魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:プール2

 急に聞かされた予定に何の準備もしていなかった俺だが、どうやら三縁が用意してくれていたらしく(色々と疑問があるが、その辺は気にしないようにしよう)、翌朝には準備万端といった形で優梨たちを乗せた車を待っていた。
 と、しばらくしないうちにリムジンが現れて優梨が中から出てくる。

「お待たせしましたっ! 乗ってください!」

 中に乗り込むと、そこにはどこか楽しげな表情をしている京香とどこか魂が抜けているような表情をしている豊岸が座っていた。

「よ、よう」

 俺は豊岸に声をかけると、彼女は目だけをぎょろりと動かして俺の方向を向く。睨まれているみたいで、少し怖い……。

「……あら、お久しぶり」

 口を開けば必ずと言ってもいい程出てくる毒舌と強気な口調が、毒気はすっかりと抜けていて口調も心なしか弱々しくなっている。……かなりの重症のようだ。

「だ、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ……。昨日、実家にいきなりヘリコプターがきたのかと思えば、よくわからないままに空中旅行の旅へと連れ出されたのよ……? 今もまだ混乱している状態なの……」
「そ、そうなのか……」

 まあ、そりゃそうなるよな。もっと事前に知らせることができなかったのだろうか……。

「それに少し吐き気もしてきたわ……ああ、目の前にいる男の顔が原因かも知れないわね……」
「おいこら」
「あ、別に志野くんのことを言っているわけじゃないのよ? ただ吐き気がするような志野くんの顔がいけないだけであって」
「それってやっぱり俺のことを言ってるだけじゃねえか。っていうか、それだと今までお前は俺に会う度に吐き気がしていたっていうのか」
「ええ、実はそうなのよ。その何にも考えてなさそうな阿呆あほうな顔が特に。もう少し何か考え事をしてみたらどうなの? 自分の顔が何故そんなにみにくいのかとか」
「余計なお世話だ」

 だが少しずつ毒づいてきたところを見ると、少しは回復してきたようだ。
 と、優梨がガバリと身を前に寄せ、会話に入ってくる。

「そんなそんな! ケンジくんの顔は醜くありませんよ! むしろ美しすぎて崇拝するくらいです!」
「それはそれで嫌だな……」

 優梨なりの励ます言葉のようだが、そもそも落ち込んですらないし崇拝されるような顔を想像してみると少し吐き気がした。

「とりあえずその前髪切ればいいんじゃないの?」

 と、京香が心底どうでもいいように意見をする。が、豊岸が即座に反論する。

「いえ、京香さんよく考えてみなさい。前髪をいい感じに切って爽やか風になっている志野くんの姿を」
「……それはそれで気持ち悪いわね」


 それを想像したのか、京香は苦虫を噛んだような表情をする。人の顔に対して失礼な反応だと思うが、確かに気持ち悪いなと自分でも思ったので、何も言わないことにした。

「というかケンジくんはそのままの方がいいと思う。うん、今がベストだよっ!」

 と三縁も会話にしてくるが、もうそろそろ終わりにしないかな……。これ以上話を広がられても、反応に困るだけだし。

「なら今のケンジくんをそのままにして、何か付け加えればいいんではないのでしょうか?」
「ん? 優梨っち、つまりどういうこと?」
「要はアクセサリーをつけるってことね」
「あら面白そうじゃない。いじりがいがある……いえ、遊びがいがあるわね」
「言っておくけど豊岸、それは言い直した意味がないからな?」

 むしろ悪くなってるじゃねえか。
 と、まあ予想通り『ケンジくんをアクセサリーでイメチェンしよう計画』という悪い方向に話が持っていかれ、俺たちを乗せた車は近くのプールへ着々と向かっていったのである。


 * * *


「ここがプールですか! うーみー!」
「じゃないわよ優梨。ここはプールよ」
「そ、そうでした。じゃあ……プールー! ……これだとなんだかインパクトがありませんね。じゃあ……くーるー! きっと、くーるー!」
「それは語呂が似てるだけで全然違う意味になるからね!? 確かにインパクトはあるけど!」

 というか、プールに来たら叫ばないといけない風習でもあるのだろうか。

「それにしても……結構でかいな」

 と俺は、目の前にある公園プールの入り口をしげしげと眺める。

 敷地約三万平方メートル、六つのプール施設を有していて巨大とは言えなくとも、なかなかの大きさである。

「じゃあさっそく入るか」
「あっ、待ってください。まだ来てない人たちがいるんで」

 と、受付に向かう俺を優梨が慌てて止める。
 まだ来てない人たちって誰だ? と優梨を除く誰もが首を捻っていると、俺たちが乗ってきたのと同じリムジンカーがスッと止める。
 そこから降りてきたのは……。

「あれ、みさとじゃねえか」

 つい最近、図書館で一緒に勉強したみさとが降りてきた。
 みさとは未だ状況がよくわからないという感じで俺たちの姿を何度も何度も確認する。その様子から大体の想像がつく。

 そして車から勢いよく出てきた見知らぬ人物が一人。

「――お姉ちゃん!」

 燃えるように真っ赤な髪と瞳。左に髪をまとめたサイドテール。
 Tシャツに短パンと服装までどっかの誰かに非常によく似た、俺たちより一回り体の小さい少女はそう叫ぶなり京香の元へと駆け寄って抱き着く。

「か、叶子かなね!?」

 京香は心底驚いたようで、目を見開きながら抱き着いてきた少女をまじまじと見る。

「ど、どうして!?」
「知り合いか?」

 と俺が気になって聞くと、少女は俺たちに気が付くと京香から離れ、ペコリとお辞儀をする。

「みなさん、初めまして! うちの京香お姉ちゃんがいつもお世話になっています、妹の叶子かなねです!」
「苗字も言いなさい、苗字も! 薗村 叶子そのむら かなねって! 勘違いされるでしょ!」

 京香の言葉に少女――薗村叶子はニッコリと笑い、京香の方を向く。

「心配しなくていいよお姉ちゃん。みなさんはちゃんと叶子が京香お姉ちゃんの妹だ、って認識してるから」
「それが勘違いだって言ってんでしょうが! 私の実の妹じゃないでしょあんた!」

 実の妹じゃないのか……。てっきりそうなのかと思っていた。
 叶子は不満げな表情をして京香を見つめる。

「っていうか、お姉ちゃんが里帰りしてくれなくて叶子は寂しいよ!」
「いや、そんなこと言われても……」
「……まあ、そんなわがままなお姉ちゃんの為に、叶子から会いに来ちゃったわけだけどね」
「……つまり、叶子っちは前に京香っちがいた所の子ってことかな?」

 三縁が確認するように聞くと、叶子は頷く。

「はい、こっちには魔法体育祭の時に来たので二回目なんです。お姉ちゃんの活躍を見に!」
「そうなのか……」

 そういえば魔法体育祭の時、京香は「両親は来るかどうかわからないけど、知り合いなら来ているかも」なんてことを言ってたなと思い出す。きっとこの子のことだったのだろう。
 と、叶子は俺の方を向きずんずんと迫ってくる。

「な、何か……?」

 じーっと何かを考えるように見てくる叶子に俺は少し後ずさる。
 叶子はしばらくそうした後、ふっと笑う。

「いえ、確か体育祭の時にお姉ちゃんと一緒に競技に出てた人だなって……」
「ああ、そういうことか……」

 まあ自分の知り合いと一緒に出てた人って覚えているのなら、少しくらい興味が沸くか。

「ええ、だってお姉ちゃんの婚約者がどんな人なのか、妹としては気になるでしょう?」
「ちょっ、な、何を言ってるのよ!」

 と、突然出てきた『婚約者』という言葉に京香が顔を真っ赤にして、慌てて叶子の口を塞ぐ。
 いや、塞いだところでもう遅いし……というか婚約者ってなんだ、婚約者って。

「えっ、だって姉の将来の人を見定めるのは妹の役目でしょう?」
「いや、なんでそうなるのよ。というか気になったのはそこじゃなくて、婚約者ってところよ! なんでケンジが婚約者なのよ! こいつは違うわ!」
「またまた、照れちゃって」

 いや、本当に違うんだけど……。というか、この会話は気まずくなりそうだし、もうやめてもらいたいのだが。
 だが優梨と三縁はそんなことを思っていないらしく、二人ともキラキラとした興味ありそうな瞳で叶子に詰め寄る。

「さすが京香ちゃんの妹さん! わかってますね!」
「だよね、そうだよね! なんで京香っちとケンジくんはくっつかないのか、疑問に思うべきだよね!」
「お二人さんもそう思いますか!」
「三人とも何を言ってるのよ!」

 意気投合とする三人に慌てる二人。

「……あのー」

 と、誰かが俺の袖をくいくいっと掴む。見るとそこには気まずそうにしているみさとが。

「私、わけもわからずここに連れてこられたんだけど……つまり、どういうこと?」
「あー……つまり、みんなでプールってことだ」


 * * *


 夏という時期であるのだから大体わかっていたというか、予想通りというか……プール内は人という人で溢れ返っていた。

「…………」

 別に人ごみが苦手というわけではないのだが……こんなにいると、なんか気持ち悪くなってくるな。
 とまあそんなことを考えながら、既に水着に着替え終わっていた俺は壁にもたれかかりながら他の人を待っているところだ。

「ケーンジくん!」

 まず最初に来たのは、元気な声をあげながら駆け寄ってくるツインテールの少女こと三縁だ。
 その水着姿は露出度がやや高い青い色のビキニタイプで、普段からランニングして鍛えているおかげなのか、それなりに凹凸おうとつがある健康的な身体がさらに魅力的になっていた。

「どうかな、どうかなっ?」

 と、その場でクルクルと回る三縁。その動きはモデルみたいというより、フィギュアスケートの選手とかその場でクルクル回る玩具おもちゃみたいという方がぴったり来る。

「ああ、似合ってる似合ってる」
「えへへー」

 ただまあ、似合っていることは変わりないので正直な感想を言うと、三縁は嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねる。
 その様子だからこそ三縁だと認識できるが、黙って立っていようならただの美人にしか見えないので困る。
 続いてやってきたのは豊岸。表情を変えずに堂々と俺の前まで歩いてきた。
 豊岸は三縁と同じビキニタイプの白なのだが、その上に水泳用の白い上着を羽織っていて肌の露出を低くしている。豊岸らしいといえば、豊岸らしい。

「……あまりじろじろと見ないでもらえるかしら」

 豊岸は観察するかのように豊岸を見ていた俺を見て、半目になりながら冷たい言葉を放つ。

「あ、いや、悪い」

 と、俺は慌てて少しばかり目を宙にずらす。豊岸はハァとため息をつく。その頬はどこか赤らめていた。

「そんなじっと見られたら、誰だって恥ずかしいじゃない」
「あぁ、そういうこと……」

 てっきり「貴方に見られると腐るわ」とかばかり言ってくると身構えていたのだが、案外普通の理由だった。
 そんな俺を見て、豊岸はさっきよりも大きく、かつわざとらしいため息をつく。

「貴方が私をどういう風に思っているか、よぉくわかったわ……」
「ご、ごめん!」

 そういう豊岸の言葉からは今までにない怒りを感じたので、慌てて頭を下げて謝る。
 まあそんな偏見な目で見られてたら誰だって怒るよな。……それなら、普段から普通に接してくれと言いたいものだが。
 豊岸はここに来て三度目の小さなため息をつく。

「私だって普通の16歳の女の子なのよ? じっと見られたら普通に恥ずかしいに決まってるでしょ」
「そ、そうだよな……」

 うんうんと頷く俺を見て、ようやく豊岸がふっと笑う。

「それはそうと、この水着どうかしら?」
「いや……似合ってるぞ」
「そう、ありがとう。でもあんまりじろじろと見ないでね。私、ケンジくんみたいになっちゃうから」
「見ただけでなるか、んなもん!」

 しかし、やっぱり豊岸は豊岸であり、相変わらずの毒舌である。

「あら、わからないわよ? 本当になってしまわないなんて断言できる? 志野くんは確信を持って言えるのかしら?」
「言えるわ、超確信を持って言えるわ。どこをどうやったらそんな不思議現象が起こるっていうんだよ」
「俺、志野ケンジ。おっ、あそこのお姉ちゃんいい身体してるなうぇっへっへ」
「それは俺の真似か!? おちょくってんのか、お前!」
「あら……ケンジくんみたいになっちゃうところを演じてみたのだけど、似てなかったかしら?」
「似てねえよ! 全く似てねえ!」
「そう、ならあそこにいるお姉さんは全くいい身体ではない、と」
「いや、別にそんなことは――」

 言ってないぞ、と言おうとして後ろを振り向く。
 が、その言葉が続くことはなかった。
 言葉を失ってしまった。

「お待たせしました、ケンジくん!」

 フリフリがついたピンクのビキニをつけた女性が少し急ぎ足で俺たちの方へと駆け寄ってきたのである。
 右片目の赤い瞳、さらりとした長い黒髪の女性は走ってきたせいか、少し息を切らしているが、それでも健気にえへへと笑いかけてくれた。
 まぶしいばかりの笑顔の彼女に俺は一言。

「……誰?」
「ゆ、優梨ですよケンジくん! 忘れないでください!」

 と、女性――優梨は少し慌てながら手をぶんぶんと振る。
 そうか、優梨か。優梨に間違いないのか。
 俺は今一度、まじまじと優梨の姿を見る。

「…………」
「……あ、あのケンジくん? 私、どこか変ですか?」
「い、いや、別に……」

 黙りこくってしまった俺に優梨は慌てて自分の身なりを確認し始める。
 いや、俺が黙っているのはそうじゃないんだ、優梨。

「お、大きい……!」
「大きいわね……」

 と、俺と同じ印象を抱いたのか、三縁と豊岸も目線が一つの箇所に集中していた。
 優梨の身体は、その何といえば適切なのかよくわからないが、とにかく十六歳とは思えないくらいの成長ぶりである。

「……? 三縁ちゃんや千恵子ちゃんまでどうしたんですか?」
「いや、その、あれだ。よく似合っているってことだ」

 三縁と豊岸も固まっていることに気が付き、疑問に思う優梨に俺は慌ててそう言うと、優梨は頬を赤らめてえへへとばかりにもじもじさせる。
 うん、はっきり言おう。めちゃくちゃ可愛い。

「っていうか、お前ら三人揃ってビキニか。被りすぎだろ」
「……あのね、志野くん。ここは小説の世界じゃないのよ? 柄は違うにしても、キャラ立てさせるためにわざわざ水着の種類を変えるわけないじゃない。女性は普通、ビキニなのよ。男子だって水着姿といえば、普通トランクスタイプじゃない」
「むっ……それもそうか」
「あ、いたいた。おーい」

 と、豊岸が呆れながら俺に説明していると、違う声が聞こえてくる。この声は、おそらくみさとだろう。

「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃって……って何、ケンジくん?」
「……おい、豊岸。普通はビキニじゃないのか?」
「……みさとさんは別なのよ」
「???」

 何を話しているのかわからないという風に疑問符を浮かべるみさと。
 みさとは黄緑色のワンピースタイプ。まあ別に変ってわけじゃないから、議題にすることはないんだが。

「あっ、皆さんここでしたか!」

 と次にトテテとやってきたのは、赤いセパレートタイプの水着を着た叶子。そのまだまだ小さい姿に似合っている。
 叶子はみんなの姿をそれぞれと眺めていき、みさとで目が止まる。

「じー……」
「な、何かな、叶子ちゃん?」

 みさとも少し不思議に思ったのか、凝視する叶子に問う。

「いえ、みさとさんももっと派手な水着をすればいいのにと思いまして」
「う、うーん……私、そういうのよくわからないから。そ、それに勝てそうにないし……」

 とみさとの後半のセリフは三人の姿を見ながら自信なさげに言う。……特に優梨を凝視して。

「まあ、そんな事なんか気にしなくても大丈夫ですよ。だって――」
「あっ、みんな待った? ごめんね」

 と、最後に手を振りながらやってきたのは。
 セパレートタイプの黄色い水着を見事に着こなした京香である。
 その姿に、みんな押し黙る。

「な、何……? どうかしたの?」

 と、雰囲気の変わりように、京香が狼狽ろうばいする。そんな京香の肩を優梨がガッと掴む。

「大丈夫です、そんなに沈まないでください京香ちゃん! まだまだこれからですよ!」
「は、はあ……」
「そうだよ、京香っち! 似合ってるよ!」
「そ、それはどうも……」
「京香さん、元気出して」
「いや、特に落ち込んではいないんだけど……」
「京香ちゃん、その……なんかごめんなさい」
「な、何でみさとは謝るの……?」
「お姉ちゃんらしくて叶子は好きだよ!」
「……ね、ねえケンジ? 私、何か変?」
「いや、そんな事はないぞ。いつも通りだ」

 明らかにいつもとは違う雰囲気に混乱する京香に俺は優しく言うと、彼女はほっと胸をなで下ろす。
 そう、何の変わりもしない。いつも通り。

「そ、そっか……。ところで、どう? 似合う?」
「ああ、似合ってるぞ。胸が小さいところが、特に」


 次の瞬間、京香の鋭いアッパーが俺のあごとらえたのは言うまでもない。

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