魔法世界の例外術者《フェイク・マジック》 - 魔力とは無力である -

風見鳩

入学式2

 今から数ヶ月前のことである。

 とある廃墟と化した研究所で、突然謎の爆発が起こった。

 廃墟と言っても、人がいなくなっただけであって、建物や研究機材などはまだ使えていたらしい。だが、その爆発によって全て吹き飛んでしまったようだ。

 そして、燃え盛る廃墟――というより、その時は既に焼け野原と言い換えた方が正確かもしれない――の中に俺は一人倒れていた……らしい。

 『らしい』という何とも曖昧な表現を使ったのには訳がある。

 俺が覚えているのは、病院で寝ているところからである……つまりのところ、記憶喪失というやつだ。

 まあ、現在の魔法医学を持ってすれば、失った記憶なんて一瞬で治るのだがーー俺には何故かその魔法は効かなかったのである。

 何故、俺に効かなかったのか? 答えは簡単だ。その魔法は人体にある魔力を伝って、脳にある記憶媒体を読み取り、欠けた部分を修復するのである。
 しかし、それは魔力がある前提であり、なかったら何の意味もない。
 そう、その時から俺に魔力はなかったのだ。

 『全人類には魔力が宿っている』という、最早当たり前である、天才達が見つけ出した論理式を魔力を持たない俺が現れた事によって、いとも簡単に打ち破ってしまった。
 魔力を持たない人間がいる――それは前代未聞の世界規模に至る大スクープであり、日本どころか、世界中の報道陣が俺が入院している病院に押しかけてきた。

 それが俺の入院生活の毎日だった。いくら取材を拒否してもまた翌日になると、またやってくるのだ。中には有名らしい医者までやってきて、体を調べさせてくれとの始末。
 何度拒否しても何度もやってくる。ただへさえ記憶を失っていて混乱しているというのに、といい加減うんざりしてきていた。

 そんな日が何度も続いたある日、まだ見たことがない、初めて見た人がやってきた。
 俺はため息をつき、機械のような口調でその人に拒否の意を示す。

「取材なら全て断ります。医者の方でも帰ってください」

 この台詞を言うのは何度目であろうか。もうここ最近、それしか言ってない気がした。
 ふと、その新しい客の姿を見てみる。歳は三十代あたりだろうか。着ているスーツが恐ろしい程不釣合いの茶髪男だった。

「いやいや、僕は報道陣でも医者でもないんだよ志野ケンジくん」

 男は手をヒラヒラさせ俺の名前を呼ぶ。

「僕は遊楽太一郎。私立桟橋学園の学園長をやっているんだ」
「学園長……?」
「そう、学園長。君がどこまで記憶を失っているか、いまいちわからないから一応補足させてもらうと、学校というのがあって、子供達が大人になるまでに勉学を学ぶという素晴らしい場所なんだ。で、うちの学園はまあ君の歳なら入れる学校機関だ」
「それくらいは知っています……で、その学園の学園長が何の用事ですか?」

 男はニヤリと笑うと、俺にこう言ってきた。

「君には是非うちの学園ところに来て欲しいんだ」
「は?」

 思わぬ言葉に俺は目を丸くする。

「確か君には両親がいないのだろう? このまま病院にずっと入れるわけじゃ無いし、住むところもない。そこで僕からの提案だ。うちに入って、うちの学生寮に住まないか? 勿論、入学金や授業料は全てこちらが負担する。学校にいる限りは君が厄介者にしている、ゴキブリのように無限に湧いてくる報道陣も私利私欲の為に君を解剖しようとする医者は一切来ない。――どうだい、悪い話じゃ無いだろう?」


 両親がいない、というのは今初めて知った。だが、その男が出して来た提案は確かに悪い話ではなかった。 


 だから、こう聞いてみた。

「何が目的なんですか?」
「ん?」
「そこまでするからには、何かしらの理由があるはずです。……一体、何が目的なんですか?」
「はっはっは、決まっているじゃないか。僕は学校に行けるのに何かの事情で行けない子供が可哀想でね。そういう子を見つけると助けたくなるんだ」
「…………」

 全く説得力のない、軽い口調で答える男。

「で、どうするんだい?  別にこの話を蹴ってもいいけど、そうすると一生君は苦しむ事になるよ」
「…………」

 最早、脅迫されているように聞こえて来たが……その提案は最後の希望にも見えた。

「わかりました……その学園に入ります」


 * * *


 こうして、俺は世間から逃げるのかのようにこの学園に転がりこんできたのである。

 その後、俺に興味を持ったらしい篠崎は時間いっぱいまで俺に話し掛けてきた。
 魔力を持たない事がそんなに面白いのか、それとも別の理由か――とにかくさっきの会話でわかった事は、篠崎は好奇心旺盛のお喋りという事だった。

「新入生代表と早くも仲良くなるだなんて――入学初日からモテモテだね志野くん。いやあ、青春を謳歌しているねえ」

 と、ニヤニヤしながら俺に話しているのは例の学園長、遊楽太一郎である。

「うるせえ、ニヤニヤすんなおっさん。そんな事よりあんたには聞きたいことが色々あるんだ」

「学園長室に直接来てまで聞きたいこと、とは一体何かな?」

 終礼が終わってから俺はまずは自分が住む寮に行く前に、色々と手引きをしたこのおっさんに聞きたいことがあったので、質問しに学園長室まで来たのである。


「まず、何で俺がAクラスなんだ?  入学する際のテストでクラスは決まるはずだ」


 この私立桟橋学園は入試試験から入学する際のクラス分けが行われる。
 入試試験は記述テストと実技テストの2つに分けられている。

 そしてその結果によりクラスは変わるのだが、Aクラスは二つのテスト両方とも良い生徒にしか入れないのだ。

 さっきも言った通りの、優等生クラスなのだ。


「なんだ、そんな事を聞きに来たのかい? 答えは簡単。どちらとも優れていたからだよ」
「いや、確かに記述テストはなかなか出来たと思っていたが……」

 テスト勉強は、やっている内にどんどん面白くなり、記述テストは案外簡単だなとさえ感じていた。

「でも、実技は――」
「実技はやらなくてもわかる。君が倒れていた際に、その隣に奇妙な見たこともない道具が二つあったって事を言ったの、覚えているかい?」

 確か、実技テストはそれを起動して少し動かしてみて終わり、という簡単なテストだった。

「それが何か関係あるのか?」
「調べてみたらどちらも興味深い物であってね。二つとも、今の技術を遥かに超える道具なんだ。そしてそれを起動し、尚且つ動かせるのはどうやら君だけなんだ」
「へえ、そうだったのか」

 てっきり誰でも出来る事だと思っていた。


「ある程度の基本動作をやってみた君ならわかると思うけど――はっきり言って、『あれ』はチートアイテムと言い換えてもおかしくない代物だよ?」

 確かに言われた通りに動作確認をしてみたが、想像以上――いや、想像を遥かに超えた結果だったと言ってもよかった。

「これは僕が後で調べてみたことなんだけどあの二機は認証ロックがされている。そして、そのロックを解除出来るのが君だけという事からあれは君の所有物だと思うんだ。そしてそれがわかった以上、あの二機は君の力と置き換えても問題ない」

「まあ、俺の力と置き換えても問題ないかどうかわからないが……」

 ただ、『あれら』を俺の力と置き換えた前提で話を進めるとなると――。


「そう、君の力は日本中を、いや世界中を震撼させる、強大な力だ。そんなチート野郎がいくら魔力がないとはいえ、実技テストの点数が悪いわけないだろう?」

 いや、チート野郎って。
 それが教育者としての適切な言葉か。

「だから君はテスト結果に水準してAクラスになった、というわけさ」
「なるほど、それはよくわかった。じゃあ次の質問だ」
「どうぞどうぞ」
「俺がこれから暮らす学生寮だが――何故、女子寮なんだ」

 今日、これが一番聞きたいことである。
 というか、聞かざるを得ない事だ。

「俺は見ての通り、男子なんだが――」
「そんなの、見ればわかるよ。君を女子と見間違えるわけがないじゃないか」
「じゃあ、どうして」
「これも答えは簡単。ただ単純に男子寮に空きがなかっただけだ」

 手をヒラヒラさせ、学園長は答える。

「何せ、君を特別枠として緊急に設けたからね。突貫工事をして男子寮に部屋を一つ作るよりも、いくつか空いている女子寮に入れた方が効率がいいと思った。これで解決したかな?」

「いや、なんとなく理由はわかったが……年頃の女子と男子が同じ寮だぞ?  そういう点はどうなんだよ、問題が起こったらこの学校の風評とか大変だぞ」

「それはそれなりの処罰を受けてもらうだけ。問題を起こさないだろう、と君を信頼して女子寮に入れたわけだから、当然校則で書かれている内容よりも重い処罰が課せられる」

 確かにそれなら世間からも何も言われないのだろう……か?
 なんか上手く丸め込まれたような感じがして、俺は黙り込んでしまう。

「さて……聞きたいことはそれだけかな? そろそろ僕は仕事に戻りたいんだけど」

 見ると、机には山積みの書類の束が。どうやら忙しいらしい。

「そりゃ、初日だからね。理事長は仕事を僕に押し付けるし……全く、困ったもんだよ」

 やれやれと肩をすくめる学園長。

「……そうか、忙しいのに邪魔して失礼したな」
「いや、別にいいけど。でも、本当に失礼したと思うんだったらまず年上の僕に対して敬語を使うべきじゃないかと――」
「じゃ、またな」

 あいつが言いたい事を言う前にドアを開けて、さっさと出て行く俺。

「さて、と」

  俺は荷物を背負いながら自分の寮――女子寮へと歩き始めた。


 * * *


「ここか……」

   学校から歩いて五分程度。学校の裏にある林を抜けて、自分の寮――つまり女子寮なのだが――の前まで着く。


 というか、やっぱりこういうのは入りにくいよな……。

 あの時は学園長に上手く言いくるめられていたような感じではあったが、やっぱり突貫工事をさせてでも男子寮に住むべきだったと思う。

 と、入るか入らないか躊躇っていると、寮の入口に立っていた眼鏡の女子生徒が俺に気がついて駆け寄る。

「もしかして、君が志野ケンジくん?」

 当たり前の事だが、どうやら話は既に通っているらしい。俺は「はい」と短く返事して軽く頭を下げる。

「寮長の比良坂ひらさかやよいよ。これからよろしくね志野くん」

 寮長という事はおそらく3年生なのだろう。

「はい、よろしくお願いします比良坂先輩」
「それじゃ、場所を案内するわね」

 と、比良坂先輩が歩き出すので俺も続く。

「それにしても、君があの志野くんね」
「“あの”っていうのは……やはりニュースでの事ですか?」
「あっ、気を悪くしたのならごめんなさい」
「いえ、大丈夫です。もう慣れましたので」

 慌てて謝る先輩に俺は苦笑する。

「勿論ニュースで知ったって事もあるんだけど、理事長が君の事を偉く気に入っていて……」
「え? 理事長? 学園長ではなくて?」

 俺は理事長との直接な面識はない。あるのはあの学園長だけなのだ。

「ええ、君の事を知って学園長にこう言っていたわね。『あの子をどんな手でも使っていいからここに連れてこい』って」
「…………」

 下手に断らなくて良かった。断っていたら何をされていたのか、恐ろしい……。

「ここが君の部屋よ」

 と着いたのは、一階にある一番右端の部屋だった。

「さて、男子をここに入れるのは異例ですので、こちらでそれなりのルールを決めさせてもらいました」
「あ、はい」

 こちら、というのは寮長含むこの寮を管理する人たちの事だろう。

「まずはこの寮に大浴場はありますが、男子寮の浴場を使うこと。ここから男子寮まで、そう遠くはないので問題ないでしょう。次にお手洗いも同様です」

 まあ、これは当然だ。というか、これ以外の提案は少し困る。

「後、君はその人の許可がない限り、君の部屋以外の女子寮の部屋に入らないこと。21時以降はその人の許可があっても、そのような行為は許しません。最後にこれは寮全体のルールで、二十一時には必ず寮に戻ること。――以上の点で、何か質問は?」


 なるほど、実にシンプルだ。わかりやすい。
 と、少し気になった点がいくつかあるので、素直に質問する。

「『浴場は男子寮のを使う』という点なのですが、これは二十一時までに済ませなくてはいけない事ですか?」
「はい、そうです」
「あと、お手洗いの件も同様ですか?」
「うーん、お手洗いは……仕方ないので例外として二十一時以降の寮の出入りを許可します。ただし、なるべく深夜での寮の出入りはしないように、心がけてね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」
「うん、よろしい」

 にっこりと笑う比良坂先輩。

「ああ、あと食堂と稽古場は自由に使っていいからね」
「まあ、ここであまり女子とは会いたくはないんですがね……」
「あら、どうして?」

 不思議そうに聞く先輩。

「今の先輩みたいな制服姿ならまだしも、私服や寝巻きの姿だったら気まずいじゃないですか」
「あっ、ドキドキしちゃうって事かしら」
「そういう意味ではありません」

 確かにそうでもあるといえばあるのだが。

「それじゃ部屋の片付けが済ませたら、正午に大広間に集合する事。わかった?」
「わかりました」

 俺は頷き、自分の部屋へと入った。

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