魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
第二種目「午前の部・障害物競走1」
『それでは、これより魔法体育祭を開催します』
五月二十四日。天気は快晴。
茹だるような暑さで巨大なグラウンドの中、起立してクラス別に並んでいる全校生徒の前でマイクを持って、学園長――遊楽太一郎が魔法体育祭の開始を宣言した。
「さあ体育祭よ!」
と、一際大きな声ではしゃいでるのは無論体操着姿の京香である。
その姿はまさに元気な男子といった感じだ。スタイル的な意味も含めて。
なんて思っていると、京香に思いっきり足を踏まれた。読心術でもあるのかお前は。
「おお京香っち、やる気満々だね!」
「当然よ、この日の為に何度も練習してきたんだから! 優勝するわよ!」
「えいえいおー!」
「わかった、わかったから。とりあえず二人共落ち着け」
俺は京香と同じくテンションが高い三縁とを黙らせつつ、自分のクラスの席へと移動する。
が、ある台詞が頭の中で蘇り、ふと俺は足を止めてしまう。
『優勝した暁には――ちょっとした秘密を、一つだけ教えてあげよう』
「……俺が知らない、志野ケンジの秘密か」
「どうしたのケンジ?」
京香が急に立ち止まった俺の顔を不思議そうに覗き込む。
「ん……いや、何でもない」
「そう。それよりケンジ、当然狙うのは優勝よ? わかっているわね?」
「ああ、もちろんだ」
別に理事長の台詞の為に優勝を狙うわけではない。
でも、俺の秘密って……一体何なのだろうか。
* * *
この桟橋学園のグラウンドはなかなかの大きさであり、そこらへんの近所にある小・中学校とは比べ物にならないくらいの大きさだ。
その大きさは二万平方メートルとなっている。
まあ中高一貫もあるこの学園の人数も二千五百人はいる。このくらいの大きさが妥当なのだろう。
広い分、スペースが空く。そのスペースにそれぞれ自分のクラスの持ち場がある。
高等部一年から三年の全十八クラス。
中高一貫の中等部は全三十クラス。
全部で四十八クラスにスペースがあるというのだから凄いとしか言い様がない。
また他にもスペース……というか観覧席ならまだあるのだ。
武闘場の観覧席。
まあ、保護者の座る席まで用意されている分もすごいなと思う。
「さて、と」
贅沢なことに全クラスにテントつきのスペースにある椅子の一つに座った俺は体育祭の進行プログラムを確認する。
最初の競技は……大玉送り、それに魔法闘技大会一回戦か。
魔法闘技大会は中等部一年、二年、三年・高等部一年、二年、三年のトーナメント戦に分かれていて、とにかく多い。
更にそれが個人・団体とあるのだから、時間にあまり悠長がないのである。
なので他の競技の最中でも魔法闘技大会はちょくちょく行われていく。
桟橋学園の体育祭は一日のみ。
なので武闘場のみならず体育館や校舎内の演習室などに小分けして行うのである。
予定では昼休憩までには決勝進出まで終わらせたいらしい。
ざっと計算して、午前九時から十二時までの三時間の中で全百九十二回の戦闘が行われるのだ。
制限時間十分間。三十分以内に行われる戦闘数は二十八回、五分ごとに行われる戦闘数は約九~十回。
つまり一時間半後――十時半までの間に全トーナメント一回戦九十六回を終わらせ、残りの九十六回を十二時までに終わらせる、というわけである。
ちなみにトーナメント戦を見たところ、俺と京香は三回勝てば決勝まで行けるようだ。
よくもまあこんな詰めに詰めたスケジュールが出来たなと俺は感心する。
こんなの審判(つまり教師)が倒れるレベルだぞ。
で、俺たちの最初の試合は九時十分かららしい。俺はチラリとグラウンドにある時計を見てみると九時を指していた。
……そろそろ準備しておくか。
「おい、京香。そろそろ移動しないと間に合わないぞ?」
「え、もうそんな時間なの? じゃあ、また後でね三縁」
「うん、頑張ってねー! 京香っち、ケンジくん!」
と、三縁は手を元気よく俺達に振って見送ってくれた。
* * *
「そういえばさ、京香の親は今日ここに来ていたりするのか?」
「ん?」
移動中、俺は何気ない質問をすると、京香はこっちを見る。
「両親? うーん……どうだろう、私出ていくような形でこっちに来ちゃったし」
「……そうか」
京香は同情されるのが嫌だという事を知っている俺は素っ気ない返事をする。
本当なら「ごめん」と謝りたいぐらいなのだが、そんな事を言っても京香は嬉しく感じる、とは思えない。
「ケンジの両親は?」
「あーそれが、学園長曰くもう亡くなってるらしくて」
「……そうなんだ」
俺の返事に京香も深くは追求せず、かと言って同情もしないような返事をする。
記憶がない為、親がいるのといないのとでの感情がわからない。
悲しい、という気持ちが起きない自分に少し憂鬱感を感じさせた。
親がいないという事実を突きつけられても何も感じない自分はまるで――
「ケンジ」
と、そんな俺の心を見透かしたかのように京香はぎゅっと俺の手を握る。
「そんな暗い顔しないの。ケンジのそんな表情、あんたの両親は見たくないはずよ」
「……ああ」
俺はその手を握り返す。
多分だけど、そうかもしれないな。
親がどういうものでどういう想いで子を育てているのか、俺にはわからないが。
きっとそうかもしれない、と思った。
「あっ……でも」
「?」
「あの子――私の知り合いなら来ているかもね」
「え、知り合いって」
「私が小さい頃からよく懐いてた子。あの子には別れの挨拶もしたのよ」
「へえ、そうなのか」
「まあ、知り合いというより友達――いや家族に近い子よ」
「ふうん……」
などと会話しつつ、目的地である『魔力演習室1015』へ着く。
チラリと窓から見てみると既に相手が待機していたので俺と京香も教室の中へと入る。
――そのまま、手を握ったままで。
「「なんかラブラブなカップルが来た!」」
「「…………」」
と、相手の女子二人はそんな俺たちを見て驚愕し、俺と京香は黙って手を離した。
* * *
「それではこれから魔法闘技大会第一回戦を始めます。これから改めましてルール説明をします」
と、審判である教師は俺たちをそれぞれ一瞥する。
「フィールド内はこの部屋内とし、フィールド外から出た場合、失格とみなします。魔術抑止結界によって二人両方が戦闘不能になると敗北となります。また今回は制限時間十分。制限時間を過ぎると、どちらも敗北とします。よろしいですね?」
『はい』
相手の女子に見覚えがあり、よく見てみると確か女子寮で何度か会っている人だなと気がついた。
ちなみにこの魔法闘技大会のみならず、他の競技でも男女には分かれておらず、混合で競い合っている。
魔力に性別は関係ないので男女別にする理由がない、だそうだ。
四人の同意を得た所で、先生は頷き、右手を挙げた。
「それでは……開始!」
その合図が聞こえた瞬間に俺は相手の方へと駆け出す。
その行動は予測出来ていたのだろう。それぞれ魔法陣を繰り出して発動させる。
――風魔法に氷魔法か。
俺はそれぞれの攻撃を避け、尚も接近していく。
京香の作戦はこうだった。
「ケンジ、あんたは最初では『攻撃魔法を使わない』事に専念しなさい」
「え、どうしてだ?」
攻撃しなければ元も子もないのに、こいつは何を言ってるのだろうか。
と不思議がる俺に京香はやれやれという風にため息をつく。
「そのマジックデバイスのエネルギーが切れたら決勝なんてできないでしょうが」
「ああ、そうか……。でも、休憩中にでも少しずつ貯めていけば別に大丈夫だぜ?」
「まああんたの魔導式コンピュータは持ち運びができるみたいだから、それはそうなんだけど……」
と、少し躊躇うような表情をしてから、次の台詞を放った。
「多分、準決勝までならあんたは何も攻撃しなくても、私が倒しちゃうかもだからさ」
俺はその次に繰り出される魔法を躱しながら、更に接近していく。
そう、躱す。それ以外は何もしなくていい。攻撃するのは俺じゃない。
「きゃああああああああ!?」
目の前で次の氷魔法を発動させようとしていた女子が突然足元から現れた炎の渦の中に飲み込まれる。
「なっ――!」
「こっちよ!」
相手が気を取られているうちに京香が炎を纏いながらもう一人の相手へ接近。
「くっ……!」
相手も風魔法を使い何とか応戦するが、その早さは京香の方が圧倒的に上回っていた。
相手は苦しそうに顔を歪ませて、はっと何かに気がついたような顔をする。
相手の足元にある減速魔法を見ながら。
「い、いつの間に……!」
「はあっ!」
京香は足に炎を集中させ、腹部へと回し蹴りをする。
そしてそのまま吹っ飛ばされる相手の先は――さっきの炎の渦の方向。
炎の渦を突き抜け、その中にいる味方を巻き込む。
そして二人共が壁に叩きつけられ――そのまま重なるようにして倒れた。
「試合終了!」
という審判の合図と共に、京香の体から火が消える。
「ふう……」
京香は肩から力を抜き、俺の方へと歩み寄る。
「お疲れ様。なかなかいい動きだったわよ」
「そりゃどうも」
俺もほうっとため息をついて京香とハイタッチ。
「この調子で二回戦も突破するわよ」
「というか、俺は何もしてないがな……」
「気にしない、気にしない。準決勝までの辛抱よ」
「次も勝てるって自信があるのか……」
「当然。私を誰だと思ってるの?」
特に威張るような口調ではなく、本当に不思議そうに聞く京香。自分の力を疑ってない感じである。いや、どんだけ自信家なんだよお前。
まあ本当にこの調子で次も行けそうなので、余計なことは考えないことにした。
* * *
「あ、おかえりー二人共! 結果は……まあ京香っちのその顔でわかるよ」
と、三縁は椅子に座したまま、俺たちの帰りを迎えてくれた。
「ただいま。大玉送りの方はどうなったんだ?」
「あー……それが……」
と、俺が質問すると、何か言いにくそうに顔を逸らす三縁。……? どうかしたんだろうか?
それでも三縁はちらりとこっちを見つつ、正直に答える。
「いやー……四位だったよ……」
「ああ、なんだ四位か」
「四位ですってええええええええええ!?」
と、安堵する俺とは対照的に、京香は愕然としていた。
いやいや、別にそこまでのことじゃないだろう。
「四位って、何してんのよ、あいつら……!」
「いやいや、ちょっと待て、よく考えてみろよ京香。ビリとか失格だったらまだしも、まだ四位だぜ? きっと実力差で負け――」
「いやあ、男子達が途中で喧嘩しだして。むしろビックリだよ。そんな状態でよく四位になったなあって」
「「よし、その男子達を殴ろう」」
あはは、と苦笑しながら説明する三縁に、俺と京香は拳を固め、同じ結論に達した。
本番に喧嘩とか、あいつらは何をしているんだ。
と、次に聞こえてきたのはA組の大玉送りに出ていた男子達の会話。
「ったく、お前がでしゃばろうと派手な魔法使うから俺の制御が大変だったんだぞ!」
「そういうお前こそ、『全部俺に任せろ』とか言って無理矢理一人でやろうとしてたじゃねえか!」
「お前だって、加速魔法で思いっきりスピードを出しやがって! 他の連中を置いてくなよ!」
「うるせえ! こういう場じゃないとアピール出来ないんだよ!」
「何でもかんでも自分がモテるためかよ!」
「そういうお前も人の事を言えねえからな!」
「…………」
もし、京香と出会ってなくて俺も普通に女子に相手にされない男子高校生だったら同じような事をしていたのだろうと思うと、怒る気は失せていた。
「ではでは、三縁っちはこれから障害物競走なので!」
とりあえず報告、と言った感じで、三縁はピョコンッと立ち上がる。
「そう、頑張ってね三縁」
「あいさー。一位をプレゼントしてあげますよ!」
京香の応援に応えるようにニコニコと返事する三縁。
うーん、余裕の表情で一位宣言とは、かっこいいな。
「では行ってまいります!」
「おう、行ってこい」
「行ってらっしゃい」
三縁はスキップしながら入場ゲートまで行く姿を俺と京香は見送った。
障害物競走とは、名の通り、障害物がある中を走っていく競技ではあるのだが。
魔法体育祭では障害物は一切無く、生徒たちによる魔法妨害が障害物なのである。
まあこの場合、別に何もしなくてただひたすらに走っていけばいいのだが、そんな風に走っていたら、勝てるわけがない。
理由として、この魔法妨害という魔法はルール違反以外のは何を使ってもいいからである。
ルールとして、まず何がなんでも前を向いていないと行けない。
そして故意的に立ち止まってはいけない。
飛行するまたは一定以上の高さを跳ぶ魔法は禁止をする、という三つがある。
そしてこの魔法妨害は攻撃あり罠ありの制度で、一位の人はそれに耐えながら、自分も策を練らないと行けない。後ろを一切振り向かずに。
その為か、一番最初にトップになろうという人は少なく、最後の方から追い上げてくる形が多いのだ。
「三縁は大丈夫なのだろうか……?」
「そんな心配することもないんじゃない?」
京香は気楽そうに今まさに行われている、障害物競走を見ているが……。
「これは相当ひどいな……」
トップの人に集中的に攻撃が繰り出され、どの連中もそのまま追い抜かされていく光景だった。
誰もが必死に魔法道具を片手にトップに走る人に攻撃して蹴落としていくような風に感じた俺はこの競技に出なくてよかったと安堵する。
しかし、本当になんでもありなんだなこの競技。
こんな危険な競技に三縁の自信はどこから溢れてくるのだろうかと不思議に思う。
そしていよいよ三縁の出番となる。
三縁はもう始まるというのに涼しい顔をしている。
プレッシャーに強い子だな、いや、マイペースなのか?
うわ、こっちに手を振るな。もうすぐ始まるんだぞ。
「いちについて……よーい」
という教師の合図に、皆がそれぞれ走る体制に入る。
さて、三縁はどう出るのだろうか。
期待しつつも不安、といった感じで俺は三縁を見つめる。
パアン、と開始の合図を知らせる魔導式空砲の乾いた音が鳴った時。
ものすごい爆発音をさせながら――三縁が先陣を切った。
五月二十四日。天気は快晴。
茹だるような暑さで巨大なグラウンドの中、起立してクラス別に並んでいる全校生徒の前でマイクを持って、学園長――遊楽太一郎が魔法体育祭の開始を宣言した。
「さあ体育祭よ!」
と、一際大きな声ではしゃいでるのは無論体操着姿の京香である。
その姿はまさに元気な男子といった感じだ。スタイル的な意味も含めて。
なんて思っていると、京香に思いっきり足を踏まれた。読心術でもあるのかお前は。
「おお京香っち、やる気満々だね!」
「当然よ、この日の為に何度も練習してきたんだから! 優勝するわよ!」
「えいえいおー!」
「わかった、わかったから。とりあえず二人共落ち着け」
俺は京香と同じくテンションが高い三縁とを黙らせつつ、自分のクラスの席へと移動する。
が、ある台詞が頭の中で蘇り、ふと俺は足を止めてしまう。
『優勝した暁には――ちょっとした秘密を、一つだけ教えてあげよう』
「……俺が知らない、志野ケンジの秘密か」
「どうしたのケンジ?」
京香が急に立ち止まった俺の顔を不思議そうに覗き込む。
「ん……いや、何でもない」
「そう。それよりケンジ、当然狙うのは優勝よ? わかっているわね?」
「ああ、もちろんだ」
別に理事長の台詞の為に優勝を狙うわけではない。
でも、俺の秘密って……一体何なのだろうか。
* * *
この桟橋学園のグラウンドはなかなかの大きさであり、そこらへんの近所にある小・中学校とは比べ物にならないくらいの大きさだ。
その大きさは二万平方メートルとなっている。
まあ中高一貫もあるこの学園の人数も二千五百人はいる。このくらいの大きさが妥当なのだろう。
広い分、スペースが空く。そのスペースにそれぞれ自分のクラスの持ち場がある。
高等部一年から三年の全十八クラス。
中高一貫の中等部は全三十クラス。
全部で四十八クラスにスペースがあるというのだから凄いとしか言い様がない。
また他にもスペース……というか観覧席ならまだあるのだ。
武闘場の観覧席。
まあ、保護者の座る席まで用意されている分もすごいなと思う。
「さて、と」
贅沢なことに全クラスにテントつきのスペースにある椅子の一つに座った俺は体育祭の進行プログラムを確認する。
最初の競技は……大玉送り、それに魔法闘技大会一回戦か。
魔法闘技大会は中等部一年、二年、三年・高等部一年、二年、三年のトーナメント戦に分かれていて、とにかく多い。
更にそれが個人・団体とあるのだから、時間にあまり悠長がないのである。
なので他の競技の最中でも魔法闘技大会はちょくちょく行われていく。
桟橋学園の体育祭は一日のみ。
なので武闘場のみならず体育館や校舎内の演習室などに小分けして行うのである。
予定では昼休憩までには決勝進出まで終わらせたいらしい。
ざっと計算して、午前九時から十二時までの三時間の中で全百九十二回の戦闘が行われるのだ。
制限時間十分間。三十分以内に行われる戦闘数は二十八回、五分ごとに行われる戦闘数は約九~十回。
つまり一時間半後――十時半までの間に全トーナメント一回戦九十六回を終わらせ、残りの九十六回を十二時までに終わらせる、というわけである。
ちなみにトーナメント戦を見たところ、俺と京香は三回勝てば決勝まで行けるようだ。
よくもまあこんな詰めに詰めたスケジュールが出来たなと俺は感心する。
こんなの審判(つまり教師)が倒れるレベルだぞ。
で、俺たちの最初の試合は九時十分かららしい。俺はチラリとグラウンドにある時計を見てみると九時を指していた。
……そろそろ準備しておくか。
「おい、京香。そろそろ移動しないと間に合わないぞ?」
「え、もうそんな時間なの? じゃあ、また後でね三縁」
「うん、頑張ってねー! 京香っち、ケンジくん!」
と、三縁は手を元気よく俺達に振って見送ってくれた。
* * *
「そういえばさ、京香の親は今日ここに来ていたりするのか?」
「ん?」
移動中、俺は何気ない質問をすると、京香はこっちを見る。
「両親? うーん……どうだろう、私出ていくような形でこっちに来ちゃったし」
「……そうか」
京香は同情されるのが嫌だという事を知っている俺は素っ気ない返事をする。
本当なら「ごめん」と謝りたいぐらいなのだが、そんな事を言っても京香は嬉しく感じる、とは思えない。
「ケンジの両親は?」
「あーそれが、学園長曰くもう亡くなってるらしくて」
「……そうなんだ」
俺の返事に京香も深くは追求せず、かと言って同情もしないような返事をする。
記憶がない為、親がいるのといないのとでの感情がわからない。
悲しい、という気持ちが起きない自分に少し憂鬱感を感じさせた。
親がいないという事実を突きつけられても何も感じない自分はまるで――
「ケンジ」
と、そんな俺の心を見透かしたかのように京香はぎゅっと俺の手を握る。
「そんな暗い顔しないの。ケンジのそんな表情、あんたの両親は見たくないはずよ」
「……ああ」
俺はその手を握り返す。
多分だけど、そうかもしれないな。
親がどういうものでどういう想いで子を育てているのか、俺にはわからないが。
きっとそうかもしれない、と思った。
「あっ……でも」
「?」
「あの子――私の知り合いなら来ているかもね」
「え、知り合いって」
「私が小さい頃からよく懐いてた子。あの子には別れの挨拶もしたのよ」
「へえ、そうなのか」
「まあ、知り合いというより友達――いや家族に近い子よ」
「ふうん……」
などと会話しつつ、目的地である『魔力演習室1015』へ着く。
チラリと窓から見てみると既に相手が待機していたので俺と京香も教室の中へと入る。
――そのまま、手を握ったままで。
「「なんかラブラブなカップルが来た!」」
「「…………」」
と、相手の女子二人はそんな俺たちを見て驚愕し、俺と京香は黙って手を離した。
* * *
「それではこれから魔法闘技大会第一回戦を始めます。これから改めましてルール説明をします」
と、審判である教師は俺たちをそれぞれ一瞥する。
「フィールド内はこの部屋内とし、フィールド外から出た場合、失格とみなします。魔術抑止結界によって二人両方が戦闘不能になると敗北となります。また今回は制限時間十分。制限時間を過ぎると、どちらも敗北とします。よろしいですね?」
『はい』
相手の女子に見覚えがあり、よく見てみると確か女子寮で何度か会っている人だなと気がついた。
ちなみにこの魔法闘技大会のみならず、他の競技でも男女には分かれておらず、混合で競い合っている。
魔力に性別は関係ないので男女別にする理由がない、だそうだ。
四人の同意を得た所で、先生は頷き、右手を挙げた。
「それでは……開始!」
その合図が聞こえた瞬間に俺は相手の方へと駆け出す。
その行動は予測出来ていたのだろう。それぞれ魔法陣を繰り出して発動させる。
――風魔法に氷魔法か。
俺はそれぞれの攻撃を避け、尚も接近していく。
京香の作戦はこうだった。
「ケンジ、あんたは最初では『攻撃魔法を使わない』事に専念しなさい」
「え、どうしてだ?」
攻撃しなければ元も子もないのに、こいつは何を言ってるのだろうか。
と不思議がる俺に京香はやれやれという風にため息をつく。
「そのマジックデバイスのエネルギーが切れたら決勝なんてできないでしょうが」
「ああ、そうか……。でも、休憩中にでも少しずつ貯めていけば別に大丈夫だぜ?」
「まああんたの魔導式コンピュータは持ち運びができるみたいだから、それはそうなんだけど……」
と、少し躊躇うような表情をしてから、次の台詞を放った。
「多分、準決勝までならあんたは何も攻撃しなくても、私が倒しちゃうかもだからさ」
俺はその次に繰り出される魔法を躱しながら、更に接近していく。
そう、躱す。それ以外は何もしなくていい。攻撃するのは俺じゃない。
「きゃああああああああ!?」
目の前で次の氷魔法を発動させようとしていた女子が突然足元から現れた炎の渦の中に飲み込まれる。
「なっ――!」
「こっちよ!」
相手が気を取られているうちに京香が炎を纏いながらもう一人の相手へ接近。
「くっ……!」
相手も風魔法を使い何とか応戦するが、その早さは京香の方が圧倒的に上回っていた。
相手は苦しそうに顔を歪ませて、はっと何かに気がついたような顔をする。
相手の足元にある減速魔法を見ながら。
「い、いつの間に……!」
「はあっ!」
京香は足に炎を集中させ、腹部へと回し蹴りをする。
そしてそのまま吹っ飛ばされる相手の先は――さっきの炎の渦の方向。
炎の渦を突き抜け、その中にいる味方を巻き込む。
そして二人共が壁に叩きつけられ――そのまま重なるようにして倒れた。
「試合終了!」
という審判の合図と共に、京香の体から火が消える。
「ふう……」
京香は肩から力を抜き、俺の方へと歩み寄る。
「お疲れ様。なかなかいい動きだったわよ」
「そりゃどうも」
俺もほうっとため息をついて京香とハイタッチ。
「この調子で二回戦も突破するわよ」
「というか、俺は何もしてないがな……」
「気にしない、気にしない。準決勝までの辛抱よ」
「次も勝てるって自信があるのか……」
「当然。私を誰だと思ってるの?」
特に威張るような口調ではなく、本当に不思議そうに聞く京香。自分の力を疑ってない感じである。いや、どんだけ自信家なんだよお前。
まあ本当にこの調子で次も行けそうなので、余計なことは考えないことにした。
* * *
「あ、おかえりー二人共! 結果は……まあ京香っちのその顔でわかるよ」
と、三縁は椅子に座したまま、俺たちの帰りを迎えてくれた。
「ただいま。大玉送りの方はどうなったんだ?」
「あー……それが……」
と、俺が質問すると、何か言いにくそうに顔を逸らす三縁。……? どうかしたんだろうか?
それでも三縁はちらりとこっちを見つつ、正直に答える。
「いやー……四位だったよ……」
「ああ、なんだ四位か」
「四位ですってええええええええええ!?」
と、安堵する俺とは対照的に、京香は愕然としていた。
いやいや、別にそこまでのことじゃないだろう。
「四位って、何してんのよ、あいつら……!」
「いやいや、ちょっと待て、よく考えてみろよ京香。ビリとか失格だったらまだしも、まだ四位だぜ? きっと実力差で負け――」
「いやあ、男子達が途中で喧嘩しだして。むしろビックリだよ。そんな状態でよく四位になったなあって」
「「よし、その男子達を殴ろう」」
あはは、と苦笑しながら説明する三縁に、俺と京香は拳を固め、同じ結論に達した。
本番に喧嘩とか、あいつらは何をしているんだ。
と、次に聞こえてきたのはA組の大玉送りに出ていた男子達の会話。
「ったく、お前がでしゃばろうと派手な魔法使うから俺の制御が大変だったんだぞ!」
「そういうお前こそ、『全部俺に任せろ』とか言って無理矢理一人でやろうとしてたじゃねえか!」
「お前だって、加速魔法で思いっきりスピードを出しやがって! 他の連中を置いてくなよ!」
「うるせえ! こういう場じゃないとアピール出来ないんだよ!」
「何でもかんでも自分がモテるためかよ!」
「そういうお前も人の事を言えねえからな!」
「…………」
もし、京香と出会ってなくて俺も普通に女子に相手にされない男子高校生だったら同じような事をしていたのだろうと思うと、怒る気は失せていた。
「ではでは、三縁っちはこれから障害物競走なので!」
とりあえず報告、と言った感じで、三縁はピョコンッと立ち上がる。
「そう、頑張ってね三縁」
「あいさー。一位をプレゼントしてあげますよ!」
京香の応援に応えるようにニコニコと返事する三縁。
うーん、余裕の表情で一位宣言とは、かっこいいな。
「では行ってまいります!」
「おう、行ってこい」
「行ってらっしゃい」
三縁はスキップしながら入場ゲートまで行く姿を俺と京香は見送った。
障害物競走とは、名の通り、障害物がある中を走っていく競技ではあるのだが。
魔法体育祭では障害物は一切無く、生徒たちによる魔法妨害が障害物なのである。
まあこの場合、別に何もしなくてただひたすらに走っていけばいいのだが、そんな風に走っていたら、勝てるわけがない。
理由として、この魔法妨害という魔法はルール違反以外のは何を使ってもいいからである。
ルールとして、まず何がなんでも前を向いていないと行けない。
そして故意的に立ち止まってはいけない。
飛行するまたは一定以上の高さを跳ぶ魔法は禁止をする、という三つがある。
そしてこの魔法妨害は攻撃あり罠ありの制度で、一位の人はそれに耐えながら、自分も策を練らないと行けない。後ろを一切振り向かずに。
その為か、一番最初にトップになろうという人は少なく、最後の方から追い上げてくる形が多いのだ。
「三縁は大丈夫なのだろうか……?」
「そんな心配することもないんじゃない?」
京香は気楽そうに今まさに行われている、障害物競走を見ているが……。
「これは相当ひどいな……」
トップの人に集中的に攻撃が繰り出され、どの連中もそのまま追い抜かされていく光景だった。
誰もが必死に魔法道具を片手にトップに走る人に攻撃して蹴落としていくような風に感じた俺はこの競技に出なくてよかったと安堵する。
しかし、本当になんでもありなんだなこの競技。
こんな危険な競技に三縁の自信はどこから溢れてくるのだろうかと不思議に思う。
そしていよいよ三縁の出番となる。
三縁はもう始まるというのに涼しい顔をしている。
プレッシャーに強い子だな、いや、マイペースなのか?
うわ、こっちに手を振るな。もうすぐ始まるんだぞ。
「いちについて……よーい」
という教師の合図に、皆がそれぞれ走る体制に入る。
さて、三縁はどう出るのだろうか。
期待しつつも不安、といった感じで俺は三縁を見つめる。
パアン、と開始の合図を知らせる魔導式空砲の乾いた音が鳴った時。
ものすごい爆発音をさせながら――三縁が先陣を切った。
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