魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:図書館で勉強会1

 夏休み生活三日目。優梨の家から借りてきた(やけに高級そうな)布団で俺は昨晩の就寝を取った。うん、やはり別々というのはどこか安堵するところがある。

「今日は図書館に行きたいんだ」
「図書館?」

 そして、昨日と同じく朝から軽くランニング(あくまで三縁の感覚であるが)をして朝食を摂っている最中、俺は今日の予定を三縁に告げる。

「うん、ちょっと読書感想文を書くための本を探そうと思ってな」
「ほほう、勤勉家ですねえ。……ん、いや、ケンジくんって元々読書が好きなんだっけ」
「まあな」

 それは全くの建前であって、本当は理事長が言っていた事が気になったから行こうと思った――というのは三縁には別に言わなくてもいい事だろう。

「うーん、それなら私も行こうかな。私も読書感想文書かなくちゃいけないわけだし」

 三縁は少し考えたあと、笑顔で俺の方を向く。
 三縁が本を読むのがあまり好きじゃないというのはまあ言ってくれなくても大体そんな雰囲気であるからわかる。いや三縁もAクラスなのだから、もしかしたら好きかもしれないと思って前に聞いてみたところ、やっぱりそれはただの希望でしかなくて、普通に「文章読むのがめんどい」の一言で片付いた。

「ちなみにマンガは駄目かな?」
「いや駄目に決まってんだろ」
「だよねえ……。はあ……何でマンガ本は駄目なのさ」
「マンガは教科が美術に変わるからじゃねえのか?」

 あくまでマンガ本の特徴は、絵で話が構成されていることなわけだし。

「うーん……まあ、嘆いていても仕方のないことだよね。うんうん、読書家のケンジくんや千恵子っちを見習わなくちゃね」
「俺は見習うってほどでもないけどな」
「よし、まずはこの図書館の近くに行くと自然と身体が震える病から克服しよう!」
「それは見習う以前の問題だと思うんだが」

 本に拒絶反応でもあるのか、お前は。

「そうとなれば早めに行かなくちゃ! 私の家からだと……そうだね、市民図書館が一番近いよ!」
「…………」

 市民図書館、か。

――君は過去の自分を知りたい、そう思っているね?
――それなら近所の図書館に行くといいよ。
――うん、市民図書館っていうのがあるはずだ。
――そこに行けば君の過去が一部だけ、わかると思うよ。

「ケンジくん? どうしたの難しい顔して」
「えっ、ああ……いや、なんでもない」

 ふと理事長の言葉を思い返していたせいか、三縁が不思議そうに俺の顔を見ていることに気がつかなかった。

「さあさ、行くと宣言した三縁っちの行動は素早いですよ。光速ですよ! この目の前にある残り半分のトーストなんか丸呑みですよ!」
「消化に悪いからよく噛んで食べろよ?」

 子供かお前は、と心の中でツッコミをしつつ、若干食べるペースが早くなった三縁を見て苦笑する。
 さて、本当に理事長の言った通りに、何か知ることはできるのだろうか? 期待と不安を胸に俺はトーストを齧る。




 それから色々準備をした後に、家を出てから徒歩十五分。十時になりかけている時間で、俺と三縁は市民図書館へと到着していた。

「へえ、これが市民図書館か……」
「そうだよー、結構大きいでしょう?」

 と三縁の言う通り、市民図書館はかなりの大きさである。
 外も中も新しく出来ているかのような綺麗さである。

「最近、リニューアルしたとかなんとかだってさ」
「へえ、そうなんだ……」

 まあ市民図書館に関する第一印象はここまでにしておいて。

「とりあえず、何か本を探すかな……」
「んじゃ、頑張ってー」
「……あれ? 三縁も本を探さないのか?」
「えー私、本嫌いだし―。ケンジくん、適当に持ってきてー」
「…………」

 そこだけ聞くと「じゃあ何でここに来たんだ」ってなりそうだよな。
 というか、そこまで本が嫌いなのだろうか。

「あ、そうそう! 最近リニューアルした理由の一つに、この図書館に新しくカフェスペースが出来んだよ! 私、そこで待ってるからね!」
「……三縁は花より団子って感じだな」

 図書館でカフェ目的に来るやつなんかいねえよ。





「とまあ、図書館に来たのはいいけど……どうすればいいかな?」

 一旦三縁と別れ、そこら辺を右往左往していた俺は悩ましげに首を捻る。
 本来の目的は俺の記憶の一部がわかるかもしれないということであり、読書感想文の事は二の次である。
 とりあえず市民図書館に来てはみたが、ここからどうすればいいのやら……。

「とりあえず、歴史の本が置いてある場所にでも行ってみるか……」

 記憶・過去で繋がる単語という何とも短絡的な発想であるが、しかし行動しなければ何も起きないだろう。
 俺は壁に貼ってる図書館内の案内図から歴史欄がある場所を確認する。
 うん、そこまで遠くはないな。
 ちなみに今、俺はサングラスで顔を隠している状態である。
 前にも言った通り、面倒事になることは避けたいので最低限の変装であるのだが……。
 通り過ぎていく人々がチラチラと俺の顔を見ていくので、逆に目立っているのだろうか、これは。
 目線が気になるので、俺は少し俯き加減になりながら歩いて行く。
 ……と。

「うわっ」
「わっ」

 いきなりドンッという衝撃が走り、俺はそのままバランスを崩して倒れる。
 どうやら俯いていたせいで前方不注意になってしまっていたようだ……。

「す、すみません」
「あ、いえ、こちらこそ」

 俺は起き上がって倒れた相手を見る。
 肩まで伸びている黒髪、紫色の瞳、そして腰に下げている日本刀……らしきもの。

「「あっ」」

 魔法体育祭の時に知り合った少女、吉岡実里よしおかみのりだった。
 確か優梨のクラスメイトだからFクラスの子、だっけ?

「よう、久しぶりだな」
「…………」

 俺はなるべく気兼ねのないように話したのだが、実里は警戒するように俺を見ながら立ち上がる。
 俺、そんなに嫌われるようなことしたっけ……?
 そういえば京香や優梨に、俺と実里が「似てる」とか言われていた気がする。
 俺としてはそうには思えないのだが……。

「ここに何か用でもあったのか?」
「っ! き、君には関係ないだろ……」

 実里は少し目を見開かせたかと思うと、ぷいっとそっぽを向く。
 まあ、そりゃそうか。別に俺には関係のない事なんだし。

「そういうケンジ君は?」
「んっ……ああ、夏休みの宿題にあった読書感想文の本を探しに……」
「あっ、私も! そう、私も読書感想文の本を探しに来ていたんだ! いや、奇遇だね!」
「いや、お前さっき『君には関係ない』とか言ってなかったか……?」

 理事長に言われて、なんて言えないので、とりあえず建前の理由を述べると、「その手があったか!」という風に実里はポンと手を打つと、態度を変えてきた。
 ……? 本当になんなんだ、こいつは。

「へえ、そうなんだ。本、好きなのか?」
「うーん、昔の友達の影響でたまに読むくらい。そういえば君も趣味は読書なん……」

 と、実里は突然喋るのをピタリと止める。
 そして一歩二歩と俺に歩み寄ってきてじっと俺の顔を見る。

「あ、あの……?」
「…………」

 何かを探るような実里の紫の瞳が目の前まで近づいている。
 ……いや、それよりも恥ずかしいんだけど。近いし。

「おーい、ケンジくーん! もし私の本を持ってくるんだったら読みやすい小説系が……って、なんか女の子といちゃついてる!?」

 と、言いながら後ろからやってきた三縁が俺と実里を見て、目を見開く。
 ……なんか雲行きが怪しくなってきたぞ、おい。


 * * *


 ところ変わって図書館内にあるカフェテリア。俺と実里は半ば無理矢理、三縁にここへ連れてこられた。
 周りを見回すと、結構の人数が席に着いて、読書なり何なりとやっている。それなりに人気もあるようだ。

「…………」
「…………」

 しかし、俺たちは……特に実里は微妙な空気になっている。
 まあ、そりゃそうなるよな……。なんかよくわからなく、初めて見る子に「ささ、こっちこっち」と手を引っ張られてきたんだから。

「ではでは、初めましてを兼ねて、自己紹介といきましょうか!」

 と、そんな中でいつも通り明るい表情の三縁である。

「桟橋学園の一年、秋原三縁です! ケンジくんと同じクラスでケンジくんにイタズラしたり、ケンジくんを遊んだりするのが趣味です!」
「もう少しまともな趣味はないのか……」
「うん? えーっと……京香っちに抱きついたり、千恵子っちにベタついたり、優梨っちと……」
「もういい、よくわかった」

 どうやら三縁にはまともな趣味がないようだ。というか、それは趣味に入るとは俺は認めない。

「じゃあ、お次! ケンジくんのお友達さん! 同じ学校かな? 先輩? それとも後輩? もしかして他校の子? いやあケンジくんモテるねえ!」
「待て待て、勝手に話を進めるな。大体、俺が他校の人とどうやって知り合えるんだよ」
「あ、そりゃそうだよね」
「えっと……吉岡実里です。優梨ちゃんのクラスメイト……って言ったらわかるかな?」
「おお、優梨っちのクラスメイトか!」

 実里はややぎこちなく自己紹介をすると、三縁は特に気にしない様子に反応する。

「確か三縁ちゃん、だよね? 優梨ちゃんから話は聞いているよ」
「ほうほう、私も噂される身になったのか。まあ、なんにせよよろしくね、実里っち……」

 と、三縁がピタリと動作を止める。

「……三縁?」
「……ちょっと待てよ。三縁と実里って……名前が似すぎじゃないか!」
「え?」
「そうだよ、中の『よ』と『の』の一文字が違うだけじゃん! そう考えると、実里っちじゃあ、ちょっと捻りがないな……」
「あ、あの……」
「ちょっと待って! 今、考えてるところだから!」

 突然考え始めた三縁を実里は不安そうに声をかけるが、三縁の鋭い返答に「あ、うん……」と返事をしながら背を縮める。

「うーん、そうだなあ……。ケンジくんは何がいいと思う?」
「いやいや、俺は別にどうでもいいんだが……」
「おや、果たして本当にそうかな? そう断言できますかな? 三縁みよりっちと実里みのりっちですぞ? 早口言葉で言ってみたらわからなくなる可能性がありますぞ?」
「むっ……」

 言われてみると確かにそうかもしれない。元々発音のリズムが似ているので、三縁と実里を間違えないとは断言できないだろう。

「というわけでケンジくんにとってどうでもいいことではないのですよ?」
「なるほど、それは大問題だな」
「流されてる! 流されてるよ、ケンジくん!」

 実里が何か言っている気がするが放っておこう。

「私的にはみのっちが一番だと思うんだけど」
「それだと、食べ物を連想するんだよな……」
「そうなんだよねー……。じゃあみーちゃんとか」
「残念ながら俺はみーちゃんだなんて呼べないし……」
「となると……吉岡の『よ』と実里の『み』を取ってよみちゃん」
「それは日本の神様を思い浮かぶしなあ」
「うーん、なかなか難しいねえ」
「ああ、困ったもんだな」
「あの……二人とも? そんなに真剣に考えなくても……」

 さて、どうしたものか。
 と、三縁が何か思いついたようにはっとして、ポケットからメモを取り出すと、すらすらとシャーペンを走らせていく。

実里みのりちゃんって漢字で書くと実里みさととも読めるよね」
「……言われてみれば、確かにそうだな」
「つまり、みさとっちでいいんじゃないかな?」
「なるほど、みさと……か。それなら混乱しなくていいな」
「よし、じゃあ決定! よろしくねみさとっち!」
「私としては全然よろしくないよ!? 名前が勝手に改変されているし!」

 声を荒げる実里――もといみさとに、俺はポンと肩を置く。
 うん、急に呼び方を変えると少し変な感じがするが……そこは馴れだ。
 前に京香の事を苗字で呼んでたこともあったしな。

「静かにしろみさと。ここはカフェテリアだけど、一応図書館内なんだからな」
「うっ……!」

 みさとはどこか納得出来ないような顔をしながらも、渋々と口を閉じる。

「それでみさとっちはどうして図書館に来たの? ケンジくんと同じで、読書感想文の本を探しに?」
「うん、まあそれもあるんだけど……」

 とみさとはチラリと俺の方を見て、やや躊躇いがちに俯く。

「……? けど、どうしたんだ?」
「う、うぅん……その……」
「……もし、話しにくいことなら無理に言わなくていいよみさとっち」

 どこか言いにくそうにするみさとを察したのか、三縁は優しく言う。
 みさとは「少し待って」と一言だけ言うと、自分を落ち着かせるかのように目を閉じる。
 ……何か、様子がおかしい。いや、もう明らかにおかしいのであるが、とりあえず自分に再確認させるかのように俺は考える。
 確か俺が読書好きだという話から、みさとの態度は変わったような気がする。
 何か感じたところがあるが、確信できるわけでもない――そんな感じに。
 みさとは静かに深呼吸した後、ゆっくりと目を開けて俺たちの方を見る。

「……それもあるんだけど、他にも目的はあるんだ」
「他の目的?」
「うん。……ケンジくん」

 と、みさとは何か探るような目で俺を見る。

「私たち……どこかで会ったことない、かな?」
「おおっ!? 今、目の前でマンガのようなラブコメ展開が!?」
「……とりあえず期待に応えられず悪いが……何も思い出せねえんだ、過去のことは」

 それは、俺がみさとの顔を再度確認して目を瞑って考えた結果だった。
 何か思い出すようなことはあるだろうかと記憶の隅を探ってみたのだが、結果としては申し訳ないことに何も思い出せない。

「そっか……まあ、記憶消失だってことは聞いていたけど……やっぱり思い出せないか」
「みさとっちは昔にケンジくんと会った覚えがあるの?」
「……うーん、曖昧なんだよね」

 と質問した三縁にみさとは、悩ましげにこめかみ辺りをグリグリと抑えながらも淡々と話しだした。

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