魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
夏休みといえば:友人の家へ遊びに行く2
三人が病院へ向かいに、車から出て行き、俺はそのまま待機する事になった、のだが……。
「…………」
車の中で待機すること十分程度。暇だ。
運転手がいるから声に出さないが、あまりにも暇すぎるのだ。
まあそんな事言っても仕方がないことなので、俺は何気なく窓から見える街を眺めることにする。
丁度、窓からは楽しそうに買い物をする親子連れが見えた。
「両親……ねえ」
ふと、自分の両親はどんな人達だったのだろうと思う。
記憶がないので両親の顔はおろか、名前すら思い出せない。
更にもう既に死んでいるらしいので、聞きたいことも聞けなくて困っていたりするのだ。
その聞きたいことというのは――過去の俺の事。
過去の俺が――どんな子だったのだろうか。
過去の俺に――何があったのだろうか。
過去の俺は――魔力があったのだろうか。
「……ん?」
ふと車の中に視線を戻してみてみると、運転手が窓越しで誰かと話している様子が見えた。
そして間もなくリムジンのドアが開いて、誰かが乗り込んでくる。
「お邪魔するよ、ケンジくん」
「り、理事長っ?」
俺は突然現れた理事長に素っ頓狂な声をあげてしまう。
桟橋学園宮代瑠美絵理事長。見た目は完全に十歳の緑髪少女なのだが、あの学園長の先輩らしいので実際は三十を超えているようである。
で、この理事長こそが記憶がない俺を桟橋学園へ入らないかと言った本人らしいが――正直、この人の考えていることはいまいちわからない。
何かを見透かしているような――わざとそういう風に動かしているような行動が多い人なのだ。
「いや、『たまたま』そこを通りかかったものだから挨拶でもしようかと」
「……そうですか」
『たまたま』というワードに若干の違和感を感じたが、特に気にしないことにする。
「今は――優梨ちゃん達が定期検査しているところなんだね」
「ええ、俺には魔力がないんで関係ない話ですが」
「おや、そんな風に言わなくてもいいのに。そんなに自分に魔力がないことを気にしているのかい?」
理事長は依然とニコニコしたままで表情を変えない。
「いや、気にする気にしない以前におかしいじゃないですか。世界中で俺だけが魔力を持ってないなんておかしいでしょう?」
「うん、まあそうだね。それはおかしい事だろうね」
「だったら――」
「でも、それはどっちがおかしいんだろうね?」
「……え?」
「ふふ、何でもないよ。君にはまだ早い話だ」
「は、はあ……」
「そう……十八歳未満の君にはまだ早い話だ」
「十八禁!?」
何だ、一体どんな話だというんだ。
「と、冗談はさておき、本題に入るとしようか」
「……本題?」
たまたま通りかかっただけというのに、俺に用があったのだろうか……?
いや、今はそんなことはどうでもいいか。それよりも理事長の話だ。
「志野ケンジくん――君は過去の自分のことを知りたい、そう思っているね?」
「……ええ、まあ。でもそれがわから――」
「それなら近所の図書館に行くといいよ」
「は?」
「近所っていうのは三縁ちゃんの家の近く――うん、市民図書館っていうのがあるはずだ。明日、そこに行けば君の過去が一部だけだけど、わかると思うよ」
「そ、それってどういう」
「おっと、少し喋りすぎたね。私はこれで失礼するよ。じゃあ、また二学期の学校で」
俺が質問する前に理事長は片手をあげて、そそくさと車から出て行った。
俺はしばらく思考が停止したままだったが、理事長が言った言葉を思いだす。
――明日、市民図書館に行けば自分の過去が一部わかる。
これは信用していい話なのだろうか。
いや、そもそも何の情報も持ってないのだから、これは行ってみるべきなのだろうか。
どうにも、何か怪しい気が――。
「お待たせしました!」
と、考え込んでいる俺にそんな声が聞こえてくる。
顔を上げると優梨達が車に帰ってきていた。
「もう終わりましたので大丈夫です――どうかしましたか?」
「ん、いや……何でもない」
少し考え込んでいたせいだろうか、俺の顔を見るなり優梨が不思議そうに俺を見てきた。
「そうですか、じゃあ私の家に出発しましょう。右舷さん、お願いします」
「かしこまりました」
と優梨が声をかけると、運転手が静かに車を走らせ始めた。
それにしても……さっきの理事長の言葉が気になる。
――でも、それはどっちがおかしいんだろうね?
そのセリフがどんな意味で言っているのか、よくわからない。
ただ、それでもわかることはある。
あの人は何か知っているのだ。
俺が魔力を失った理由を。
俺の過去を。
ただ、それはまだ話すべき時ではないのか、それについてちらつかせるだけで何も語ろうとはしないのだ。
理事長はどこまで知っているのだろう。
そして、それはいつか俺に話す時が来るのだろうか。
その時、俺は――何を知るのだろうか。
俺は……。
* * *
「着きました、ここが私の家ですよ!」
と優梨が言うので、ふと窓を見てみる。
京香の反応を見る限り、相当大きいのだろう。
とそこに見えたのは――。
ただの真っ白い塀があるだけだった。
「ああ、なるほど……」
優梨の家は和風なのか。
しかも、この塀は結構続いているらしく、かなりの大きさになのだろう。
確かにこれはお金持ちだな。……でも、京香の反応とは若干の違和感がある。
もっと凄いものだと思ったのだが。
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて終わりが見えない。
「へえ、これが優梨の家か」
「でも見えるのはまだ塀だけですけどね。えへへ」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて終わりが見えない。
「優梨っちの家って和風なんだね。ザ・ジャパニーズハウスって感じだね!」
「よく外国から来たお客さんからも同じような事を言われますね」
「へえ、外国からお客さんが来るんだ……」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
「っていうか、何で京香には普通って言ったんだ? お前も自分の家が大きいってことぐらいわかるだろ? 箱入り娘じゃあるまいし」
「あれは……普通に接して欲しかったのでつい……」
「そのついついの行動で、のこのことやってきた私の身にもなりなさいよ……」
「えっ、京香ちゃん、亀さんでも持ってきたんですか?」
「『のこのこと』ってそういう意味じゃないからね!?」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
「そういえば布団を借りるってことになってるが……大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ! うちは沢山持っているので一つくらいどうってことありません! なんなら部屋ごと貸しますよ?」
「いや、それは遠慮しておくよ……」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
…………。
ふと窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
……………………。
ふと窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が――
「ちょっと待て!?どこまで続いてるんだこの塀は!?」
さっきから塀がエンドレスに続いていて、全く終わりが見えないんだが!
「ええと、家の周囲は42.195キロメートルです」
「フルマラソン!?」
「おお、よくわかりましたね! そうです、東京フルマラソンは毎年私の家を一周するんですよ」
「しかも冗談じゃなかった!」
本当に周囲が42.195キロメートルあるのか!
「ね、言った通りでしょう? 普通じゃないって」
「普通じゃないどころじゃねえよ、これ。ありえねえだろ……」
こんなの何も知らないで来たら発狂するぞ。
「あと二、三分で門に到着しますよ」
「いやいや、自分の家の角から門まで車で三分以上かかるって……。これ、お客さんが来たとき、お客さんが大変だろ?」
「えっ、お客さんにそんなご無礼できませんよ。私たちから迎えにあがりますから」
「…………」
どうやら住んでいる次元が違いすぎたようだ……。
* * *
二、三分後。やがて大きな門が見えた。
いやいや。
なんだこの馬鹿でかい門は。もう家じゃないだろこれ。
運転手が門番であろう人に何事か言うと、門が勝手に開く。
「へえ、門に魔法がかかってるんだ」
と、三縁が門を見ながら感心する。なるほど、人力だと重すぎて開閉出来ないのか。
俺達を乗せた車は静かに中へと入っていく。
「おぉ……」
と中に入った途端、目の前に広がった風景に俺は思わず声を上げてしまった。
目の前には歴史を感じるような建築物が延々と続いていき、白い石――名前は忘れた――で均されている庭は絶景だった。
それはもはや文化遺産に登録されるべきではないのだろうかと思うほどだ。
……いや、これは京香が戸惑うのも無理はない。こんなところではしゃげる人なんてよっぽどの肝が据わっている人しかいないだろう。
「おぉーっ、すっごいねえ優梨っちの家! ここで石蹴りしたら大変なことになりそうだね!」
「えへへ、小さい時に実際にしたら、お父様に怒られましたけどね」
「あはは、でもこういう所だと石蹴りしたら楽しそう!」
「いやいや、そんなわけないだろ!」
何を言っているんだこいつは。
「おや、ケンジくん? 何だかいつになく顔が引きつってますよ? 緊張してるの?」
「いや、俺からしたらどうして三縁がそんなに普段通りなのか、理解ができない……」
三縁はよほど肝が据わっているんだろうなあ……。
「立ち話もなんですし、中に入りましょうか」
と優梨が中へと案内してくれて、俺達は中へと入る。
見たこともないような巨大な玄関でお出迎えしてくれた後、お手伝いらしき人たちが和服姿でずらりと並んで一斉にお辞儀してくれた。
続いて赤い絨毯が敷いてある道が続いていき、部屋の出入り口らしき障子がいくつも見える。
「なんていうか……すごいな」
何も知らずにここを見れば旅館にしか見えないだろう。
「私の部屋はここですよ」
と、優梨はどんどん進んでいった先の、一つの障子を開く。
部屋の中はかなりの広さで、学校の教室の二倍ぐらいの広さである。
そして中はちゃぶ台があり、タンスや座布団などもいくつか置いてあって、綺麗に整頓されている。
「へえ、ここが優梨の部屋か……」
「あの……特に面白みのない部屋で、すみません」
「ん? いや、別に面白みがあるない関係ないと思うし、十分に楽しいというかつまらなくはないな」
こういう和室は俺は好きだし。
「いえ、やっぱりウケ狙いでお姫様ベッドを買っておくべきでした!」
「随分と大掛かりなウケ狙いだな」
「そしてケンジくんに『お前、この部屋の天井は低いのに、お姫様ベッドを置くのはおかしいだろ!』というツッコミ待ちをするべきでした!」
「しかもツッこむ場所がそこなんだ……」
それ以前におかしい点はいくつもあるだろ。
「あっ、でも京香ちゃんは私の部屋を気に入ってくれたんですよ!」
「そうなのか?」
「はい、昨晩京香ちゃんが枕片手に涙目になりながらこっちで一緒に寝たいって――」
「ストォォォップ!」
と、優梨が話しているところに、顔を真っ赤にして割って入ってくる京香。
「京香、お前……」
「ちょっ、ケンジ! 誤解するんじゃないわよ!」
「大丈夫です、京香ちゃん。一人で寝るのが怖いのなんて、誰だってあることです」
「優梨、話がややこしくなるからあんたは黙っていなさい!」
「そうだぞ、別に恥ずがることはないんだぞ?」
「あんたはとりあえず私の話を聞け!」
ちょっと面白いのでもっといじりたいところだが、京香が興奮の余りに火の魔法を出しかけないので俺は大人しく京香の言い分を聞く。
「ケンジ、少し目を瞑って想像しなさい」
「? なんでだ?」
「いいから!」
「お、おう」
とりあえず京香の言われた通りに目を瞑る。
「まず、あんたはこの部屋と同じくらいの大きさの部屋を寝室に用意されます」
「ふむふむ」
「ただ、家具は端にタンスが一つとちゃぶ台、座布団だけです」
教室の二倍くらいの広さだけど、あるのはそれだけ。なんとも寂しい部屋だな。
「そこに自分が寝る用の布団が一枚敷かれて、就寝することにします」
「ほうほう」
「そしてしばらくしないうちに辺りが真っ暗になって――」
「……ふーん」
なるほど、もしかして京香は幽霊が苦手なのだろうか。どうせ誰一人いない空間で何か出そうで怖かったとか、そういう感じだろう。お化けが怖いって、京香も案外可愛いところが――。
「――真っ暗になって、それ以降一切何の音がしないのよ」
「…………」
「自分一人しかいなくて後は特に何もない、ただ無駄に広い空間に、もうここにいるのは自分しかいないのではないかと思わせるように音が何も聞こえないの」
「こええええ!」
俺は勢いよく目を見開いた。
「そうでしょ、そうでしょ!? 本当に怖いのよ!」
「それは確かに怖いな……」
「だから昨日は優梨の所に行ったのよ」
「な、なるほど……」
「そういう事。優梨もわかった?」
「なるほど、つまり一人で寝るのが怖かったという事ですね」
「あんたは人の話を聞いてたのか!」
わざとなのか、本当なのかイマイチ理解できてない優梨にツッコミを入れる京香。
「ケンジくん、ケンジくん!」
「ん?」
ふと三縁の声がした方を見てみると、三縁はちゃぶ台にあったお客用だろう、複数の湯呑みをピラミッド状に積んでいた。
「すごいでしょ!」
「お前は何をしているんだ……」
さっきからやけに静かだなと思ったら、こんな事をやっていたのか。
と、呆れている俺に対して優梨は目を輝かせていた。
「す、すごいです三縁ちゃん! 是非に私にも作れるよう、教えてください!」
「いいよー!」
いや、これが出来たところで何かの役に立つとは思えないんだけどな……。
「お忙しいところすみません、お嬢様」
と、突然出入り口付近からお手伝いさんであろう人の声が聞こえる。
「あ、中へどうぞ!」
「失礼します」
と、障子が開き、お手伝いさんの女性に優梨が近づいていく。
そして二人は小声で何事か話した後、優梨は俺の方を見る。
「……ケンジくん、ちょっといいですか?」
「ん? 俺か?」
どうして俺が呼ばれたのか全く理解できないが、とりあえず優梨の方へ行く。
「どうした?」
「その……ケンジくんに会いたい人がいるので、ちょっと私と一緒に来て貰えますか?」
「会いたい人?」
俺に会いたいって、一体どんな人だ?
と、優梨は少し言いづらそうにしながらも告げる。
「……その、私のお父様……なんですけど」
「…………」
車の中で待機すること十分程度。暇だ。
運転手がいるから声に出さないが、あまりにも暇すぎるのだ。
まあそんな事言っても仕方がないことなので、俺は何気なく窓から見える街を眺めることにする。
丁度、窓からは楽しそうに買い物をする親子連れが見えた。
「両親……ねえ」
ふと、自分の両親はどんな人達だったのだろうと思う。
記憶がないので両親の顔はおろか、名前すら思い出せない。
更にもう既に死んでいるらしいので、聞きたいことも聞けなくて困っていたりするのだ。
その聞きたいことというのは――過去の俺の事。
過去の俺が――どんな子だったのだろうか。
過去の俺に――何があったのだろうか。
過去の俺は――魔力があったのだろうか。
「……ん?」
ふと車の中に視線を戻してみてみると、運転手が窓越しで誰かと話している様子が見えた。
そして間もなくリムジンのドアが開いて、誰かが乗り込んでくる。
「お邪魔するよ、ケンジくん」
「り、理事長っ?」
俺は突然現れた理事長に素っ頓狂な声をあげてしまう。
桟橋学園宮代瑠美絵理事長。見た目は完全に十歳の緑髪少女なのだが、あの学園長の先輩らしいので実際は三十を超えているようである。
で、この理事長こそが記憶がない俺を桟橋学園へ入らないかと言った本人らしいが――正直、この人の考えていることはいまいちわからない。
何かを見透かしているような――わざとそういう風に動かしているような行動が多い人なのだ。
「いや、『たまたま』そこを通りかかったものだから挨拶でもしようかと」
「……そうですか」
『たまたま』というワードに若干の違和感を感じたが、特に気にしないことにする。
「今は――優梨ちゃん達が定期検査しているところなんだね」
「ええ、俺には魔力がないんで関係ない話ですが」
「おや、そんな風に言わなくてもいいのに。そんなに自分に魔力がないことを気にしているのかい?」
理事長は依然とニコニコしたままで表情を変えない。
「いや、気にする気にしない以前におかしいじゃないですか。世界中で俺だけが魔力を持ってないなんておかしいでしょう?」
「うん、まあそうだね。それはおかしい事だろうね」
「だったら――」
「でも、それはどっちがおかしいんだろうね?」
「……え?」
「ふふ、何でもないよ。君にはまだ早い話だ」
「は、はあ……」
「そう……十八歳未満の君にはまだ早い話だ」
「十八禁!?」
何だ、一体どんな話だというんだ。
「と、冗談はさておき、本題に入るとしようか」
「……本題?」
たまたま通りかかっただけというのに、俺に用があったのだろうか……?
いや、今はそんなことはどうでもいいか。それよりも理事長の話だ。
「志野ケンジくん――君は過去の自分のことを知りたい、そう思っているね?」
「……ええ、まあ。でもそれがわから――」
「それなら近所の図書館に行くといいよ」
「は?」
「近所っていうのは三縁ちゃんの家の近く――うん、市民図書館っていうのがあるはずだ。明日、そこに行けば君の過去が一部だけだけど、わかると思うよ」
「そ、それってどういう」
「おっと、少し喋りすぎたね。私はこれで失礼するよ。じゃあ、また二学期の学校で」
俺が質問する前に理事長は片手をあげて、そそくさと車から出て行った。
俺はしばらく思考が停止したままだったが、理事長が言った言葉を思いだす。
――明日、市民図書館に行けば自分の過去が一部わかる。
これは信用していい話なのだろうか。
いや、そもそも何の情報も持ってないのだから、これは行ってみるべきなのだろうか。
どうにも、何か怪しい気が――。
「お待たせしました!」
と、考え込んでいる俺にそんな声が聞こえてくる。
顔を上げると優梨達が車に帰ってきていた。
「もう終わりましたので大丈夫です――どうかしましたか?」
「ん、いや……何でもない」
少し考え込んでいたせいだろうか、俺の顔を見るなり優梨が不思議そうに俺を見てきた。
「そうですか、じゃあ私の家に出発しましょう。右舷さん、お願いします」
「かしこまりました」
と優梨が声をかけると、運転手が静かに車を走らせ始めた。
それにしても……さっきの理事長の言葉が気になる。
――でも、それはどっちがおかしいんだろうね?
そのセリフがどんな意味で言っているのか、よくわからない。
ただ、それでもわかることはある。
あの人は何か知っているのだ。
俺が魔力を失った理由を。
俺の過去を。
ただ、それはまだ話すべき時ではないのか、それについてちらつかせるだけで何も語ろうとはしないのだ。
理事長はどこまで知っているのだろう。
そして、それはいつか俺に話す時が来るのだろうか。
その時、俺は――何を知るのだろうか。
俺は……。
* * *
「着きました、ここが私の家ですよ!」
と優梨が言うので、ふと窓を見てみる。
京香の反応を見る限り、相当大きいのだろう。
とそこに見えたのは――。
ただの真っ白い塀があるだけだった。
「ああ、なるほど……」
優梨の家は和風なのか。
しかも、この塀は結構続いているらしく、かなりの大きさになのだろう。
確かにこれはお金持ちだな。……でも、京香の反応とは若干の違和感がある。
もっと凄いものだと思ったのだが。
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて終わりが見えない。
「へえ、これが優梨の家か」
「でも見えるのはまだ塀だけですけどね。えへへ」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて終わりが見えない。
「優梨っちの家って和風なんだね。ザ・ジャパニーズハウスって感じだね!」
「よく外国から来たお客さんからも同じような事を言われますね」
「へえ、外国からお客さんが来るんだ……」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
「っていうか、何で京香には普通って言ったんだ? お前も自分の家が大きいってことぐらいわかるだろ? 箱入り娘じゃあるまいし」
「あれは……普通に接して欲しかったのでつい……」
「そのついついの行動で、のこのことやってきた私の身にもなりなさいよ……」
「えっ、京香ちゃん、亀さんでも持ってきたんですか?」
「『のこのこと』ってそういう意味じゃないからね!?」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
「そういえば布団を借りるってことになってるが……大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ! うちは沢山持っているので一つくらいどうってことありません! なんなら部屋ごと貸しますよ?」
「いや、それは遠慮しておくよ……」
ふと、窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
…………。
ふと窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が続いていて、終わりが見えない。
……………………。
ふと窓を見てみる。
まだ真っ白い塀が――
「ちょっと待て!?どこまで続いてるんだこの塀は!?」
さっきから塀がエンドレスに続いていて、全く終わりが見えないんだが!
「ええと、家の周囲は42.195キロメートルです」
「フルマラソン!?」
「おお、よくわかりましたね! そうです、東京フルマラソンは毎年私の家を一周するんですよ」
「しかも冗談じゃなかった!」
本当に周囲が42.195キロメートルあるのか!
「ね、言った通りでしょう? 普通じゃないって」
「普通じゃないどころじゃねえよ、これ。ありえねえだろ……」
こんなの何も知らないで来たら発狂するぞ。
「あと二、三分で門に到着しますよ」
「いやいや、自分の家の角から門まで車で三分以上かかるって……。これ、お客さんが来たとき、お客さんが大変だろ?」
「えっ、お客さんにそんなご無礼できませんよ。私たちから迎えにあがりますから」
「…………」
どうやら住んでいる次元が違いすぎたようだ……。
* * *
二、三分後。やがて大きな門が見えた。
いやいや。
なんだこの馬鹿でかい門は。もう家じゃないだろこれ。
運転手が門番であろう人に何事か言うと、門が勝手に開く。
「へえ、門に魔法がかかってるんだ」
と、三縁が門を見ながら感心する。なるほど、人力だと重すぎて開閉出来ないのか。
俺達を乗せた車は静かに中へと入っていく。
「おぉ……」
と中に入った途端、目の前に広がった風景に俺は思わず声を上げてしまった。
目の前には歴史を感じるような建築物が延々と続いていき、白い石――名前は忘れた――で均されている庭は絶景だった。
それはもはや文化遺産に登録されるべきではないのだろうかと思うほどだ。
……いや、これは京香が戸惑うのも無理はない。こんなところではしゃげる人なんてよっぽどの肝が据わっている人しかいないだろう。
「おぉーっ、すっごいねえ優梨っちの家! ここで石蹴りしたら大変なことになりそうだね!」
「えへへ、小さい時に実際にしたら、お父様に怒られましたけどね」
「あはは、でもこういう所だと石蹴りしたら楽しそう!」
「いやいや、そんなわけないだろ!」
何を言っているんだこいつは。
「おや、ケンジくん? 何だかいつになく顔が引きつってますよ? 緊張してるの?」
「いや、俺からしたらどうして三縁がそんなに普段通りなのか、理解ができない……」
三縁はよほど肝が据わっているんだろうなあ……。
「立ち話もなんですし、中に入りましょうか」
と優梨が中へと案内してくれて、俺達は中へと入る。
見たこともないような巨大な玄関でお出迎えしてくれた後、お手伝いらしき人たちが和服姿でずらりと並んで一斉にお辞儀してくれた。
続いて赤い絨毯が敷いてある道が続いていき、部屋の出入り口らしき障子がいくつも見える。
「なんていうか……すごいな」
何も知らずにここを見れば旅館にしか見えないだろう。
「私の部屋はここですよ」
と、優梨はどんどん進んでいった先の、一つの障子を開く。
部屋の中はかなりの広さで、学校の教室の二倍ぐらいの広さである。
そして中はちゃぶ台があり、タンスや座布団などもいくつか置いてあって、綺麗に整頓されている。
「へえ、ここが優梨の部屋か……」
「あの……特に面白みのない部屋で、すみません」
「ん? いや、別に面白みがあるない関係ないと思うし、十分に楽しいというかつまらなくはないな」
こういう和室は俺は好きだし。
「いえ、やっぱりウケ狙いでお姫様ベッドを買っておくべきでした!」
「随分と大掛かりなウケ狙いだな」
「そしてケンジくんに『お前、この部屋の天井は低いのに、お姫様ベッドを置くのはおかしいだろ!』というツッコミ待ちをするべきでした!」
「しかもツッこむ場所がそこなんだ……」
それ以前におかしい点はいくつもあるだろ。
「あっ、でも京香ちゃんは私の部屋を気に入ってくれたんですよ!」
「そうなのか?」
「はい、昨晩京香ちゃんが枕片手に涙目になりながらこっちで一緒に寝たいって――」
「ストォォォップ!」
と、優梨が話しているところに、顔を真っ赤にして割って入ってくる京香。
「京香、お前……」
「ちょっ、ケンジ! 誤解するんじゃないわよ!」
「大丈夫です、京香ちゃん。一人で寝るのが怖いのなんて、誰だってあることです」
「優梨、話がややこしくなるからあんたは黙っていなさい!」
「そうだぞ、別に恥ずがることはないんだぞ?」
「あんたはとりあえず私の話を聞け!」
ちょっと面白いのでもっといじりたいところだが、京香が興奮の余りに火の魔法を出しかけないので俺は大人しく京香の言い分を聞く。
「ケンジ、少し目を瞑って想像しなさい」
「? なんでだ?」
「いいから!」
「お、おう」
とりあえず京香の言われた通りに目を瞑る。
「まず、あんたはこの部屋と同じくらいの大きさの部屋を寝室に用意されます」
「ふむふむ」
「ただ、家具は端にタンスが一つとちゃぶ台、座布団だけです」
教室の二倍くらいの広さだけど、あるのはそれだけ。なんとも寂しい部屋だな。
「そこに自分が寝る用の布団が一枚敷かれて、就寝することにします」
「ほうほう」
「そしてしばらくしないうちに辺りが真っ暗になって――」
「……ふーん」
なるほど、もしかして京香は幽霊が苦手なのだろうか。どうせ誰一人いない空間で何か出そうで怖かったとか、そういう感じだろう。お化けが怖いって、京香も案外可愛いところが――。
「――真っ暗になって、それ以降一切何の音がしないのよ」
「…………」
「自分一人しかいなくて後は特に何もない、ただ無駄に広い空間に、もうここにいるのは自分しかいないのではないかと思わせるように音が何も聞こえないの」
「こええええ!」
俺は勢いよく目を見開いた。
「そうでしょ、そうでしょ!? 本当に怖いのよ!」
「それは確かに怖いな……」
「だから昨日は優梨の所に行ったのよ」
「な、なるほど……」
「そういう事。優梨もわかった?」
「なるほど、つまり一人で寝るのが怖かったという事ですね」
「あんたは人の話を聞いてたのか!」
わざとなのか、本当なのかイマイチ理解できてない優梨にツッコミを入れる京香。
「ケンジくん、ケンジくん!」
「ん?」
ふと三縁の声がした方を見てみると、三縁はちゃぶ台にあったお客用だろう、複数の湯呑みをピラミッド状に積んでいた。
「すごいでしょ!」
「お前は何をしているんだ……」
さっきからやけに静かだなと思ったら、こんな事をやっていたのか。
と、呆れている俺に対して優梨は目を輝かせていた。
「す、すごいです三縁ちゃん! 是非に私にも作れるよう、教えてください!」
「いいよー!」
いや、これが出来たところで何かの役に立つとは思えないんだけどな……。
「お忙しいところすみません、お嬢様」
と、突然出入り口付近からお手伝いさんであろう人の声が聞こえる。
「あ、中へどうぞ!」
「失礼します」
と、障子が開き、お手伝いさんの女性に優梨が近づいていく。
そして二人は小声で何事か話した後、優梨は俺の方を見る。
「……ケンジくん、ちょっといいですか?」
「ん? 俺か?」
どうして俺が呼ばれたのか全く理解できないが、とりあえず優梨の方へ行く。
「どうした?」
「その……ケンジくんに会いたい人がいるので、ちょっと私と一緒に来て貰えますか?」
「会いたい人?」
俺に会いたいって、一体どんな人だ?
と、優梨は少し言いづらそうにしながらも告げる。
「……その、私のお父様……なんですけど」
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