魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

夏休み直前

 夏休みと言えば、夏の大型連休だ。
 いや大型というより、むしろ八月イコール休みという方程式になっていると言ってもいい。
 そして夏休みならではのイベントも多い。
 夏祭り、花火、プール、海水浴、山登り、友達の家などで宿泊、虫取り……朝のラジオ体操なんかもいいかもしれない。
 キラキラと輝く太陽の下、少年少女は夏の思い出を作っていく。


 そんな夏休みを残すところ数日で迎えようとしていた七月下旬。
 俺は必死に同じクラスメイトの秋原三縁に頭を下げていた。

「お願いがある」
「ど、どうしたのケンジくん?」

 いつも天真爛漫な三縁も突然の事に慌てている。
 まあ、確かに理由もわからずに頭を下げられても何事かと思うだろう。
 うん、それならば要件を言えばいいのだ。
 俺は尚も地面に視線を向けたまま、しかしながらちゃんと聞こえるように息を大きく吸い、声をいつもより少し大きくして言う。


「――俺を夏休みの間、三縁の家に泊めてくれ!」

『…………』

 訪れるのはシンッとした沈黙。――沈黙?
 どうやら俺の声は教室内に響いたらしく、みんなこっちを凝視していた。
 みんな驚きの表情を隠せないような、そんな顔をしながら。

 さて、目の前にいる三縁はというと――。
 う、うわあ。めっちゃ目を丸くしてるし。
 なんか「円と楕円だけで人の顔を描きなさい」って言われて頑張って描いたような、そんな顔をしている。

「…………」

 しばらくその表情のまま、三縁はフリーズしていて……。

「え――えええええええええええぇぇぇぇぇ!?」

 彼女が驚愕した声は教室内に響く。

「志野を捕まえろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 と、続いて聞こえたのはそんな男子の大声。それと同時にクラスメイトのほとんどの男子が一斉に俺を捉える。

「覚悟はいいな、志野?」
「今日という今日は絶対許さねえ……!」
「自分の言った事を後悔するがいい……!」

「ちょ、ストップストップ! これには事情があるんだ!」

 俺は慌てて弁明しようとする。

「ほう、事情だと? いいだろう、言ってみろ」
「実は……」


 * * *


「じょ、女子寮を夏休みの間、工事するっ?」
「そうらしいわね」

 と、俺は寮の掲示板を見て思わず素っ頓狂な声をあげ、隣にいた京香は特に興味がなさそうにしていた。

「えっとつまり、夏休みの間ここは使えないって事なのか……?」
「まあそういう事になるわね」

 なるほど、つまり俺は夏休みの間はここで寝泊りできないと――ちょっと待て!

「それは困るんだが……俺、自分の家とか分からないし……両親は死んでるみたいだし」
「分からないというより、ないんじゃなかったっけ、確か」
「ああ、そうだったな……」

 詳しくはよくわからないが……前に調べてみたところ、住民票に書かれている俺の住所は既に空き地となっていた。

「まあその事よくわからないが……わかっているのは俺の居場所がここしかない、って事なんだが?」
「うん、それは私も知ってるわ」
「ここが使えなくなると、俺はどこで夏休みを過ごせばいいんだ……?」
「さあ?」

 これは困った。俺はどこで過ごせばいいんだろう。
 あ、そうだ。

「なあ京香。という事は京香も実家に戻るって事なんだろ? だったら――」
「残念。お盆以外は優梨の家に泊めさせてもらう事になっているの。ここからそんなに遠くないし、何より実家にはあんまり居たくないし……」

 と、京香は少し嫌そうな顔をする。……ああ、そっか。
 家族間には別に問題ない京香だが、周りとの関係は上手くやってないんだっけ。

「うーん、それなら仕方ないか……」

 京香が無理なら優梨に頼もうかと思っていたけど……既に先客がいるようだ。
 いや、優梨なら構わないと言ってくれるかもしれない。でも、俺はなんとなく悪い気がするので、遠慮する事にしよう。

「後は豊岸とか」
「お断りよ」

 と、いきなり後ろから声が聞こえ、振り返ってみると、そこにはいつの間にか豊岸がいた。

「いや、そこを何とか……」
「ふむ、まあ私の環境的には大丈夫なんだけど、私の心情的には全く大丈夫じゃないわ」
「大丈夫じゃないのか……」

 そこを何とかしてもらいたいんだが。

「なら、こうしましょう。他の人も頼ってみてそれでも駄目だったら仕方なく、本当に仕方なく私の家に泊めてあげるわ」
「……わかったよ」

 まあとりあえず保険は出来たって事か。俺は少し安心する。

「じゃあ……あ、シュウとかは大丈夫かな?」
「ん? お兄ちゃんが、どうかしたの?」

 と、そんな俺に気がついたある女子がこっちにやってくる。
 白髪のサイドテールの少女――大崎シュウの妹、リンだ。

 リンも女子寮で暮らしているのか――と思いつつも、そりゃ兄貴シュウが男子寮にいるんだから当然だよな。

「えっと、色々と事情があって、夏休みの間泊めてくれる人を……」
「あー……私は別にいいしお兄ちゃんも歓迎すると思うけど、海外だよ?」
「か、海外?」
「海外に行くには……パスポートが必要ね」
「もし志野くんが今から急いでパスポートを作る手続きをしたとしても、二週間はかかるから間に合わないでしょうね」

 ということはシュウの所も駄目なのか。
 っていうかシュウは夏休みは海外にいるのか。なんか羨ましいな、おい。

「じゃあ、他にお願い出来る人と言えば……」


 * * *


「……という事で、三縁に頼んだんだ」
「……なるほどな」

 と、俺の話を男子はうんうんと腕を組みながら聞いてくれる。
 そして、俺に疑問を投げかける。

「それなら何故男子寮に移るという手もあるぞ? 例えば大崎は海外に行くんだろ? その大崎の部屋を夏休みの間だけ借りれば解決する事だろ」

 と不思議そうな男子に俺はありのままに、正直に答える。

「ああ、そういう手もあったか。忘れていた」
「貴様は極刑だ!」

 という指示と共に男子たちがわらわらと動く。

「ちょ、ちょっと待て! どうしてそうなる!」
「志野……貴様という奴は男子より女子を選んだ、という訳だな!?」
「この女たらしめ!」
「お前みたいな奴がいるから俺らが孤独なんだ!」
「罰を受けろ!」
「じゃ、じゃあ!」

 俺は別の提案をする。

「今から変えればいいんだろ? 夏休みの間、三縁の家じゃなくてシュウの部屋を借りる! それで穏便に済むか?」
「まあ、それなら……」

 と、他の男子も周りを見回す。俺を拘束していた手も次々と離していく。
 よ、よし、これなら極刑にならずに済みそうだ。……いや、極刑って何をするつもりだったのだ、こいつらは。
 まあとりあえず、何とかなったみたいだな。異議を申し出る人なんて誰も――

「異議ありぃ!!」

 ――いたよ。細っこい手をピシッと伸ばす、ツインテールの少女が。

「ケンジくんは先に私にお願いしたんだよね?」
「ま、まあ、そうだな」
「それに対して、私はまだ返事してないよね?」
「うん、そうだけど……」
「それなら、優先されるのは私の方だよね?」
「えっ、それは……」
「うん、じゃあ決定! ケンジくん、夏休みの間は私の家で寝泊りしていいよ!」

 ニコニコとした表情で宣言する三縁。

「……ちなみに、拒否権は?」
「ないよ!」
「ですよねー……」

 そんなニコニコとした笑顔で言われても、俺は困るだけなんだけどな。

「……志野」
「……な、なんだ」

 と背後から聞こえてくるのは地獄から響くような静かな声。

「……やはり貴様には裁きがひつよ――」
「じゃあそういう事で!」

 と、相手が言い終わらないうちに俺は咄嗟に教室のドアに駆け出し、逃げ出す。

「逃がすなあああ! 志野を捉えろおおおおおおおおおおおおおおお!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 そんな叫び声を背にして俺は必死に廊下を駆け出していく。


 こうして、俺は夏休みの間、秋原家にお邪魔することになったのだ。


 * * *


「……という事があったんだ」
「……いや、そんな事を僕に言われてもね」

 と、目の前にいる学園長――遊楽太一郎は困ったように俺を見る。

「大体、学園長室は君の鬼ごっこの隠れ場所じゃないんだよ?」
「いや、ここならバレないんだよ。誰もここに逃げ込むなんて普通思わないだろ?」
「確かに普通は思わないね、学園長室をこんな風に使うなんて」

 そんなことをするのは君ぐらいだよ、とため息交じりに学園長は頭に手を当てる。

「まあ別に学園長の部屋だし、少しくらいお邪魔してもいいじゃねえか」
「……君は学園長を何だと思っているんだい?」
「まあ、それは置いといて。聞きたいことがあるんだ」

 ぶっちゃけ別に用事があってここに入ってきたわけじゃないが、偶然入ってきたついでに。
 ついでの割には――随分と危なかっしい話ではあるが。

「この前の魔法体育祭。魔法闘技大会決勝戦後、俺を黒服の全身機械人間が狙ってきた事をお前は知っているか?」
「もちろん。理事長から大体の事は聞いた」

 やっぱりか。
 この学園の長である以前にこいつと理事長は別の面――魔法に関する技術面でも繋がってそうだったから、事情は聞いていたか。
 なら話は早い。俺は単刀直入に聞く。

「あの機械人間は一体なんだったんだ? あいつの目的は?」
「……機密事項って事で許してくれないかい? 残念ながら教える事は出来ない」
「…………」

 魔力で動く機械人間。
 狙うのは世界中の人間の中で唯一魔力を持たない俺。
 あいつが俺にやろうとした事は『抹殺』。
 それはまるで俺がいたら不都合のような。
 魔力のない俺がいたら困るような――。

「そんなことよりケンジくん。一学期の成績はどうだったんだい?」
「えっ……ああ、まあまあだった」

 と、唐突に話題を変えられて、俺は少し頭の中が真っ白になったが、曖昧な返事をする。
 曖昧というか的確であるが。
 桟橋学園の成績は最低がCで最高がAAダブルエーで振り分けられる。
 現代文、数学、歴史、地理、英語、音楽、体育、家庭科、魔法学、魔法実技の十個ある教科が成績につけられるのだ。

 得意の魔法学はAAで苦手な歴史学も京香が復習を手伝ってくれたおかげか、CからBに上がっていた。
 その他もAが大半で、たまにBがちらほら。
 そして魔法実技も――AAだった。

「ふうん……それほど悪くないってことだ、その返事からして」
「京香の成績なんかすごいぜ。Aなんて一つか二つで後は全部AAなんだから」
「まあ君たちの学年の中ではトップだしね彼女」

 最初見せてもらったとき、A以外のアルファベットが一切なくて、もしかして京香だけAの数で成績がつけれられているんじゃないか、と思ったくらいだ。

「しかし、ケンジくんが無事に学園生活を楽しんでいるようでよかったよ。もしかしたら楽しんでないんじゃないかって僕は不安になっていたところだったから」
「うん……」

 学園長の言葉に俺は素直に頷く事が出来なかった。
 まあ確かに楽しくなくはないが……これは学園生活を楽しんでいるのか?
 いや、むしろ『魔法』を楽しんでいるような気がしてならない。

「で、学年トップの子、Fクラス学級委員に続いて、また新しい女の子か。いやあ、ケンジくんは本当に学園生活を楽しんでるね。はっはっは」
「その言い方だと、まるで俺が色々な女子に手を出しているみたいだからやめてほしいんだが……?」
「えっ……事実じゃないの?」
「…………」

 そんな心底驚いたような顔で聞かないでくれ。せめて冗談と言ってくれ。

「というかいつまでここにいる気だい? もう用はないはずだよね」
「あー……そうだな、じゃあ邪魔したな」
「うん、また二学期にでも会おう」

 そういえばどうして学園長室に入ったんだっけ?
 まあ、細かい理由はいいか。学園長室に入る理由なんて、どうせ大した事はないだろう。

 ドアを開け、廊下へと出る。廊下からは見える太陽はちょうど頂点の辺りへと昇っていた。
 さて、改築が決まったのだ、俺も色々と用意しないといけないだろう。そんな事を考えながら廊下を歩いて行く。
 ……ん? 用意? 何か忘れているような……。

「志野がいたぞぉぉぉおお!」
「しまった、すっかり忘れてた……!」

 俺は突然、同じクラスの男子が現れ、百八十度進行方向を変えて必死に走り出す。
 そういえばこれが原因であそこに入ったんだった……!

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