魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:友人の家へ遊びに行く1

「ケンジくん、起きて! 朝だよ!」
「うぅん……」

 と、三縁の元気な声がすぐ傍で聞こえて俺は閉じていた瞳をうすらうすらと開く。
 窓は既に明るくなっていて、三縁は半袖短パンの格好に着替えていた。

「おはよう、三縁……」
「おはようケンジくん! さあ朝のランニングに行くよ!」

 ああ、そういえば昨日そんな事言ってたな……と俺はのろのろと起き上がり、自分の荷物の中から動きやすい服を取り出す。
 この服は、放課後の京香との稽古の時によく使う服――まあ所謂、動きやすい半袖短パンの服だが――であり、他に使えるのかと思っていたが……まさかこんな時に役立つとは思わなかった。
 三縁がいるこの部屋で着替えるのは当然無理なので、浴室の前にある更衣室まで移動し、即座に着替える。ついでに洗面台にて顔を洗ってすっきりさせる。

「おっ、すっきりしたねケンジくん!」
「三縁は朝からテンション高いな……」
「うん、もう慣れてるからね!」

 本当、常時元気っ子だな三縁は。
 普段はもっと遅くに起きているので、俺はまだ少しばかり眠いのが本音である。
 三縁がドアを開けて外へと出て行くので俺もそれに続く。
 外に出た途端、眩いばかりの日の光が俺の顔に直射し、思わず目を覆う。

 エレベーターを使って一階へと降りると、三縁と俺は軽く準備運動をした後、ランニングを始める。
 あくまでランニングなので、全速力ではなく、一定のペースで比較的ゆっくりと走っているといった感じだ。

「ところでなんで三縁は朝、ランニングをしてるんだ?」

 ふと、気になったのでランニング中に三縁に問いかける。

「うーん、私って元々小さい時から運動するの好きだし、なんか身体を動かしてないと落ち着かないからかな」
「ああ、そういえば体育祭でも宙返りやバク転、って綺麗にこなしてたしな」

 あれで運動神経が悪いわけではないし、ましては普段身体を動かしているようには見えない。こうしていつもランニングしているおかげだからだろうか。

「それにスタイルを維持する為でもあるし。女の子は普段から努力してるんですよ?」
「そ、そうなのか……」

 そういえば京香も「ケンジの稽古をやっていると色々いい事があるのよね」と機嫌が良さそうに呟いていた気がする。

「まあ私の場合だとそれに加えて身体を動かすの好きだし、結構走るよ。ケンジくんはついてこれるかな?」
「いや……女子に負ける程、そんなヤワな体力じゃねえよ俺も」
「じゃあ頑張ろうか42.195キロ!」
「フルマラソン!?」

 流石にそれは無理がある。

「まあそれは冗談として……いつも走るのは大体五キロくらいかな」
「へえ、結構走るな……」

 このペースで五キロだと……一時間走ってるってことか?
 すげえ体力だな。

「五キロっていうとどのくらいまで行くんだ?」
「うーん、ここの近所を大体一周ってところかな。まだここの周りを知らないケンジくんにはいいツアーになるかもね!」
「まあ、そうだな」

 ゴールデンウィークの時に優梨とここら辺を探索したことがあるんだが、あれははっきり言って迷子だからな。
 ツアーでもなんでもないぜ。

「ほらケンジくん。横横!」
「ん?」

 三縁に促されて横を見てみると、そこにはコンクリート状の巨大な壁――いや、校舎がそびえ立っていた。
 っていうか、でかすぎて奥が見えねえ。
 まあこの校舎には見覚えがあるのだが。

「桟橋学園か……」
「そうだよ! 普段何気なく過ごしてるけど、別の方向から見ると改めて大きく感じるよね!」

 言われてみれば、俺や京香達寮生は学園の中で暮らしていると例えても過言ではない。
 その為か、外で見る景色が少ないので、いざ外で見てみると……かなりの大きさだな。
 俺たちってこんなところで普段学園生活を過ごしていたのか……。

「最近、思ったけどこの大きさは異様だよね。何だか学校じゃないみたいだよね!」
「まあ、言われてみれば……例えるなら基地って感じか?」
「基地!? 変形してロボットになるの!?」
「なんで、お前の発想は基地イコールロボットなんだよ……」

 そんな特撮ものはある気がするけど。


 * * *


「ふう……今日はこれくらいにしとこうか」
「はあ……はあ…………」
「ありゃ……ケンジくん、もしかしてバテちゃった?」
「そんなっ……ことっ……」

 そんな事はない、と言いたいところだったが息切れして最後まで言えずにその場に座り込んでしまう。
 舐めてた。完全に舐めてた。
 五キロと言っても三縁が出来るから俺も大丈夫だろう――と思っていたが。
 足はガクガクだし、背中は汗だくだし、息はまだ切れたままだし……。
 正直、バテていた。

「あははダメだな少年よ、もっと鍛えなくては!」
「……くそう」

 俺は何も言い返せないまま、地面の方を向いたままで三縁の方を向くことができなかった。
 自分の体力面に少し自信があったりしたので、悔しさが少しこみ上げる。

「まあ、とりあえず朝ごはんの前にお風呂に入ろうか、ケンジくん」
「おう……そうだな」
「一緒に入る?」
「いや、それは遠慮しておく……」

 と、俺はゆっくりと立ち上がって三縁の家へと戻っていく。


 * * *


「あ、そうそう。今日は優梨ちゃんの家に遊びに行くからね」
「優梨の家?」

 汗だくだったのでそれぞれがお風呂に入った後に、トーストに目玉焼きという、実に朝食らしいメニューを食べていた時、三縁からそんな事を言われて、トーストを口へと運ぼうとする手がピタリと止まる。

「うん、ケンジくんの布団を借りに行くんだよ」
「ああ、なるほどな。ここの近くじゃないけど、俺の知り合いの中では一番近いからな」

 それに個人的に優梨の家はどんな感じなのだろうって興味があるし。

「確か優梨っちの家には京香っちが居候しているんだよね!」
「居候……まあ、そうだな」
「まあ二人してこっちに迎えに来てくれるらしいよ」
「迎えに、ねえ……」

 なんだろう、随分と気前がいいな。――いや、あの優梨の両親だし、有り得る事だ。『子は親に似る』って言うし。

「九時頃には来るらしいから早めに準備しないとねっ!」

 ふと壁時計を見てみると、時刻は既に八時半を回ろうとしていた。
 ふむ、確かに急がなくてはいけない時刻だった。
 が、急いで食べるのは体によくないと聞いたことがある。
 三縁の場合、本当に急いで食べそうだから、ここは一つ遠まわしに『急いで食べるのは体によくない』という事を三縁に伝えることにしよう。

「そうだな、のんびり朝ごはんを食っている場合じゃないが、あまり急いで食うのは体に――」
「これに加えてケンジくんは丁度今洗い終わった洗濯物を干すという作業があるからね!」
「――悪いんだが、今回は急いで食うとしようか!」

 俺は大きく口を開くと、残りのトーストを口の中へ詰め込むと咀嚼していく。

「おぉ、いい食いっぷりですねケンジくん!」

 と、三縁も同じくトーストを詰め込んでいく。
 結果、全然伝わらなかった。


 * * *


「何とか、間に合ったな……」

 あの後、急いで洗濯物を干して支度を済ますと、もうすぐ九時になりそうだったので、駆け足気味にマンションの一階へと降りていった俺と三縁。
 どうやら優梨はまだ来てないようで少しほっとする。

「今、優梨っちから連絡があって、もうすぐ着くってー」

 テレパシーで連絡を取っているであろう三縁が俺にそう伝えてきた。

「しかし、優梨んちの車か……どんな感じだろうな」
「普通に五、六人用の家族用車――だと思うけど、ここは意外や意外、ボケでまさかの二人乗り車だったり」
「いや、ボケ以前にそれだったら俺たちは乗れねえだろうが……」
「じゃあ……私たちは後ろからロープで縛られて、引きずられながら?」
「拷問かよ!」
「とりあえず、ボケをかましてきたら二人でツッコミましょうぜ!」
「いや、ボケなんてかましてくるとは思えないけどな……」
「うーん、優梨っち達が来るまでどんな車で来るのか、ちょっと想像してようか。そうだね、私は――」

 と、どんな車だろうと三縁と想像しているうちに三縁んちの車が到着する。
 結果的に言うと、俺たちが想像していたのは間違っていた。
 それはテレビでは見たことはあるが、実際には見たことがない車。

「お待たせしました、ケンジくん、三縁ちゃん! さあ、どうぞ!」
「…………」
「…………」

 運転手であろう人が丁寧にも車のドアを開けてくれて、中には満面の笑みの優梨と――。

「ケ、ケンジィ、三縁ぃ……」

 何故か涙目の京香が。
 京香の涙目姿なんて滅多に見れるものではないのだが、今はそこはどうでもいい。
 それより、目の前にある、優梨の車だ。

「……あれ、二人共どうしたんですか?」
「…………」
「…………」

 俺と三縁は無言でお互いの顔をチラリと見て頷くと、優梨に向かって声を揃えてツッコミを入れる。
 いや、向こうは決してボケているわけではないのだが――これは突っ込まざるを得なかった。
 何故ならば――。


「「お金持ちかっ!」」
「ふ、ふぇっ!?」

 ――何故ならば、優梨んちの車はリムジンだったのだから。


 * * *


「まさかのお金持ちだったのか、優梨……」
「まあ、そんな感じだったり……あっ、あんまりそういう風に言われるのは好きじゃないです……」
「す、すまない……」

 リムジンの中。俺は緊張しながらも乗ってみたが……改めて広いな、リムジン。
 なんと言うのだろうか、座り心地もいいし、落ち着いてる雰囲気が逆に落ち着かない。
 ふと、優梨の服装が目に入る。薄ピンクのTシャツに青いミニスカート。……うん、普通だ。とてもお金持ちって感じには見えないぞ。

「前に、優梨に『優梨の家ってどんな感じなの?』って聞いた時、『普通です』なんて答えたもんだからてっきり言葉通りだと思ってたけど……普通じゃなかったのよ」

 と、若干涙目の京香は黄色いTシャツの短パンである。
 確かに普通の家だと思ったらお金持ちだったら……俺も何だか泣きたくなるだろう。

「ケンジくんたちはどんな感じですか?」
「そりゃもう! 相性バッチリだよね、ケンジくん!」
「あ、あぁ……」

 どこを基準として相性バッチリと言ったのかよくわからないが、まあ悪くもないので俺は頷く。

「私がお姉さんでケンジくんが弟という感じで」
「基準はそこかよ! しかもそこはバッチリじゃねえよ!」
「今朝、私に体力で負けたのに?」
「…………」

 別にそれで姉弟関係がはっきりするわけではないのだが、かと言って何か言うと言い訳がましく聞こえるかもしれないので、俺は黙ってしまう。

「ケンジくんのお姉さん! 何だか羨ましいですね!」

 優梨が目をキラキラさせるが、優梨はどちらかというと妹の方だと思う。

「私、お姉さんっていうのに憧れてたんです! 京香ちゃん、早速私たちもやってみましょう!」
「えっ、まあ別に構わないけど……それだと、私がお姉さん役にならない?」

 と、京香が苦笑混じりに指摘したように、俺も同じ意見である。
 だが、優梨は自信ありげな表情で続ける。

「大丈夫です、身長とおっぱいの大きさでは私の方が上です!」
「む、むむむむ胸は関係ないでしょうがあぁーっ!」

 突如として京香が顔を真っ赤にして叫びだす。……まあ、原因はわかっているんだけども。

「関係ありますよ。成長基準です!」
「さては私の体型が子供だって言いたいのね!?」
「大丈夫です、京香ちゃん! まだ成長期ですからこれから大きくなります!」
「そうだよ、京香っち! まだまだこれからだよ!」
「うっさい、出てるとこが出ているあんたらには一生縁のない話よ!」

 それはそうと、こういう話は男の俺がいない場所で話してほしいんだが……。なんか変な空気になって、話に入りにくいし。

「ところで優梨っちの家ってここからどれくらいなの?」
「そこまで遠くありませんよ? 二十分くらいの所です」

 二十分か。確かに遠くはないが近くもない距離だな。

「でも、まず私の家に行く前に病院に向かいたいんですが……それでも大丈夫でしょうか?」
「病院? なんでまた」
「そろそろ定期検査なので」
「あぁ……」

 魔力を持ってない俺には関係ない話だったからすっかり忘れていたが、『魔力暴走の防止の為の定期検査』というのが月一回義務付けられているのだ。

「三縁ちゃんもまだだったら、一緒に行きませんか?」
「うん、行く行くー! あっ、でもケンジくんは」
「まあ、俺は車の中で待っている事にするよ」

 チラリと見る三縁に、俺は別に気にしなくていいという風に愛想笑いをしながら答える。
 そういえば昨日は何もなかったので忘れてたけど、俺は世間一般で良い意味でも悪い意味でも――俺にとったら十分に悪い意味だが――目立っているから、あまり顔は出したくない。
 かと言って、俺だけ別行動というのも気が引けるので優梨の車の中でみんなが終わるまで待っている、というのが一番いいだろう。

「そう、ならいいんじゃない?」
「ごめんなさいケンジくん、すぐに済ませますので」
「じゃあとりあえず病院だね!」

 京香と三縁は特に気にした様子もなく、優梨は少し申し訳なさそうに言う。
 リムジンは俺たちを乗せて、病院へと向かっていく。

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