勇者な俺は魔族な件
第十七話 お風呂場での『事案』
話は昨日の夜まで遡る。
俺はほぼ全裸姿にも関わらず、素早くシルエの背後に回り込んで手で彼女の口を抑えた。
「動くな」
もちろん、脅迫も忘れていない。
低く鋭い指示にシルエは全く動かなった。
それが恐怖に対して動けないのか定かではないが、どっちでもよかった。
「よし、そのまま黙って俺の言う事に従って貰う。いいな?」
俺の言葉に、シルエはコクコクと黙って頷く。
よしよし、言うことは聞いてくれるようだ……って、こいつ素直すぎないか?
別の意味で不安だ。
「じゃあ……とりあえず、話がしたいから浴槽に戻ろう」
俺の指示が意外だったのか、キョトンとした目を俺に向ける。
なんだよ、ここは露天風呂なんだぞ?
目の前に温かい風呂があるっていうのに、体を冷やしてまで話をする馬鹿がいるかよ。
しかし、ちゃんと指示通りに湯船に浸かる。
再び戻ってきた心地いい温度にほっと一息。
「えーっとだな……」
何から話すべきなんだ、こういう時は。
まずは……そうだな。
「……見ての通り、俺も魔族なんだ」
俺の言葉に、シルエの身体が強ばるのが伝わってくる。
「でも、その、意図せず魔族になったわけじゃないというか、これは仕方のないことで、元々は普通の人というか……」
「…………」
ああ、ややこしい!
「飛んできた元の世界のゲームの設定が、そのまま反映されたんだ」という説明が出来ればどれほど楽か!
こいつらの世界にゲームなんてモノはないから、そんな説明をしても意味不明だろう。
と、なんと説明するべきか迷っていると、シルエは何か発言したそうな目で俺を見上げてた。
「……叫ばないって約束したら、話してもいいぞ」
一応の忠告にシルエが力強く頷いたので、口を塞いでいた手を離す。
拘束が解かれたシルエは少し呼吸を整えるように軽く深呼吸すると、くるりと俺の方に向き直る。
「あの、私が訊きたいのは一つだけです」
「おう」
「アズマ様は──私たちの敵ですか?」
シルエは真剣な表情で俺を見る。
『私たち』というのは、『私たち人類』って意味だろうか?
ならば、答えは決まっている。
「いや、違う。お前たちの敵じゃない」
そう答えると、シルエはふっと頬を緩めて笑顔になる。
「なら、いいです。このことも秘密にしておきます」
「……そんな簡単に信じていいのか?」
「はい」
自分でも言うのもなんだが、俺が嘘をついている可能性もある。
いや、その方が高いだろう。
それなのに、目の前の少女は俺を信じると言っている……何故だ?
「何でそんなに信じるかって言うと、友達がそう言ったからですよ」
俺の心中を察したのか、シルエが説明を入れてくれる。
「前に、転移魔法が扱える友達がいたっていうのは話しましたよね?」
「ああ、聞いたな」
「その友達、異世界に旅立ってからもう三年目なんですよ」
「……!」
その事実に、俺は息を呑む。
その友人が「異世界から救世主を連れてくる」と言ってから三年目……。
ということは。
「もしかして……ずっと、待ってたのか?」
「ええ、二年間……いえ、この三年目までずっと待ってました」
驚愕する俺に、シルエはニッコリを笑う。
いや、ずっとって……。
「お前……その間、疑わなかったのか?」
「はい、疑いませんでした」
「なんで?」
「友達だからです」
一瞬の躊躇いもなく答えるシルエ。
「その子が『必ず』って言うのなら何年でも待ちます。だって、約束を守るのが友達なんですから」
「……なんというか、お前は馬鹿だな」
信じられないような純粋すぎる子に、俺は思わず苦笑してしまう。
だが、そんな俺にシルエはビシッと指を差す。
「でも現に来たじゃありませんか、アズマ様が」
「……そういえば、俺が来たときにお前は既に目の前まで来ていたな。偶然か?」
「いえ、私一定時間になるとあの部屋で一時間くらい待っているんです」
「律儀すぎる!」
「で、両膝をついて両手を握りあい、こう言っているんです。『世界を救う勇者様、どうかお姿を現してください』と」
「最早、宗教じゃねえか!」
「……だから、アズマ様が来た時は本当に嬉しかったんです」
シルエは本当に嬉しそうに微笑む。
「ということで、私はアズマ様を味方だと信じ……」
と、ここでシルエの口が止まり、何か思案する顔になった。
「シルエ?」
「……信じませんっ」
「はっ?」
信じない? なんで?
わけがわからない解答に目を丸くする。
「アズマ様が私を外に連れ出してくれるまで……信じませんっ」
「なっ……!?」
拗ねるようにそっぽを向き始めるシルエ。
こ、こいつ、まさか……!
「い、いや、あのな」
「嫌なら、今すぐ悲鳴をあげて誰かを呼びますっ」
「……!」
シルエの条件に息を呑む。
もしそうなったら──今度こそ、面倒なことになる!
「さあ、私を一緒に連れて行くか、私たちの敵になるか……どちらかを選んでください」
「ぐっ……!」
シルエを連れて行くとなると、この国から出て行くことが一気に困難になる……。
だが、別の方を選ぶともっと困難な状況に……!
どちらを選んでも損しかない選択肢を考えて、考えて……やがて、力なく項垂れる。
「ふ、ふふふふ……この俺に脅しをかけるとはな、なかなかの命知らずだ。どうなるのか、わかってんだろうな……?」
「あ、あの……そんな泣きそうな声の涙目で言われても、怖くありませんよ?」
「……連れていけばいいんだろ」
諦めたように返事をすると、シルエの顔がパアッと輝く。
「ありがとうございますっ」
はあ、と水面に映る自分の顔に溜息をついて、ふとシルエの方を見上げる。
「そういえばさ、シルエ。なんでここに入ってきたんだ?」
俺が入っている時は誰も入るなと言っておいて、あまつさえ男湯に入ってくるなど、正気の沙汰とは思えないんだが……。
俺の問いかけに、シルエはニッコリ答える。
「はい、何がなんでも外に行きたかったので、アズマ様にお願いしようかと」
「風呂の中でか!?」
「もし否定するなら、身体でなんとかしようかと」
「馬鹿か、お前は!」
どんだけ外に行きたいんだよ!
彼女の予想外すぎる行動に驚愕していると、シルエは頬を赤らめる。
「正直に言うと、すごく恥ずかしいんですよ? 今も恥ずかしいんですけど……アズマ様になら、何されても構いません」
「…………」
「そ、それに、自分で言うのもなんですけど……私、決して悪くない身体だと、思うんです、よ?」
リンゴのように顔を真っ赤しながら上目遣いしてくるシルエ。
視線がついついその下へと向いてしまう。
確かにあの時もちょっと考えたが、ドレスの上から見たより大きかったな……着痩せするタイプなのだろうか。
……はっ!?
「い、いや! 確かにそうだけどな! その、そういうのは、あまりしない方が、いいぞっ?」
しどろもどろになりながら目を逸らす俺を見て、シルエは何かに気がついたように顔を俺へと近づける。
「な、なんだよ?」
「いえ、アズマ様って……こういうのに、弱いのかなあと思いまして」
「この歳で強い方が異常だ、馬鹿野郎!」
同い年くらいの異性が一緒の風呂に入っている状況で、平然といられる高校生の方が異常だ!
そんな知り合いは……いや、一人いなくもないが、それでも普通は弱いだろうが!
「ふふっ」
「な、何がおかしいんだよっ」
「いえ、アズマ様の顔を赤くしているのが、可愛いなと」
「か、かわっ……!?」
未だかつて言われたことのない発言に、愕然としてしまう。
可愛い、だと……!?
それはつまり、男として認められてないような言葉じゃねえか!
「く、屈辱だ……可愛いなど、屈辱でしかない……!」
「いいじゃないですか、立派な褒め言葉ですよ?」
「男に使う褒め言葉じゃねえんだよ!」
くそう、どうも調子が狂う。
「ってそうじゃない。今はどうやってここから出ていくかだ」
「ああ、そうでしたね。うーん、私とアズマ様以外で都合よく連れて行ってくれる人がいたら嬉しいんですが」
「いやそんな都合いい奴がいるわけが……あ」
と。
ここで、俺はようやく思い出した。
自分が黒竜を戦う前に、どこで誰と何をしていたのかを。
「……いるかもしれないな、そんな都合のいい奴ら」
俺はほぼ全裸姿にも関わらず、素早くシルエの背後に回り込んで手で彼女の口を抑えた。
「動くな」
もちろん、脅迫も忘れていない。
低く鋭い指示にシルエは全く動かなった。
それが恐怖に対して動けないのか定かではないが、どっちでもよかった。
「よし、そのまま黙って俺の言う事に従って貰う。いいな?」
俺の言葉に、シルエはコクコクと黙って頷く。
よしよし、言うことは聞いてくれるようだ……って、こいつ素直すぎないか?
別の意味で不安だ。
「じゃあ……とりあえず、話がしたいから浴槽に戻ろう」
俺の指示が意外だったのか、キョトンとした目を俺に向ける。
なんだよ、ここは露天風呂なんだぞ?
目の前に温かい風呂があるっていうのに、体を冷やしてまで話をする馬鹿がいるかよ。
しかし、ちゃんと指示通りに湯船に浸かる。
再び戻ってきた心地いい温度にほっと一息。
「えーっとだな……」
何から話すべきなんだ、こういう時は。
まずは……そうだな。
「……見ての通り、俺も魔族なんだ」
俺の言葉に、シルエの身体が強ばるのが伝わってくる。
「でも、その、意図せず魔族になったわけじゃないというか、これは仕方のないことで、元々は普通の人というか……」
「…………」
ああ、ややこしい!
「飛んできた元の世界のゲームの設定が、そのまま反映されたんだ」という説明が出来ればどれほど楽か!
こいつらの世界にゲームなんてモノはないから、そんな説明をしても意味不明だろう。
と、なんと説明するべきか迷っていると、シルエは何か発言したそうな目で俺を見上げてた。
「……叫ばないって約束したら、話してもいいぞ」
一応の忠告にシルエが力強く頷いたので、口を塞いでいた手を離す。
拘束が解かれたシルエは少し呼吸を整えるように軽く深呼吸すると、くるりと俺の方に向き直る。
「あの、私が訊きたいのは一つだけです」
「おう」
「アズマ様は──私たちの敵ですか?」
シルエは真剣な表情で俺を見る。
『私たち』というのは、『私たち人類』って意味だろうか?
ならば、答えは決まっている。
「いや、違う。お前たちの敵じゃない」
そう答えると、シルエはふっと頬を緩めて笑顔になる。
「なら、いいです。このことも秘密にしておきます」
「……そんな簡単に信じていいのか?」
「はい」
自分でも言うのもなんだが、俺が嘘をついている可能性もある。
いや、その方が高いだろう。
それなのに、目の前の少女は俺を信じると言っている……何故だ?
「何でそんなに信じるかって言うと、友達がそう言ったからですよ」
俺の心中を察したのか、シルエが説明を入れてくれる。
「前に、転移魔法が扱える友達がいたっていうのは話しましたよね?」
「ああ、聞いたな」
「その友達、異世界に旅立ってからもう三年目なんですよ」
「……!」
その事実に、俺は息を呑む。
その友人が「異世界から救世主を連れてくる」と言ってから三年目……。
ということは。
「もしかして……ずっと、待ってたのか?」
「ええ、二年間……いえ、この三年目までずっと待ってました」
驚愕する俺に、シルエはニッコリを笑う。
いや、ずっとって……。
「お前……その間、疑わなかったのか?」
「はい、疑いませんでした」
「なんで?」
「友達だからです」
一瞬の躊躇いもなく答えるシルエ。
「その子が『必ず』って言うのなら何年でも待ちます。だって、約束を守るのが友達なんですから」
「……なんというか、お前は馬鹿だな」
信じられないような純粋すぎる子に、俺は思わず苦笑してしまう。
だが、そんな俺にシルエはビシッと指を差す。
「でも現に来たじゃありませんか、アズマ様が」
「……そういえば、俺が来たときにお前は既に目の前まで来ていたな。偶然か?」
「いえ、私一定時間になるとあの部屋で一時間くらい待っているんです」
「律儀すぎる!」
「で、両膝をついて両手を握りあい、こう言っているんです。『世界を救う勇者様、どうかお姿を現してください』と」
「最早、宗教じゃねえか!」
「……だから、アズマ様が来た時は本当に嬉しかったんです」
シルエは本当に嬉しそうに微笑む。
「ということで、私はアズマ様を味方だと信じ……」
と、ここでシルエの口が止まり、何か思案する顔になった。
「シルエ?」
「……信じませんっ」
「はっ?」
信じない? なんで?
わけがわからない解答に目を丸くする。
「アズマ様が私を外に連れ出してくれるまで……信じませんっ」
「なっ……!?」
拗ねるようにそっぽを向き始めるシルエ。
こ、こいつ、まさか……!
「い、いや、あのな」
「嫌なら、今すぐ悲鳴をあげて誰かを呼びますっ」
「……!」
シルエの条件に息を呑む。
もしそうなったら──今度こそ、面倒なことになる!
「さあ、私を一緒に連れて行くか、私たちの敵になるか……どちらかを選んでください」
「ぐっ……!」
シルエを連れて行くとなると、この国から出て行くことが一気に困難になる……。
だが、別の方を選ぶともっと困難な状況に……!
どちらを選んでも損しかない選択肢を考えて、考えて……やがて、力なく項垂れる。
「ふ、ふふふふ……この俺に脅しをかけるとはな、なかなかの命知らずだ。どうなるのか、わかってんだろうな……?」
「あ、あの……そんな泣きそうな声の涙目で言われても、怖くありませんよ?」
「……連れていけばいいんだろ」
諦めたように返事をすると、シルエの顔がパアッと輝く。
「ありがとうございますっ」
はあ、と水面に映る自分の顔に溜息をついて、ふとシルエの方を見上げる。
「そういえばさ、シルエ。なんでここに入ってきたんだ?」
俺が入っている時は誰も入るなと言っておいて、あまつさえ男湯に入ってくるなど、正気の沙汰とは思えないんだが……。
俺の問いかけに、シルエはニッコリ答える。
「はい、何がなんでも外に行きたかったので、アズマ様にお願いしようかと」
「風呂の中でか!?」
「もし否定するなら、身体でなんとかしようかと」
「馬鹿か、お前は!」
どんだけ外に行きたいんだよ!
彼女の予想外すぎる行動に驚愕していると、シルエは頬を赤らめる。
「正直に言うと、すごく恥ずかしいんですよ? 今も恥ずかしいんですけど……アズマ様になら、何されても構いません」
「…………」
「そ、それに、自分で言うのもなんですけど……私、決して悪くない身体だと、思うんです、よ?」
リンゴのように顔を真っ赤しながら上目遣いしてくるシルエ。
視線がついついその下へと向いてしまう。
確かにあの時もちょっと考えたが、ドレスの上から見たより大きかったな……着痩せするタイプなのだろうか。
……はっ!?
「い、いや! 確かにそうだけどな! その、そういうのは、あまりしない方が、いいぞっ?」
しどろもどろになりながら目を逸らす俺を見て、シルエは何かに気がついたように顔を俺へと近づける。
「な、なんだよ?」
「いえ、アズマ様って……こういうのに、弱いのかなあと思いまして」
「この歳で強い方が異常だ、馬鹿野郎!」
同い年くらいの異性が一緒の風呂に入っている状況で、平然といられる高校生の方が異常だ!
そんな知り合いは……いや、一人いなくもないが、それでも普通は弱いだろうが!
「ふふっ」
「な、何がおかしいんだよっ」
「いえ、アズマ様の顔を赤くしているのが、可愛いなと」
「か、かわっ……!?」
未だかつて言われたことのない発言に、愕然としてしまう。
可愛い、だと……!?
それはつまり、男として認められてないような言葉じゃねえか!
「く、屈辱だ……可愛いなど、屈辱でしかない……!」
「いいじゃないですか、立派な褒め言葉ですよ?」
「男に使う褒め言葉じゃねえんだよ!」
くそう、どうも調子が狂う。
「ってそうじゃない。今はどうやってここから出ていくかだ」
「ああ、そうでしたね。うーん、私とアズマ様以外で都合よく連れて行ってくれる人がいたら嬉しいんですが」
「いやそんな都合いい奴がいるわけが……あ」
と。
ここで、俺はようやく思い出した。
自分が黒竜を戦う前に、どこで誰と何をしていたのかを。
「……いるかもしれないな、そんな都合のいい奴ら」
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