魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

偽りの魔力1

「…………」
「…………」


 夕食の時間。俺と篠崎は寮の中にある食堂で夕食を摂っている。
 予想していた通り、いや予想以上に俺たちの周りにはあまり人がいなくて、みんなが遠巻きに俺らを見ている――気がする。
 それはもう、物珍しそうにじーっと。

「……ちょっと」
「どうした?」

 周囲の視線を気にしないように無言で食事をしていたのだが、耐え切れなくなったのであろう、篠崎が俺に話しかける。

「何、この空気? ものすごい気まずいんだけど……」
「奇遇だな、俺も同じ事を思っていた」

 淡々と喋って、ご飯を口に運ぶ俺。しかし、内心は落ち着けていない。
 それはそうだ。こんなこっちを見る視線を感じる中、二人で食べているのだから。
 とにかく、さっさと食事を済ませて部屋に戻ろう。そうしたらとりあえず入浴を――。

「何とかしなさいよこの状況! 平然と食事してるんじゃないわよ!」
「食事中だぞ篠崎。あまり騒ぐな」
「……どうやら、さっきのをもう一回受けたいみたいね」

 篠崎の方から急に高熱を感じる。俺は仕方なく箸を置き、大人しく両手を挙げる。

「というか何とかしろ、って言われても。何をすればいいんだ?」
「簡単よ。日常的な会話をしましょう」
「なるほど」
「…………」
「…………」
「……ちょっと、黙ってないで何か話題を提供しなさいよ」
「いや、特にこれと言って話す内容もないし……」
「…………」
「…………」

 駄目だ。どっちともコミュニケーション能力が低すぎる。
 何せ俺にとっても篠崎にとっても、お互い初めての友達みたいなものだ。そんな奴らが日常的な、友人の会話をしようなんて難しい話である。
 とにかく早くここから離れたい、と思っていた時、

「あのー……」

 と、俺の後ろから聞き覚えのない声。
 振り返ると、そこには背は篠崎より少し高いくらいだろうか、腰までありそうな長さの黒髪、右目だけが赤く、左目は黒い色をした女子がトレイを持って立っていた。
 そんな少女が少し困ったような表情をして俺に問いかける。

「なんか他の席は全部埋まっていて……隣、いいですか?」
「ああ、どうぞ」

 別に困ることでもないので即答する。女子生徒は俺の隣へと座った。
 ふと正面を見ると、その目の前にいる篠崎がブルブルと肩を震わせ、俯いている。

「あんた……」

 急にどうしたのだろうか? 俺は首をかしげる。

「どうした? 何か不都合な事でもあるのか?」

 と、聞いた俺に篠崎がガバリと顔をあげる。

「ナイスよ!」
「……は?」

 ……ものすごい笑顔でいきなり何を言い出すんだろうか、こいつは。

「そうよ、私たちだけじゃ気まずかったし。こういうコミュニケーション能力が高そうな、いい子と仲良くなったらこの変な空気も何とか出来るじゃない!」
「どうでもいいが、なんかテンション高いなお前」

 いつもそれくらいのテンションの高さなら、人間関係も上手くいくのではないのだろうか。

「えっと、入学式の時に新入生代表として壇上に上がっていましたね。私も一年生なんです」
「そうなの。あ、初めまして、私は篠崎京香よ」
「志野ケンジだ」
「初めまして、私は柏原優梨かしわばらゆりと言います」

 女子生徒――柏原はペコリと頭を下げる。

「それにしても、よくこんな微妙な空気の中にここまで来れたわね……」
「え? そういえば、お二人の周りには人がいませんね。……何故でしょう?」
「「…………」」

 俺と篠崎は顔を下に向けて黙る。この子、相当なマイペースだ……。

「二人は同じクラスですか?」
「ええ、そうよ」
「という事は二人共Aクラスで頭がいいんですね! 私はFクラスですから、羨ましいです」
「Fクラスか……」

 桟橋学園は一学年に付き、AクラスからFクラスまである。クラス分けは基本記述テストで決まるのだが、その記述テストの上位百位以内は更に魔法による実技テストの、二つの点数の平均の上位順でAクラスは決まる。

 今の説明でわかったと思うが――Fクラスと言っても、別に落ちこぼれのクラスというわけではない。

 魔法による実技テストがクラス分けに反映されるのはAクラスのクラス分けのみ……つまりAクラス以外のクラスにも実技面に関してでのトップランカーの人はいるのである。

「私、魔法の方は平均的な方なのに、勉強の方は全然ダメで……」
「へえ、どういう系の魔法が得意なの?」
「主に補助系です。味方の魔法を強化したり、魔力を回復させたり」
「あたし、補助系魔法はイマイチ苦手なのよね……攻撃性の高い魔法なら得意なんだけど」
「確かに、性格も攻撃的だしな――いってぇ! 蹴るんじゃねえよ!」
「あんたが失礼な事言うからよ! 私のどこが攻撃的なのよ!」
「今の行動で証明されただろうが!」

 と、言い争う俺らを見てクスクスと柏原は笑う。

「何だか微笑ましいですね、夫婦みたいで」
「聞いてくれ柏原。現在進行形で尚も蹴り続けているこいつと俺のどこら辺に夫婦という言葉が出てくるんだ」

 ああ、時々すねに当たって痛い……。

「そうですか? すごく仲が良さそうですよ?」
「仲が良かったら、蹴るのをやめると思うんだが……」
「スキンシップですよ、それは」
「随分と攻撃性のあるスキンシップだなっ!」

 いくら何でも、これはスキンシップではないと思う。

「ふう……それじゃ、そろそろ片付けますか」

 ようやく蹴りをやめた篠崎が空になったトレイを持って立ち上がる。

「早くお風呂に入らないとね」
「あっ、私も今から入るので一緒に行きませんか?」

 と、柏原も食べ終えて、立ち上がる。

「ええ、そうしましょうか。じゃ、またね」
「ああ」

 二人で仲が良さそうに歩いていく後ろ姿を見送ってから俺も立ち上がる。

「じゃあ俺も行くかな……そろそろシャワーを浴びたいし……」
『女子風呂に!?』
「…………」

 周りからのツッコミに反応するまいと、必死に耐える。誰が女子風呂に行くかよ。


 * * *


 女子寮から徒歩一分程度の所にある男子寮で浴室を貸してもらって、俺は再び自分の寮へと戻っていた。
 男子寮に入った瞬間、居心地の悪さが無くなり気が楽になったというのは言うまでもない。
 やはり、男子は何がなんだろうと、男子寮に入るべきなのだ。 

「はあ……とりあえず疲れた……」

 初日からこんなに疲れを感じて大丈夫なのだろうか? 自分の学校生活に少し不安が出てきた。
 まあ、とりあえず今日は部屋で一人でゆっくりと出来るだろう。俺は一日が終わる僅かな時間を楽しむことにしようと、自分の部屋のドアの前に立つ。――ん?

 鍵をしたはずなのに空いてる……しかも、消したはずの部屋の電気も付いている。
 空き巣か? 俺は恐る恐るといった感じで慎重にドアを開く。

「あ、おかえり」

 と、そこにはパジャマ姿の篠崎と柏原の姿が。

 ……。
 …………。
 ………………。

「何そこで棒立ちしているのよ。早く入りなさい」
「……えっと、いくつか聞いていいか?」
「どうぞ」

 まるで自分の部屋のようにソファーでくつろいでいる篠崎が手をひらひらさせる。

「ここは、俺の部屋……だよな?」
「自分の部屋を間違えてると思ってるの? そこにある荷物があんたの部屋だっていう証拠じゃない」
「まあ、そうだよな。じゃあ、何でお前らがここにいる?」
「優梨と時間ギリギリまで話す為よ」

 優梨……? ああ、柏原の事だな。もう、下の名前で呼び合う程までに仲が良くなったのか。まあ、今そこに関してはどうでもいい。

「どうして俺の部屋なんだ? 鍵はどうやって開けた?」
「あんたも混ぜてあげようと思って。鍵は合鍵を作らせてもらったわ」

 それは犯罪なのではないのだろうか……?

「質問は以上かしら?」
「おう」

 俺は部屋に入る。

「って、納得できるか!」
「何よ、うるさいわね」

「そりゃうるさくもなるわ! この状況、下手したら俺が罰を受けることになるんだぞ!? 俺がお前らを無理矢理自分の部屋に連れ込んだって誤解される事もなくはないんだぞ!」
「大丈夫よ、そうしたら私たちがあんたの事を生温かく見守ってあげるわ」
「誤解を解けよ!」

 と、激しくツッコミを入れる俺にずっと黙っていた柏原が突然クスクスと笑い出す。

「ケンジくんって、物静かって第一印象なのにそういう一面もあるんですね」
「言われてみればそうね。あんたなら興味なさげに好きにしてろみたいな感じになると思っていたわ」

 と、指摘されて自分も我に返る。
 しまった、すっかり気が緩んでいたからつい声を荒げてしまった。言われて少し恥ずかしくなった俺は慌てて話題を変える。

「そ、そういえば柏原。俺のこと、『ケンジ』って」
「え、友人なんですから当たり前の事でしょう?」

 と、不思議そうに柏原は首をかしげ、やがてハッと何かに気がついたような表情をする。

「そういえばケンジくんは私の事を『柏原』って……! それってつまり、ケンジくんは私のことを友達と思っていない、というわけですね……!」

 今にも泣きそうな表情をした柏原。途端に篠崎が近づいてきて、パカンッと俺の頭を叩く。

「優梨を泣かせるんじゃないわよ!」
「……なるほど、自分も同じ状況になって『優梨』って呼ぶようになったんだな」

 図星だったのだろう。篠崎はギクリとして顔を逸らし、さっき居たソファーへと引き返す。

「ま、まあ、俺は友達だと思っているぞ柏原」
「そうですか? それならば、私の事を優梨と呼んでください」
「いや、だからな、かしわ」
「優梨ですよ?」
「…………」
「ゆ、り?」
「……優梨」

 俺は諦めて柏原――いや、もうこっちでも下の名前でいいか――優梨を下の名前で呼ぶ。

「優梨はどうして友達は下の名前で呼ぶものだと思っているんだ?」
「なんとなく他人行儀な感じがするんじゃないですか。友人なのに」
「あー……」

 言われてみれば、確かにそんな感じがしなくもない。

「そう、友達と呼べる人は皆、苗字ではなく名前で呼び合うべきなのです!」
「まあ、そういう考え方もいいんじゃないかな……」
「私はこれを『優梨の友達論』と呼んでいるのですが、ベストセラーになりますでしょうか?」
「商売でもするつもりかよ」

 元気な子だなと感心しつつ、ふと優梨のパジャマ姿に目が移ってしてしまったのがいけなかった。
 猫柄にピンクという可愛らしいデザイン。制服の時より女性のラインがくっきりと出ているパジャマ姿が目に飛び込んできて、慌ててもう一人のパジャマ少女に目を移す。

「? なによ?」

 不思議そうに(俺の部屋の冷蔵庫に閉まっておいた)コーヒー牛乳のパックを(本人の許可なく勝手に)ストローで飲んでいた篠崎は急に俺が見てきたので不思議そうに聞く。


 こちらも同じくパジャマ姿で、ただの黄色だけのパジャマとシンプルである。
 制服の時と変わらずの身体のライン。ああ、これなら大丈夫だ。まるで――

「――まるで平原のように落ち着くな」
「今、何かとても失礼な事を言われた気がするわ!」

 キレたようにソファーの上に立ち上がる篠崎。しまった、本音が出てしまっていた。

「け、喧嘩は良くないですよ!」

 慌てて俺と篠崎の間に入る優梨。

「まったく、こいつときたら……」
「……ん? 京香ちゃん?」
「何よ優梨?」

 『京香』という名前に反応する篠崎。そうか、篠崎の下の名前か。

「京香ちゃん、さっきからケンジくんの事を『あいつ』とか『こいつ』とか『あんた』とかって呼んでます?」
「それがどうしたって言うのよ」
「ケンジくんも京香ちゃんの事、『篠崎』って呼んでますよね?」
「ああ、確かにそうだが……あ」

 優梨の言いたいことがわかった気がする。篠崎も同じく気がついたような顔をしていた。

「さあ! 『ケンジくん』、『京香ちゃん』!」
「…………」
「…………」

 お互い微妙な間が空く。
 まあ、優梨の事だ。どうせ、さっきのようにどっちとも言うまで言わせようとするのだろう。

「さ、さっきは悪かったな――京香」

 なので俺がまず切り出す。
 すると、篠崎の眉がピクリと動き、少し躊躇ったが返事をする。

「ま、まあ今回は許してあげるわよ――ケ、ケンジ」

 と、篠崎――いや、京香が俺の名前を呼んだ途端に、優梨がパアッと笑顔になる。

「やりました! これで私たちは『優梨の友達論信者』ですね!」
「信仰でもする気なの、それ!?」

 三人で円陣を作り、一人一人片手を真ん中に突き出して、えい、えい、おーっと元気よく突き出した手を上に上げる。うん、これからバスケットでもするのかな、俺らは。
 そんなこんなで、寮長こと比良坂先輩が怒鳴りに来るまで部屋で騒いでいたのである。

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