勇者な俺は魔族な件
第二十二話 必要な『条件』
「ここか……」
木製の階段で二階へと上がって行き、『23』と書かれている部屋の前に立って鍵を差し込む。
鍵を開けて中へ入ると、元々一人部屋なのか一人用の広さとベッド。
それにデスクが一つと小さな浴室が別室となっていた。
「ベッドの変わりとか……流石にないよな」
元々一人用だしな。無理言って二人ずつにしてもらったんだし、仕方ない。
「というか、これどうするんだ。流石にあのベッドで二人使うのはなあ」
絶対に狭いだろうし、それ以前に密集度が半端ないと思う。
っていうか、隣部屋のデルドニとベレドニも同じ条件なんだよな。
彼らはどうしているのだろうか。
頭の中で二人が密着し合ってベッドに潜り込むという、想像するだけで吐きそうなビジョンを振り払いつつ右隣の壁に耳を当ててみる。
『うおっ、ベッド一つしかねえじゃねえか!』
『そりゃ元々一人用の客室を無理矢理二人入れさせてもらったんだからな。仕方ないだろ』
『でもこれって、どちらかが床で寝ることになるんだよな?』
『まあ、そうなるよな。ってことでベッドは俺が使わせてもらう』
『ちょっと待てデルドニ! 俺だって使いたいんだぞ!』
『いやいや、ここはこの部屋の予約を取った俺に優先権があるだろ?』
『今日、夕食の店を見つけ出したのは俺なんだぜ? しかもちゃんと四人席で。お前みたいにこんな無理矢理じゃねえんだぞ!』
『なんだとこのブタ野郎! なんなら勝負だ!』
『いいだろう、ホネ人間! ベッドを使うのは俺だ!』
よかった、想像した事が起こってなくて。
そうか、一人は床で寝るという方法があるんだったな。
俺もベッドで寝たいが、それで明日シーナに体調を崩されると少し面倒な事になる。
なんかさっきから静かだし、きっと疲れたのだろうから今日は譲ってやるとしよう。
「おい、シーナ。お前がベッド使っていいぞ」
と、真後ろにいるシーナに声をかける。
だが、シーナは何処か暗い表情をさせながら俺の言葉に反応しない。
「おーい、シーナ?」
目の前でブンブンと振ってみるが、反応なし。
うぅむ……。
「おい、シーナったら!」
「えっ? ひぁっ!?」
仕方ないのでシーナの両肩を掴んで軽く揺さぶると、ようやくシーナが反応する。
「な、なんでアズマくんが、私の肩を……!?」
「いや、お前が反応しないからだよ」
シーナは顔を真っ赤にさせる。……異常なくらい反応が鈍いな、熱でもあるのか?
「大丈夫か? 熱とかあるんじゃ」
「だ、だだだだ、大丈夫ですからっ!!」
シーナは大声を張り上げると否や、もの凄い勢いで後方に下がった。
まあ、本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫だろう。
それで、何の話だっけ……?
「あー、そうだ、シーナ。今日はお前がベッドで寝ていいぞ」
「へっ?」
何を言いたいのかを思い出すと、シーナはポカンとした表情になる。
「いや、だからな? この部屋は元々一人部屋なんだよ。だからベッドも一つしかないから、お前が使っていいって言ってるわけ」
「あっ、はい……あれ、じゃあアズマくんは?」
「俺か? まあそこら辺の床で寝ることにする」
「えっ……それって……」
「? そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だぞ? ふっふっふ、お前らと違って俺は身体の造りが違うからな。そんな事で風邪になったりなど……」
「──っ!!」
俺が自慢げに語りだした瞬間、シーナの身体が過剰に反応して──俺に抱きついてきた。
「ちょ、おい、シーナ?」
こういう事に慣れていない俺は心臓が跳ね上がりそうなくらい、心拍数を上げる。
「ダメですっ!」
「は?」
『ダメ』って何が?
「ア、アズマくんも、一緒のベッドで寝てください!」
「……はあっ!?」
何が『ダメ』と言っているのか、それが理解した俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「お、おい、俺の話、聞いてたか?」
「はい、聞いてました」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいのか、わかるよな?」
「はい、アズマくんと一緒のベッドで寝ます」
「全然わかってない!?」
どうしてそうなるんだ!
「いや、だからな? 風邪をひくとかそういう理由なら、俺は大丈夫だぞ?」
「なんでですか?」
「そりゃ、俺はお前らと身体の造りが違うからだよ」
鍛えているからとかではなく、そのまんまの意味でな。
シーナも……いや、シーナだけはそれを知っているはずなのだが……。
彼女は俺の物言いに、更に密着する。
「じゃあ、私はアズマくんと一緒に寝ます」
「いやいや、なんでだよ」
「なんでもですっ」
突っぱねったように俺の胸に顔をうずめながら答えるシーナ。
ますますわけがわからない。
というより、なんか怒ってないか……?
「……わかったよ、そうすることにしよう。シャワー浴びたいから、離れてくれないか?」
「シャワー?」
「あー……えっと浴室に入りたいってことだ」
「あっ、はい。そういうことでしたら」
確かこの世界にはシャワーという、日本人にとってはもはや必要必需品の部類に当たるモノは存在していないのだ。
俺は黒鎧を脱いで部屋の隅に置いておく。
そういえばこうして鎧を脱いだのは、王宮にあった露天風呂以来だな。
それまで覆っていた黒甲冑を脱ぐと、何とも言えない開放感を感じる。
やっぱり一日に一回くらいは普通の衣服に着替えようかな、ずっと着続けるのは嫌だし。
俺は鼻歌をしつつ、上機嫌に浴室へと入っていった。
* * *
どこの世界に行こうと、寝巻きというのは薄手が基本のようだ。
よって、事前に寝巻きを買っていた俺は、いつもの分厚い鎧と異なる感覚に何とも言えない気分になっていた。
一つ、びっくりするほど軽いこと。
二つ、なんだか肌寒く感じること。
三つ。
「…………」
「…………」
一人用のベッドの中で寝巻きの二人が無理矢理入り込んだら──相手の身体との接触率が非常に高く、しかもその感触をしっかりと感じてしまうこと。
シーナに背を向けている状態なのだが、数箇所に温かいような柔らかいような感覚がしていて、何も考えまいと必死になっている状態である。
っていうか、シーナも何か言ってくれよ。黙ってたら、気まずいじゃねえか。
という思いが通じたのか、背中にいるシーナが口を開く。
「アズマくん……」
「うひゃっ!?」
「ど、どうしましたか?」
「い、いや、なんでもないぞ、うん」
シーナとの距離が思っていたより近かったのか、すぐ耳元で彼女の声が聞こえてきて思わず変な声をあげてしまった。
シーナは耳をくすぐるような小声で続ける。
「その……今日は、ごめんなさい」
「なんだ? お前、今日俺に謝るようなことをしたか?」
疑問に思ってそう訊く。
何かあったっけ? 特に何もない気がするんだが……。
「ギルドに行ったとき、完全に私は浮ついてたんです……これで憧れの冒険者になれるって……」
でも、と続けるシーナ。
「アズマくんがあの格好のまま行けば、ああなってしまうってことはわかってたのに……わかってたのに!」
「……ああ、なんだ。そのことか」
ようやくシーナの様子がおかしかった理由が理解できた。
他の冒険者に忌み嫌うような視線が俺へ向いていることに、耐えられなかったのか。
こいつにとっては、俺は世界を救う救世主なのだから。
「お前が気に病む必要はないぞ」
「……でも」
「それに、あんなのに構ってたら身が持たないぜ? 成功する者は常に嫌われる立場にあるからな」
それでも、という風にギュッと俺の寝巻きを摘むシーナ。
……やれやれ、優しすぎるにも程がありすぎるぞお前。
「もう寝るぞ。明日から忙しくなるからな」
「……はい」
無理矢理会話を打ち切って、目を閉じる。
こいつを納得させるなんてことをしてたら、夜が明けると思うし。
いつしか後ろから感じるシーナの感触に対する煩悩は消え失せ、意識は闇の中へと沈んでいった。
木製の階段で二階へと上がって行き、『23』と書かれている部屋の前に立って鍵を差し込む。
鍵を開けて中へ入ると、元々一人部屋なのか一人用の広さとベッド。
それにデスクが一つと小さな浴室が別室となっていた。
「ベッドの変わりとか……流石にないよな」
元々一人用だしな。無理言って二人ずつにしてもらったんだし、仕方ない。
「というか、これどうするんだ。流石にあのベッドで二人使うのはなあ」
絶対に狭いだろうし、それ以前に密集度が半端ないと思う。
っていうか、隣部屋のデルドニとベレドニも同じ条件なんだよな。
彼らはどうしているのだろうか。
頭の中で二人が密着し合ってベッドに潜り込むという、想像するだけで吐きそうなビジョンを振り払いつつ右隣の壁に耳を当ててみる。
『うおっ、ベッド一つしかねえじゃねえか!』
『そりゃ元々一人用の客室を無理矢理二人入れさせてもらったんだからな。仕方ないだろ』
『でもこれって、どちらかが床で寝ることになるんだよな?』
『まあ、そうなるよな。ってことでベッドは俺が使わせてもらう』
『ちょっと待てデルドニ! 俺だって使いたいんだぞ!』
『いやいや、ここはこの部屋の予約を取った俺に優先権があるだろ?』
『今日、夕食の店を見つけ出したのは俺なんだぜ? しかもちゃんと四人席で。お前みたいにこんな無理矢理じゃねえんだぞ!』
『なんだとこのブタ野郎! なんなら勝負だ!』
『いいだろう、ホネ人間! ベッドを使うのは俺だ!』
よかった、想像した事が起こってなくて。
そうか、一人は床で寝るという方法があるんだったな。
俺もベッドで寝たいが、それで明日シーナに体調を崩されると少し面倒な事になる。
なんかさっきから静かだし、きっと疲れたのだろうから今日は譲ってやるとしよう。
「おい、シーナ。お前がベッド使っていいぞ」
と、真後ろにいるシーナに声をかける。
だが、シーナは何処か暗い表情をさせながら俺の言葉に反応しない。
「おーい、シーナ?」
目の前でブンブンと振ってみるが、反応なし。
うぅむ……。
「おい、シーナったら!」
「えっ? ひぁっ!?」
仕方ないのでシーナの両肩を掴んで軽く揺さぶると、ようやくシーナが反応する。
「な、なんでアズマくんが、私の肩を……!?」
「いや、お前が反応しないからだよ」
シーナは顔を真っ赤にさせる。……異常なくらい反応が鈍いな、熱でもあるのか?
「大丈夫か? 熱とかあるんじゃ」
「だ、だだだだ、大丈夫ですからっ!!」
シーナは大声を張り上げると否や、もの凄い勢いで後方に下がった。
まあ、本人が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫だろう。
それで、何の話だっけ……?
「あー、そうだ、シーナ。今日はお前がベッドで寝ていいぞ」
「へっ?」
何を言いたいのかを思い出すと、シーナはポカンとした表情になる。
「いや、だからな? この部屋は元々一人部屋なんだよ。だからベッドも一つしかないから、お前が使っていいって言ってるわけ」
「あっ、はい……あれ、じゃあアズマくんは?」
「俺か? まあそこら辺の床で寝ることにする」
「えっ……それって……」
「? そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だぞ? ふっふっふ、お前らと違って俺は身体の造りが違うからな。そんな事で風邪になったりなど……」
「──っ!!」
俺が自慢げに語りだした瞬間、シーナの身体が過剰に反応して──俺に抱きついてきた。
「ちょ、おい、シーナ?」
こういう事に慣れていない俺は心臓が跳ね上がりそうなくらい、心拍数を上げる。
「ダメですっ!」
「は?」
『ダメ』って何が?
「ア、アズマくんも、一緒のベッドで寝てください!」
「……はあっ!?」
何が『ダメ』と言っているのか、それが理解した俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「お、おい、俺の話、聞いてたか?」
「はい、聞いてました」
「じゃ、じゃあ、どうすればいいのか、わかるよな?」
「はい、アズマくんと一緒のベッドで寝ます」
「全然わかってない!?」
どうしてそうなるんだ!
「いや、だからな? 風邪をひくとかそういう理由なら、俺は大丈夫だぞ?」
「なんでですか?」
「そりゃ、俺はお前らと身体の造りが違うからだよ」
鍛えているからとかではなく、そのまんまの意味でな。
シーナも……いや、シーナだけはそれを知っているはずなのだが……。
彼女は俺の物言いに、更に密着する。
「じゃあ、私はアズマくんと一緒に寝ます」
「いやいや、なんでだよ」
「なんでもですっ」
突っぱねったように俺の胸に顔をうずめながら答えるシーナ。
ますますわけがわからない。
というより、なんか怒ってないか……?
「……わかったよ、そうすることにしよう。シャワー浴びたいから、離れてくれないか?」
「シャワー?」
「あー……えっと浴室に入りたいってことだ」
「あっ、はい。そういうことでしたら」
確かこの世界にはシャワーという、日本人にとってはもはや必要必需品の部類に当たるモノは存在していないのだ。
俺は黒鎧を脱いで部屋の隅に置いておく。
そういえばこうして鎧を脱いだのは、王宮にあった露天風呂以来だな。
それまで覆っていた黒甲冑を脱ぐと、何とも言えない開放感を感じる。
やっぱり一日に一回くらいは普通の衣服に着替えようかな、ずっと着続けるのは嫌だし。
俺は鼻歌をしつつ、上機嫌に浴室へと入っていった。
* * *
どこの世界に行こうと、寝巻きというのは薄手が基本のようだ。
よって、事前に寝巻きを買っていた俺は、いつもの分厚い鎧と異なる感覚に何とも言えない気分になっていた。
一つ、びっくりするほど軽いこと。
二つ、なんだか肌寒く感じること。
三つ。
「…………」
「…………」
一人用のベッドの中で寝巻きの二人が無理矢理入り込んだら──相手の身体との接触率が非常に高く、しかもその感触をしっかりと感じてしまうこと。
シーナに背を向けている状態なのだが、数箇所に温かいような柔らかいような感覚がしていて、何も考えまいと必死になっている状態である。
っていうか、シーナも何か言ってくれよ。黙ってたら、気まずいじゃねえか。
という思いが通じたのか、背中にいるシーナが口を開く。
「アズマくん……」
「うひゃっ!?」
「ど、どうしましたか?」
「い、いや、なんでもないぞ、うん」
シーナとの距離が思っていたより近かったのか、すぐ耳元で彼女の声が聞こえてきて思わず変な声をあげてしまった。
シーナは耳をくすぐるような小声で続ける。
「その……今日は、ごめんなさい」
「なんだ? お前、今日俺に謝るようなことをしたか?」
疑問に思ってそう訊く。
何かあったっけ? 特に何もない気がするんだが……。
「ギルドに行ったとき、完全に私は浮ついてたんです……これで憧れの冒険者になれるって……」
でも、と続けるシーナ。
「アズマくんがあの格好のまま行けば、ああなってしまうってことはわかってたのに……わかってたのに!」
「……ああ、なんだ。そのことか」
ようやくシーナの様子がおかしかった理由が理解できた。
他の冒険者に忌み嫌うような視線が俺へ向いていることに、耐えられなかったのか。
こいつにとっては、俺は世界を救う救世主なのだから。
「お前が気に病む必要はないぞ」
「……でも」
「それに、あんなのに構ってたら身が持たないぜ? 成功する者は常に嫌われる立場にあるからな」
それでも、という風にギュッと俺の寝巻きを摘むシーナ。
……やれやれ、優しすぎるにも程がありすぎるぞお前。
「もう寝るぞ。明日から忙しくなるからな」
「……はい」
無理矢理会話を打ち切って、目を閉じる。
こいつを納得させるなんてことをしてたら、夜が明けると思うし。
いつしか後ろから感じるシーナの感触に対する煩悩は消え失せ、意識は闇の中へと沈んでいった。
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