魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

偽りの魔力3

 学校生活はまだ二日目、という事なので本格的な授業はまだのようだ。一・二時限目は学校内の施設紹介である。

 この桟橋学園はさっき書いたとおり、無駄に広い学園だ。中等部・高等部とあり、それぞれに専用の教室が多々あり、その施設数は百を超えるのである。全く、どういう事を考えてこういう風に無駄に作ったんだここの創設者は。

 俺たちはその半分くらいの施設を回って、ようやく授業が終了した。
 教室に戻ると、自分の席に座り突っ伏する。

「あー……疲れた……」

 突っ伏しているのは俺だけじゃない。他のクラスメイトも疲れた顔で席に座っていたり、他の人と喋っている。
 何せ五十分間ずっと歩いていたのだ。疲れるのも当然だと思う。

「楽しそうな学校じゃない!」

  ——俺の目の前にいる女子生徒を除いて。

「あのな、魔法実験室、魔法研究室、魔法技工室……なんでも魔法って付ければいいってものじゃねえんだぞ」

 俺がそう言うが京香は全く耳を貸さない。

「うんうん、この学校に来て正解ね」

 何が彼女をそんなに満足させたのか全く理解出来ない。

「はーい、では次の授業を始めますよー」 

 と、担任教師の桜先生が入ってくる。

「あの人も俺たちと同じように歩いたのに、なんであんなに元気なんだろうか……?」
「さあ?  体力があるからじゃない?」

 桜先生はいつもと変わらない笑顔で教壇へ立つ。

「この時間では各委員を決めてもらいますよー」

 教壇の後ろにある、魔力を使って表示される魔法専用の板のようなもの、まあ大きな画面と言った方が早いか——仮想ノート板に委員の名前が表示される。
 学級委員、書記、風紀委員などなど……。様々な役割が表示されていく。

「それでは、まず最初に学級委員を決めますー。男女1人ずつですよー」

 学級委員というとあれか。クラスの代表的なやつだろう。
 こういう面倒な仕事は他の人に任せるべきだな、うん。
  周りを見回してみるとざわざわとしているだけで、誰も自ら立候補しようとする人はいない。
 あ、そうだ。俺は後ろを振り返る。

「京香やってみたらどうだ?  学級委員」
「え?  嫌よ、面倒じゃない」

 京香がしかめ面をする。どうやら俺と同じ意見だそうだ。

「でもよ、学年一番の新入生代表だし。代表って事は多分だけど実技試験もトップなんだろ?  十分に適任だと思うんだが」

 と、俺が話しているとクラスメイト達はしんと静まり返り、俺たちを見ていた。
……はて、どうしたのだろうか?

 と次の瞬間、静まり返っていた空気が一転し、みんなが矢継ぎ早に意見を言い合う。

「それなら篠崎さんでいいじゃない!」
「うん、篠崎さんがいいと思う!」
「篠崎さんが適任だな!」

 完全合意。クラスが心を一つにした瞬間であった。

「ちょ――!?」

 京香が慌てて否定しようとするが、既にクラスメイトは「篠崎!  篠崎!」と、篠崎コールを行っていた。

「みんなもこう言ってるし……篠崎さん、やってくれないかしら?」

 桜先生まで京香を指名。その皆からの空気に耐えられなかったのか、京香はプルプルと震えながら席から立ち上がる。

「や……やればいいんでしょ!  やれば!」

 もはや逆ギレにしか見えないが、皆は盛大な拍手を京香に送る。
 どうやら皆も学級委員という面倒な仕事を誰かに押し付けたかったそうだ。
 京香は俺を睨むと教壇までずんずんと進んでいく。

「では、男子の方も決めたいと思います!」

 と言うなり、仮想ノート板に何か書いていく。
 えーっと、なになに……。

『候補……志野ケンジ』

「おいちょっと待て」
「意見がある場合は手を挙げなさい」
「…………」

 俺は素直に手を挙げると、京香は満足そうに頷き、「はい、どうぞ」と促す。

「なんで俺の名前が書かれている?」
「候補だからに決まってるじゃない」
「なんで誰も意見してないのに、候補に上がるんだよ」
「それは、あたしが推薦したからよ」

 ニコニコとしながら言う京香を見て納得する。
 こいつ、さっきの俺の仕返しだな。いや、別にわざとああいう風にしたわけじゃないんだがな。

「で、どうかしら? 他に立候補したい人はいる?」

 当然、さっきの流れからして誰も手を挙げる事はない。京香は候補にまず俺を上げて、みんなも「それでいいや」と思わせて俺を巻き込むつもりなのだろう。
 何か手はないのか、と考えていた所で一筋の光が。

「いや、僕も学級委員に立候補する!」

 声の方を見ると、銀髪のギザっぽい男子がピシッと手を挙げていた。

「……えーっと、あんたの名前は……」

 予想外な出来事に京香は少し混乱しながら男子生徒を見る。

「僕は大崎シュウという!」

 男子生徒——大崎シュウがはきはきとした声で答える。っていうかもう少し声の音量を下げられないのだろうか。ちょっとうるさいんだが。

「ふ、ふーん……な、なるほど。立候補ね」

 京香は苦々しく笑う。
 それもそうだろう。誰かに推薦された人より自らしたいと言った人の方が優先されるのだから。この場合、あの大崎シュウという男子生徒が選ばれる、というわけだ。
 京香はチラリと俺を見ると小さく舌打ちをする。舌打ちすんなよ、学級委員が。

「じゃあ男子の方は――」
「何だって?  納得がいかない?」

 京香が諦めて大崎の名前を言おうとした時、それを遮る声がする。
 声の主は誰であろう、大崎シュウである。……は?  大崎シュウ?
 自分で立候補しておいて、自分で止めるって、わけがわからないのだが。
 京香はポカンとした表情をしていたが、慌ててシュウに言う。

「い、いや、別に納得がいかないなんて一言も」
「それもそうか。自分が推薦した人が他の人が出てきただけで落とされるなんて……納得がいかない気持ちもわかるぞ!」
「いや、だから……」
「そうだな!  ここは男らしく白黒はっきりさせようじゃないか!」

 待て待て、状況がよくわからないので一旦整理してみよう。

 まず、俺が学級委員に推薦される。
 次に、大崎が立候補する。
 この場合、意識の高さなどで立候補した大崎の方が優先される。
 だが大崎、これを断る。

 ……整理しても、全然わからねえ。
 まるで一人芝居をしているように会話をする大崎は未だポカンとしている俺に指を突きつける。

「志野ケンジ!  君に魔法模擬戦を申し込む!」
「…………は?」

 魔法模擬戦とは……まあ説明しなくてもわかるだろう。魔法を使った模擬戦だ。

 2014年現在。魔法技術の影響で戦争が勃発しているこの時代。
 日本はまだ戦争に参加こそしてないが、いつ参加することにはわからない状態にまでなっているのは明白である。
 そこで、政府は教育機関に自主防衛の為として、授業の魔法学に実践を入れるように声をかけているのだ。
 本来、一般的な学校では生徒に魔法学だけに戦闘をさせ、生徒の自由で模擬戦などやらせない。というか、魔法を無許可に使用する事を禁じている。

 だが、この学校は魔法の使用禁止などしていないのだ。
 魔法が全てではない――と、学園長は言っていたが、理事長は考えが少し違うようだ。
 『魔法が全てではないが、魔法はこの世において武力となるものである』——これが理事長の主張らしい。
 もっとも、教育委員会には『実践的な魔法を進歩させ、生徒の向上をさせる』的な上塗りな理由で制定させているが。
 学園内での移動魔法等、直接攻撃性のない魔法は使用可。攻撃性がある魔法の使用は基本禁止。
 だが、教員の許可を取り『魔法模擬戦』ではどんな魔法を使ってもいい——ということになっている。
 その場合、理事長が自ら制作したフィールド魔法『魔術抑止結界』という空間の中で模擬戦が可能である。どんな魔法を使ってもいいが、対戦者のどちらかが戦闘不能になると強制的に魔法は使えなくなるという魔法である。
 魔法を抑える、だなんてどうやっているのかわからないが……まあ絶対安全な空間というわけだ。

 つまりこの学園に入学してきた生徒の大半は少なくとも魔法に興味を持っていて、それも戦闘面など武力的な方向の勉学を学ぼうとここに来たわけだ。

「いや、別に争うことはなくても、お前に譲るんだが……」

 おずおずと俺は大崎に言う。
 そもそも学級委員なんてやりたいと思わないし、やる気のある奴に任せるのが適任だと思うのだが。
  崎はふむ、と少し考える仕草をすると俺に挑発をするような言い方をする。

「逃げるのか?  志野ケンジよ」
「いや、逃げるとかじゃなくてな」
「魔力がない少年よ——自分に力がない事をいい事に逃げているのではないのか?」
「……は?」

 ここで自制心を抑えられなかったのが失敗だった。感情のままに返事をする。

「お前には関係ないことだろうが。何も知らないくせに」
「ああ、関係ないさ。僕にはなんの関係もない。それに君の事なんか何も知らない、僕は君じゃないからね」
「それなら――」
「じゃあ何故君は僕の勝負に断る?」
「だから別に」
「『別に争わなくてもいいから』。しかし、それは建前であり、本当は力がない事から、が本当の理由ではないのか?」

 『力がない』という言葉に俺は反応し、ガタリと椅子から立ち上がる。

「そんなの、やってみなくちゃわかんねえだろうが」
「じゃあ僕の勝負を受けるということという解釈でいいのかな?」
「ああ、やってやるよ」
 こうして。
 俺と大崎シュウとの模擬戦が決定されたのだった。


 * * *


「あんた、馬鹿でしょ」

 模擬戦の為、模擬戦用の演習室に移動する。その間、京香に馬鹿にするような口調で俺に言う。

「あんな挑発になんで乗っかるのよ。言いたい奴には言わせておけばいいのに」
「そうだよな……」

 よく考えたら別に気にしなくてもよかった話なのに……何故か急に熱くなっていたのだ。

「まったく、余計な事ばっかして……」

 と、ブツブツという京香。俺は反論が出来ずにただ口を閉じているばかりである。

「でも、ケンジの力量がわかるからいいけど。勝算はあるの?」

 俺はポケットの中のモノを確認する。……あ。

「どうしたのよ、なんか『やってしまった』って顔しているわよ?」
「いや、多分大丈夫だと思うんだが……ちゃんと起動してるし」

 ふうん、と京香は俺が取り出した『それ』を見る。

「それにしても、なんか見たことない形をしているわね、それ。あんたはそれがなんなのか、わかっているの?」
「いや、俺も使い方ぐらいしかよくわかんないんだよな」

 と会話をしていると、教室から一番近い『魔力演習室1005』へ辿り着く。

「まあ、ケンジが買った喧嘩のようなものだから、ちゃんと勝ちなさいよ?」
「大丈夫だ、どんな勝負においてでも俺は負けるのは嫌いだから」

 だから、模擬戦だろうが『負ける』という選択肢は元からない。
 演習室の扉が開き、中へと入る。


 * * *


「――ではこれより、模擬戦のルールを確認します」

 審判の桜先生が俺たちを一瞥する。

「フィールドはこの部屋内。そこから出たら敗北とみなします。魔術抑止結界によりどちらかが戦闘不能になる、もしくはどちらかがフィールド内から出るのが勝敗の付け方です。今回は制限時間二十分を制定します。よろしいですね?」
「「はい」」

 先生の確認に俺と大崎が頷く。
 大崎は片手にカードの束を、俺は例の物を持っている。
 演習室は教室の約二倍の大きさ。机や椅子などはなく、観戦用のスペースまで設けられている広い空間である。
 つまり戦闘不能にさせるか、ここから出したら勝ちということだ。

「それでは……開始!」

 と、先生が右手を振り上げた瞬間。
 俺は向こう側の壁まで吹き飛ばされた。
 声も出す暇もなく、何か見えない力によって壁に叩きつけられる。

「……!」

 俺は床に転がるように倒れたが、すぐに起き上がる。

「さあ、始めようではないか」

 手に収まるサイズのカード状の束の魔法道具を持った大崎がニヤリと笑った。


 * * *

 そういえば魔法道具についての説明がまだであった。
 魔法道具とはその名の通り、『魔法を使用する際に使う道具』である。
 様々な形があるのだが、性能は大きく二つに分かれている。
 一つは優梨のタイプ。どんな所でも魔法陣を書くことが出来る。利点としては自由に魔法陣を描くことが出来るのだが、欠点は展開までの時間が遅い、という点だ。
 そしてもう一つのは既に魔法陣が書かれているタイプ。展開が速いという利点だが既に魔法陣が描かれている為、自由に魔法を変形出来ない。
 大崎が持っているのは後者のタイプの方である。

「まだ勝負は始まったばかりだよ?」

 大崎が再びカードを1枚投げる。
 カードに描かれている魔法陣が光るのを見て、俺は慌てて横へ避ける。
 ヒュッという風を切るような音が耳を掠める。

「風系の魔法か……」
「その通り。僕の攻撃は誰にも見えない!」

 次の攻撃が来て、再び俺は避ける。
 これは厄介だ。見えない魔法、ということは予測が難しいのである。
 それならまずは……。


 * * *


 大崎シュウは休める暇もなく攻撃を次々と志野ケンジに仕掛けてくる。ケンジはというと教室を逃げ回るように避けていくしかなかった。
 今か今かと、いつ攻撃がケンジに当たっても可笑しくない状況に観戦側で見ている京香はハラハラしていた。
 攻撃を続けるシュウに対し、ケンジはひたすら必死に攻撃を躱すだけ。誰が見ても優勢はどちらかははっきりしていた。

 そんな中、その優勢であるはずシュウはふと疑問を感じていた。

 ――何故、僕の攻撃が当たらない?

 確かにシュウの魔法はカードの魔法陣が反応する光によって、いつ発動するのかが、わかりやすい。だが、風速という速さを全て正確に避けているケンジは些か奇妙である。

「ほら、君からは仕掛けてこないのかい?」

 と余裕ぶっているように言うが、内心は攻撃が当たらないことに焦りを感じ始めていた。
 シュウがそんな焦りを隠すように次のカードを投げ、攻撃を繰り出す。ケンジは即座に反応し、ドア側まで避ける。

 その時、彼の手に持っていた“モノ”から加速魔法の魔法陣が発動されるのを、シュウははっきりと見た。

 最初は魔法道具だと思っていたのだが、何にも使わないのでなんでそれを片手に持っているのか、不思議だった。
 形も見たこともない、四角形の物体。そこからうっすらと、魔法陣が出ていたのだ。
 形が小さい所から、なるべく魔力を抑えて使っているようにさえ見える。

 ――彼には、魔力がない筈なのでは?

 魔力がないのに、魔法を発動させている。シュウはその事に矛盾を感じ、首を捻っていると、ガラリと音がして音の方へ顔を向ける。ケンジがドアを開けていたのだ。

「逃げるつもりかい!」

 シュウはケンジに再び攻撃を仕掛ける。ケンジはそのまま、床へ転がって避けた。

 ――しかし、逃げてもフィールド外になって彼の敗北になるだけ。ならばどうして……。

 と、考えていたシュウはケンジの目的に気がついた。
 簡単な話だ。シュウをそこに吹き飛ばしてフィールド外に飛ばす為だ。
 おそらく、このまま長期戦になったら間違いなく自分が負ける。だからフィールドから出して一気に勝負を決めるつもりなのだ。
 しかし、とシュウは再び考える。

 ――それはあくまで僕に接近出来て、更に吹き飛ばすのが前提である。彼にそんな力はないと思うのだが。

 ケンジはさっきと同じように、円を描くようにして回りながら攻撃を躱していく。
 そして半周――つまり、ケンジと開けたドアの間に動かないシュウを挟んで一直線となった時。
 ケンジは抑えていた加速魔法を一気に通常威力にして、シュウに向かって飛んだ。
 突然の攻撃にシュウは反応出来ずにそのまま加速したケンジに直撃してしまう。
 そして。
 シュウは見えない『風』によって吹き飛ばされた。
 シュウの体は開いたドアへと吸い込まれるように飛ばされていく。
 シュウは自分の敗北を悟りながら、未だに驚きを隠せなかった。
 彼が驚いていたのはケンジの攻撃でもなく、魔法を使えたというわけでもなく。
 ――ケンジが使ったその魔法が自分の魔法に非常に似ていたのだ。

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