魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -
第一種目「魔法体育祭2」
「というわけで特訓を始めるわよ!」
「特訓って……」
ところ変わって放課後。女子寮にある稽古場にて仁王立ちしている京香とそれに向き合う俺。
魔法体育祭は五月二十四日。残すところあと二週間というところである。
他の組はもう既に体育祭に向けての練習を始めている、という事で負けじとAクラスも今日から各自練習する事になったのだ。
ほとんどの皆は学校のグラウンドや体育館、闘技場を使っているが、京香は何故かここを選んだのだ。
「なあ、普通にグラウンドとかにしようぜ……?」
「あんた馬鹿じゃないの? 学校に関わる所で練習していたら他の相手に戦術がバレちゃうじゃない」
「…………」
ここも学校に関わる場所だという事にお気づきではないのだろうか、彼女は……。
「他にも理由はある……あんたには超えるべき壁があるわ」
「壁?」
「火、よ」
京香が手を上に振りかざすとその手に小さな魔法陣が浮かびあがり、ポウッと今にも消えそうなくらいの火が灯される。
「それはこの前から……」
「この前から特訓で克服しようとしているのなら知っている。……でもね」
京香が念じるように目を閉じると、周りを囲うようにいくつもの魔法陣が現れ、そして――
「――!」
周り全てを火で覆われて、俺は恐怖心に襲われ身体が動かなくなる。
「私と組むって事は――これに慣れなくちゃいけないってことなのよ」
「…………くっ……うっ……っ……!」
俺は何とか意識を、気持ちを抑えるように必死に我慢する。
落ち着け、俺。
これしきで、狼狽えてどうする。
俺はまず俺自身に勝たなければいけないんだ――!
と、自分に何度も何度も言い聞かせて数分。ようやく燃え盛る炎、京香と目を合わせる事ができた。
「本当はこんな強引なやり方じゃなくて、もっとゆっくりと慣れさせたかったんだけどね……」
「でも、こうでもしないとっ……間に合わないん……だろ?」
「――あんたって変なところで頑固だし」
「負けず嫌い……って、言うんだよ」
そう、この体育祭においても俺は勿論というか無論、勝つ気でいる。
これが勝つための条件なら、俺はどんな事をしてでも慣れるつもりだ。
それに――。
これにはもう一つ理由がある。
京香がここまでやってくれて、『出来ません』じゃ申し訳ないからだ。
申し訳ない、じゃあないな。
正しくは、『期待に応えたい』だ。
期待に応えたい。
ここまでやってくれる京香に。
「じゃあ次は……どうすればいい?」
「次?」
「ああ……この火の囲いは、もう大丈夫だ。慣れた……。だから、その次を教えてくれ。どうすればいい?」
「……そうね、次はこの状況で――戦うのよ」
と、次の瞬間。
京香が一瞬にして目の前まで距離を詰めてきたので、俺は慌てて反射的に後ろに下がる。
しかしそのせいで、さっきより近くなった炎がゴウッと音を立て、俺の背中が硬直する。
いや、何を怖がっているのだ。
大丈夫だとさっき言っただろう。
そう、大丈夫だ。これくらい――!
「……正常な判断ができてない」
そんな俺を見て、京香は小さなため息をつく。
「ただ近づいただけなのに、あんたは逃げた。反射的にしては大袈裟すぎる。それはケンジがまだ火に抵抗がある証拠であって――」
「そん、な……こと!」
俺は腰を落とし、駆け出して一気に京香との距離を詰める。向こうから来ないなら――こちらからだ!
俺はそのまま突っ込み――
「――っ!?」
いつの間にか後ろを取られてしまっていて、腕を抑えられて後ろへと持って行かれてしまい、そのまま顔を床に押しつけられる。
「今のでわかったでしょ。今までのケンジならこういう風にならないように注意していた。――なのに、今こうして、簡単に私が一本取ってしまった」
「…………」
「……別にそこまで、慌てるようなことじゃないから。落ち着いて、ケンジ」
京香は周りの炎を消し、俺の手を離す。
どういうつもりなのだろうか。
と京香の行動に訝しむ俺を――彼女落ち着かせるかのように抱きしめてきた。
「っ!?」
あまりのいきなりの出来事にびっくりするが、何故か抵抗できず、する気も起きず、ただただ京香に優しく、温かく包まれていた。
「トラウマっていうのは、そんなすぐに治るもんじゃないわよ。だから、無理しなくて大丈夫よ」
その温かさは……さっきの炎とは違い。
俺を安心させるような――そんな優しい炎だな、と。
涙を流しながら思っていた時に。
ようやく。自分がさっきまで火を自分の予想以上に怖がっていた事に気がつく。
ああ、そうか。
心に残った傷はそんないきなり治らずに。
やはり怖いものは怖いのだ。
火が怖くて、恐くて。
自分自身に「大丈夫だ」と無理矢理言い聞かせていたのだ、俺は。
それを無理をしている、と俺より早く見抜いた京香は。
こうして、俺を落ち着かせてくれている。
「…………」
「ほら、泣かないの。もう大丈夫だから。ね?」
「…………うん」
この時ばかりは自分でもびっくりするくらい素直に返事をしていた。
京香は俺が答えた返事を聞いて微笑んで、更に安心させるかのように頭まで撫でてくる。
そんな心地よいようなむず痒いような状況に。
稽古場の出入り口で、棒立ちの優梨。
「あ…………」
「…………」
「…………」
優梨は京香が俺を抱きしめていて頭を撫でている、今この現状をぽかんとした表情で見ていた。
なんというかはにわみたいだった――その位まで目を丸くしていた。
目を丸くというか、真ん丸だった。
「し、しししししし失礼しましたああああああああああああああ!!!」
優梨は顔をボッと真っ赤にさせるとそのまま、もの凄い速さで後ろに逃げていった。
「どどどどどどどうぞ、お二人の時間をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「こらあ! 誤解されるような言い方をするなあっ! また変な噂が立つでしょうがあっ!!」
京香は俺を抱きしめたまま叫ぶ。いや、何で今になっても抱きしめてんだこいつ。
「京香、み、耳元で……」
「あっ……ご、ごめん」
「……あと、もう大丈夫だ」
「そ、そう……」
ケンジがそう言うなら、と解放してくれる。
まあそれはいいとして……少し顔を合わせづらい。
「…………」
「…………」
お互い気まずい雰囲気が流れ、最初に口を開いたのは俺だった。
「……ごめん、な。なんか、情けないところ見せちゃって」
――それに……京香の攻撃なんて、俺にとってはどうという事もないしな。
そんな大口を叩いて、この有様だ。失笑ものである。
「……ううん、大丈夫」
と、京香はそれに、と続ける。
「何がどうあれ……嬉しかったから。ああいう風に言ってもらえて」
「そ、そうか……」
「……うん」
それならいいか。
と気まずい雰囲気も少しだけ払拭されたところで、京香は立ち上がる。
「じゃ、じゃあ夕食後にまた再開よ!」
「おう」
「今みたいに無理したら許さないからね!」
「――おう」
ちなみにさっきの出来事はしっかりと噂をされていた。
京香が言った、誤解されるような変な噂で。
「志野くんと篠崎さん、稽古場で二人だけの時間を楽しんでいたらしいよ」
「それって……」
「確定ね……」
そしてその噂が立っている間、当分は稽古場に行けずに外でやったりと、隠れるようにコソコソと特訓することになったというのは言うまでもない。
* * *
それから一週間。京香による特訓は毎日行われ、結果的には多少ビクつきながらも火には慣れるようになった。
あの周りが火で囲まれるのは未だに怖いが――それでも進歩した方だと思う。
で、慣れさせた方法だが――実際に使ってみるという方法だった。
まずは簡単な火の魔法を使ってもらい、マジックデバイスを使って同じような事をする。
実はこれにはパートナー――京香の魔法をよく知ってもらうという効果もあっての事か、彼女との連携に合わせる事もいつの間にか出来ていたのだ。
京香の火の魔法には大まかに四つのパターンがある。
一つ目は直線やカーブするなどの中距離攻撃。
二つ目はホーミング……というより京香自身が火を自由自在に操る形。
三つ目は周囲を炎で囲ったりする全体的な攻撃。遠距離にも可能。
四つ目は自らに炎を纏い、敵へと突っ込んでいく近接型。
つまり近・中・遠・広範囲と、完璧すぎるほどに彼女は見事に炎系魔法を操っているのだ。
その為、色々な攻撃パターンを持ち合わせた彼女の魔法を要入れば俺もそれに合わせることができる……のだが。
ここには二つの問題があるのだ。
一つは、京香が魔法を発動しなければ俺にも使えない、という事。
マジックデバイスは“発動した”魔法しか使う事が出来ない。
更にその読み取った魔法は時間が経つと消えてしまう、という時間制限制である。
そしてもう一つは、京香の使う魔法の魔力消費が大きい、という事。
近・中距離はまだいいとして、自ら操ったり、遠距離や広範囲で炎を振りまいたりするのに、かなりの魔力が必要とされている。
何故、魔力消費に問題があるとかというと――
「ちょっとケンジ! ぼやっとしてないでさっさと特訓続けるわよ!」
と、ここで京香が座って休んでいた俺に怒鳴るので、俺は立ち上がり、京香の方へと向かう。
放課後。俺と京香は稽古場で特訓を行っていた。
「大体の炎系魔法は扱えるようになったわね。ならそろそろ実践をしましょうか」
「実践?」
「ええ、実際に炎系魔法のみ使って対人戦をするのよ。実際に私とやってみましょうか」
と、京香は炎系の魔法を身に纏う。
「ちょ、ちょっと待て、いきなり――」
「じゃあ、行くわよ!」
俺が何か言う前に京香が先に動き、俺に向かって火の玉を投げる。
いきなり始めるんじゃねえ!
「――っ!」
俺は咄嗟に横へ避ける。……なのだが。
「うおっ……!」
火の玉は火花を散らし、こっちの動きに呼応するかのような動きをする――ホーミングか!
俺はマジックデバイスを使って同じ球を作り出し、相殺させる。
「そうやって相殺させるのもありだけど――それが次の攻撃に展開出来ないのが残念ね」
「なっ……!?」
いつの間にか炎を纏った京香はこっちに接近していた。さっきの球に気を囚われてるうちに近づいて来たのだ。
「くっ……!」
俺は繰り出される突きや蹴りを間一髪という感じに躱し、大きく後ろへ下がる。
「なら……これで!」
そしてさっきと同じホーミングの炎を京香に向けて撃つ。
すると、京香は避けようともせず、こちらに突っ込んできて――
「――っ!」
纏っていた炎を一点に集め、火の玉とぶつけ合って相殺したのだ。
京香は勢いを殺さずに再び炎を体に纏いながらこちらに体当たりをしてくる。
俺はマジックデバイスを操作して同じように体に火を纏わせると、さっきの京香同様に一点に炎を集める。
そしてそれを噴射。ジェット機のように横に噴射させ勢いをつけた俺は、そのまま京香の真後ろに回り込む。
「なっ……!」
もらった。
そう思い一気に京香に接近し、デバイスから火の玉を放とうとした、その時――。
突然京香の背中から魔法陣が出現する。
「っ!」
即座にやばいと判断した俺は炎をさっきのように噴射してその場から離れた。
そして俺がさっきまでいた所に火炎放射のごとくと言った感じの炎が振りかぶられていた。
あ、あぶねえ。そのまま突っ込んでいったらきっと火だるまになっていただろう。
「避けたのは褒めてあげるわ。懸命の判断よ」
そういう京香に再び魔法陣が現れる。
「なら、これはどうかしら!」
魔法陣から火の玉が複数現れる。
連射――!
俺はギリギリの所で襲いかかる火の玉を躱していく――が。
「くっ……!」
火の玉の連射は休むことも無く続けられる。
あの魔法――玉の数は無制限なのか!
これではキリが無い。俺はマジックデバイスで同じ連射魔法を発動。
と。
ブゥンと音を立ててマジックデバイスの画面から光が消えた。
「あ……」
目の前に発動していた魔法陣は消え――無数の火の玉が俺に襲いかかった。
「特訓って……」
ところ変わって放課後。女子寮にある稽古場にて仁王立ちしている京香とそれに向き合う俺。
魔法体育祭は五月二十四日。残すところあと二週間というところである。
他の組はもう既に体育祭に向けての練習を始めている、という事で負けじとAクラスも今日から各自練習する事になったのだ。
ほとんどの皆は学校のグラウンドや体育館、闘技場を使っているが、京香は何故かここを選んだのだ。
「なあ、普通にグラウンドとかにしようぜ……?」
「あんた馬鹿じゃないの? 学校に関わる所で練習していたら他の相手に戦術がバレちゃうじゃない」
「…………」
ここも学校に関わる場所だという事にお気づきではないのだろうか、彼女は……。
「他にも理由はある……あんたには超えるべき壁があるわ」
「壁?」
「火、よ」
京香が手を上に振りかざすとその手に小さな魔法陣が浮かびあがり、ポウッと今にも消えそうなくらいの火が灯される。
「それはこの前から……」
「この前から特訓で克服しようとしているのなら知っている。……でもね」
京香が念じるように目を閉じると、周りを囲うようにいくつもの魔法陣が現れ、そして――
「――!」
周り全てを火で覆われて、俺は恐怖心に襲われ身体が動かなくなる。
「私と組むって事は――これに慣れなくちゃいけないってことなのよ」
「…………くっ……うっ……っ……!」
俺は何とか意識を、気持ちを抑えるように必死に我慢する。
落ち着け、俺。
これしきで、狼狽えてどうする。
俺はまず俺自身に勝たなければいけないんだ――!
と、自分に何度も何度も言い聞かせて数分。ようやく燃え盛る炎、京香と目を合わせる事ができた。
「本当はこんな強引なやり方じゃなくて、もっとゆっくりと慣れさせたかったんだけどね……」
「でも、こうでもしないとっ……間に合わないん……だろ?」
「――あんたって変なところで頑固だし」
「負けず嫌い……って、言うんだよ」
そう、この体育祭においても俺は勿論というか無論、勝つ気でいる。
これが勝つための条件なら、俺はどんな事をしてでも慣れるつもりだ。
それに――。
これにはもう一つ理由がある。
京香がここまでやってくれて、『出来ません』じゃ申し訳ないからだ。
申し訳ない、じゃあないな。
正しくは、『期待に応えたい』だ。
期待に応えたい。
ここまでやってくれる京香に。
「じゃあ次は……どうすればいい?」
「次?」
「ああ……この火の囲いは、もう大丈夫だ。慣れた……。だから、その次を教えてくれ。どうすればいい?」
「……そうね、次はこの状況で――戦うのよ」
と、次の瞬間。
京香が一瞬にして目の前まで距離を詰めてきたので、俺は慌てて反射的に後ろに下がる。
しかしそのせいで、さっきより近くなった炎がゴウッと音を立て、俺の背中が硬直する。
いや、何を怖がっているのだ。
大丈夫だとさっき言っただろう。
そう、大丈夫だ。これくらい――!
「……正常な判断ができてない」
そんな俺を見て、京香は小さなため息をつく。
「ただ近づいただけなのに、あんたは逃げた。反射的にしては大袈裟すぎる。それはケンジがまだ火に抵抗がある証拠であって――」
「そん、な……こと!」
俺は腰を落とし、駆け出して一気に京香との距離を詰める。向こうから来ないなら――こちらからだ!
俺はそのまま突っ込み――
「――っ!?」
いつの間にか後ろを取られてしまっていて、腕を抑えられて後ろへと持って行かれてしまい、そのまま顔を床に押しつけられる。
「今のでわかったでしょ。今までのケンジならこういう風にならないように注意していた。――なのに、今こうして、簡単に私が一本取ってしまった」
「…………」
「……別にそこまで、慌てるようなことじゃないから。落ち着いて、ケンジ」
京香は周りの炎を消し、俺の手を離す。
どういうつもりなのだろうか。
と京香の行動に訝しむ俺を――彼女落ち着かせるかのように抱きしめてきた。
「っ!?」
あまりのいきなりの出来事にびっくりするが、何故か抵抗できず、する気も起きず、ただただ京香に優しく、温かく包まれていた。
「トラウマっていうのは、そんなすぐに治るもんじゃないわよ。だから、無理しなくて大丈夫よ」
その温かさは……さっきの炎とは違い。
俺を安心させるような――そんな優しい炎だな、と。
涙を流しながら思っていた時に。
ようやく。自分がさっきまで火を自分の予想以上に怖がっていた事に気がつく。
ああ、そうか。
心に残った傷はそんないきなり治らずに。
やはり怖いものは怖いのだ。
火が怖くて、恐くて。
自分自身に「大丈夫だ」と無理矢理言い聞かせていたのだ、俺は。
それを無理をしている、と俺より早く見抜いた京香は。
こうして、俺を落ち着かせてくれている。
「…………」
「ほら、泣かないの。もう大丈夫だから。ね?」
「…………うん」
この時ばかりは自分でもびっくりするくらい素直に返事をしていた。
京香は俺が答えた返事を聞いて微笑んで、更に安心させるかのように頭まで撫でてくる。
そんな心地よいようなむず痒いような状況に。
稽古場の出入り口で、棒立ちの優梨。
「あ…………」
「…………」
「…………」
優梨は京香が俺を抱きしめていて頭を撫でている、今この現状をぽかんとした表情で見ていた。
なんというかはにわみたいだった――その位まで目を丸くしていた。
目を丸くというか、真ん丸だった。
「し、しししししし失礼しましたああああああああああああああ!!!」
優梨は顔をボッと真っ赤にさせるとそのまま、もの凄い速さで後ろに逃げていった。
「どどどどどどどうぞ、お二人の時間をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「こらあ! 誤解されるような言い方をするなあっ! また変な噂が立つでしょうがあっ!!」
京香は俺を抱きしめたまま叫ぶ。いや、何で今になっても抱きしめてんだこいつ。
「京香、み、耳元で……」
「あっ……ご、ごめん」
「……あと、もう大丈夫だ」
「そ、そう……」
ケンジがそう言うなら、と解放してくれる。
まあそれはいいとして……少し顔を合わせづらい。
「…………」
「…………」
お互い気まずい雰囲気が流れ、最初に口を開いたのは俺だった。
「……ごめん、な。なんか、情けないところ見せちゃって」
――それに……京香の攻撃なんて、俺にとってはどうという事もないしな。
そんな大口を叩いて、この有様だ。失笑ものである。
「……ううん、大丈夫」
と、京香はそれに、と続ける。
「何がどうあれ……嬉しかったから。ああいう風に言ってもらえて」
「そ、そうか……」
「……うん」
それならいいか。
と気まずい雰囲気も少しだけ払拭されたところで、京香は立ち上がる。
「じゃ、じゃあ夕食後にまた再開よ!」
「おう」
「今みたいに無理したら許さないからね!」
「――おう」
ちなみにさっきの出来事はしっかりと噂をされていた。
京香が言った、誤解されるような変な噂で。
「志野くんと篠崎さん、稽古場で二人だけの時間を楽しんでいたらしいよ」
「それって……」
「確定ね……」
そしてその噂が立っている間、当分は稽古場に行けずに外でやったりと、隠れるようにコソコソと特訓することになったというのは言うまでもない。
* * *
それから一週間。京香による特訓は毎日行われ、結果的には多少ビクつきながらも火には慣れるようになった。
あの周りが火で囲まれるのは未だに怖いが――それでも進歩した方だと思う。
で、慣れさせた方法だが――実際に使ってみるという方法だった。
まずは簡単な火の魔法を使ってもらい、マジックデバイスを使って同じような事をする。
実はこれにはパートナー――京香の魔法をよく知ってもらうという効果もあっての事か、彼女との連携に合わせる事もいつの間にか出来ていたのだ。
京香の火の魔法には大まかに四つのパターンがある。
一つ目は直線やカーブするなどの中距離攻撃。
二つ目はホーミング……というより京香自身が火を自由自在に操る形。
三つ目は周囲を炎で囲ったりする全体的な攻撃。遠距離にも可能。
四つ目は自らに炎を纏い、敵へと突っ込んでいく近接型。
つまり近・中・遠・広範囲と、完璧すぎるほどに彼女は見事に炎系魔法を操っているのだ。
その為、色々な攻撃パターンを持ち合わせた彼女の魔法を要入れば俺もそれに合わせることができる……のだが。
ここには二つの問題があるのだ。
一つは、京香が魔法を発動しなければ俺にも使えない、という事。
マジックデバイスは“発動した”魔法しか使う事が出来ない。
更にその読み取った魔法は時間が経つと消えてしまう、という時間制限制である。
そしてもう一つは、京香の使う魔法の魔力消費が大きい、という事。
近・中距離はまだいいとして、自ら操ったり、遠距離や広範囲で炎を振りまいたりするのに、かなりの魔力が必要とされている。
何故、魔力消費に問題があるとかというと――
「ちょっとケンジ! ぼやっとしてないでさっさと特訓続けるわよ!」
と、ここで京香が座って休んでいた俺に怒鳴るので、俺は立ち上がり、京香の方へと向かう。
放課後。俺と京香は稽古場で特訓を行っていた。
「大体の炎系魔法は扱えるようになったわね。ならそろそろ実践をしましょうか」
「実践?」
「ええ、実際に炎系魔法のみ使って対人戦をするのよ。実際に私とやってみましょうか」
と、京香は炎系の魔法を身に纏う。
「ちょ、ちょっと待て、いきなり――」
「じゃあ、行くわよ!」
俺が何か言う前に京香が先に動き、俺に向かって火の玉を投げる。
いきなり始めるんじゃねえ!
「――っ!」
俺は咄嗟に横へ避ける。……なのだが。
「うおっ……!」
火の玉は火花を散らし、こっちの動きに呼応するかのような動きをする――ホーミングか!
俺はマジックデバイスを使って同じ球を作り出し、相殺させる。
「そうやって相殺させるのもありだけど――それが次の攻撃に展開出来ないのが残念ね」
「なっ……!?」
いつの間にか炎を纏った京香はこっちに接近していた。さっきの球に気を囚われてるうちに近づいて来たのだ。
「くっ……!」
俺は繰り出される突きや蹴りを間一髪という感じに躱し、大きく後ろへ下がる。
「なら……これで!」
そしてさっきと同じホーミングの炎を京香に向けて撃つ。
すると、京香は避けようともせず、こちらに突っ込んできて――
「――っ!」
纏っていた炎を一点に集め、火の玉とぶつけ合って相殺したのだ。
京香は勢いを殺さずに再び炎を体に纏いながらこちらに体当たりをしてくる。
俺はマジックデバイスを操作して同じように体に火を纏わせると、さっきの京香同様に一点に炎を集める。
そしてそれを噴射。ジェット機のように横に噴射させ勢いをつけた俺は、そのまま京香の真後ろに回り込む。
「なっ……!」
もらった。
そう思い一気に京香に接近し、デバイスから火の玉を放とうとした、その時――。
突然京香の背中から魔法陣が出現する。
「っ!」
即座にやばいと判断した俺は炎をさっきのように噴射してその場から離れた。
そして俺がさっきまでいた所に火炎放射のごとくと言った感じの炎が振りかぶられていた。
あ、あぶねえ。そのまま突っ込んでいったらきっと火だるまになっていただろう。
「避けたのは褒めてあげるわ。懸命の判断よ」
そういう京香に再び魔法陣が現れる。
「なら、これはどうかしら!」
魔法陣から火の玉が複数現れる。
連射――!
俺はギリギリの所で襲いかかる火の玉を躱していく――が。
「くっ……!」
火の玉の連射は休むことも無く続けられる。
あの魔法――玉の数は無制限なのか!
これではキリが無い。俺はマジックデバイスで同じ連射魔法を発動。
と。
ブゥンと音を立ててマジックデバイスの画面から光が消えた。
「あ……」
目の前に発動していた魔法陣は消え――無数の火の玉が俺に襲いかかった。
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