魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

入学式3

 一人分の割には結構広く、かなりのスペースがあった。

「ふむ……」

 大きめのタンス、机、椅子、ベッド、ランプ、ソファー、冷蔵庫、本棚……と備品をチェックしていく。

 ランプや冷蔵庫などの製品は魔法を使って動かしている。後ろに永続魔法陣が描かれてあり、スイッチを入れると魔法のオンオフが出来る。

これは俺が魔力を持っていない人間であっても、使用できるので何の心配もいらない。


 とりあえず、まずは片付けだ。俺は持ってきた荷物をタンスなどに入れ始める。

 荷物、と言っても衣類と教科書、それにいくつかの生活用品だけである。そこまで多くはない。


 それと、学園長から預かった“例の物”の一つも机の引き出しに閉まって置く。

「これくらいかな……」

 ある程度片付け終わり、 ふと壁時計を見ると十一時半を回っていた。

 集合時間までまだ三十分もあるので少し休もう。
 そう思い、学ランをベッドに脱ぎ捨ててワイシャツの姿になる。やはり制服姿は堅苦しいものがある。
 大きく伸びをし、ソファーへと座る。後ろから来る日差しが少し強いので、カーテンも閉めておく。
 今日は朝からずっと周りに人がいたので、やっと1人の時間になり少し気が緩む。

 周りの人が持っていて、俺だけ持っていない魔力。周りはその俺をどう思っているのか知らないが、俺は周りが羨ましいと思った。
 魔法学を学んでいる時にいつも思う事がある。何故自分だけ魔力がないのか。何故自分だけ衰えているなのか。何故自分だけーー!

 考える度に劣等感が湧いて来る。
 周りが俺を蔑んでいるような、哀れんでいるような感じがして、いつも居心地が悪くなる。
 周りが話し掛けて来てくれても、自然と壁を作ってしまう。距離を感じてしまう。
 マイナスな事ばかり考えてしまい、今こうして休んでいる筈なのにーー休んだ気になれない。

 俺はそれ以上考えるのをやめ、少しボーッとする事にした。
 その為だろうか。
 自分の部屋の鍵を開けっ放しにしていて、さっき教室であったような女子が自分の部屋のドアを開けていた事にーー何の反応もしなかったのは。

「…………」
「…………」
「……失礼、間違えたわ」
「おう、気をつけろよ」

 パタン、と音がしてドアが閉まる。なんだ、部屋を間違えただけか。
 しかし数秒後、再びドアが勢いよく開いた。

「何であんたがここにいるの!?」

 慌てて、部屋に入ってくるさっきの女子。
 よく見たら篠崎京香だった。
 よく見なくても篠崎京香だった。
 というか、その真っ赤な髪の毛を見間違えるはずがないのだ。

「返答次第ではただじゃおかないわよ!?」
「ああ、ここに越してきただけだ」
「燃え散りなさい!」

 次の瞬間ゴオッと音がしたのかと思うと、火球がこっちに向かってきた。

「--!」

 火を見た瞬間、俺は反射的に横に飛んで避ける。若干、頬に熱線が走った。

「あ、危ないじゃねぇか!」

 若干声が震え、大声を出す俺に篠崎は噛み付いてくる。

「あんたの方が危ないわよ!    ここ、女子寮よ!?    どうして男子のあんたがここに越してくるのよ!」
 「こ、これには訳があって」

  宙に魔法陣が浮かび上がり次の球が現れたので、ガクガクと震え頭を抱えながらも誤解を解こうとする。
 が、横から聞こえるパチパチという音と焦げたような匂い、そして黒い煙にはっとする。

 見ると、カーテンが燃えている。さっきの火球で燃えたのだ。

「――!」

 俺はそのカーテンが燃え盛る姿を目の当たりにし、身体が硬直してしまう。
 と次の瞬間、カーテンに魔法陣が現れ、ボッと炎が音をたて、消える。

「ふう……危なかった」

 篠崎がかざした手を下げる。どうやら彼女が消火の魔法を発動させたらしい。
 と、篠崎は未だ立つことも出来ない俺の方を向く。

「あんた……火が苦手なの?」
「苦手、というか……勝手に体から拒絶反応がするんだ」

 おそらく原因は俺が記憶を失った時のことだろう。
 焼き果てた研究所。
 目が覚めると白いベッドに眠っていて。
 身体には火傷の跡が残っていて。
 そんな俺に迫り来る大人たち――!

 余計な事を思い出してしまい、吐き気がしてきて、思わず口元を抑える。

「ご、ごめんなさい!    私、そんなつもりじゃ!」

 と、篠崎はわたわたと俺に近づき背中をさする。

「だ、大丈夫……少し、気持ちが悪いだけだ」
「こういうのは、聞いちゃいけないと思うんだけど……何かあったの?    私が出来る範囲なら協力するから」
「…………」

 こういう優しさに弱いのか、それとも目の前にいる篠崎京香は話しやすい人間なのか――俺はぽつりぽつり、過去の話をした。

 世間にはあまり話題になってない方の、病院生活の話。
 この事は知られて同情されたくなかったので、一切他人に話さなかったのだが……不思議な事に彼女にそんな抵抗はなかった。

「……そうだったの」

 と、篠崎は俺に同情するかのような顔を――していなかった。
 むしろ、優しそうな――少し嬉しそうな表情をしていた。
 何故、こんな表情をするのだろうか? 俺はふと疑問に思う。

「よく耐えてきたわね」

 と、篠崎は急に手を伸ばし、俺の頭に触れる。
 クシャクシャと。
 髪の毛をかき回すかのように。
 俺の頭を撫でる。

「なっ――!」

 突然の行為に俺は思わず後ずさる。

「? なんで避けるのよ?」
「い、いやいや、何でって……」

 キョトンと不思議そうにしている篠崎に俺は頭を抱える。
 恥じらいとかないのか、こいつには。

「と、いうより少し意外だな……何でそんな反応なんだ?」

 可哀想と哀れむような事ではなく、よく頑張ったねと褒めるような。
 想像していたのと正反対の表情をした彼女に訊く。

「…………」

 篠崎は少し黙り込む。
 しばらくすると、再び口を開きこう言ったのだ。

「それは――私だから、かもね」
「……?」

 言っている意味がよくわからない。どういう事だ?

「じゃあ、今から少し長い話をするけど――同情とかしないでね」

 と、前置きをしてから彼女は話し始める。
 彼女の、優等生の過去話を。


 * * *


「私は生まれつきで、小さい頃から強大な魔力を持っていたの。それはもう、出そうと思えば出せるくらいにね」

 三、四歳の時点で既にある程度の魔法が使えるくらいに。

「魔法っていうのは一般的に十歳以上から使えるようになるのに、私はその半分くらいの歳でもう使えていたのよ。私にとって、それが“普通”だと思っていたんだけどね――周りからしてみたら、普通じゃなかった」

 普通の子じゃなかった。

「感情的になる度に勝手に魔法が発動しちゃって……同じ年のみんなからは『怖い』とも言われたわね」

 『怖い』、『気持ち悪い』と。

「でも、両親から――大人からはよく褒められたわ。その時、私は『ああ、こっちが正しいんだ』と思った――」

 こっちが合っているんだ。
 私は間違っていない。
 みんなが間違っているんだけなんだ。

「だからみんなもわかってくれるのだろうと思ってた。でも幼稚園も、小学校も、私は独りだった。友達も出来なかった」

 誰も近づかない。
 誰も話しかけようとしない。

「中学校の時になって、ようやく気がついたわ。私が普通じゃない、異常である事に」

 自分が異常である事をようやく知った。

「その時からだいぶ魔力をコントロール出来るようになって、今度こそと友達を作ろうと努力した」

 なのに。

「その努力は報われなかったわ。その時は、既に『怖い』という印象の方が強くてね。誰も、仲良くしようとしてくれなかった」

 結果、中学も独りだった。

「だから、高校は今から離れた所に行こうと決めた。自分の事を誰も知らない土地へ。こんな自分をやり直したくて」

 そして桟橋学園こ こを見つけた。

「この学園の卒業生は皆、魔法面で優秀な成績を収めているらしいから、『ここなら自分も浮かない存在になるだろう』って想いでここに入って」

 あんたに出会った。

「『魔力を持たない少年』――ニュースでは聞いた事あったけど、まさかそれが自分の前にいる人だとは思わなかったわね。……でも、自分と同じく普通ではない人に会うのは初めてだった」

 だから嬉しかった。

「それで、今の話を聞いて『ああ、この人も私と似たような境遇だったんだ』と思った。まああんたの場合は自分の能力に周りが群がってきているけどね」

 私の場合は自分の能力に周りから引かれてるけど。

「それでも『自分の過去に似ていた』。だから同情されたくないのもわかってた。そんな同情心が湧くよりも正直、嬉しかったわ」

 理解してくれそうな人に出会えて。

「だから、あんたの話を聞いて『可哀想』とか思わない」

 可哀想だなんて思いたくない。
 それは自分に『可哀想』と思っているようなものだから。
 そんな風に思われたくないし、思いたくもない。

「だから私の事も『可哀想』とか、思わないでね?」


 * * *


「…………」

 最初はどう反応したらよいのか、よくわからなかった。
 ただ、俺は勘違いをしていた事があるというのはわかった。
 魔力のない俺は『魔力さえあれば』という考えだった。
 それを言い訳にしてきていた。

 『魔力さえあれば』、俺は普通の男子高校生だった。
 『魔力さえあれば』、俺は周りから特別視されなかった。
 「魔力さえあれば」、俺はこんなに辛い想いをする事はなかった。
 『魔力さえあれば』、俺は。

 『魔力さえあれば』、『魔力さえあれば』、『魔力さえあれば』、『魔力さえあれば』、『魔力さえあれば』――!!

 でもその考えは間違っていた。今の篠崎の話を聞いてわかった。

 魔力があり過ぎても――普通の高校生になれない。
 魔力があり過ぎても――周りからは特別視される。
 魔力があり過ぎても――辛い想いをする事もある。

 魔力があり過ぎた篠崎は。
 実際に、俺と似たような経験をしてきたのだ。
 何年も、何年も。
 俺なんかと比べたら、よほど篠崎の方がよく耐えてきたものだ。
 全てを魔力がないせいにして、逃げてきた俺よりか、立派なものである。
 だから「ごめん」と謝ろうと口を開くが、篠崎が最後に言った言葉を思い出し、少し留まる。

 考えた末に俺は、

「ありがとう」

 と、彼女にお礼をしていた。
 篠崎はその言葉を聞いて微笑む。

「どういたしまして」

 それと、と彼女は続ける。

「その、もし良かったらなんだけど……私の友達になってくれるかしら?」

 少し照れるように頬を赤らめた篠崎に、俺は考えることもなく、答える。

「こちらこそ――よろしくお願いします」

 と、普通に答えるように言った俺も、少し照れくさかった。

「……って、そういえば何で男子のあんたがここにいるのよ!?」

 篠崎ははっとして声を荒げる。
 原点回帰である。

「えっと、おっさん――じゃなかった、学園長が勝手に、だな……」

 特に隠す必要もないので、俺は大体の事情を話す。
 ここに特別入学した事や、男子寮の事など――。

「ふうん……」

 篠崎は俺の話を聞き、相槌をうつと質問をしてくる。

「ところで、Aクラスに入ったって話なんだけど――その『例の物』って何なの?」
「…………」

 俺は見せてもいいのかどうか、少し迷ったがポケットにしまっていた『それ』を取り出す。

「これが?」
「まあ、そうだ」

 取り出した物は少し厚みがあって長方形の形をいる。

 画面が液晶で出来ていて周りは金属で覆われているそれは、片手で持つことが出来るくらいのサイズである。

 ボタンは表面の液晶面の下部分に大きなボタンが一つ、側面にいくつかと実にシンプルなデザインだ。


「ふうん……見たことないものね……」

 手に取り、ジロジロと観察する篠崎。

「これ、どうやって使うの?」
「えっと、液晶にある一番でかいボタンを押すと、起動できるんだ」
「ふむふむ、なるほど」

 篠崎がボタンを押すと、『使用者確認をします』と液晶に文字が浮かび上がる。
 が、しばらくして『使用者が違います、もう一度お確かめ下さい』と表示され、画面が再び真っ黒になる。

「……開かないわよ?」
「まあ、どうやって確認をしているのかよくわからないけど、俺じゃないと開けられないんだ」


 今度は俺がボタンを押す。
さっきと同じように『使用者確認をします』と表示され、やがて『確認が取れました』と文字が出て、ロックが解除される。

「で、ここからどう使うのよ?」

 画面には「START SYSTEM」と表示されているだけで、何も起きない。

「ええと、使うには色々と条件があって――」
「ああぁぁぁっ!」

 といざ詳しいことを説明しようとした時、不意に篠崎が叫び出した。

「な、なんだ。どうした?」

 俺はビクリとして声をあげた篠崎に聞く。

「正午に集合かかっているのに、まだ部屋が片付いてないいいいい!」

 壁にかけた時計を見てみると、集合時間の十分前を切っていた。
 まあ確かに、まだ部屋を片付けてないとなると、結構大変だよな。

「じゃ、またね!」

 飛んでいくような速さで篠崎は部屋を出て行く。

「……はあ」

 全く、騒がしい奴である。
 俺はそう思いながら、少し散らかってしまった部屋を片付けていく。


 * * *


 女子寮と言っても、全ての桟橋学園女子がこの寮にいるというわけではない。

 寮生と実家生で分かれていて、女子の場合、ほとんどが実家生である。逆に男子の場合は半数らしい。

 まあそれでも百人近くの人数に男子が一人きりというあまりに気まずい状況な為、全員が集まったぐらいの人数になった頃から俺はコソコソと大広間の隅へと移動し、みんなと同じように体育座りをする。

 しばらくすると、女子寮の寮長――比良坂先輩が皆を見回すように正面に立つ。

「えー、皆さん!  これから女子寮生集会を始めます!」

 マイクも使っていないのに先輩の声は聞き取りやすく、部屋にしっかりと響き渡っていた。

「まずは寮の決まりについて――」

 と、先輩が話し始めたので、俺は何と無く、周りを見回す。
 髪が水色だったり、緑だったりと、色鮮やかな光景が目に入る。
 その中に、髪が真っ赤に染まったボブカットの女子――篠崎京香を見つける。
 真面目に聞く篠崎の周りに篠崎と仲が良さそうな女子は見たところ、いない。
 そういうところも、いずれは解決するのかなとぼーっとしながら考えていると、先輩の声が聞こえる。

「……はい、というわけで。志野くん、立って!」
「……え?」

 全く話を聞いていなかった自分のせいでもあるが――状況が理解出来ない。何故、自分の名前が呼ばれているのだろうか?

「ほら、志野ケンジくん! そこの隅にいる男子! 聞こえないの!? スタンドアップ!」
「いや、何故に英語……」

 仕方なくヨロヨロと立ち上がる俺。全員が一斉に俺の方へ視線を向けるのがわかる。ああ、更に居心地の悪さを感じる……。

「で、その例の子、志野くん。いい子だからみんな、仲良くしてあげてね」
「はーい!」

 と、仲良く同じ返事をする女子達。いや、ちょっと待て。何でそんなに素直に頷けるんだこいつらは。

「さっき言った通り、何かしてきそうになったら魔法を使って攻撃していいからね」
「はーい!」

 ああ、なるほど。俺は比良坂先輩の発言を聞いて納得する。
 いわば、正当防衛として魔法を使っても良いという意味である。「魔力がない」俺は、ニュースにも流れているので大体の連中はそれで納得したのだろう。
 でも、それはそれとして、果たしてこうやって俺を立たせる意味はあったのだろうか……?

「それでは、今回はこれにて終了になります! 解散!」

 比良坂先輩の言葉で、皆がぞろぞろと出口へと出て行く――俺を見ながら。
 こっちを見るなと思いながら、女子全員が立ち去るのを待っていた俺の所まで篠崎が来る。

「なんか変に目立ったわね、あんた……」
「ああ、最悪だ……」

 頭を抱える俺に第三者の声。

「あら、もう友達が出来たのね」

 嬉しそうな比良坂先輩は俺と篠崎を交互に見る。

「えっと、あなたは確か新入生代表の――」
「は、はい! 篠崎京香です!」

 篠崎は声をやや裏返してペコリと頭を下げる様を見て、本当に人との付き合い方になれてないんだなと思う。
 いや、教室ではごく普通に俺に話しかけて来ていたよな……年上に弱いとかか?

「そう。仲良くしてあげてね」

 先輩はニコニコとしながら篠崎に言う。

「……比良坂先輩、さっき俺を立たせた意味はなんですか?」
「決まっているじゃない。志野くんがみんなに馴染めるように、顔を覚えてもらうためよ」

 余計なお世話だ、と心の中で呟く。

「大丈夫よ、そのうち志野くんも慣れるから」
「いや、それはどうなのかと思いますが……」

 周りが女子だらけなのに、慣れてしまうのはちょっとばかり抵抗がある。

「じゃあ後は夕食時に会うくらいかしらね。またね」

 と言いながら、寮長は颯爽と去っていってしまった。

「はあ……」

 初日から気が重い……。
 しかし、俺の住める所はここしかないのだ。ならば、少しでも馴れなくちゃいけないよな。

「篠崎」
「何よ?」

 目の前にいる、唯一の友人に話しかける。
 とりあえず。

「夕食の時、一緒に食べようぜ」

 ――とりあえず、この居心地の悪さが早くなくなればいいと思った。

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