勇者な俺は魔族な件
エピローグ 『アズマ』
「あ、アズマ様。一つ訊きたいことが」
「ん? なんだ?」
揺れる荷台の中、次の目的地を目指しているとシーナがふと質問してくる。
「その、最初の時に、何で自分の名前を言うのをためらったんですか?」
「…………」
そんなこと、よく覚えていたな……忘れてくれたっていいじゃねえか。
「いや……別にいいじゃねえか、そんなこ──」
「気になります」
「でも、そんなこと訊いたってなんも──」
「気になります」
「…………」
どうしても知りたいのか、こいつは。
はあ、とため息をつき、仕方なく説明してやることにする。
「……笑うなよ?」
* * *
「……ぷっ」
俺の下の名前を聞いた途端、あいつは吹き出して、座っている椅子から転げ落ちそうな勢いで笑い出す。
「あ、あはははは! あ、梓真って……まるで『東』って苗字みたいな名前じゃないかっ……! しかも、なんか可愛らしい名前だしっ……!」
「……可愛らしくて悪かったな」
腹を抱える目の前の友人にぶっきらぼうに答える。
「で、苗字は『蒼井』? 上と下をひっくり返しても違和感のなさそうな名前なんだね」
更に「こっちでも女の子みたいな名前になるけどね」などと付け足し、俺はそっぽを向く。
「おっと、ごめんごめん。気を悪くしないでくれたまえ。ここは変な名前同士ってことで」
「……自分で変って言うのか」
「君だって、自分で変だと思っているだろう?」
あいつ──聖帝院キリスは俺に笑みを浮かべる。
「まあな……キリスって外国人かよって名前だしな」
「ん? んー……まあ、外国とか、そんな感じなんだけどね」
と、何故かはぐらかすように答える聖帝院。わけがわからない。
「で、なんの話だっけ」
「……お前が俺を下の名前で呼びたいって話だ」
「ああ、そうだった」
聖帝院はポンッと手を打つ。
「で、どうする? 梓真が嫌なら、今まで通りに蒼井でもいいんだよ?」
「正直、苗字で呼ばれるのも嫌だ。でも、友人でもなんでもない奴らに名前で呼ばれなくない」
「わがままだなあ、君は」
と言いつつも、決してうんざりするような顔をしない聖帝院。
「まあ、その気持ちはわかるよ。私も認めた友人以外に名前を呼ばれるのは嫌だ」
「…………」
「だからこそ、君を友人の証として真名で呼びたいし、私のことも真名で呼んで欲しいんだ」
「……ふふっ。真名って、大袈裟すぎだろ」
聖帝院の言葉に、今度は俺が思わず吹き出してしまう番だった。
だがまあ、初めての友人の第一歩としては妥当なところだろう。
俺は目の前の友人──キリスを見ると、彼女もニッコリと俺を見ていた。
「これからよろしく梓真」
「ああ、よろしくなキリス」
* * *
俺が話し終わると、さっきまで黙っていたシーナが「ぷっ」と吹き出す。
「なるほど、確かに可愛い名前ですね」
「~~~!」
ああ、だから言いたくなかったのだ。絶対、こんな反応すると予想していたから。
「あっ、そういえば『マ』がつく名前は魔族の『魔』を連想させるので、縁起が悪いと聞いたことが」
「そ、そうなのか……」
黒髪黒目の黒鎧にマがつく名前。
この世界の人からしたら、俺の第一印象は最悪だろうな……。
「……でも、いい名前ですね」
表情を暗くする俺の手をシーナがぎゅっと握る。
その自然な動作に、思わずドキリと胸が高鳴った。
「ところで、アズマ様」
「……あのさシーナ。『様』はやめてくれないか? なんかよそよそしいというか、さ」
なぜだろう。
『友人など必要ない』という信念を持っているはずの自分なのに。
目の前にいる少女との距離を縮めようとする自分がいた。
シーナは驚いたように目を丸くしたが、やがて満面の笑みを返す。
「じゃあ、アズマくんで!」
「……ああ、それでいいか」
『くん』付けか。
懐かしい呼ばれ方だな。
「ところで、アズマくん。これからどうするんですか?」
「あー……そうだな、とりあえず世界を救ってみようと思う」
と、我ながら大それたことを軽く言ってみる。
「と言っても、全く手がかりがありゃしねえ。お前の友人は何も言ってなかったのか?」
「すみません、特に何も……」
とシーナは申し訳なさそうに声を窄める。
なんだ、その友人とやらは本当に世界を救って欲しいのか?
「ただ、その……アズマくんは私の友人が連れてきたのですから、絶対に世界を救えるんだと思うんです」
「世界を救う……ねえ」
世界を救う勇者。
しかしシーナも知っての通り、俺は敵対される魔族であって……俺は勇者なんかになれない存在なのだ。
だから、本当に俺が救世主なのだろうか、自分でも不安に思う。
不安が募っている中、俺の中で何かが囁く。
──諦めるのか? と。
──勇者になれるか否かは、俺自身が試されているのではないのか? と。
「……ふ、ふふふふ」
自然と笑みが溢れる。
なるほどな、つまりこれは俺への挑戦状か。
「勇者か……ふふふ……」
「ア、アズマくん……?」
いきなり笑い出した俺を不気味がるシーナだが、特に気にしない。
「いいだろう」
見えない敵にまるで宣戦布告するように、はっきりと告げる。
「──なってやるよ勇者に」
黒髪黒目の黒鎧だから、なんだ。
名前に『マ』が入るから、なんだ。
人族の敵だから、なんだ。
それが勇者になれない条件などではない。
だから例えどんな立場になろうと、勇者になれるはずなのだ。
だったら、どんな手を使ってでもなってみせようじゃねえか。
──憧れの『勇者』に。
「アズマくん……だ、大丈夫ですか?」
「ああ、なんでもない。ところで、シーナはどうするんだ?」
今後の方針が決まったので、シーナの旅の目的を訊いてみる。
「私は……冒険者になって、しばらくはアズマくんと一緒にいようと……思います」
と、返ってくる若干自身なさげのシーナの回答。
そういえば冒険者はシーナの憧れなんだっけか。
「俺と一緒にいるってことは、大変な目にあうかもしれないぞ?」
「それも承知しています!」
「ふっふっふ、お前のその姿勢、気に入った。これからよろしくなシーナ」
「はい! こちらこそよろしくお願いしますアズマくん!」
★ ☆ ★
「ふふ……今頃どうしているかな、彼……」
九月一日、朝六時。
一人の女子高生が独り言を呟きながら、教室で文庫本を読んでいた。
この世に存在しないような、綺麗な白髪のボブカットに顔立ちの整った少女。
やや明るめの灰色の目は既に文字を追いかけ終えていた。
開いていた本をパタリと閉じると、少女はコンクリート製の蛍光灯がついている天井を見上げる。
「まあ見事にあのゲームを全クリした彼の才能なら、全く心配ないけどね」
彼女は知っていた。
容姿端麗の完璧超人で、一学期をほぼ休んでいた有名なクラスメイト。
そのクラスメイトが『行方不明』として、始業式に来ないことを。
その完璧超人の唯一の友人──聖帝院キリスは誰かへ語りかけるように、言葉を続けていく。
「さあ世界を救ってくれたまえ私が選んだ逸材、梓真……!」
「ん? なんだ?」
揺れる荷台の中、次の目的地を目指しているとシーナがふと質問してくる。
「その、最初の時に、何で自分の名前を言うのをためらったんですか?」
「…………」
そんなこと、よく覚えていたな……忘れてくれたっていいじゃねえか。
「いや……別にいいじゃねえか、そんなこ──」
「気になります」
「でも、そんなこと訊いたってなんも──」
「気になります」
「…………」
どうしても知りたいのか、こいつは。
はあ、とため息をつき、仕方なく説明してやることにする。
「……笑うなよ?」
* * *
「……ぷっ」
俺の下の名前を聞いた途端、あいつは吹き出して、座っている椅子から転げ落ちそうな勢いで笑い出す。
「あ、あはははは! あ、梓真って……まるで『東』って苗字みたいな名前じゃないかっ……! しかも、なんか可愛らしい名前だしっ……!」
「……可愛らしくて悪かったな」
腹を抱える目の前の友人にぶっきらぼうに答える。
「で、苗字は『蒼井』? 上と下をひっくり返しても違和感のなさそうな名前なんだね」
更に「こっちでも女の子みたいな名前になるけどね」などと付け足し、俺はそっぽを向く。
「おっと、ごめんごめん。気を悪くしないでくれたまえ。ここは変な名前同士ってことで」
「……自分で変って言うのか」
「君だって、自分で変だと思っているだろう?」
あいつ──聖帝院キリスは俺に笑みを浮かべる。
「まあな……キリスって外国人かよって名前だしな」
「ん? んー……まあ、外国とか、そんな感じなんだけどね」
と、何故かはぐらかすように答える聖帝院。わけがわからない。
「で、なんの話だっけ」
「……お前が俺を下の名前で呼びたいって話だ」
「ああ、そうだった」
聖帝院はポンッと手を打つ。
「で、どうする? 梓真が嫌なら、今まで通りに蒼井でもいいんだよ?」
「正直、苗字で呼ばれるのも嫌だ。でも、友人でもなんでもない奴らに名前で呼ばれなくない」
「わがままだなあ、君は」
と言いつつも、決してうんざりするような顔をしない聖帝院。
「まあ、その気持ちはわかるよ。私も認めた友人以外に名前を呼ばれるのは嫌だ」
「…………」
「だからこそ、君を友人の証として真名で呼びたいし、私のことも真名で呼んで欲しいんだ」
「……ふふっ。真名って、大袈裟すぎだろ」
聖帝院の言葉に、今度は俺が思わず吹き出してしまう番だった。
だがまあ、初めての友人の第一歩としては妥当なところだろう。
俺は目の前の友人──キリスを見ると、彼女もニッコリと俺を見ていた。
「これからよろしく梓真」
「ああ、よろしくなキリス」
* * *
俺が話し終わると、さっきまで黙っていたシーナが「ぷっ」と吹き出す。
「なるほど、確かに可愛い名前ですね」
「~~~!」
ああ、だから言いたくなかったのだ。絶対、こんな反応すると予想していたから。
「あっ、そういえば『マ』がつく名前は魔族の『魔』を連想させるので、縁起が悪いと聞いたことが」
「そ、そうなのか……」
黒髪黒目の黒鎧にマがつく名前。
この世界の人からしたら、俺の第一印象は最悪だろうな……。
「……でも、いい名前ですね」
表情を暗くする俺の手をシーナがぎゅっと握る。
その自然な動作に、思わずドキリと胸が高鳴った。
「ところで、アズマ様」
「……あのさシーナ。『様』はやめてくれないか? なんかよそよそしいというか、さ」
なぜだろう。
『友人など必要ない』という信念を持っているはずの自分なのに。
目の前にいる少女との距離を縮めようとする自分がいた。
シーナは驚いたように目を丸くしたが、やがて満面の笑みを返す。
「じゃあ、アズマくんで!」
「……ああ、それでいいか」
『くん』付けか。
懐かしい呼ばれ方だな。
「ところで、アズマくん。これからどうするんですか?」
「あー……そうだな、とりあえず世界を救ってみようと思う」
と、我ながら大それたことを軽く言ってみる。
「と言っても、全く手がかりがありゃしねえ。お前の友人は何も言ってなかったのか?」
「すみません、特に何も……」
とシーナは申し訳なさそうに声を窄める。
なんだ、その友人とやらは本当に世界を救って欲しいのか?
「ただ、その……アズマくんは私の友人が連れてきたのですから、絶対に世界を救えるんだと思うんです」
「世界を救う……ねえ」
世界を救う勇者。
しかしシーナも知っての通り、俺は敵対される魔族であって……俺は勇者なんかになれない存在なのだ。
だから、本当に俺が救世主なのだろうか、自分でも不安に思う。
不安が募っている中、俺の中で何かが囁く。
──諦めるのか? と。
──勇者になれるか否かは、俺自身が試されているのではないのか? と。
「……ふ、ふふふふ」
自然と笑みが溢れる。
なるほどな、つまりこれは俺への挑戦状か。
「勇者か……ふふふ……」
「ア、アズマくん……?」
いきなり笑い出した俺を不気味がるシーナだが、特に気にしない。
「いいだろう」
見えない敵にまるで宣戦布告するように、はっきりと告げる。
「──なってやるよ勇者に」
黒髪黒目の黒鎧だから、なんだ。
名前に『マ』が入るから、なんだ。
人族の敵だから、なんだ。
それが勇者になれない条件などではない。
だから例えどんな立場になろうと、勇者になれるはずなのだ。
だったら、どんな手を使ってでもなってみせようじゃねえか。
──憧れの『勇者』に。
「アズマくん……だ、大丈夫ですか?」
「ああ、なんでもない。ところで、シーナはどうするんだ?」
今後の方針が決まったので、シーナの旅の目的を訊いてみる。
「私は……冒険者になって、しばらくはアズマくんと一緒にいようと……思います」
と、返ってくる若干自身なさげのシーナの回答。
そういえば冒険者はシーナの憧れなんだっけか。
「俺と一緒にいるってことは、大変な目にあうかもしれないぞ?」
「それも承知しています!」
「ふっふっふ、お前のその姿勢、気に入った。これからよろしくなシーナ」
「はい! こちらこそよろしくお願いしますアズマくん!」
★ ☆ ★
「ふふ……今頃どうしているかな、彼……」
九月一日、朝六時。
一人の女子高生が独り言を呟きながら、教室で文庫本を読んでいた。
この世に存在しないような、綺麗な白髪のボブカットに顔立ちの整った少女。
やや明るめの灰色の目は既に文字を追いかけ終えていた。
開いていた本をパタリと閉じると、少女はコンクリート製の蛍光灯がついている天井を見上げる。
「まあ見事にあのゲームを全クリした彼の才能なら、全く心配ないけどね」
彼女は知っていた。
容姿端麗の完璧超人で、一学期をほぼ休んでいた有名なクラスメイト。
そのクラスメイトが『行方不明』として、始業式に来ないことを。
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