魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

第一種目「魔法体育祭1」

 『体育祭』とは魔法が生まれて以来、中学・高校では廃れて行ってしまった行事である。
 徒競走、大球送り、二人三脚、玉入れ、ムカデ競走、綱引き、障害物競走、騎馬戦、組体操、パン食い競走、長距離走……。
 それらの種目に魔法を使ってしまえばもはや勝負にならなくなってしまう、との事でまだ魔法を使えない小学生達だけ、学校行事として『運動会』が残っていると言えよう。
 中には『魔法を全面禁止した体育祭』などを実施している学校もあるというが……ほとんどの中学・高校ではもうやっていないのである。

 では私立桟橋学園は前者であるか後者であるかと聞かれたら『どちらでもない』というのが正解だろう。

「ではこれから『魔法体育祭』の種目分けをします!」

 教壇に立った学級委員である篠崎京香が仮想ノート板にて種目を表示させていく。
 玉入れ、障害物競走、大球送り、棒倒し、魔法闘技大会(個人・団体)。
 一見、最後以外は割と普通のラインナップだが、昔――魔法がないときのルールとは随分と違う。

 例えば玉入れ。玉は小さな布袋にジュズダマを入れた球、お手玉と言った方が早いだろう。そしてその玉を入れるゴールはサッカーゴールである。
 この『魔法体育祭』は基本クラス戦なのだが、玉入れに関してはくじ引きで赤と白の二つのチームに分かれる。

 つまり玉をバスケットボールの如く、上に投げ入れるようなものではなくむしろハンドボールと言ったほうが正しいだろう。

 しかし、二つの条件がある。
 一つ目は玉を投げるのは魔法しか使えないこと。
 二つ目はキーパーの存在だ。

 つまり白のゴールに赤のキーパーが、赤のゴールに白のキーパーが立っていて、相手のゴールを防ぐという役目だ。
 なお、ゴールキーパーに関しては玉を防ぐのに体を使っていいとされる。……最も、魔法も使わないと到底勝ち目がないが。

 勝敗ルールは簡単。どちらかが先に三百個の玉全てを入れるか、制限時間内にどちらが多く入れるか。
 ゴールはサッカーゴール五つ。そこに六人のキーパーと三十人の投げる者達。

 ルールとして玉に書いてある番号のゴールに入れないと無効とされる。つまり一番のボールは一番に、五番のボールは五番に入れないといけないという事だ。
 あと、攻撃側と守備側の境界線。まあ、これは説明するまでもないだろう。
 また、魔法面に関してもルールがあり、『人に向けての魔法を禁止する』という条件がある。

 棒倒しの方は簡単だ。直径十メートルの円の中心に直径一メートル、長さ三メートルの棒を立たせる。その棒に魔法攻撃をぶつけて倒せば勝ちだ。

 ルールとして直径十メートルの円の中に入ってはいけない、人に向けての魔法は禁止などなど。
 と、まあそれぞれに魔法を入れた場合のルールが入っているのだ。

「他のクラスはゴールデンウィークに入る前に決めたらしいから、私達も今日中に決めるわよ!」

 ちなみになんでAクラスは決められなかったのかというと、学級委員である京香がゴールデンウィークギリギリまで休んでいたからだ。
 もちろん、俺が代わりに決めるという事も出来たのだが……何せ『あの時の俺』はほとんど無意識状態に近く、「頼もうにも頼めなかった」らしいのである。

 まあそれはさておき。俺も学級委員なので教壇に立ってはいるが、進行は京香に任せてあるので、チラリと競技のラインナップを見る。
 玉入れには六人、障害物リレーには十人、大球送りには十三人、棒倒しには十五人、魔法闘技大会には個人に男女別二人、団体に男女混合二ペア四人。

 ふむ、この魔法が前提とされている競技の数々、俺が出来る競技となると――

「魔法闘技大会かな……」

 ルールは模擬戦と同じであり、自分にとって一番やりやすい競技はこれだろう。
 と、そんな俺の呟きを京香は聞き逃さなかった。

「ケンジは闘技大会に出たいのね。ちなみにどっち?」
「え? ええと……そこらへんはまだ決めてないというか……」
「……だそうだけど、個人団体問わず他に闘技大会に出たいという人は?」

 という京香自身が手を挙げ、俺の数少ない男友達である大崎シュウもビシリッと手を挙げた。

 今のところ、候補は三人か。

「僕は団体戦を希望する! よければケンジ、一緒にペアを組まないか?」

 と元気よく言うのはシュウ。
 うーん、シュウと団体戦かあ……。


「これは……修羅場の予感!?」
「篠崎さんを取るか、それとも大崎くんを取るか……!」
「これは志野くんにとって運命の選択肢ね!」
「うん……うん? こういうのって、女子二人が男子一人を取り合うか男子二人が女子一人を取り合うものじゃないのか……?」
「薄い本が厚くなるわね!」
「あたし、そういうの嫌いじゃないから!」
「お前らは何を言っているんだ……」


 クラスメイト(特に女子)がよくわからない会話をしていたが、気にしないことにする。

 確かにシュウとはゴールデンウィーク時に一緒に訓練もしたし、まあ悪くないだろう。
 さて、京香はなんと言うのかと、思うと意外にも

「あ、じゃあ私は個人でいいわ」

 とあっさりと言ってきたのだった。

「え……いいの、篠崎さん? 男女混合だから志野くんともペアになれるわよ?」

 書記担当の豊岸千恵子も確認するかのように京香に聞く。

「いいの、いいの。別にケンジと組みたくないってわけじゃないけどどうしても組みたいってわけでもないし……」

 それに、と京香は付け足す。

「私の魔法は団体戦に向かないから……」

 と、自嘲気味に笑う。
 その表情は――なんとも弱々しく見えたのは気のせいではないだろう。

「…………」

 団体戦に向かない、というのは自分の魔力が高すぎる為、下手したら味方まで巻き込むからであろう。
 確かに京香の魔法は強力過ぎる為、一人で戦闘するスタイルの方があっていると言える。
 まあそもそもこれは京香の意見だし、別に口出し出来ることじゃない――だが。

「なあ、という事は俺が一緒に団体戦やろうと言ったら嫌じゃないと?」
「ん? まあ、別に嫌じゃないけど」
「じゃあ決まりだな。豊岸、団体戦には俺と京香のペアで組む。記入よろしく」
「なっ……!?」

 俺の一言に京香は驚愕し、豊岸は黙って親指をぐっと上に突き上げて快諾、クラスメイト(特に女子)はキャーキャー喚き、シュウはがっくりと膝をついていた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何、勝手に決めてんの!」
「と言っても、お前は嫌じゃないんだろう?」
「そ、それはそうだけど……!」

 もごもごと口ごもる京香の肩をがしっと掴む俺。

「いいか、よく聞け京香」
「な、何よ?」
「俺はお前のことを尊敬している。周りから浮かないように昔から努力しているお前を。何の努力もしてない俺とは違って」
「そ……それがどうしたって言うのよ」

 少し反抗気味に、怒ったように目を吊りあげる京香。
 それでも、俺は真剣な眼差しで目の前にいる彼女を見つめる。

「だからそういう自分には無理だ、なんて事を言うなよ。やってみなくちゃわからないだろ?」
「…………」
「それに……京香の攻撃なんて、俺にとってはどうという事もないしな」
「……った……ゎね…………」
「ん?」
「言ったわね! なら、やってやろうじゃない! 巻き込まれても知らないわよ!」
「ああ、望むところだ」

 そう。それでこそ京香だ。
 いつも強引に、みんなを引っ張っていく存在。
 そんな彼女に弱気な姿など似合わない。
 ……とは言ってみたが、京香が引っ張るのは主に俺だけのような気がするんだよなあ……。まあいいか。

「……折角の誘いだけど悪いなシュウ」
「いや、気にしないでくれ……但し、ケンジ!」

 と、シュウは落ち込むように床を見つめていたがガバリと顔をあげる。

「クラスで団体戦は二ペアだ!」
「ああ、そうだな」
「僕は他にペアを組み、決勝で君と改めて戦おうではないか!」

 団体戦で同じクラスは二ペア出る。その二ペアが戦うのは必ず決勝でしか戦えないようにトーナメントが組まれるのだ。
 そりゃ、クラスメイト同士で点の取り合いとか、アホみたいだしな……。
 つまりシュウはもう一つのペアとして他の人と組み、お互い勝ち続ける事によって決勝で戦えるという事だ。

「いいぜ、決勝でやろうか」
「はっはっは、今度は負けないぞ!」

 面白い。ゴールデンウィークの時も引き分けだったり俺が勝ったりシュウが勝ったりで五分五分の勝負だった。ここで白黒つけようじゃねえか。

「修羅場……」
「修羅場だわ……」
「修羅場……なのか、これは……?」

 謎の発言をしているクラスメイトの一部(主に女子)の言葉は気にしないことにしよう。

「はい、じゃあ次に玉入れをやりたいって人は手を挙げなさい!」

 と、京香が再び進行をする。

「いち……にい……さん……。他には?」
「……はい」
「ん? 千恵子?」

 と、おずおずと手を挙げたのは豊岸である。

「この競技、やってみたかったの」
「ふむ、なるほどね。じゃあ今の四人は決定。次に障害物リレーは? やりたい人?」
「はいはいはい! 三縁っちにお任せあれ!」

 と三回返事してガタリッと音を立てて、椅子から立ち上がるのは出席番号一番、黒ツインテール女子――秋原三縁。
 相変わらずの元気のいい奴だ。
 最も、元気が良すぎて勢いよく立ち上がった為、腰の位置までの長さであるツインテールの片方が三縁の後ろの席の男子である阿部の目に直撃して、彼が目を手で覆いながらバタバタしている姿に彼女は気がついていない。

「はいはい、三縁。席を立たない。他にやりたい人は?」

 とちらほらと手を挙げる人を確認してそれを記入していく豊岸。

 こんな感じで進めていったのだが……。

 困ったことにほとんどの男子が魔法闘技大会の団体戦希望に手を挙げた。

「さっき手を挙げた私とケンジとシュウは決まっているから、空いてる枠は一つだけよ?」
『無論、譲る気はない!』
「そ、そう……」

 男子勢の息の合った返事に、京香は若干たじろぐ。
 何をそんなに彼らを引き立てているのだろうか……?

「よく考えたらこれ、志野をボコれるチャンスじゃねえか……!」
「こんな美味しいチャンス、誰にも譲れねえ……!」
「今まで逃げられてきたが、今度ばかりはそうはいかないぞ……!」
「今までの恨み、ここで晴らすべし……!」
「男子の敵め……!」
「モテない俺らの事も考えやがれ……!」
「じゃあ公平にじゃんけんで決めなさい」
『おうよ! 絶対勝ってやる!』
「はは……は……」

 京香の案の元、急遽Aクラス男子じゃんけん大会が開催。その参加者たちは全員負けるまいと闘志を燃やしているかのように目をギラギラとさせていたのは言うまでもない。

 どうやら男子の目的は体育祭の優勝だけではない、ということだけわかった。

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