魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

閉会の辞「黒服の男2」

「……ケンジくんならもうわかるでしょう? そう、さっきケンジくんと京香ちゃんが戦っていた『私』がお姉ちゃんです」

 あの時。
 明らかに優梨ではないような雰囲気だった。
 まるで人が変わったような――優梨ではないような。
 その理由がこれか。
 あれは優梨の姉であって優梨自身ではないのだ。
 優梨が言った、自分の中にいるお姉ちゃん。

「なるほど、そういう事だったのか……」
「……あ、あの、自分で話しておいてなんですけど、疑ったりしないんですか?」
「え? いや、むしろ謎が解けた感じだから、これ以外はあまり考えられないなあ」

 まあ決勝戦前の俺なら疑っていたのかもしれない。いや、絶対に多少なりとも疑うだろう。

「私の中にお姉ちゃんがいると同時に、魔力も、得意魔法も分離したんです」
「分離……」
「私は相手の魔力を増加させる魔法、そしてお姉ちゃんは相手の魔力を減少させる魔法って」

 増加と減少。
 表と裏。
 真逆の力。

「この競技に出たのも私とお姉ちゃんが一緒に参加出来るからって理由なんですよ」

 と、優梨は悲しそうな顔をしながら言う。

「……でも、それは違いました。一緒に参加すると言いながら、私は実里ちゃんとお姉ちゃんに任せっきりにしたんです」
「任せっきり……」
「酷いですよね、私……。自分は戦わずに他の人に頼ってばかりで……」
「……いや、そんな事は――」
「準決勝の時です」

 そんな事はない、と言おうとした時、それを遮るかのように優梨が被せてくる。

「それまではお姉ちゃんの力を使わずにしていたんですが、相手がシュウくんという事もあって、一度お姉ちゃんと替わってみることにしたんです」

 シュウくんは強い、ってケンジくんから聞いていましたから――と優梨。
 まあ、確かに言ったことはあるな、うん。

「だから一度力試しに、と替わりました」

 そして。
 私はその時に知りました。
 知ってしまいました。

「これはただ私が楽をする為だけのことなんだって……。自分が戦いたくないから逃げているだけなんだって……」
「…………」

 戦いたくない。
 そういえば俺も昼頃に似たようなことを京香に言ったな。
 よくみんな平気で戦えるな、と。
 それと一緒のことなのだろうか。

「みんな……懸命になって頑張っているのに、私だけ何もしないで……」

 優梨の顔は再び地面の方へと向いてしまう。
 でも……。

「……それは違うぞ、優梨」
「え……?」
「何もしてなくないぞ。優梨は――」

 と、俺が優梨に俺の意見を言おうとした、その時。

「――!?」

 突然背後から気配を感じ、俺は後ろを振り向く。
 そこには黒い手袋、黒いスーツを着て、黒いフルフェイスのマスクを被った全身真っ黒な大柄な男がいた。
 いや――体格からして男と判断したが、本当はわからない。
 そもそも――人間なのか?
 なんだ、こいつは――!

 得体の知れない恐怖が俺を襲い、思わず後ずさりしてしまう。

「……目標、発見。即、抹殺」

 まるで機械音のような、淡々とした声が聞こえたと思うと。

「なっ――!?」

 手のひらをすっ、と目の前に出したかと思うと、そこから突然炎が現れる。

「っ!!」
「きゃあっ!」

 俺は優梨を強引に抱いて、横に転がる。
 途端、さっきまでいた場所にゴウッと炎が覆った。

「ひっ……!」
「……逃げるぞ!」

 俺は優梨の手を引き、通路を駆け出す。
 やばい、あいつはやばい。
 俺の本能がそう告げていた。


 * * *


「くっ……! 振り切れないっ……!」
「はあっ……! はあっ……!」

 俺たちは武闘場を抜け、校舎の方へと入っていく。出来れば混乱は避けたいところだし、何よりこの桟橋学園はかなりの広さを持っている。それなら、校舎に逃げ込んだ方が撒く事が出来る。
 ……と、思っていたのだが。

「な――なんで、あいつ……!」

 どこへ逃げても、どこまで回っても後ろには必ずあいつがいる。
 撒けない。
 振り切れない――!

「くそっ……!」

 こうなったら腹をくくるしかない。
 俺は階段を登っていき、校舎の最上階である4階まで登っていく。
 そして既に息が絶えている優梨だけを近くの教室に入れる。

「優梨はっ……ここで……隠れてろ!」
「えっ……で、でも……」
「いいから!」

 優梨が何か言う前に俺は素早くドアを閉める。
 少し呼吸を整えていると――ダンッ!!

 ものすごい速さで俺の目の前に黒服が現れた。

「……逃亡、無駄。抹殺、実行」
「やれるものなら――やってみやがれ!」

 俺は黒服から距離を取る。
 フィールドはいつもより狭い廊下。障害物などが多く、あまり大きな動きはできない――!
 黒服が手をかざすと、今度は青白い光と共に、バチバチと音を立てる。
 雷魔法。
 他の魔法も出来るのか――!

「くっ――!」

 黒服は拳を固め、俺に接近してくる。
 そして繰り出してくる拳をギリギリといった所で俺は避け、だんだんと後ろに後退していく。
 すると、黒服はもう一つの手にも雷を纏わせ、二つの拳を使って――俺に殴りにかかる!

「ぐあっ……!」

 俺も完全に避けることが出来ずに、ところどころ部分的に拳が掠る。
 掠るだけでも雷魔法を纏っているので、掠った箇所がビリビリと痺れる。

「……っ!」

 再び迫り来る攻撃に、俺は決死の思いですぐ横まで来ていた教室のドアを開け、ダイブする。

「はあっ……はあっ……」

 よし――なんとか教室内には入れたぞ。
 ここなら廊下より幅が広いから動きやすい。

 俺は並んでいる机を手で脇の方へと押しどけていく。動きやすくするためだ。
 黒服も教室に入ってきて、机を蹴散らしながらこちらに接近してくる。

「……っ!」

 繰り出してくる拳を俺はゴロゴロと床を転がりながら避ける。
 と、男が手を床に当てる。
 すると――。

「なにっ……!?」

 パキパキと音を立てて、床を凍らせてきたのだ。
 俺は即座に立ち上がりつつ、また横へと躱していく。
 男は次に手に炎を纏わせ、火炎放射を放ってくる。

「――!」

 今が――チャンス!
 俺は素早く移動し、迫り来る放射をギリギリで避けて黒服の後ろを取る。

「よしっ!」

 俺はポケットからマジックデバイスを取り出すと、黒服の背中に当てる。
 そう、全部避けてきたのも、デバイスに魔法を読み取らせる為だ――!

「食らえ!」

 俺はマジックデバイスのボタンを押す。
 ……だが。

「…………っ!?」

 デバイスは以前と真っ黒な画面のままで、一切反応しなかった。

「な、なんで――!」

 なんで、反応しない!?
 なんで、動かないんだ――!

 と、その時になって、思いだす。

 ――決勝戦の時に、既にマジックデバイスの魔力が切れていたことに。

 ガッと音を立て、黒服が俺を掴む。

「し、しまっ――」

 そして。

「うっ――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 俺の体が焼けるような熱さになる。

 熱い――熱い熱い熱い!!
 焼けるっ――溶けるっ――!
 俺は校舎全体に響くような悲鳴を上げる。

「ああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ☆ ★ ☆


 私は――また逃げているだけだ。
 優しい彼に甘えて、ただただ身体を震わせて。
 逃げて、逃がしてもらって。
 守られてもらっているだけだ。

 でも――果たしてそれでいいんだろうか。
 よくない。
 もう逃げるだけなんて――嫌だ。
 守られるだけなんて――うんざりだ。

 私は彼を助けたい。
 目の前で私の為に一生懸命になって戦ってくれている彼を。
 私は私として――『優梨』として彼を助けたい。
 何も出来ない訳じゃないんだ。
 彼を助けることだって――!

「……そうだよね、お姉ちゃん」

 私はさっきの戦いの疲労で未だ眠っている、私の中のたった一人のお姉ちゃんに話しかける。
 今は返事してくれないけど、きっとお姉ちゃんなら――!


 ☆ ★ ☆


「ケンジくん!」

 という声が聞こえたと思うと。

 ものすごい速さで何かがこっちに接近して――。
 そのスピードのまま、思いっきり黒服にタックルをかました。
 黒服は予想外の攻撃に反応出来ずに端まで吹っ飛ばされる。

 とたん、俺を掴んでいた手が離れ、俺に纏っていた炎が消える。

「かはっ……げほっ、ごほっ!」
「大丈夫ですか、ケンジくん!」

 その場に倒れる俺を抱きかかえたのは――隠れていたはずの優梨だった。

「ゆ、優梨……」
「確かケンジくんが手に持っているそれ自体に魔力があるんでしたよね」

 と、優梨は確認すると、魔法道具のペンを取り出して、魔法陣を描いていく。
 魔法陣が完成され、眩いばかりの黄色い光を灯される。

 すると――マジックデバイスに電源が入り、動き始めた。

「これは……!」

 補助魔法の一つ。
 魔力を増幅させる魔法。

「……はあっ……すみません、今の私じゃ、はあっ……このくらいしか……与えられませんけど」

 と、少し疲れたように優梨は息を荒くしている。

 見てみると、エネルギーの半分近くまで魔力が供給されていた。
 このくらいって。
 充分過ぎる程だ。

「ありがとう、優梨。……ところで優梨の魔力はもう残ってないのか?」
「いえ、補助魔法と簡単な移動魔法を数発くらいなら……」
「そうか……」

 俺は頭を回転させる。
 あいつの動きは早いし、魔法も強力だ。
 対してこっちは片方は体がボロボロで片方はもう魔力がほとんど残っていない。
 普通に戦ったらこっちが負けるのは目に見えている。
 それならば――一度きりの攻撃に賭けてみるしかないか。

「……優梨。お願いがある……」
「は、はい。私が出来る事であれば!」

 と、力強く言う優梨に俺はいくつか指示をする。

「……出来るか?」
「……はい、大丈夫です」
「よし……」

 と、俺がよろよろと起き上がると、向こうは既に戦闘態勢を整えていた。

「はは、待っててくれたのか……? 随分と律儀だな、おい」

 俺は出来るだけバレないように余裕な態度をとる。
 正直、今は立つだけで精一杯だ。いや、それすらもつらい。
 証拠にほら、今も足がガクガクしてやがる。
 でも、もう少しだけ耐えてくれ。
 これさえ決まれば――俺達は勝てるんだ。

「来いよ……そろそろ終わりにしようぜ……」

 という俺が言うと同時に――。
 ゴウッと音を立てて、火炎放射がこっちに迫ってきた。

「……っ!」

 俺は必死に身体を窓側へと飛び込み、優梨はその反対の壁側へと避ける。

 そして、俺の足元はパキリと音を立てて凍ってしまい完全に動かなくなる。
 やっぱり俺が狙いか――。
 俺が動けなくなったことを黒服は確認すると、両拳に雷を纏わせて一気に詰め寄ってくる。
 だが、それはこっちの狙い通りだ。
 俺は何もせずにただ相手が接近してくるのを待ち構える。
 黒服の拳が俺を捉えるまで、あと一メートルを切り――。

「はあっ!」

 優梨が加速魔法を使い、黒服を窓側にタックルする。

「――!」

 その瞬間、俺は出来るだけ出力を抑えた火炎放射を自分の足元に当てる。
 ジュウッという音と共に俺の足を縛っていた氷は溶ける。

「――優梨!」
「ケンジくん!」

 俺は咄嗟に手を伸ばし、その手を優梨がしっかりと掴んだ。
 そして優梨はまた加速魔法を繰り出し、黒服との距離を取る。
 壁際まで移動し終わると、俺はすぐさまマジックデバイスを地面に当てて、魔法を発動させる。

「……っ!」
「逃がさねえぜ?」

 パキリという音を立てて、男の足元が凍る。
 今度はそっちが動けなくなる番だ!

「優梨、準備はいいな?」
「はい、いつでも大丈夫です!」

 俺はマジックデバイスを操作する。

 ――出力は最大。一点集中じゃなくて、出来るだけ広範囲に設定!

「くらえええええ!」

 俺はデバイスをタップすると――ゴオオオッ!
 爆発するような音を立てて、巨大な火炎放射が出現し黒服に迫る。
 それに――。

「――っ!」

 優梨が魔法陣を描き、それが真っ赤に輝くと――火炎放射の威力は更に大きくなる。
 ゴォォォォォオオオオオッッッ!!!
 という凄まじい音と共に――!

 教室全体が炎に飲み込まれる――!
 バリンッ!という窓ガラスが何度も割る音が聞こえて――!
 真っ赤な炎の海が目の前に広がっていく!

「――っ!!!」

 反動で俺は壁に叩きつけられそうになるが――それでも歯を食いしばって必死に耐える。
 しばらくして火は収まっていく。
 教室に漂う焦げるような臭いに黒い煙。だが、窓ガラスが割れているおかげで空気は換気されているようだ。

「ぐっ……げほっ……」

 しかし、換気されてるとはいえやはり息苦しく、俺は口元を抑える。
 よし、これなら……。

 ……だが。

「…………っ!」
「なっ……!」

 炎に飲み込まれたせいでスーツは焼きこげ。
 代わりに黒い鉄の装甲が露わにしながら。
 ――黒服は未だに立っていたのだ!

 鉄の装甲って――機械かなんかかこいつは。

「任務……続行……」

 ガクガクと明らかに動きはおかしくなっているが、それでも手をかざし戦おうとしてくる。

「ケ、ケンジくん……!」
「…………!」

 俺はじっと息を呑み込んで見つめる。

 何を見つめる?

 焼きこげた気味の悪い機械人間? 焼きこげた教室内? 破損している窓ガラス?

 ――いや、違う。

 その奥――真っ青な青い『空』を。


 俺はじっと見つめ――ふっと力を抜く。

「終わりだな……」
「……?」

 俺が安心したのかのような声を上げ、機械人間は若干不思議そうな顔をしたような気がした。

「この勝負だよ。もう俺と優梨には魔力は残ってない。何の抵抗も出来ない。ただ――『俺たち』の勝ちだ」

 瞬間。
 『何か』、黒い影が空から飛んできて――思いっきり機械人間を蹴りつけた。

 最初に言ったはずだ。
 この勝負――『普通』に戦ったらこっちが負けるって。
 だから普通には戦わない、まあ言うならば『姑息』な手を使ったんだ。

「まったく……あんな馬鹿でかい炎出さなくていいわよ! 窒息死したいの!?」

 と、飛んできた影――京香が呆れたように俺を見る。
 俺はそんな京香に力なく笑った。

「……まあ、二人共無事そうでよかった」

 と、京香も小さく笑う。

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