魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休みといえば:友人の家でお泊り

「それでは一ヶ月間の共同生活、という事で役割分担及びにルールを決めましょう!」
「おー」

 ビシッと右手を上げて元気よく宣言する三縁に、雰囲気を出すために俺はパチパチと拍手をする。

 買い物の後、昼ごはんとして三縁が得意らしい回鍋肉ホイコーローを作ってもらい、それを食べたあと(これが意外にもかなり美味しかった)のこと。
「共同生活にはルールというものが必要なんじゃないか」というふとした俺の発言から、三縁は自分の部屋からノートとシャーペンを意気揚々と持ってきて今に至る。

「まずは家事から! ケンジくんは何ができる?」
「掃除とか、洗濯とか……かな」
「はい、それじゃあ任命! ケンジくんよろしく!」
「待て待て待て!」

 早速とばかりにスラスラとノートに書いていく三縁を俺は止める。

「掃除の方は問題ないとして、洗濯の方には問題があるんだが」
「んん?」
「洗濯するっていうのは、つまり……三縁の、し、下着とかも含むって事なんだが」
「え? 何か問題でも?」
「え?」
「それもケンジくんが干してくれるんでしょ? ……別に問題ないよね?」
「いやいやいや! ほら、恥ずかしいとか……」
「え? ケンジくんが?」
「そ、それもそうだけど、そうじゃなくて三縁も恥ずかしいとか思うだろ?」
「……? ないよ?」
「……え? ないの?」
「うん、だってパンツとかブラとか恥ずかしくないし」
「そ、そうか……」

 どうやら三縁――というか俺の周りのほとんどは俺とは感性が違うらしい。
 京香は平気でパジャマ姿で俺の部屋にしょっちゅう来るし、優梨もスキンシップがやたらと多いし……。
 一番まともなのが毒舌家の豊岸というのが衝撃的だ。

「他に異論はないね? じゃあ、風呂掃除に部屋掃除、洗濯全般はケンジくんの役割、という事で!」

 とノートに書いていく三縁。

「私は料理と皿洗い……まあキッチン全般かな」

 料理方面は苦手なので、そこら辺は三縁に任せることにしよう、うん。

「役割分担はこれで大丈夫かな。じゃあ次! 家でのルールを決めましょう!」

 続いての議題に俺は再び一人で拍手。

「えー、ではまず! おうちには五時までに帰ること!」
「小学生か!」
「部活帰りでもジャージのままでいないこと!」
「中学生か!」
「学校帰りに寄り道ばっかしないこと!」
「高校生か!」
「いや、高校生だよ?」
「あ、そうか……」

 なんかハメられた気分だ。

「っていうか中学生って部活は強制的だよな。高校だと入らなくてもいいのに」
「あー、そう言われてみると、そうだねー」

 ちなみに言っておくが――まあ言うまでもないが、俺の周りのほとんどは帰宅部、つまり部活に入っていない。

「まあ、これも義務教育ってやつなのかな。中学までは強制的に学校に通わなくちゃいけないと同時に、中学までは部活も入らなくてはならないっていう」
「……え? 何言ってるのケンジくん。今の義務教育は高校までだよ?」
「え?」
「魔法が発見されてから、新たに『魔法学』っていう科目が増えたの。でも、中学生ではなく高校生から学ばせるほうが適切だ、って教育委員会が判断して2000年には義務教育が改訂されたの。『魔法というものは便利ではあるけどそれと同時に知らずに使うと危険なものである』とのことで。確かに中学生になって魔力のパラメータや基礎知識は学んできたけど、それだけじゃ駄目って事で本格的に魔法学を習う高校までが義務教育になったんだよ?」
「へ、へえ……」
「っていうか、今言った通りこの情報はもう十四年前の話だよ?」
「いや、多分、記憶がないから……」
「でも記憶がない割には色々勉強が出来てたり、一般常識も知ってるよね? それってつまり、今までの記憶全てが消えたわけじゃないでしょ?」
「…………」

 そうなのだ。
 もしそうであるのならば――この義務教育期間の事は“覚えていなくてはいけない記憶”なのだ。
 たまに自分の知っている常識と今の常識が違っていてよくみんなに指摘されることが多い。

「……ケンジくんってさ、時々変な事言うよね。千恵子っちも言ってたよ? 『彼ってなんか妙なところで常識外れなのよね。あっ、志野くんだもんね、仕方ないか』って」
「少し似てるのがむかつく!」

 っていうか、あいつは三縁にも俺の悪口を言ってるのか。

「でもケンジくんは本当に妙なところで一般常識がないよね。これも記憶がないことと関係があるのかな?」
「うーん……そうなのかな?」

 何故か自分の記憶の中の常識はとっくに過去の産物と化している事が多いのだ。
 これはどういうことなのだろうかと悩みつつも、まあそれは置いといて、と自分に自分で突っ込む。
 閑話休題。

「ルールってやつはどうする? 何時までに帰るっていうのは入れるとして他に」
「一緒にお風呂に入らない」
「当たり前だ!」
「一緒のベッドで寝ない」
「どうなったらそんな状況になるんだ!」
「一緒に食事をしない」
「……それはちょっと、酷くないか?」
「あはは、冗談だよ冗談」

 手をひらひらとさせながら三縁は笑う。

「んー、そうだなあ。やっぱり夕飯は一緒に食べたいし、夜七時には帰ってくるってことで。あっ、夏祭りとかは別だよ?」
「まあ、それが妥当だろうな」
「それと……お風呂はケンジくんからって事で」
「え、いいのか? 俺からで」
「……まだケンジくんにはわからないことか」
「?」
「あ、何でもない、何でもない。いいよ、ケンジくんからで!」
「そ、そうか。それなら遠慮はしないが……」
「うんうん。それと、朝六時に起きること! これ絶対!」
「え、何でだ?」
「私は朝六時からランニングする習性があるからなのだ」
「なるほど……」

 要は、そのランニングに付き合えということなのか。

「まあとりあえずこんな感じかな。よし、それでは早速――お昼寝タイムと行こうじゃないか」
「いや、何で急に昼寝の時間が入った」
「ケンジくん、人っていうのは睡魔には勝てないんだよ?」
「お前、眠いだけだろ」


 * * *


 少し眠かったこともあって食事するテーブルで少し昼寝をした後、夕方になったので買い物に行こうという三縁の提案により、近くのデパートへと徒歩で移動。
 と言うのも、どうやら俺の生活用品を購入するのが目的である。
 必要最低限の物は既に自分の荷物の中に入っているのだが、一応予備の為にということでいくつかの消耗品を買い物かごに入れていく。
 そうしている内に気がついたら既に夕方の六時を過ぎていたのでついでに一階の食品売り場で夕食を買っていこうという案が出て、今に至る。

「ケンジくん、夜は何がいい?」
「いや、特にこれと言って『これが食べたい』とかはないんだがな……」
「ふうむ、私が得意な回鍋肉はもう出しちゃったしなあ……あっ、そうだ」

 三縁がふと何かを思いついたようにピーマンを入れていく。何を作る気なのだろうか?

「ハンバーグにしようかと思ってね!」
「なるほどな。……ところで、なんでピーマンなんだ? それならさっき冷蔵庫に少し残ってたぞ?」
「うん! ハンバーグはハンバーグでも、ピーマンの肉詰めにするのだよ! これでピーマンが嫌いな子供でも食べられるね!」
「俺は子供なのか……」

 いや、ピーマンは嫌いじゃないから別にいいが。

 そうして買い物を済まし、荷物を持って外へと出る。
 もうすぐ七時になるというのに、まだ少し明るかった。

 三縁はニコニコとしながら俺の方を向く。

「今日は楽しかったね、ケンジくん!」
「いや、買い物をしただけだぞ……?」
「人生、楽しまなくちゃ損するよ! 日々の生活を楽しまないと!」
「三縁の人生って、本当に楽しそうだよな……」

 少し見習いたいくらいである。
 まあ、かと言って別につまらなくはなかったが。

「よし、手を繋いで帰ろう!」
「いや、両手が荷物で塞がってるし……」
「なるほど、四方八方塞がりってやつだね! それなら……」
「わっ、ちょっ! 腕を組むな! こら、やめなさい!」
「ぶー、ケンジくんのケチ……」

 三縁は渋々とした感じで俺の腕から手を離す。
 全く、これじゃ俺が兄みたいじゃねえか。


 * * *


「はい、それではいただきます!」
「いただきます」

 しばらくしてテーブルにごはんとピーマンの肉詰め、そして味噌汁が並び、俺と三縁は手を合わせる。
 俺は早速、ピーマンの肉詰めを一口もらう。

「どうかな? 口に合えばいいんだけど……」
「……うん、美味しいぞ」
「本当っ? 嬉しいっ!」

 と、本当に嬉しそうに俺の食べているところをじーっと見る三縁。……少し食べ辛いんだが。
 しかし、三縁は料理が上手いな。同い年の俺なんか何も作れないっていうのに。

「三縁はいいお嫁さんになりそうだな」
「やだケンジくん。いいお姉さん、でしょ?」
「照れる部分がどこかずれている気がするけど……まあいいか」

 俺は箸を使って、どんどん口の中へと運んでいく。

「あっ、お風呂沸かしてないんだけど……どうする? 今から沸かそうか?」
「いや、夏だしシャワーだけでいいよ」
「そっか。じゃあごはん食べ終わったら、ケンジくん入っていいよ」
「おう、ありがとな」


 * * *


 その後、夕食を食べ終えて俺は先に入っていいとのことで、俺は浴室へと入る。

 蛇口を捻って、ほどよい温度のお湯が頭から降りかかる。

「ふう……」

 俺はシャワーを浴びながら少し今日の事を振り返る。
 夏休みの生活だが、三縁のことは少し心配ではあるがまあ大丈夫だろう。
 何かと言いながら色々用意されてるし、不十分な点もそれほどない。

「まあどうにかなるか……」

 俺は一人でそんな事をつぶやいた。



「お風呂上がったぞ」

 俺はタオルを首から下げて出ると、皿洗いをしていた三縁が俺の方へと振り向く。

「うん、皿洗いはもう終わったからすぐ入るね。先に部屋に入ってていいよ」

 と、三縁がてててっと浴室の方へと向かっていく。
 部屋というと、奥の方の部屋を指すのだろう。
 俺は奥の部屋にへと入ったはいいが、特にすることがないので部屋にあるテレビをつけて、ちょうどやっていたニュースをぼーっと眺める。

 ニュースには今日起こった事件や天気予報などが延々と流されていく。

「明日も晴れるのか……」

 テレビ画面に写っている太陽のマークを俺は目を細めながら独り言をつぶやく。

「あがったよー!」

 と、後ろからそんな三縁の声が聞こえる。

「おう、じゃあそろそろ寝る……か……」

 俺は後ろを振り向き、言葉を失う。
 振り向いた先には、随分と派手な格好――所謂キャミソールというものを着ている三縁がそこにいた。
 何故か決めポーズ的な格好をしてるし。

「…………」

 何故か「どうだ!」という風な顔をしている三縁に、俺は黙って見つめる。
 何よりも目線が奪われるのが、強調するかのように胸元が大きく開かれている胸である。
 なんと言えばいいのか、考えに考えた結果、数秒後に俺の口が開く。

「優梨の方が大きいな」
「ケンジくんの変態!」

 はっ!? いや、違うんだ! どんな反応をすれば三縁にとって予想外な事なのだろうか、というのを基に考えていただけであって、決して他意はないんだ!

「いやいや、予想外だよ……。予想外過ぎて、むしろ別の意味で予想の範囲内に達してるよ……」
「意味がわからん……」

 ちなみに三縁は若干引いていた。
 いや、当然の反応だけど。

「い、いや、待ってくれ。言い訳をさせてくれ」
「ほほう、聞いてあげましょう」
「その、随分と露出している三縁の姿になんといえばベストなのかを考えた結果が……」
「ワーストな発言をしたわけだね?」
「うっ……で、でも、とりあえず冷静にさせようとして……」
「まあなんか冷静になったはなったけど……そんな発言をしたケンジくんの方は冷静とはかけ離れているよね」
「ごめんなさい」

 最早、何を言ってもダメなようで俺は素直に三縁に頭を下げる。

「本当にごめんなさい」
「いや、別にそんなに謝らなくてもいいけど……なんかビックリしちゃったよ」
「……? 何がだ?」
「ケンジくんって割と変態なんだね!」
「へんっ……!」

 屈託のない三縁の笑顔が今の俺には直視出来ない程に言葉を詰まらせた。
 っていうか、何で笑顔でそんな事を言うんだこいつは。

「いやあ、どうせケンジくんのことだから、顔を赤くするとか『そんな格好してたら風邪をひくぞ』とか、そんな反応なんだろうなあと思っていたら……優梨っちの胸の方が大きいな、と。変態か!」

 何故か一人でツッコミを入れる三縁である。
 彼女も結構混乱しているらしい。
 混乱させた張本人の俺が言うのもどうかと思うけど。

「ちなみにどうしてそんな反応を?」
「いや、優梨は何かとスキンシップが多いし、何故か夜になると京香と共に、俺の部屋にパジャマ姿でいるから……」
「違う、そこじゃないよ! というかそっちも聞き捨てならないけど! 覚えたの!? 要は優梨っちのおっぱいを見て触って覚えたって事なの!?」
「触って、は余計だ! あれは不可抗力なんだ!」
「ふうん、見たことや覚えたことは否定しないんだ」
「…………」

 三縁の視線に俺は押し黙って俯く。

「っていうか、そこじゃないんだって。どうしてケンジくんは普通に反応しなかったのかなって思って」
「……いや、それは」

 本当にわかってないような感じの三縁の質問に俺は口ごもる。

「少し混乱したというか……その……」
「……いや、正直に言って大丈夫だよ? そんな言いにくそうにしなくてもいいから。大丈夫大丈夫、怒らないよ」
「…………。……正直、可愛いなと思った」

 俺は諦めて本音を言う。
 なんというか――正直、可愛いと思った。
 京香や優梨が毎日のようにパジャマ姿で俺の部屋に来ているからもう慣れたとか、そんな事を思っていたがそんなことはなかったらしい。
 三縁のパジャマ姿――いや、これをパジャマと言っていいのかどうか、怪しいところだが――に動揺したわけである。

「……それが本音?」
「まあ……嘘偽りもない、俺の本音だ」
「ふうん……まあそんなことはどうでもいいや。早く寝よ?」
「折角、勇気を振り絞って本音を言ったのに、その冷たい反応はなんだ!?」

 三縁は特に気にしないという風にベッドへと寝転がる。

「……ん、そういえば俺は布団だよな? どこにあるんだ?」

 まさか三縁と一緒のベッドで寝るわけにはいかないので俺は三縁に問いかける。
 多分、押入れとかに用意されているのだろう。

「…………あ」

 しかし、予想していた反応とは少し違って、三縁は「しまった」という風な反応だった。

「……まさか」
「…………一人暮らしなのに、しかも自分のベッドがあるのに、布団なんて持っているわけないじゃん」

 という三縁の反応。自分の否を認めたくないのか、やや声を震わせながらつんとした態度である。

「じゃあ、仕方ないな……俺は床で寝るか」
「それは駄目だよ!」

 と、途端に三縁はガバリと起き上がり、俺を無理矢理ベッドへと連れ込む。

「お、おい……?」
「これは私のせいだし、明日には何とかするから……今日は一緒のベッドに寝よう?」
「…………そこまで言うなら」

 本当に悪いと思っているらしい三縁に、俺は了承をしてベッドへと入り込む。
 っていうかさっきから三縁の様子がおかしいな、どうしたのだろうか。

「ん? ……ああ、男の子と同居生活だなんて初めてだからね。流石の三縁っちも色々緊張していたりするんですよケンジくん」

 あはは、と少し苦笑気味に三縁が言う。
 なるほど、まあ確かにそういうのは俺も初めてだからな。実際、今日は結構緊張してたし。

「だから少しテンションがおかしくなってるだけだよ。……まあ別に、そんな問題視することでもないし、そろそろ寝よっか?」
「そうだな」

 と、三縁がリモコンを使って部屋の照明を消す。
 俺は三縁に背を向けて目を閉じる。
 当たり前だ、三縁の方を向きながらだなんて、眠れそうにない。
 まあ何も考えずにぼーっとしていればそのうち眠くなるだろう。俺はただ目を閉じて、ただ眠くなるのをじっと待つことにした。

 …………。
 …………。
 …………。

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