなにも『優梨の友達論』の信者だらけなんだ……。俺は静かにため息をつく。
「……あら、千恵子ちゃん」
先輩の言葉に振り返ると、そこには青いかき氷を片手に持っている豊岸が俺たちの方へと来ていた。
「……どうも、寮長さん」
「千恵子ちゃんもプールなの?」
「ええ、そこにいる彼に無理矢理ヘリで連れてこられたんです」
「俺じゃないだろ……」
「あら、そうだったかしら?」
とぼけたように豊岸が首をかしげる。いや、どちらかというと俺も連れてこられた身だし……。
「まあそんなことはどうでもいいわ。今重要なのは、私が座る椅子がないということよ。どいてもらえるかしら?」
「いや、先輩に対してその言い方は酷いだろお前……」
「あら何を言ってるの、今のはあなたに言ったのよ志野くん。そんなぬぼっとアホそうな表情をしたまま座っているのがとても邪魔だから、どいてくれるかしら?」
「俺に対して扱いが酷いだろお前!」
「何を今更。とりあえずどきなさい」
……まあいいか。俺は腰を浮かして立ち上がる。
「あら、意外に素直ね」
「まあ別にここじゃなくても座るところなんて――」
「あっ、ケンジくーん! こっちにおいでよー!」
と、一周回ったのか、流れるプールの中から三縁がぶんぶんと手を振る。
「いや、遠慮しとくよ……」
と俺が苦笑いを浮かべるが、三縁はプールから這い出てきて俺の腕を掴む。
「ちょ、おいっ!」
「ふふふ、ケンジくんに拒否権など最初からないのだ!」
三縁はそう言いながら俺を水の中へと引きずり混んでいく。い、意外と力が強い!
そして抵抗する暇もなく、俺はあえなくプールへと沈んだ。……いや、本当は少し抵抗したんだけど勝てなかったというのが正しいけどな。
「あっ、ケンジくん! 一緒に遊びましょう!」
と俺が入ってきたことにに気が付いた優梨がビーチボールを両手に抱え込みながらゆっくりと歩いてくる。
「遊ぶって、何を――」
「隙ありぃっ!」
「ぶっ!?」
何すんだ、と聞こうとしたが突然目の前に別のビーチボールが飛んできて、その台詞は遮られた。
「何すんだ、三縁!」
「にしし、この戦場に入り込んだその時から、バトルは始まってるんですよっと!」
と、三縁が跳ね返ってきたボールを器用にキャッチし、再び投げ込んでくる。
「くらうかっ!」
と、俺が横へ移動してボールを躱すと後ろから「ぶっ!」と聞こえた。
どうやら誰かに当たってしまったようだ。俺は謝ろうと慌てて後ろを向く。
「す、すみません。大丈夫で――」
「やったわね……!」
と、そこにはビーチボールを持って、如何にもお怒りモードの京香と、その隣であららと少し困った風に笑っている顔をしている叶子が。
……どうやら知らない人より大変なやつに当たってしまったらしい。
「くらいなさい、ケンジ!」
「ちょ、ちょっと待て! なんで俺なんだ!」
「私も援護しますっ!」
ものすごい勢いでボールを投げる京香を見て、優梨もえいやっ、とばかりにボールを投げてくる。
「ほらほら、ケンジくん! 反撃しないと!」
「あっ、おい三縁! 三対一は反則だろ、っていうか後ろから羽交い絞めにするのはありなのか!? ちょっ、京香、痛い痛い! 脛を蹴るな! ゆ、優梨! 助けゴフッ!」
後ろから、足下から、前から攻撃(またはリンチ)を受ける俺。こ、こいつら……!
「上等じゃねえか! 仕返ししてやる!」
「あははは! みんな逃げろー!」
「待てえええええええ!」
バシャバシャと泳いで逃げていく三人を俺はボールを片手に、必死になって追いかける。逃がすか!
「いやあ……みなさん、元気がいいですねえ」
一番年下のはずの叶子がそんなことをつぶやいた気がするが、その時の俺はとにかく三縁たちを追いかけるのに必死で、特に気にすることなかった。
* * *
「つ、疲れた……」
俺はプールから這い出て、よろよろとベンチウェアに倒れこむ。
数十分に及んで追いかけっこをしていたらしい俺に襲ってきたのは、とてつもない疲労感と足の痛みだった。
「まったく、ケンジは体力はないわね……」
「まだまだ遊べます!」
「じゃ、もうちょっと泳いでくるね!」
そんな俺の姿と対照的にこの三人の台詞。こいつらの体力は底なしかよ。
俺は元気に泳いでいく三人の後を見送った後、仰向けになって身体を休める。
雲一つない晴天。じりじりとした太陽の光に、思わず目を瞑る。
「ケーンジさんっ」
とそんな子供の声がして、ひょいと影が出来る。うっすらと目を開けると、叶子がニコニコとして俺の顔を覗き込んでいた。
「お疲れ様です」
「……叶子も元気そうだな」
「いえ、私は見ていただけですし」
俺のダルそうな台詞に叶子は苦笑する。言われてみればそうだったような……。
「なんであいつらは元気いっぱいなんだろうな……」
「さあ……。逆にケンジさんは疲れすぎな気がしますけど」
「…………」
叶子の言葉に俺は口を閉ざしてしまう。まるで図星かのように。
「ところで、叶子は何か買いに行くんですが……少しだけ付き合ってもらえますか?」
「んっ……いいぜ」
まあ年下のお願いだし、断る理由もないからな。俺はよっと身体を起こす。
置いといたバッグの中から財布を取り出し、
「じゃあ行くか」
と叶子に手を伸ばすが、叶子はふいっと無視して一人で歩いていく。
「…………」
まあ、そんな手を繋がないといけないような子供じゃないか……。見た感じ中学生っぽいし、恥ずかしい年頃なんだろう。……無視されたことを気にしてなんかないぞ。全然。
叶子と俺が売店へ向かう途中、ふと叶子が何か思いついたように俺の方を向く。
「そういえばケンジさん」
「ん?」
「ケンジさんはお姉ちゃんのどこが好きなんですか?」
「ぶっ!」
突然の質問に俺は思わず噴き出す。
「な、何を言ってるんだお前は!」
「いや、だってケンジさんとお姉ちゃん、体育祭の時すっごいラブラブぽかったじゃないですか」
「あれのどこがラブラブって言うんだよ……」
ただ普通に一緒の競技に出てただけじゃねえか。
「いやいや、他の人から見たら明らかにラブラブですよラブラブ。叶子も最初、カップルかと勘違いしたくらいです」
「そ、そんなにか?」
「ええ、だからケンジさんはお姉ちゃんのどこが好きなんだろうなって」
「ううん……」
叶子の質問に俺は唸るようにして、腕を組んで考え込む。今までそういう事を考えたことなかったな……。
「……あくまでだ。あくまで、友人としてなら考えられる」
「友人として……」
「ああ。俺は京香の事が好きだぞ。あの少し強引だけど優しい性格とか」
「なるほどなるほど。では、スタイルに関しては?」
「……それはノーコメントだ」
俺は少し言いにくそうに返すと、あははと苦笑いする叶子。
「でも、友人として……ですか。恋愛対象としては見れないんですか?」
「恋愛……あんまり考えたことがねえな」
京香は友人とかクラスメイトとしか考えたことがない。それは優梨や三縁、豊岸にも言えることなのだ。
「まあそこは、おいおい考えておくとして……何を食べるんだ?」
俺は歩いていくうちに近づいてきた売店をチラリと見ると、叶子は当然とばかりに目を光らせる。
「もちろん、かき氷ですよ!」
「も、もちろんなのか……」
「そうです、プールで食べるものとしてかき氷は当たり前でしょう! 通過儀礼ですよ、通過儀礼!」
「そんな、義務みたいに言われてもなあ……」
というか、そんなにかき氷が好きなのかこの子。
「夏はかき氷の夏とも言いますし」
「言わねえよ。『¦○○《なんとか》の秋』風に言っても、普通は言わねえよ」
「プールの夏」
「あ、それはありそうだな」
「花火の夏」
「……うん、それもありだな」
「虫捕りの夏」
「別に春でも秋でも、なんなら冬だって虫なんか捕れるけどな」
「太陽の夏」
「それだと夏以外は晴れてないみたいじゃねえか」
「コスプレの夏」
「水着や浴衣はコスプレじゃねえよ」
「お金の夏」
「夏はあっという間にお金が消えていくよな……」
「あの夏」
「どの夏だよ」
「綱の夏」
「ただの回文じゃねえか!」
「かき氷の夏」
「……やっぱ、それはねえよ」
と、叶子はクスクスと笑う。
「ケンジさんは面白いですね。からかいがいがあります」
「いや、それはもう十分間に合ってるから……」
ただでさえ周りに振り回されている状態なのに、これ以上されたら身が持たない。
「で、どの味にするんだ?」
俺は財布を片手に聞くと、叶子はえっ、とした風に俺の顔を見る。
「もしかして、奢ってくれるんですか?」
「えっ、違うのか?」
てっきりそうなのかと思ってたんだが。まあこれ、正確には理事長から貰った金だから偉そうなことは言えないけど。
叶子はポカンとして俺を見ていたが、やがてキラキラとした目で見てくる。
「ケンジさんは優しいですね、ザ・紳士ですね!」
「いや、多くは買えないし……」
それに、多分だけどこれは叶子が年下だからこその行動だと思うから、他の女子にはどうするのかわからない。
「お兄ちゃんと呼んでもいいですかっ?」
「いや、それは困るな……」
「あっ、お義兄ちゃんでしたね。すみません」
「そういう意味じゃねえよ! っていうか、何で義兄なんだ!」
「いや、だってお姉ちゃんの婚約者さんですし」
「だから、どうして婚約者って前提で話が進んでいるんだ……」
というか、どこからそんな間違った情報を手に入れたんだ。
「いや、優梨さんが言ってたんですよ。『ケンジくんと京香ちゃんは夫婦仲です!』って」
「あいつか、あいつが言ったのか!」
「まあまあ、それは置いといて。とりあえず何か買いますか」
「……ああ、そうだな」
そろそろツッコミするのに疲れてきたので、さっさと何か買って一休みすることにしよう。
「じゃあ……甘いものが食べたいので、チュロスのココア味で!」
「かき氷じゃねえのかよっ!」
炎天下の中、俺はパラソルの下で目の前に広がる、巨大な流れるプールを眺めていた。
三縁と優梨は、京香と叶子を(無理矢理)連れていって『流れるプール』へと飛び込んでいった。
豊岸は買い物をしてくると言って去っていき、みさとは気がついたら既にどこかに行ってしまったようで、見当たらなかった。
そんなわけで俺は今、一人きりなので折角だからのんびりしようとパラソルの下にあるベンチウェアにてゆっくりと寛いでいる、なのだが……。
「暑い……」
予想以上に暑くて、ゆっくり寛げやしない……。
冷たい飲み物でも買おうかどうしようかと考えていると、首筋に急に冷たい感覚がする。
「そんな暑そうにしてるんだったらプールにでも入って泳ぎなよ、少年」
ビックリして振り返ると、そこには眼鏡をかけた女性――比良坂やよい先輩がニィッと笑ってドリンクを片手に持っていた。
「それともケンジくんは『眺めるプール』でも楽しんでいる最中なのかな?」
* * *
「なんでこんなところに?」
「あら、私が隣町の公園プールまで遊びに来ていたら何か不思議?」
と、比良坂先輩は隣のベンチウェアに座って微笑む。
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」
「ああ、同じ日に来たのはたまたまよ、たまたま」
俺は比良坂先輩に貰った飲み物のキャップを開けて口をつける。
喉に何か冷たいものが通過していくのを感じ、さっきより涼しくなった気がした。
「ところでケンジくんはプールに入らないの?」
「いや、俺はもう少し見てようかなあ、と」
と俺が言うと、比良坂先輩は「そっか」と短く返事をして、ボソッとつぶやく。
「ケンジくんって――本当似てるなあ」
「え? 似てるって……みさとに、ですか?」
「みさと……?」
前に京香や優梨にも同じことを言われたのでみさとの名前をあげてみると先輩は首を捻る。
「……ああ、実里です。吉岡実里」
「あっ、実里ちゃんね。前に優梨ちゃんと一緒にいた子」
みさとという名前がニックネームだということをすっかり忘れてた。違和感がそれほどないし。
「ううん、確かに彼女もケンジくんとどことなく被るけど、あの子じゃないわ」
「じゃあ、一体……?」
みさとと俺のどこら辺がどう被るのかがさっぱり理解出来ないが、それは置いといてみさとじゃないということに俺は疑問を抱くと、先輩は難しげな表情を浮かべる。
「私の弟に、だよ。素直じゃないところとか、どこか意地の悪いところとか」
「……俺って、そういう風に見えます?」
それだと俺がまるで素直じゃなくて意地の悪い人間みたいじゃないか。
そんな俺に比良坂先輩は曖昧に微笑む。
「まあ、会ってみればわかるんじゃないかな。ケンジくんと同じ、桟橋学園の一年生だし」
「ああ、そうなんですか……」
少なくともA組にはいないようだが……それならどこかで会う機会があるかもしれないな。
「それより、前からケンジくんに言いたいことがあるの」
「前から言いたいこと? なんですか?」
何かしたのだろうか、と首を捻っていると、比良坂先輩は少し不機嫌そうに人差し指を立てて、俺を指さす。
「それだよ、それ。私に対してどこかよそよそしいでしょ?」
「いや、それは比良坂先輩だし……」
「やよい」
「え?」
俺は素っ頓狂な声をあげると、比良坂先輩はやや強めに言う。
「やよいさんって呼んで。京香ちゃんたちのことも名前で呼んでるでしょう?」
「いや比良坂先輩、それは優梨が……」
「やよい」
「…………じゃあ、やよい先輩」
と、俺がおずおずと言うと、比良坂先輩はニコッと笑う。
「うーん、それでもいっか」
なんで俺の周りはこんなにも『優梨の友達論』の信者だらけなんだ……。俺は静かにため息をつく。
「……あら、千恵子ちゃん」
先輩の言葉に振り返ると、そこには青いかき氷を片手に持っている豊岸が俺たちの方へと来ていた。
「……どうも、寮長さん」
「千恵子ちゃんもプールなの?」
「ええ、そこにいる彼に無理矢理ヘリで連れてこられたんです」
「俺じゃないだろ……」
「あら、そうだったかしら?」
とぼけたように豊岸が首をかしげる。いや、どちらかというと俺も連れてこられた身だし……。
「まあそんなことはどうでもいいわ。今重要なのは、私が座る椅子がないということよ。どいてもらえるかしら?」
「いや、先輩に対してその言い方は酷いだろお前……」
「あら何を言ってるの、今のはあなたに言ったのよ志野くん。そんなぬぼっとアホそうな表情をしたまま座っているのがとても邪魔だから、どいてくれるかしら?」
「俺に対して扱いが酷いだろお前!」
「何を今更。とりあえずどきなさい」
……まあいいか。俺は腰を浮かして立ち上がる。
「あら、意外に素直ね」
「まあ別にここじゃなくても座るところなんて――」
「あっ、ケンジくーん! こっちにおいでよー!」
と、一周回ったのか、流れるプールの中から三縁がぶんぶんと手を振る。
「いや、遠慮しとくよ……」
と俺が苦笑いを浮かべるが、三縁はプールから這い出てきて俺の腕を掴む。
「ちょ、おいっ!」
「ふふふ、ケンジくんに拒否権など最初からないのだ!」
三縁はそう言いながら俺を水の中へと引きずり混んでいく。い、意外と力が強い!
そして抵抗する暇もなく、俺はあえなくプールへと沈んだ。……いや、本当は少し抵抗したんだけど勝てなかったというのが正しいけどな。
「あっ、ケンジくん! 一緒に遊びましょう!」
と俺が入ってきたことにに気が付いた優梨がビーチボールを両手に抱え込みながらゆっくりと歩いてくる。
「遊ぶって、何を――」
「隙ありぃっ!」
「ぶっ!?」
何すんだ、と聞こうとしたが突然目の前に別のビーチボールが飛んできて、その台詞は遮られた。
「何すんだ、三縁!」
「にしし、この戦場に入り込んだその時から、バトルは始まってるんですよっと!」
と、三縁が跳ね返ってきたボールを器用にキャッチし、再び投げ込んでくる。
「くらうかっ!」
と、俺が横へ移動してボールを躱すと後ろから「ぶっ!」と聞こえた。
どうやら誰かに当たってしまったようだ。俺は謝ろうと慌てて後ろを向く。
「す、すみません。大丈夫で――」
「やったわね……!」
と、そこにはビーチボールを持って、如何にもお怒りモードの京香と、その隣であららと少し困った風に笑っている顔をしている叶子が。
……どうやら知らない人より大変なやつに当たってしまったらしい。
「くらいなさい、ケンジ!」
「ちょ、ちょっと待て! なんで俺なんだ!」
「私も援護しますっ!」
ものすごい勢いでボールを投げる京香を見て、優梨もえいやっ、とばかりにボールを投げてくる。
「ほらほら、ケンジくん! 反撃しないと!」
「あっ、おい三縁! 三対一は反則だろ、っていうか後ろから羽交い絞めにするのはありなのか!? ちょっ、京香、痛い痛い! 脛を蹴るな! ゆ、優梨! 助けゴフッ!」
後ろから、足下から、前から攻撃(またはリンチ)を受ける俺。こ、こいつら……!
「上等じゃねえか! 仕返ししてやる!」
「あははは! みんな逃げろー!」
「待てえええええええ!」
バシャバシャと泳いで逃げていく三人を俺はボールを片手に、必死になって追いかける。逃がすか!
「いやあ……みなさん、元気がいいですねえ」
一番年下のはずの叶子がそんなことをつぶやいた気がするが、その時の俺はとにかく三縁たちを追いかけるのに必死で、特に気にすることなかった。
* * *
「つ、疲れた……」
俺はプールから這い出て、よろよろとベンチウェアに倒れこむ。
数十分に及んで追いかけっこをしていたらしい俺に襲ってきたのは、とてつもない疲労感と足の痛みだった。
「まったく、ケンジは体力はないわね……」
「まだまだ遊べます!」
「じゃ、もうちょっと泳いでくるね!」
そんな俺の姿と対照的にこの三人の台詞。こいつらの体力は底なしかよ。
俺は元気に泳いでいく三人の後を見送った後、仰向けになって身体を休める。
雲一つない晴天。じりじりとした太陽の光に、思わず目を瞑る。
「ケーンジさんっ」
とそんな子供の声がして、ひょいと影が出来る。うっすらと目を開けると、叶子がニコニコとして俺の顔を覗き込んでいた。
「お疲れ様です」
「……叶子も元気そうだな」
「いえ、私は見ていただけですし」
俺のダルそうな台詞に叶子は苦笑する。言われてみればそうだったような……。
「なんであいつらは元気いっぱいなんだろうな……」
「さあ……。逆にケンジさんは疲れすぎな気がしますけど」
「…………」
叶子の言葉に俺は口を閉ざしてしまう。まるで図星かのように。
「ところで、叶子は何か買いに行くんですが……少しだけ付き合ってもらえますか?」
「んっ……いいぜ」
まあ年下のお願いだし、断る理由もないからな。俺はよっと身体を起こす。
置いといたバッグの中から財布を取り出し、
「じゃあ行くか」
と叶子に手を伸ばすが、叶子はふいっと無視して一人で歩いていく。
「…………」
まあ、そんな手を繋がないといけないような子供じゃないか……。見た感じ中学生っぽいし、恥ずかしい年頃なんだろう。……無視されたことを気にしてなんかないぞ。全然。
叶子と俺が売店へ向かう途中、ふと叶子が何か思いついたように俺の方を向く。
「そういえばケンジさん」
「ん?」
「ケンジさんはお姉ちゃんのどこが好きなんですか?」
「ぶっ!」
突然の質問に俺は思わず噴き出す。
「な、何を言ってるんだお前は!」
「いや、だってケンジさんとお姉ちゃん、体育祭の時すっごいラブラブぽかったじゃないですか」
「あれのどこがラブラブって言うんだよ……」
ただ普通に一緒の競技に出てただけじゃねえか。
「いやいや、他の人から見たら明らかにラブラブですよラブラブ。叶子も最初、カップルかと勘違いしたくらいです」
「そ、そんなにか?」
「ええ、だからケンジさんはお姉ちゃんのどこが好きなんだろうなって」
「ううん……」
叶子の質問に俺は唸るようにして、腕を組んで考え込む。今までそういう事を考えたことなかったな……。
「……あくまでだ。あくまで、友人としてなら考えられる」
「友人として……」
「ああ。俺は京香の事が好きだぞ。あの少し強引だけど優しい性格とか」
「なるほどなるほど。では、スタイルに関しては?」
「……それはノーコメントだ」
俺は少し言いにくそうに返すと、あははと苦笑いする叶子。
「でも、友人として……ですか。恋愛対象としては見れないんですか?」
「恋愛……あんまり考えたことがねえな」
京香は友人とかクラスメイトとしか考えたことがない。それは優梨や三縁、豊岸にも言えることなのだ。
「まあそこは、おいおい考えておくとして……何を食べるんだ?」
俺は歩いていくうちに近づいてきた売店をチラリと見ると、叶子は当然とばかりに目を光らせる。
「もちろん、かき氷ですよ!」
「も、もちろんなのか……」
「そうです、プールで食べるものとしてかき氷は当たり前でしょう! 通過儀礼ですよ、通過儀礼!」
「そんな、義務みたいに言われてもなあ……」
というか、そんなにかき氷が好きなのかこの子。
「夏はかき氷の夏とも言いますし」
「言わねえよ。『¦○○《なんとか》の秋』風に言っても、普通は言わねえよ」
「プールの夏」
「あ、それはありそうだな」
「花火の夏」
「……うん、それもありだな」
「虫捕りの夏」
「別に春でも秋でも、なんなら冬だって虫なんか捕れるけどな」
「太陽の夏」
「それだと夏以外は晴れてないみたいじゃねえか」
「コスプレの夏」
「水着や浴衣はコスプレじゃねえよ」
「お金の夏」
「夏はあっという間にお金が消えていくよな……」
「あの夏」
「どの夏だよ」
「綱の夏」
「ただの回文じゃねえか!」
「かき氷の夏」
「……やっぱ、それはねえよ」
と、叶子はクスクスと笑う。
「ケンジさんは面白いですね。からかいがいがあります」
「いや、それはもう十分間に合ってるから……」
ただでさえ周りに振り回されている状態なのに、これ以上されたら身が持たない。
「で、どの味にするんだ?」
俺は財布を片手に聞くと、叶子はえっ、とした風に俺の顔を見る。
「もしかして、奢ってくれるんですか?」
「えっ、違うのか?」
てっきりそうなのかと思ってたんだが。まあこれ、正確には理事長から貰った金だから偉そうなことは言えないけど。
叶子はポカンとして俺を見ていたが、やがてキラキラとした目で見てくる。
「ケンジさんは優しいですね、ザ・紳士ですね!」
「いや、多くは買えないし……」
それに、多分だけどこれは叶子が年下だからこその行動だと思うから、他の女子にはどうするのかわからない。
「お兄ちゃんと呼んでもいいですかっ?」
「いや、それは困るな……」
「あっ、お義兄ちゃんでしたね。すみません」
「そういう意味じゃねえよ! っていうか、何で義兄なんだ!」
「いや、だってお姉ちゃんの婚約者さんですし」
「だから、どうして婚約者って前提で話が進んでいるんだ……」
というか、どこからそんな間違った情報を手に入れたんだ。
「いや、優梨さんが言ってたんですよ。『ケンジくんと京香ちゃんは夫婦仲です!』って」
「あいつか、あいつが言ったのか!」
「まあまあ、それは置いといて。とりあえず何か買いますか」
「……ああ、そうだな」
そろそろツッコミするのに疲れてきたので、さっさと何か買って一休みすることにしよう。
「じゃあ……甘いものが食べたいので、チュロスのココア味で!」
「かき氷じゃねえのかよっ!」
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