魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

開会の辞「ゴールデンウィーク 1日目」

 ゴールデンウィーク初日。午前九時半。

 俺は待ち合わせである女子寮玄関口にて豊岸を待っていた。

 まあ五分前行動を心掛けているので、この時間の五分前に既に待機しているのだが……そろそろ指定された時間なのに、豊岸が来ないのでもう少し待ってみることにしていた。
 そういえばこうして学園の外に出るのはこれが初めてかもしれない――あの過去は外に出るとは少し違うのでカウントしないようにしている。

「おはようケンジくん。どこかにお出かけ?」

 と待っている俺に話してかけてきた、眼鏡をかけている彼女は比良坂やよい先輩。三年生で、この寮の寮長でもある。

「ええ、まあ」
「外で待っているところを見ると京香ちゃんや優梨ちゃんではないみたいわね……うふふ、モテるわねケンジくん」
「いや、これは約束したことというかなんというか……」

 少なくとも彼女にそういう気持ちがあるとは到底思えない。

「そうかしら? 休日に異性と出かけるなんて、相手も色々考えたりしているんじゃないの?」
「ははっ、どうでしょう……荷物持ち替わりの便利役としか思ってないんじゃないかと」

 何せ、あの豊岸だ。大方、そんな感じだろう。

「ふうん……ところでケンジくん。その奇抜的なファッションは何?」

 と、比良坂先輩は俺の姿を訝しげに見始めた。

「いや、よく思い出したら俺って結構顔が割れているような気がして……」

 これは昨晩京香に指摘されるまで気がつかなかった事だ。
 そうなのだ、元々自分は報道陣などの人から逃げるようにしてこの学園に逃げ込んできたのだ。
 報道陣、という事は当然ニュースになっているだろう。比良坂先輩もそれで俺のことを知ったんだし。
 と、なるとだ。

「いつもの素顔をさらけ出した格好では危険ではないのかと……」
「そういう事です」
「でも、そのファッションはどうかと……はっきり言って、無茶苦茶怪しいわよ?」

 と、俺が被っている帽子とサングラスを指摘する先輩。
 まあ、それは俺も思っていたところだ。普通に犯罪者とか見えて逆に悪目立ちしそうだ。

「せめてその怪しさ満載のサングラスは外しなさい」
「あっ」

 と言うが早く、先輩は慣れた手つきのように俺のかけていたサングラスを外す。
 なんか流れるような動作だったから何も反応出来ずに取られた……。

「まあデート楽しんできなさい」
「いや、デートではないんですが……」
「またまた、謙遜しちゃって」

 いや、本当のことなんだけどなあ。
 比良坂先輩は「では邪魔者は退散しますねー」と茶化すようにして去っていった。
 そして入れ替わるように豊岸が寮の中から出てきた。どうやら彼女も寮生だったらしい。

「待たせたわね志野くん」
「いや、全然」

 本当にそこまで待っていないので俺は首を横に振る。

「いえ、そんな事ないわ。最初の志野くんを見たとき、不審者が女子寮をウロウロしていると勘違いして少し様子を伺っていたの。で、比良坂先輩と何事か話していて、サングラスが取られた時に、ああ志野くんだったかとやっと気がついた模様よ」
「そ、そうか……」

 どうやら豊岸でさえも俺は不審者に見えていたらしい。というか、指定した時間ぴったりに来ていたのか。
 うん、行く前に気がついて本当に良かった。

 と、ここで豊岸の私服が気になり確認をする。
 薄いピンクのノースリーブ型ワンピースにデニムシャツを羽織っている。いつもと違う、可愛らしいという雰囲気に目が奪われる程である。

 そんな俺の視線に気がついたのか、少し俺との距離を離す豊岸。

「とてつもなく嫌な予感がするわね」
「いやいや、別に何もしないから……」
「そう? だって志野くんよ?」
「なんで俺が軽蔑の目で見られるような名称みたいになってるんだよ?」
「え? それはそうじゃない。私はそういう風に志野くんって呼んでいたのよ? 貴方のことを『駄犬』とか『クズ』とか、とても呼べないわ。だって駄犬やクズとかに失礼じゃない」
「『志野くん』って、そこまで酷い意味だったのか……」

 なんだろう、いっそ『駄犬』とか呼ばれる方がマシに思えてきた。――ここだけ聞くと、Mって勘違いされそうだな、俺。

「さあ行くわよ志野くん。今日はハードスケジュールなんだから」
「え、ただの買い物じゃないのか?」
「何言ってるのよ。トラックの荷台ぐらいの量を買うつもりよ」
「俺を殺す気か!」
「まあまあ冗談冗談。でも、色々と回りたい店はあるのよ」

 と、豊岸が歩き始めるので、俺もそれに倣うようについていく。
 そしてその俺と豊岸が歩いていく姿を女子寮にいるグループが目撃。

「わっ、志野くんがいつもと違う女の子と出かけてる……!」
「いやはや、モテるねえ志野くん」
「…………」

 出て行く際に聞こえたそんな会話は聞こえなかったことにした。


 * * *


 学園から離れ、住宅街が続く道を歩く俺と豊岸。正直、ここら辺はよく歩いたことがなかったので俺としては非常に興味深い。……だが、住宅はある反面、店とかは少ないなあと感じた。

「なあ、どこに行くんだ?」
「決まっているじゃない。駅よ、駅」
「駅?」
「そう。ここの周りにはなんもないから都内へ行くのよ」
「なるほど。それで行き先は?」
「原宿よ」



 魔法が生まれても、1990年代から日本の 治安は全体的にそんなに変わっていないのだという。47都道府県の国民制度の政府。魔法という存在が認識されていながら、王政などの実力主義にはならずに、今でも民主的に回っているようだ。
 また、テレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電用品も昔と比べて構造が魔法式になっただけで今も発達しているという。

「連絡手段とかどうしてるんだ?」
「普通にテレパシーを使ってるわ。……ああ、志野くんには出来ないか」

 最後の部分は少し遠慮がちに豊岸が言う。なるほど、それも魔力が必要という事か。
 ちなみに今は電車の中。乗り物類も魔法式で、昔とあまり変わらないらしい。――と思っていたが。

「空飛ぶ各駅専用の電車なんて、初めて乗るなあ……」
「私たちが生まれてきた時からこういう風な交通になっているのよ」

 無人型自動電車。浮遊魔法を使い、空中を行き来する電車。車両は基本的に三両編成で、目的の駅にしか行かないのが特徴である。例えば上野駅から原宿駅に行きたいのなら原宿行きの電車に乗る。そこは上野駅と原宿駅しか止まらない。
 その為、駅の中の電車の数はかなりの数を超えているのだ。
 いいところとしては乗り過ごすことはなく次に止まる駅で止まればそこが目的地であること、悪いところとしては多すぎてどこがどこ行きなのか、数が多すぎてわかりにくいこと。俺も豊岸がいなければ完全に駅で迷子になっていたところだ。

「まったく……前みたいに各駅停車とかの方がまだ良かったぜ……」
「えっ……前って。その交通システムって1990年前よ? 志野くん、まだ生まれてないでしょ?」
「え? ああ、そうか」

 そういえばそうだ。何で生まれる前の話なんかしているんだ俺は。
 いや。それ以前に何故、そんな記憶を持っている。
 まるでそういう電車に乗ったことがあるような――。

 と、『まもなく原宿に停車致します』というアナウンスが入るので俺はそこでまあいいかと考えるのをやめた。
 せっかくの買い物だ。楽しまなくちゃな。


 * * *


 と思っていたが、「これって元々豊岸の買い物なんだから、必ず楽しめるとは限らないじゃねえか」と当たり前のことに気がついたのは正午を過ぎた辺りだった。

 豊岸は原宿の竹下通りという店がずらりと立ち並ぶ通りに入って否や、各店舗をそれぞれ立ち回っていったのである。
 洋服をメインとした買い物に少し驚いた。
 豊岸のそういう女の子らしいところをあまり見たことがないからである。よく観察してみれば右手にシュシュ、左手には可愛らしいデザインの腕時計とオシャレな彼女である。

 そういうところをもっと強調すればモテそうなのになあと思ったが、そこを強調しても結局はみんな離れる事になるだろうと思い直す。

「何ぼーっと立っているのよ志野くん。さっさと荷物を持ちなさい。これくらい雑用様ならお安い御用よ、雑用様様よ。そんな事も出来ないのかしら?」

 何故なら、このなりふり構わず毒舌を吐きまくる女子に恋愛感情など求められないからである。

 とまあ何も衣服の店だけではなく本屋などにも寄っていた。
 目的は魔法についての本、だそうだ。

「私とて、魔法についてそれなりに興味があるし」
「なら、学校の図書室にあるので十分じゃないか?」
「馬鹿ね。新刊とか学校がすぐに仕入れると思わないし、第一私は気に入った本は自分の所有物にしたいのよ」
「なるほどな」

 学校の図書室から借りる本の大体は金額が高すぎて買えない本ばかり借りてるわと付け足す豊岸。

「それに重い物を志野くんに持たせないと何だかつまらないし」
「そんな目的のために買うんじゃねえよ」


 * * *


 そうして今に至る。

 午後三時頃。「そういえばお昼がまだだったわね」と買い物に夢中になっていた豊岸がようやく気がついて、近くのファーストフード店に入っているのだ。
 そしてその店内の椅子に俺は足を投げ出すかのように座っていた。
 正直、疲れた。三、四時間はずっと歩き回っていたんじゃないのだろうか……。
 これも俺をこき扱う行為なのかと思ったが後で聞いてみたところ、豊岸本人は「馬鹿ね。女の子の買い物ってこういうものなのよ」と、呆れ顔で言われた。どうやら特に悪意はなかったらしい。

「お疲れ様。今日、付き合ってくれたお礼よ」

 と、目の前にドリンク及びハンバーガーを差し出す豊岸。

「え、いや、払うぞ?」
「いいの、気にしないで。それとも私の小汚い金じゃ食べたくないってこと?」
「小汚い金って。そんなことないが」
「そうね、小汚いのは志野くんだもんね」
「余計なことを言うな」

 俺はそう言いながら、そこまで言うのならと目の前のハンバーガーに食いつく。お腹も減っていたせいなのか、あっという間に食べ終えてしまった。

「ふう……これで買い物は終わりか?」
「ええ、まあ買いたいものも買えたから満足よ」

 満足げに言う豊岸。色々と回って実際に買ったものは少なかったが、それでも結構な量なのではないかと俺は手に下げていた大きな紙袋を見る。

「今日はありがとうね志野くん」
「……おう」

 豊岸がお礼をするところなんて初めて見た俺は、その慣れない態度に少し戸惑ってしまった。
 もしかして、彼女の性格は本当は優しいのではないのかと思う。買い物の付き添いと称しながら実は暇な俺だった外で遊ばせてくれるという機会を与えてくれた。彼女は建前で毒舌を吐いているだけであって、実はものすごい優しい子なのでは――

「それと、その奢った分も貸し一つとして付けておくわ。今度また買い物に付き合いなさい」
「…………」

 訂正。計算高い彼女はどうやら中身も真っ黒であるようだ。

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